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黒髪のアビス  作者: めい
1.始まりの章
4/33

4:「移動決闘場」の巻

*1ベール=1円の世界です。

「うぉーーー街!」


 祭壇から旅立ってから5日後、サツキ一行はラフィーユという比較的大きな街に着いた。今夜はここで宿を取るそうで、久々ふかふかのお布団で寝られるみたいです。さっそく街中にある宿を取り、荷物を置くと、サツキは扉を開け放ち、階段を駆け下りた。「ま、待ってくださいっ」とロブくんの悲痛な叫びが聞こえたが、「夕食までには帰るよ~」の言葉を残し、サツキは入り口の外へと走り去った。



「うぉーーー人!」


 かなりの人混みの中、様々な人たちが行き交っている。活気あふれる市場の中、サツキは右左に置かれている不思議な品々を眺めては楽しんでいた。

 時折、味見と称してサツキに食べ物を渡してくる行商人たちと仲良く会話したり、駆けてきた小さな子供にぶつかられたり、サツキはうきうきした気分でそれを楽しんだ。


 これこれ、この雰囲気を味わわねば。ビバ観光! しかし、お金がない。ロブくんから少し貰ってくるんだった。サツキの持っている硬貨は、この世界では通用しないようだ。

 まぁ、ベールも大して所持していないサツキであったが・・・・・・。

 ちょっとだけブルーな気分になったサツキは、お金ってやっぱり大事だよね。懐が暖かいとか表現するし・・・でも、愛は買えないのさ。多分。と考えながら、とぼとぼと歩き出した。


 「マネーマネー」と呟きながら歩くサツキは、やがて、ひらけた広場の中央にある噴水の前が、なにやら騒がしいことに気づいた。近づいてみると、ムキムキ筋肉のお兄さんが声を張り上げている。



「さぁさぁ、次の挑戦者は誰だぁ!」



 人垣の中を覗くと、中に簡素な木製の舞台が設置されていて、その中央には今、倒れたばかりの人がタンカで運ばれている様子が目に入った。噴水の中央に掲げられた看板には、大きな文字で「移動決闘場」と書かれている。


 その下には、「モスリンド様」と書かれた歪な文字と、屈強な男の姿絵が描かれており、「Wanted!」とこれまた派手な彩色で書かれた文字の下、“金40000リオン”と書かれていた。男の姿絵はなるほど、今、目の前にいるムキムキ筋肉のお兄さんによく似ていた。


「このお兄さん倒したら、4万リオン貰えるってことかなぁ」


サツキの呟きに、ムキムキ兄さん――モスリンドは答えた。


「そうだぜ、嬢ちゃん、あんたも参加するかい? ただし、参加費が百リオン必要だぞ」


そして、にやりと黄色い歯を見せ、モスリンドは笑った。


「まあ、嬢ちゃん相手なら、10リオンでもいいぞ」



 サツキはうーんと唸った。百だろと10だろうとサツキは1リオンも持っていない。というか、リオンがお金の単位なのも今初めて知った。悩んだサツキの様子に、隣に立っていた壮年の男が呆れた表情を見せた。


「おいおい、お嬢ちゃん、本当に出るつもりかい?」

「うん、出たいのはやまやまなんだけど、私、無一文なんだよね」


 に、と笑うサツキに壮年の男は瞑目し、その直後、大きな声で笑った。


「ははは、なら、私が10リオン出してあげようじゃないか。その代わり、お嬢ちゃんが勝ったら、10倍にして返してもらおう」


その言葉に周りの人々が声をかける。


「おいおい、おっさん、そりゃ可哀そうだろう」

「お嬢ちゃん、よく考えな、怪我するよ」


諌めるその言葉に、サツキは口を尖らせる。


「お嬢ちゃんじゃない、サツキだよ」


大人たちはどっと笑い声をあげた。


「あ~サツキちゃんよ。悪いこたぁいわねぇ、早くお家に帰んな」


 相も変らぬ子供扱いに、17歳のサツキはついにぶち切れると、壮年の男に詰め寄った。


「おっちゃん、10リオンちょうだい!」


 その迫力についと、男は財布の中から10リオンを手に取り出す。サツキはその手にあるお金を、半ば奪うように、モスリンドに突き出した。


「いざ、勝負!」



◆ ◆ ◆



 大きな野次の中、モスリンドはやれやれと首をすくめた。まさか、こんな年端も行かない子供相手に本気になれるほど、モスリンドは腐っていなかった。みれば、彼女は武器すら携帯していない。ならば自分も無手で対応するのみ。背負い投げでもして、背中を強かに打てば、彼女も泣いて帰るだろう、と。


 そして、大きなドラの音と共に、モスリンドは一歩大きく踏み出した。と、いうところで、モスリンドの記憶は一瞬途切れ、再び気がつく彼の目には青空が映っていた。

 なんだか、とても静かだ。モスリンドは起き上がろうとする。が、うまく体が動かない。


 すると突如耳に大きな歓声が響いた。

 なんとか首を動かすと、周囲に向かってガッツポーズを繰り広げている、少女の姿が目に入った。少女は、やおら振り向き、倒れたままのモスリンドに、満面の笑顔で言った。


「さあ、お兄さん。4万リオン戴こうかしら?」


 その言葉にモスリンドは、やっとサツキに背負い投げをされ、倒されたのだと気づいた。背中が痛い。



◆ ◆ ◆



 ひときわ大きな歓声に、アルは背後を振り返った。歓声は噴水広場から聞こえてくる。移動闘技場の看板が目に入る。アルは思った。


(なにか大きな勝負があったらしいな)


 ふいと見やれば、舞台の中央で胴上げされている少女がいた。横には開催者であろう大きな男が倒れているのが見える。


(まさか、あの少女が、勝ったのか?)


 周囲の人々の話を聞くに、少女は、あの大男を相手に、試合開始と同時に鮮やかな一本背負いを決めたらしい。見逃したことをアルは少し残念に思った。

 ふとアルは黒い気配に眉をよせ、彼方を見た。その視線の先には、いやにガラの悪い男たち数人が固まって徒党を組んでいる。彼らはジロジロと胴上げされている少女を観察している様子だった。


(嫌な感じだな)


 さて、どうする? アルは思案した。



◆ ◆ ◆



 サツキはほくほく顔で広場を後にした。

 しかし、この金袋、重い。硬貨が4百枚入っている。4万枚じゃないのは、なぜかと聞いたら、ちょっと不思議な顔をしつつも、親切な男の人が教えてくれた。「百リオン=1ガリオン」なのだそうだ。なので、サツキが渡された硬貨はすべてガリオン硬貨だという。


 ちなみに「1リオン=百リオ」なのだそうで、ご飯1回が50リオ程度で食べられるらしい。さらに「1リオ=百オン」だそうだ。と言うことは、だ。え~、ベールだと、ご飯1回だいたい500ベールだから・・・4百ガリオンは・・・40000000ベール? ん? いちじゅうひゃくせん・・・4千万ベール? ですか? ちょ、ちょっと待て。何か計算間違いが・・・。

 ちょ、ちょま、さっきのおっちゃん、ぽんと1万ベールも払ってくれてたの? あ、今、頭くら~ってしました。貧血ですかね。

 つか、参加料10万ってどんだけ。そこ、庶民の憩いの場でしたよね。闇ファイトでしたか。鉄格子嵌ってましたかと。


 と、とりあえず、この大金さんを「Iネットくん」内部に仕舞わねば。

 もう、今のわたし、はい、きょどってます。きょどりまくりです。今、お巡りさんがいたら、確実に職質かけられる自信あります。あ、あの路地にさささっと行きませう。

 一応、この世界の人、「Iネットくん」なんて知らないだろうし。人目のないところで、な~んて考えながら路地に入ったわたし。



 ああ、この状況知ってますよ。飛んで火にいる夏のってヤツですよね。うん、首元にナイフ当てられちゃってます。


「有り金、全部置いてきな」


 ああ、ベタなセリフがやってまいりました。この後、軽くジャンプしろとか言うんですよね、確か。

 ポッケは全てデロンと白地を出させられるんですよね?



◆ ◆ ◆



 路地の角を曲がる直前、


「なんとベタなセリフ・・・」


という呟きが聞こえた。

 次に、聞こえた音は、男たちのあげる呻き声。


「ぐぅっ!」

「うがぁ!」

「げふっ・・・」

「ひでぶっ」


 角を曲がったアルの目に映った光景は、地に這う先ほど見たガラの悪い男たちであった。そして、その中央にただ一人、黒いローブの背中が揺らめき立っていた。

 ローブの人物はゆっくりと振り返りながら、アルにその鋭利な眼差しを向けた。

 その姿にアルは息を飲んだ。吸い込まれるような、その漆黒の瞳に。フードからこぼれるその、流れるような黒髪に。


「・・・あんたも、こいつらの仲間?」


 ぽつりと呟いたその言葉にアルはちっと舌打ちをしたくなった。今日のアルは、それはそれは、この男共と変わらぬ、薄汚い格好をしていた。しかも、鼻から下はその顔を隠すように、ゆったりしたマスクで覆われている。言葉を発する間もなく、初めて相対する少女の雰囲気に瞬時構えた。後で思えばそれが合図だったように思う。


 来る。


 次の瞬間には、少女の蹴りがアルを襲った。

 腕を胸の前でクロスさせたアルは、そのビィーンという衝撃に、右手の甲につけた薄手のガントレットのありがたみを知る。装着していなかったら、折れていたかもしれない、そんな衝撃だった。

 その反動を利用しつつ、アルは背後へと大きく後ずさった。茶色の短髪が流れに逆らうように揺れる。容赦なく、先程とは反対の足が、顔面を狙い蹴りだされる。大きくのけぞったアルは擦れ擦れのところでそれを回避するが、風圧で鼻頭に一筋の赤い線が走る。

 さらなる後ろ回し蹴りは、読みが当たった。左手でその足を掴み引き寄せる。も、次の瞬間には振り払われた。そこで少女はやっと、間合いを計るように、後方へトトトッと飛んだ。

 そこですかさず、アルは両手を挙げ、敵意がないという素振りを見せ言った。


「待て。俺はそいつらの仲間じゃない」


 構えたままの少女は、窺うようにアルを見ている。


(やはり、綺麗な瞳をしている―――アビス、なのか?)


 そこへ、ピピーっと甲高い笛の音がした。

 はっと振り返ると、巡回の正規兵の姿が見えた。アルは今度こそ舌打ちをした。


 そして、再び、振り返ると、行き止まりのはずのそこには、少女のローブ姿のみが忽然と消え去っていた。


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