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黒髪のアビス  作者: めい
5.終わりの章
30/33

30:「天使の微笑み少女」の巻

 それは突然やってきた。

 白い馬に跨り、空を飛んでやってきた。

 その黒髪をなびかせて。


 皆が見守る中、その白馬は王宮広場に優雅に降り立った。

 その馬に跨る人物に、サツキは気付いた。

 サツキのよく知る人物、それは、サツキの実の姉であるヤヨイだった。


 目を丸くして驚いているサツキに向かって、ヤヨイはにっこりと笑って言った。


「サツキ、迎えにきたわよ」


「・・・ヤ、ヤヨイねえ?」


――――迎えにきた?



 馬から降りるとヤヨイは、周りの人に優雅にお辞儀をした。

 その様子に、つられて何人かがお辞儀を返している。


「わたくし、天使の微笑み少女、ヤヨイ=アサギリと申します。どうぞよろしくお願い致します」


 ヤヨイの姿に周囲の人々は、ほぅと、ため息を漏らした。

 だれが見ても可憐な黒髪の乙女であった。


 本物の「黒髪のアビス」が現れた瞬間だと、誰もが思った。

 ただ、数人を除いては。



◆ ◆ ◆



 改めて、謁見の間に通されたヤヨイ姉は、玉座にいるアルに向かって言った。


「改めまして、アルフレッド様。妹のサツキがお世話になったようで、感謝致します」

「いや」


アルはヤヨイ姉を見ている。

じっと見ている。

何かを探すように。

その視線に、サツキは何だか胸の奥が短くつきっと痛んだ。

それをごまかす様に、周りを見渡す。

各大臣たちは、皆、ヤヨイ姉に釘付けの様子だ。

それはそうだ。なんたって、ヤヨイ姉なのだから。

もう一度二人を見てみた。

二人は見つめ合っている。

どうしよう、早くこの場から出たい。

早く、早く。



 短い口調で返したアルに付け足すように、ロベルトが口を添える。


「ヤヨイ様がお気になさる必要はありません。どうぞ、ゆるりとお過ごしください」


 そこでヤヨイ姉は、この度の召喚間違いを説明した。

 本当は姉が召喚されるのだったと。

 サツキを元の世界に還します、と。


その言葉はサツキの心を重くした。

まるで、サツキの存在自体が間違いだと言われているみたいで。


 サツキはヤヨイ姉のいつになく強い口調を聞いていたが、それも理解していた。

 姉が、本当の召喚者なのだとすると、このクエストは赤紙クエストなのだ。

 強制召喚なのだ。

 ヤヨイ姉が自ら進んで選択したものではないのだ。


サツキは考える。

今一度、自分の本分を思い出すべきだ。

わたしは何故ここにいる?

わたしは召喚間違いでここにいる。

よって、わたしはここにいる理由はない。

早く自分の世界に還るのだ。

わたしの目的、それは自分の世界に還ること。



 周囲ががやがやと騒がしくなった。サツキが我に返った時には、謁見の時間は終わっており、アルフレッドの姿はもうそこには無かった。



 隣では、そんなサツキを、微笑みを浮かべたヤヨイ姉が見ていた。



◆ ◆ ◆



 ヤヨイ姉は、本宮の客室に今日は泊まることになった。

 サツキが最初に使用していた部屋だった。


 サツキは後宮に戻るべく、足を運んだ。

 その間、護衛についていたモスリンドが何かを言いたそうにサツキを何度も窺っていたが、その口が開かれることはなかった。


 部屋に入ると、メアリーとハンナのまるで腫れ物を触るような扱いが、逆につらく感じる。その空気にやはり一度外に出ようとした時に、来客が訪れた。マリアンヌだった。


「一体、どういうことですの? あなたのお姉さまが、黒髪のアビスだというじゃないの!」


部屋に通されるなり、両手を腰にあてて彼女は言った。


「どうって・・・。最初から言ったとおりなんだけど・・・」


 サツキは、どうしてマリアンヌが怒っているのか分からずに、戸惑いながらもそう答えた。

 その答えに彼女は眉を顰める。


「あなたは、それでよろしいのですの?」

「どういう事?」


「ですから、あなたは、このまま陛下の后候補から降りておしまいになるのよ。それでよろしいのかしらと、わたくし、聞いておりますわ」

「だから、元々わたしは、候補でも何でもなかったんだってば」


そして、サツキはまるで囁くように言った。


「・・・黒髪のアビスなんかじゃないんだから」


それに対してマリアンヌは、形の良い眉を器用に片方だけ上げた。


「わたくしも、黒髪のアビス様ではございませんことよ」


そして、彼女はあごをつんと上に向ける。


「けれども、わたくしは諦めなどしておりませんわ。あなたは、そのおつもりのようですけれど」


サツキはマリアンヌのその言葉を、目を丸くして聞いていた。



(諦める? わたし、諦めようとしてるの? 何を?)



黒髪のアビスであることを?

皇帝の花嫁候補を?

この世界に留まることを?



――――アルのことを?



◆ ◆ ◆



 ヤヨイとの顔合わせを兼ねた会食が、サツキのとき同様に親しいものだけで行われた。

 それが終わった後に、フライはサミエルの部屋にいた。


「なんかさ、もやもやすんだよな。こう、胸の辺りが。お前はどうよ?」


 フライが眉をしかめて言う。

 その言葉にサミエルは目を伏せる。


「そうですね。間違いだった。本物が来た・・・では済ませたくはないですね」


そして、サミエルはフライを見た。


「あなたは、ヤヨイ様のことをどう思いましたか」

「ん? あ~なんつか、こう、美人だよな」

「それから?」

「ん~、がさつじゃねえし、あれなら、即皇室に入っても誰にも文句言われねぇよな。あいつみたいに」


と、フライは少し笑った。


「そうですね。作法も完璧で、仕草も優美な方でした。まさに、伝承に描かれた黒髪のアビスそのものに感じるほど」


サミエルのその言い方に、長年の付き合いのあるフライは引っかかりを感じ、口の端を上げて言った。


「な~んか、言いたそうじゃんか?」


サミエルはにっこりと笑った。


「ええ、あまりに完璧すぎますから」


それに、と彼は続けた。


「アルの笑顔がありませんしね。・・・まるで何かを警戒するように感じました」



(昔からアルは結構、勘が鋭いんですよ。もちろん、僕もですけど。・・・フライの感じている、そのもやもやというのも、多分同じところからでしょうね)


 二人は目を合わせると、互いに軽く口の端を上げた。


 そして、互いに学生時代のようだと思った。

 そう思えるほどその頃と、その表情は変わっていなかったから。

 だから、二人はこの話題を終わりにすることにした。

 言わなくても分かる。そういうことだ。



◆ ◆ ◆



 次の日、サツキはヤヨイに共に昼食を、と呼ばれた。

 部屋に行くと、ヤヨイ姉は少し緊張した顔でサツキを出迎えた。

 給仕が食事の支度をし、部屋から出ると、ヤヨイは口を開きこう言った。


「サツキ、私のクエスト内容がひとつ増えたの。あなたを元の世界に還すこと。このクエストが」


サツキはヤヨイの言葉に続けていった。


「しかも赤紙クエスト」


 疑問ではなく断定の形で。

 ヤヨイはそれに頷いた。



サツキは思った。

ならば、何も迷うことは無い。

このまま還るのだ。いや、還らなくてはならない。


 サツキの選択肢は残ってなかった。



 そして、無言でサツキにヤヨイの装着している右手の腕輪を向けた。

 サツキは左手にめているヤヨイとよく似たその腕輪を重ねる。

 眩しい光が部屋を包んだ。


 ピピッと音が鳴り、サツキのクエスト画面が「任務完了」に書き換えられる。

 これでいつでも元の世界に還ることが出来るようになった。



◆ ◆ ◆



「わたし、還るから」


 サツキはあっさりと短い言葉で、ロブとモスリンドにそう告げた。

 それに対してロブは眉を顰めて言った。


「そう、決められたんですか」

「うん」


 サツキのその決意を固めた返事を聞き、ロブはため息をついた。


「なら、僕があなたに言うべき言葉はひとつ、ですね」


そういって、ロブは言った。


「今まで本当にお世話になりました。あちらに行ってもお元気で――――とでも言うと思いましたか?」


にこりとロブは笑う。口の端をぴくぴくさせながら。


「・・・大体あなたはいつもいつもいつもいつも、一人で勝手に決めて勝手に行動して、毎回毎回僕らを困らせて! それで、はい還ります。ああ、そうですか、と! 最後ま、であ、なたは僕らを、振り回すだ、け振り回し、て!」


 途中から、ロブは涙が喉につまって声が途切れる。

 しかし、そこはロブくん。ボリュームのつまみがMaxに近づいていきます。さらに、モスくんの「お嬢~~~お嬢~~~!!」のノイズが加わり、辺りに騒音が撒き散らされることになった。


 サツキはその様子をにこにこ笑って見ていた。少し目尻に涙を溜めて。{技:耳栓}を使いつつ。



 この光景も、見納めである。



◆ ◆ ◆



 普段と同じように、アルは執務室で本日回されてきた書類の処理をしている。

 時折、何かに気を取られたように、その動きは止まるが、しばらくするとまた動きだす。

 眉には深いしわが刻まれたままだ。



 その様子にロベルトは何も言わず、彼もまた自分の仕事を黙々とこなしていた。

 助言など出来る訳がない。

 ロベルト自身でさえ、決めかねているのだから。


 アルは皇帝である。そこには皇帝であるべき職務が付いて回る。

 それは、ロベルトが認識している以上に、彼の方が知っていることだ。

 アルは、生まれ落ちたその日から、皇帝になるべく育ってきたのだから。


それでも、ロベルトは迷っていた。

このままでいいのか、と。

シスル国の皇帝が、降臨したアビスを選択することは国の繁栄に繋がる。

だから、これが最善なのだと、頭では思う。

皇帝の参謀として、常に国の事を念頭に置かねばならない。


 ロベルトの眉にも深い皺が刻まれていたが、彼は気付かなかった。



 そんな二人の様子を気に留めることなく、彼女は窓辺のソファに腰掛け、優雅にお茶を飲んでいる。

 その表情は少し人形じみてはいたが。

 ちら、とその黒い瞳が動き、アルの姿を捉える。


 その視線は、彼の赤みがかった金髪から、眉をよせたその整った顔を通過して、その逞しい腕をもさらに下がり、彼の右手で止まった。正確にはその、小指に。


 彼女は目を細め、それを確かめる。

 そして、また優雅に手にしたお茶を飲みつつ、微笑んだ。



 ふと、その視線に気付き顔をヤヨイに向けたアルだったが、途端に何かを感じ、音を立てながら椅子から立ち上がった。

 ロベルトは驚き「どうしましたか?」と声をかけたが、反対に、全く慌てた様子の無いヤヨイは微笑みながら言った。


「あら、気付きました?」


と一言だけ。

 ヤヨイをしばし凝視した後、部屋を飛び出したアルの背中にヤヨイは言った。


「そんなに急いでも、間に合う訳がありませんのに」


ねえ? とヤヨイは呆然としているロベルトに語りかけた。



◆ ◆ ◆



 闘技場の中央にふたつの人影があった。

 アルの全力で駆けていたその足がゆるまった。

 分かっていた。

 ヤヨイの言葉を聞くまでもなく、彼自身の何かがきちんとそれを感じていたから。


 ふたつの人影――ロブとモスリンドは、この距離からでも泣いていることが分かった。

 ロブは己の黒いローブの右腕を、自分の顔にこすり付けていたし、モスリンドは両手両膝をついて号泣していたから。



間に合わなかった。

言葉を交わすことすら出来なかった。

その身をこのに映すこともかなわなかった。




 彼女は自分の世界に還った。彼を残して。






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