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黒髪のアビス  作者: めい
1.始まりの章
5/33

5:「金ならある!」の巻

 サツキは宿屋に帰って夕食を取っていた。その間も考えることは先程の路地裏での出来事。上の空で食べるサツキのテーブルの上はなにやら酷い有様で、見かねたロブが、何度もテーブルの上を布巾で拭いている。


「一体、なにがあったんですか?」


 問いかけるロブの言葉もあまり耳に届かないようで、生返事を返し、サツキはぼんやりとした表情を浮かべている。


「う~ん、そうだねぇ・・・・」


 フォークの先に刺さった鶏肉がポロリと下に落ちる。そのまま、サツキはフォークのみを口に入れ、その先をガジガジと齧った。



(あの男、デキル)


 無手スキルのレベルはMax。そんなサツキが一度も攻撃を当てることが出来なかった。あやうく足をとられ、反撃されそうにもなった。


 そして、なによりあの目。何度か交差したあの鋭い茶色の瞳をサツキは思い出す。

 そして、思い出すたび、なぜか鼓動が早くなるのを感じる。最後の数秒、交わしたあの視線を思い出すと、サツキはなんだか、落ち着かない気分になるのだった。


「・・・もう一度、会える?」


 その言葉にロブが「はい?」と答えると、サツキはわたわたと「何でもない」と手を振りまくり、テーブルの上のみならず、その周囲までもが、悲惨な状態になってしまった。


 ロブはため息をつきながら、ギギギと射殺すように睨んでいる食堂の女将を、チップをはずむため呼び寄せた。



◆ ◆ ◆



「え~、それ、ずるくない?」


 サツキは不満の声を上げた。朝からローブくんたち一行の姿が見えず、ロブただ一人な事に気づいたサツキは、その理由を聞いて憤慨した。なんでも、ロブくん以外のローブくんたちは、転移魔方陣を使って、一足先に王宮へと舞い戻ったのだそうだ。

 なれば、サツキもそれを使うと言い出せば、転移先の魔方陣にサツキの情報が登録されていないから無理なのだという。


「じゃあ、ロブくんもびゅーんって魔方陣で飛んじゃいなよ。わたしは一人で王宮に向かうからさ」


 床にのの字を書きながら、うじうじとサツキはロブに言う。


「えーと、一応、僕、護衛なので」

「わたしより、弱いくせに?」


ぐっとロブは顔を顰める。


「道案内も兼ねてますので」

「道案内ならいらない。わたし、口あるね。人に尋ねること、出来るアルね」


 あーだこーだ、言い合う二人に、食堂の女将の一声が飛んだ。


「どうでもいいけど、あんたたち、食べ終わったのならさっさと出てっておくれっ。片付きゃしない!」


 朝食を食べ終えてから、既に2時間が経過していた。




 放り出されるように、食堂を出たサツキは、ふと立ち止まり言った。


「そうだ、服を買いに行こう!」


 そして、借りっぱなしのこのローブをロブくんに返そう。思い立ったが吉日というじゃないか。さぁ、京都、じゃない、服屋行こう!

 そしてとある服屋の中に一歩足を踏み入れたサツキは感嘆の声をあげた。


「おぉ~~~、色々ありますな、どれ」


 一着のワンピースを手に取ると、サツキは値札を確認した。[320リオ]。お手ごろ価格です。庶民の味方です。なんてお前、いいオン~ナ~です。


 なんたってこちらには、ガリオン様がおわしまする。これはやってしまおうか、夢のあれを。ふふふふふ。地の底から這い出るような笑いをもらすと、サツキはおもむろに店員さんを手招きして甲高い声で言った。


「この棚の、ココからココまで、全部いただけるかし―――ふんがふっふ」


 背後から突然口を押さえられたサツキは、ロブに抗議の目を向けた。


「な、なにを突然言い出すんですか、あなたは――――グェッ」


 はい、思いっきりロブくんの足を踏んであげました。痛そうです。


「金ならある!」


 なんだか、偶然にも言いたかったセリフ、またひとつ言えちゃいました。(「そちも悪よのぅ」も死ぬまでに言ってみたいセリフのひとつです。てへっ)

 サツキはロブの目の前に昨日の金袋を見せ付ける。

 はい、4百ガリオン様のお通りですよ。あ、1枚は壮年男さんにその場で渡したから、正確には、399ガリオンですね。

 皆のもの、ひかえ~、ひかえ~。あぁ、店員さん、ノリが良いです。お控え下さってます。


「な、一体どうしたんですか、そんな大金!」

「ふふふ、近こう寄れ」


 サツキは耳打ちをした。その言葉にロブは絶句する。


「け、決闘場で儲けたですと~~~!!」


 ロブくん、今、わたしの耳、キーーーーーンってなりました。

 わたくしを揺さぶりながら、なんだかまだ延々とおっしゃられているようですが、ほら、まだ聞こえてきませんよぉ。耳の機能、壊れちゃいましたよ。

 あぁ、ロブくんのスキル見誤っていたようです。この音量は兵器クラスです。


「――か? …にかく、ご自分の立場というものを、もう少ししっかり自覚なさって―――」


 どうにかこうにか、戻ってきた聴覚に、安堵しつつ、サツキはやはり、数着の服を買うに留まった。ロブくんのいちいち聞いてくる「ホントに必要ですか、それ」の言葉に習って。色々買ったのに、結局3243リオの出費に留まりました。ええ、ロブくんさまさまでございました。


 ついでにロブくんに新しいローブを買おうとしたら、必要ないという。なんでも、その黒ローブは国営魔術師にしか配布されない貴重な品なのだそうで。ローブにも庇護の魔術とか掛かっているんだとか。

 というロブくんの「つまりローブとは」という熱の篭もった説明を、宿屋の部屋で右から左に聞き流しながら、サツキはせっせと新品の服たちの前で手を動かしていた。そんな様子のサツキにロブは問う。


「あの、何をなさっておられるのですか?」

「ん~? 抗菌防虫防臭加工を施してるんだよ」


 ロブは首を傾げる。コウキン? 「防虫」は分かる、ボウシュウは「防臭」でよいのだろうか? そんなロブくんにサツキは言う。


「あ~、つまり、長持ちする魔法をね、ちょっと」


 その言葉にロブは口を開けた。


「魔法を使ってたんですか?」

「ん~、厳密に言うと、「技」をかけてるんだけど・・・・・はい、終了っと」


 その掛け声と共に、サツキは腕輪を触る。すると、部屋中に所狭しと広がっていた服たちがふわりと浮かぶと、音もなく腕輪に吸い込まれていった。何度見ても、驚くような光景である。

 一体、サツキのいた世界というのは、どれほどの知恵と知識の詰まった世界なのだろう。

 聞けば、サツキたちの世界には、争いがないのだという。サツキの知るところの数千年は戦という戦がないのだと。それも、世界のどこに行っても。


 ロブのいるこの世界は、たった4年前でさえ、シスル国内でも謀反や一揆が絶えなかった。

 今現在、シスル国は平和が保たれているが、海を挟んだ隣の大陸では、戦が絶えず続いている。

 シスルも在するこの大陸には、シスルを含んだ4つの大国と、12の小国が存在するが、今でも2大国がいがみ合い、いつ大戦が行われてもおかしくない状態である。内戦の知らせもたびたび、聞こえてくる。

 シスルの軍隊も、同盟国から応援の要請がこの4年で3回かけられ出兵していた。


 なので、サツキの世界は、ロブにとって、まるで桃源郷のようだと思えて仕方がなかった。サツキにそれを言えば、否定するのは分かるほどには、彼女のことを理解できるようになったロブなのであった。





 もしもサツキに問うたならば、

「わたしの世界で戦が起こらない理由? そりゃ、起こったら、確実に世界滅亡しちゃうからっしょ」


 以上、桃源郷にはほど遠い回答でした。



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