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黒髪のアビス  作者: めい
2.エストニア侯爵の章
9/33

9:「陰気なコージドカレン」の巻

 陰気な街。

 第一印象は、そう感じた。


 ラフィーユの街を離れ、6日が経った。サツキたちが辿り着いた先は、コージドカレンという小さな街であった。原産のサイピという果物から作る果実酒が有名な街である。



「なんだか、変な空気」


 サツキはぽつりと呟いた。

 道行く人は、皆どこか暗い目をしている。


「あー、ホント辛気臭ぇなぁ。葬式でもあんのかね?」


 耳を小指でほじくりながら、モスリンドが言う。

 その言葉にロブは、つと指差した。その先を見ると教会がある。今、まさに葬儀が行われているところであった。


「「「・・・・・・」」」


 カラーンカラーンと、教会の鐘がコージドカレンの街中に響き渡った。



◆ ◆ ◆



 宿屋に入ると、店内は街より、明るい雰囲気に包まれていた。旅人が多いせいだろうか。

 一人の旅人が、サツキたちに気づくと声をかけた。


「よう、お嬢ちゃん方」


すでに出来上がった様子の男に、モスリンドが威嚇する。


「お嬢に近づくんじゃねぇや、コラ」

「なんだとぉ、俺ぁただ、忠告してやろうとしただけだぁ」


忠告、というその言葉に、サツキたちは首を傾げる。


「なんでしょうか、その忠告とは」


ロブが落ち着いた声で聞いた。

 ちらりと不満そうな眼差しをモスリンドに向けていた旅人だったが、ロブのその言葉に話し始めた。


「最近、この街では、若い女が次々に死んじまってるってウワサだぁ」


気ぃつけろぃ、と話す男の隣で、モスリンドが呟いた。


「お嬢、今夜あっしは寝ずの番を致しやす」

「そこまで気にしなくたって大丈夫だよ。一日泊まるだけだし」

「しかし、しかしっすね、あっしゃ心配なんすよぉ。お嬢は若いだけじゃねぇ。えれぇ強ぇじゃねぇっすかぁ」


 そこは「強ぇ」じゃなくて「美人」とか「綺麗」とか「可愛い」とかいう言葉が入るのでは、と首を捻るサツキであった。



 纏わり付くモスリンドをけしけしと蹴りつつ、サツキたちは部屋へと向かう為に、階段を登っていった。


 そんな三人組を一対の目が追っていたが、誰もそれに気づくことはなかった―――



◆ ◆ ◆



 深夜、階段を登る音が微かに響く。その音を立てている人物は、3階の廊下を覗き込む。

 ひとつの部屋の扉の前に、大きな鼾をかいて寝ている大きな体に近づくと、その大男を扉の前から横に蹴り倒す。倒されたその男は「うぅ・・・お嬢・・・」と呟いたが、また夢の中に戻っていった。

 そして、その人物はその部屋に入っていった。

 やがて、扉の中からその人物は出てきた。入った時とは異なり、その胸にひとりの少女を抱えながら・・・・・・。



◆ ◆ ◆



 男は、つかつかとその男の元へと歩み寄ると、襟首を締め上げいった。


「―――いま、なんと言った?」


 襟首を絞め上げられている男はカタカタとその体を震わせた。

 傍に立つ同僚もその光景に硬直し、血の気のない顔となった。「首切り魔人」彼のその称号を思い出したその同僚は、強く目を瞑った。



◆ ◆ ◆



 モスリンドは頭に何か衝撃を感じ、眉を顰めた。それから、執拗に頭、肩、足などに激痛が走る。うっすらと何だかぼやける頭に戸惑いながら、モスリンドは目を開けた。


「あ、やっと起きましたか!」


 目の前にロブの顔があった。どんよりと重い頭を振りながら、モスリンドは上半身を起こした。


「あぁ? 一体、なんだってんだ」


 周りを見渡すと、そこは廊下だった。そうだ、昨日はお嬢の部屋の前を陣取って、寝ずの番を・・・あれ、俺いま寝てたなぁ。


「サツキさんがいなくなりました」


 その言葉にモスリンドは、背後の扉を乱暴に開け放すと、部屋の中に飛び込んだ。


「お嬢!」


 空のベッドを呆然と見ているモスリンドの横で、淡々と説明するロブの声が聞こえる。宿の客全員が眠りこけていて、どうやら、夕べの料理に睡眠薬が盛られていたらしいこと。宿の裏口の扉の鍵が開いていたこと。盗まれた物等はなく、全員無事だということ。


「お嬢以外は、か」

「はい」


 堪らずモスリンドは叫んだ。それはまるで竜の咆哮のように聞こえた。



◆ ◆ ◆



 突然走り出したモスリンドにロブは叫んだ。


「どこに行くんです!」


 咄嗟に捕まれた腕を振り払うと、唸るようにモスリンドは答えた。


「決まってんだろうが、お嬢を探しに行くんだよ!」


 転がるように、階段を降りていくモスリンドの背中に、ロブは再び叫んだ。


「待ってください! 闇雲に探し回っても見つかりませんよ!」


「そんなん、やってみなきゃ分かんねぇだろうが!」


宿の扉を開け、飛び出したモスリンドに必死に追いすがるロブだったが、


「うおっ!!!」

「ぃだ!」


 モスリンドの叫び声ともうひとつの声に、走る足を緩め、外を見た。

 そこには、二人の男が地面に転がっていた。互いに頭を抑えながら。



◆ ◆ ◆



 氷嚢ひょうのうを額にあてた二人の男と小柄なローブの男は、宿屋の向かいの喫茶店にいた。

 不運にも宿屋から飛び出たモスリンドと激突したのは、「赤の砂塵」隊長フライであった。

 ロブは、白魔術で治癒すると申し出たのだが、フライはそれを断った。


「自然に直せるもんは、そのまま自分の力で直したほうがいいんだ」


 その言葉にはりあって、モスリンドも治癒魔法を拒んだ。

 仕方がないので、喫茶店の主人に氷嚢を作ってもらうことにして、今の状況に至る。



「で、だ。最近、この付近で不審な死が目立つらしいんだ。お前ら、何か知らね?」


 フライがそんな風に口火を切った途端、二人は息を飲んだ。その様子にフライの目が鋭くなる。


「昨夜、宿屋にいた旅人に聞きました。最近この街で、若い女が次々に死んでしまうという噂話を」


ロブはそう言うと、その後の顛末をフライに話した。

 フライはこれまでの調査報告書を思い返し、確かに若い女ばかりだったなぁと考える。それからやおら立ち上がると言った。


「宿屋の夫婦には、若い娘さんがいたなぁ。確か、年は14だったか?」


 その言葉で、ロブは「あぁ」と、今朝からもやもやしていた、頭の霧が晴れたようだ。


「では、サツキさんの誘拐は、夫婦の共犯、ということでよろしいですね」

「あぁ、そうだな。旦那と娘って手もあるけど、どっちにしろ一人じゃ出来ない―――それより、今お前、サツキっつったか?」


何かを思案するように呟いたフライに、ロブは首を傾げる。


「はい、サツキさんです」

「・・・お嬢、お嬢って言うから、気付かなかっただろうが・・・まさか、お前、それって黒髪の?」

「はい、アビスです」



“何かあったら、遠慮なく呼べよ”


アルの言葉が蘇る。どうするよ、俺。フライの背中に冷たい汗が流れ落ちた。



◆ ◆ ◆



 ぐらぐらする――頭が異様に重い。薄暗い部屋の中、冷たい床の上でサツキは目覚めた。すすり泣く声が聞こえる。その声のする方へと、首を動かした。

 その瞬間、耳元でジャラ、と音がした。

 首になにか違和感がして、触ろうとした。ジャラ、と音がした。

 触れなかった。手が動かない。軽く身動きするたびに、ジャラ、と音がする。あぁ、とサツキはやっと理解した。

 首という首には輪っかが嵌められていた。そして体中に鎖が巻かれ、拘束されていた。


 もう一度、すすり泣きのする方向へと、首を回す。サツキの右に、サツキと同じ状態で娘が泣いていた。左も見てみると、やはり、娘がいた。眠っているように動かない。

 動かせる限りに部屋を見回す。石造りの10畳程度のこの部屋に、サツキを含め、6人がいた。

 皆、サツキと同じように拘束されて。窓ひとつないこの部屋では、今が、朝なのか夜なのかも分からなかった。


 次第にクリアになる頭でサツキは必死に考えた。ここから脱出する方法を―――。



◆ ◆ ◆



 宿屋の夫婦はあっさりと、白状した。推測したとおり、娘の身代わりとしてサツキを攫ったらしい。

 しかし、宿屋の娘に降り懸かった災難の、その内容を聞いてフライたちは青褪めた。


「行き先は神殿。目的は生け贄」



 この街の雰囲気の悪さが、理解できた瞬間だった。



◆ ◆ ◆



 その部屋にただひとつだけ存在するその扉が徐々に開かれた。ギギィと、錆び付いた音が響く。その音に娘たちは、ひっと息を飲んだ。


 甲冑に包まれたその兵士は、サツキの隣ですすり泣いていた娘の戒めの一部を解くと、娘を無理やり立ち上がらせた。その最中も絶え間なく、娘のすすり泣きと懇願の声がしていた。兵士は、引き摺るように娘を扉へと押しやる。


「ゥグッ!」


 突然兵士は呻き声を上げると、そのまま床に崩れ落ちた。それをサツキは、悠然と見下ろした。そして、自分の繋がれていた鎖を使い、兵士を縛り上げると、呪文を唱える。


「『ライティン』」


 部屋の内部が明るい光に包まれた。その眩しさに娘たちは、目をしばたかせた。サツキは次々と娘たちの拘束を解く。

 珍しく{技:鍵開け}が大活躍だ。更に、「遠目・遠耳」スキルを使用することで、誰にも会わずにサツキたちは、この忌まわしい建物から外へと脱出することが出来た。

 夕日が眩しい。

 あぁ、生きてるって素晴らしい!



◆ ◆ ◆



 兵士が部屋に入ってきたところから、時を遡ること6時間前。サツキが起きた時点である。

 彼女はまず、自分の拘束を外すことに努めた。


 {技:縄抜け}を使用したが、上手くいかなかった。そうだよね、縄じゃないもの鎖だもの。魔法は両手が拘束されているのでは、どこにその効果が向かうか分からないので、危険。あ、今思いついた方法、召喚獣呼んで・・・あー、やだなー、痛いなーこれきっと。あ、プロテスかけてみる? ・・・・駄目だ、輪っかも強化されるわ、これ。

 あー、やっぱり、それしかないのね、はい、覚悟決めました。サツキ、行っきまーす!


でよ『シルフ』!」


 ぽやぽやぁ~と、妖精さんたち来てくれました。キラキラしてます。うん、メルヘン。

 はい、リジェ効果(徐々に体力が回復)頂きました。

 なんだか、周囲の娘さんたちが、息を飲んでるけど、今構ってる暇はない。スマン。

 さあ、ここからが本番。リジェはあくまで保険ですから。怖いよぉ。ちゃんとセーブ聞いてくれるかしら。よし、気合入った! ・・・えぇい、行くぞ!


「出でよ『イフリート』!」


 空間に咆哮と共に現れました。真っ赤な巨獣。って、うわ、でかっ、ちょ、おま、でかすぎ! 部屋いっぱいいっぱいじゃないですか! 慌てて戻す。

 はい、失敗です。うん、だから、娘さんたち泣かないで。ちょっと、静かにして。


 でも、イフリートさん見て思い出しました。

 召喚獣さんって、それぞれの能力使わなくても、直接攻撃は出来るではないか。わざわざ、炎で溶かしてもらおうとした私って・・・。まぁ、オーディーン呼ばなかっただけマシとしましょうか、ねえ。


 さて、一番小さい人は・・・。やっぱこの人かな。モグーリは呼ばない。あんまり言うこと聞いてくれないから。


「出でよ『ラムウ』!」


 パチパチと軽く放電しながら、お爺ちゃん登場。さぁ、お爺ちゃんお願いします。うん、がんばって。杖でバシバシやっちゃって。

 うん、10分くらい経過しちゃったかな? 大丈夫、お爺ちゃんのペースでいいからね。お爺ちゃんファイト!

 肩で息し始めちゃったね、なんだろ、これも老人虐待にあたるのだろうか。

 あぁ、駄目だもう、チコボと交代するから、もういいよ、お爺ちゃん。ありがとう。わたしの心が折れちゃう前にさ。交代しよ、ね?

 え? やる? 諦めたらそこで試合終了? お爺ちゃん、お爺ちゃんなのに、そんなステキ言葉知ってるなんて・・・。え? 孫が読んでた? え? 爺、孫いんの? ちょ、あ、爺、消えた。ん? あぁ、輪っか壊れたのね、それはよかった。いや、ちょっと、孫の話、気になるんですけど。


 さて、左手が自由になった私、ここから猛反撃です。ぱらぱらと鍵を開ける。それから情報収集。これ鉄則。その前に、私の左隣りにいた子に、回復魔法。危な、瀕死でしたのね、あなた。寝てたんじゃなかったんですね。


 娘さんたちの情報によると、毎回、一人の甲冑兵士が、一人を連れ出して行くそうで。毎日なのかは、時間の感覚が分からないので、正直分からないとのこと。まぁいい。では、甲冑さんがやってくるまで、待ちましょう。


 という件を経て、夕日を拝むことが出来ました。

 本当、生きてるって素晴らしい!


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