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黒髪のアビス  作者: めい
5.終わりの章
31/33

31:「女勇者、再び」の巻

 サツキは円形状の部屋にいる。

 周囲の壁には12の扉。

 3人がけのベンチが弧を描いて中央を向き置かれている。


 三週間前にサツキはここにいた。

 そして、今またここにいる。


 サツキの気分はその時とは、全く違うものだが。


 今日も召喚される人が4人それぞれの場所に座っている。

 サツキもその中のひとりだ。


 ひとつの扉が開き、中から二人の男が入ってくる。

 二人とも紫のマントを羽織っている。

 世界人民特殊機構――通称「WHG」の職員だ。

 彼らのうち一人は、もう一人に軽く頷くと手近な椅子に座った。

 もう一人は、そのまま別の扉に入っていった。

 彼も召喚されるのだろうか。

 これで部屋にいる人数は5人になった。



サツキは手にした召喚状を見る。

見覚えがあるその文面。



『J異世界に出現した魔王を討伐せよ』



 他に誰も受けるものがいなかったのか。

 その世界の住人はまだ大丈夫なのか。



「えー、サツキ=アサギリ」



 扉のひとつが開き、いつもの如く間延びした神官の声が、サツキの名前を呼ぶ。はい、と手を挙げてサツキはその扉の中に入っていった。



 魔方陣の中心に立ち、「界送り」の最中、サツキは考えていた。


今ヤヨイ姉は何をしているのだろう。

クエストは上手くいっているのだろうか。


 サツキは知っていた。

 ヤヨイが受けたそのクエストの内容を。

 ヤヨイは内緒と言ったが、間違えられたサツキの「Iネットくん」には正確にその情報がインプットされてクエスト画面で確認できた。


 なので、知っていた。

 アルがそのクエストのために、苦しむことを。悲しむことを。


でも、サツキは選んだ。

姉と彼。

姉を選んだ。


選んだのは、わたしだ。



 ウィーンと音が鳴り響く。魔方陣の力が高まっていく。




 さあ、本当の冒険の始まりである。



◆ ◆ ◆



 サツキは新たな世界に降り立った。



「・・・・・・」


 サツキは無言だった。

 召喚された目の前に、魔王がいた。多分、魔王。

 いや、目の前、というのか、これ。

 サツキは自分の足元で、キーキー騒いでいる声がする方向へ、視線だけ向ける。


 よく耳をすませると、


「おのれぇ勇者め! 卑怯な!」


魔王のキーキーした声が微かに聞こえる。


 平原(サツキからしたら4畳半の広さ)に、魔王軍が勢ぞろいしている。よく見えないが、2万くらいはいるのかしら。ぶんぶんコバエのように飛んでいるのは、よく目を凝らして見れば、ガーゴイルのようだ。


 サツキの後ろには、多分、国の正規軍が並んでいる。

 サツキが一歩でも動けば、彼らに被害があるだろう。


 彼らの中の将軍らしき格好の者が、サツキに言った。


「勇者さま、どうか魔王をお倒しください!」


 こちらもキーキー声だ。


 サツキは彼(?)を半目で見ながら、軽く頷き「Iネットくん」から、スリッパを取り出し右手に構えた。


 そして、魔王らしきものに振り上げ――――左足の裏で踏んだ。


 それと同時に、魔王軍が徐々に色が薄くなり、やがて消えた。



 ピピッと音が鳴った。

 クエスト画面に「任務完了」の文字がある。



 後方の軍隊が勝鬨かちどきを上げている。


 その様子を見ながらサツキは呟いた。


「・・・還ろっと」



 そう言って消えた女勇者を、誰しもが褒め称えた。

 そして、彼女が魔王を倒した際に出来た靴跡は、のちに水が溜まり「巨大勇者どうだらぼっちの池」と呼ばれ、聖地となった。


 彼らの世界では未だ、女勇者が構えたスリッパの意味を考え中なのだという。



◆ ◆ ◆



 サツキは扉を勢いよく開けると声を上げた。


「ジョセフィーヌ! いつもの一杯!」


 そして、カウンター脇のハイチェアにどかっと座る。


 ここは、サツキの活動拠点となっている戦闘ギルドである。

 サツキはこのギルドの登録メンバーだ。


 他のギルドにも登録しているのだが、勇者クエストが舞い込むのは、このギルドだけなので、必然的にサツキはここの常連となっている。


 クエストが舞い込めば、サツキたちの装着する「Iネットくん」にもその情報は入ってくるのだが、ギルド本部の端末から応募すると、そのクエストが受けやすくなるという都市伝説を信じ、サツキは講義や実習のない時間は、大体ここに入り浸っている。



 カウンターの向こうから、魅惑のジョセフィーヌが胸の谷間を惜しげもなく見せつつ、サツキの前にジンジャーエールを置いた。


「ずいぶん、荒れてるじゃない。どうしたの、サツキちゃん」


ぐびぐび、ぷは~っと豪快にグラスの中身を飲む彼女に、ジョセフィーヌは言った。


「どうしたもこうしたも、わたしゃ勇者ですよ。初の魔王討伐クエストが43秒で終わるってどういうこと? カップ麺だったら、麺を固まりのまま掴んじゃうよ!?」


ぎっと、サツキはジョセフィーヌを睨む。


「え~、でもサツキちゃん。ここんとこずっと顔見せなかったじゃないの。異世界で活躍してるんだとばっかり思ってたわ」


「行ってた。けど、それ間違いクエスト。ヤヨイ姉の赤紙クエストだったから」


ふ~ん、とジョセフィーヌが首を傾げながら言った。


「赤紙クエスト? 最近そんなクエストあったかしら」


ジョセフィーヌは、カウンターの上に置いてある端末を弄りだした。


「あら、ホント。ヤヨイちゃん、赤紙受けてるのね。・・・・・・あら?」


怪訝そうな顔をして、ジョセフィーヌはものすごい勢いで、端末のキーを叩く。


「どうしたの?」


「いえね、最初のクエストはいいのよ。特に問題は見当たらない・・・。でも次の赤紙クエストが・・・。あ~これは、最初のも疑ったほうがいいかも」


 そういうと、またまた、カタカタカタと端末キーが叩かれる。

 ジョセフィーヌは魅惑の微笑みを浮かべている。


「ふふふ、敵さん。焦っちゃったのねぇ。まさか、間違えて召喚なんてされるとは思ってもみなかったんでしょうけど・・・。ふふ、サツキちゃん、情報アリガト。今度おごるわぁ」


と投げキッスをサツキに寄こすと、同僚に「後、お願いねぇ」と言って腰をくねくねさせながら裏に入っていった。


「ちょいちょい・・・なに、なんなの~?」


と疑問だらけのサツキを残して。



◆ ◆ ◆



 月のない夜。その部屋は真っ暗だった。

 ひとりの男が寝台で寝息を立てて眠っている。


 音もなく、部屋の扉が開いた。

 そこから、ひとつの人影がするりと入り込んだ。


 その人影はゆっくりと、寝台へと近づく。

 そして、掛けられた布団を一枚そっと捲り、中を覗く。

 男の右手が見える。

 その人影はその右手のその小指めがけて、己の手を伸ばした。


 その小指を掴むところで、逆にその右手がすばやく動き、その手首を掴んだ。

 途端に室内が明るくなる。


 男はゆっくりと起き上がると言った。



「ヤヨイ、何の真似だ」


ヤヨイは微笑んで言った。


「嫌だわ。起きていらしたのなら、そう言ってくださいな」


そして、言った。


「もちろん、夜這いですわ。アルフレッド様」


アルはその言葉にふっと笑った。


「そうか? では、これはいらないのか?」


 男は右手の小指を掲げると、『リタノーマ』と唱える。

 瞬く間に、そこには指輪が現れた。

 黒く真珠のような玉が中央に光っている。



「アビスの指輪、これが目的なのだろう?」


 ヤヨイは目を細めて、その指輪を見た。

 そして、ため息をひとつついた。


「まったく・・・。あなたたち全然、隙が無いんだもの。今日、ここまで入って来れたのも、わざとって訳ね」


「さあな」


ヤヨイはフンと鼻を鳴らすと。


「まあ、いいわ。それじゃあ、計画変更」


と軽い口調で続ける。


「私になびかなかったあなたに朗報。それと交換に、あなたの会いたい人に会わせてあげる」


ふふ、とヤヨイは寝台に腰をかけながら、軽やかに笑った。


「どうする? アビスの指輪と、私の妹。どちらを取る?」



◆ ◆ ◆



 ヤヨイは走っていた。森の中をただ走っていた。

 後ろを振り返る。うまく撒いたようだ。

 ほっと息をつき、目を瞑った。


「私から、逃げられると思わないことだ」


 はっと目を開けると、目の前に紫のマントを羽織った男が立っている。

 ヤヨイは杖を構えた。

 白魔法唯一の攻撃魔法である『ホリー』を唱えようとしたところで、男が動いた。

 彼もまた、杖を構え、ヤヨイに向けて黒魔法を放つ。


 ヤヨイの杖の先から、白い波動が生まれ、男の上空から襲う。

 男の杖からは真っ直ぐに、黒の波動がヤヨイに向かい、そのまま彼女の身体を貫いた。


 男は横に飛びホリーの魔法を避けると、そのまま、杖をヤヨイに向ける。

 ヤヨイの身体が宙に舞いながら、その首にかけてあった袋が、男の手へと渡っていった。

 男は袋の中身を見ると、にやりと笑った。

 そこには指輪が入っていた。黒く輝く指輪が。


 ついに手に入れた。アビスの指輪を。この500年、蓄積された力とは、どれほどのものだろうか。

 これで私はわが国で、確固とした地位につける。

 いつも陰で笑っていた同僚たちを見返すことが出来るのだ。

 思わず笑いが漏れる。それはだんだん大きくなり、高笑いとなった。


「・・・ふふ、ふふふ・・・「ふはははは!」」


 男はふと、その笑いを止めた。最後の部分に自分の声ではない声が重なった気がしたからだ。思ったとおり、男が口を閉じても、森の中には、高笑いが響いている。


「ふははっははは!」


 男はマントを翻し、振り向いた。

 そこには、少女が立っていた。


 腰に手をあて、胸を逸らしながら高笑いをしていた少女は、男に向かって声を上げた。


「竜巻爆裂少女、サツキ=アサギリ、ここに見参!」


 そして、奇怪な動きをするとぴしっと両手をYの字に挙げ、片足を挙げたところで固まった。


「お前、どうやってここへ・・・」


サツキは言った。


「どうやって? もちろん「界送り」を使ってに決まってるじゃん」


そして、左腕の腕輪を弄りながら言った。


「はい、わたしのクエスト見て見て」


空中に一文字ずつ文字が躍る。



『指 名 手 配 犯 トーリオ=マツーダ を 捕 獲 せ よ』



サツキはに、と笑った。


「そして、あなたはトーリオさん。WHGの規律に違反したとして反逆者となった、トーリオさん」


びしっとサツキは男に向かって指をさした。



「今度はあなたが、追われる立場になったのですよ」






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