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黒髪のアビス  作者: めい
4.王宮暮らしの章
25/33

25:「黒猫の正体」の巻

「・・・なぜあなたがこんなところにいるんです」


 ロブは呆れた目をして、モスリンドを見た。


 モスリンドは王宮内の牢屋に入れられていた。

 お嬢、お嬢、としか言わないモスが、やっと落ち着いた時に言った人物の名前がロブだったので、ロブがここに呼ばれることになった。

 晴れて釈放されたモスリンドは大きく伸びをひとつすると、言った。


「で、お嬢は見つかったのか?」

「はい、あの後、自分で部屋に戻ってきて、昼食を頂いてました」

「そうかぁ、そりゃよかった」

「しかし、今はまた行方不明です」


モスリンドの笑顔が固まった。


「ああ? どういうこった?」

「それは、僕が聞きたいです。あなたが牢屋の中でのほほんとしていた間に、僕は大臣たちに詰め寄られて、針のむしろだったんですから! ここでも頭を下げなきゃいけないし、今日だけで僕がどれだけ心身を削られ―――」


だんだん大きくなるその声に、モスリンドは慌てて耳を押さえながら言った。


「わぁった、わぁった。悪かったって。大変だったなぁ! んで、あてはあんのかよ?」


首を横に振るロブにモスリンドは言った。


「飯の匂いのあるところはどうだ、厨房とか食堂とか」

「すでに探しました」


「ん~、じゃあ、鍛錬場なんかは?」

「探しました。いませんでした」


「馬屋は?」

「いませんでした」


「あ~、じゃあ、あと、なんだ? ・・・部屋に戻ってんのかもなぁ」


 万策尽きたモスリンドはそう言った。


 一番望みがなさそうな場所である。



◆ ◆ ◆



 アルは自室に戻ると、黒猫を机の上に乗せた。

 ベルベットガウンを取り去り、椅子にかけている間に、猫はすたっと机から飛び降りる。

 つかまえようと、伸ばした手はしっぽをするりと掠めただけだった。猫はそのまま、アルに擦り寄り、にゃあ、と一声鳴いた。


「ん? 腹が減ったのか?」


期待に満ちたその黒目に、アルは軽く頭を撫でる。そして、猫の食事を用意するよう、従者に頼んだ。


 ゆらゆらと黒猫はしっぽをくねらせている。食べ物がまだ無いと気付いたのか、黒猫は大きな欠伸あくびをひとつすると、ひょいとソファへ飛び乗り、そこで体を丸くした。


 アルはそんな猫をじーっと見ていた。まるであのサツキのような黒を。



 さて、彼女はどこへ行ったのやら。



◆ ◆ ◆



 ロブはサツキのあてがわれた客室をのぞいてみた。


「サツキさーん。いますかー。いたら返事してくださーい」


 そういいながら、ロブはテーブルの下、クローゼットの中などをのぞいていく。

 モスリンドも、天井の裏や、部屋のダクトの中まで調べる。


「やっぱり、いないみたいですね」


と、ロブは廊下へ出る。続いて部屋を出ようとしたモスリンドが、ふいに立ち止まった。


「どうしたんですか?」


と、ロブは尋ねた。



◆ ◆ ◆



 食事を食べ終えた黒猫は満足そうにまた、ソファに丸くなる。

その様子にアルは軽く笑った。


「まるで、お前がこの部屋の主みたいだな」


 そこへトントンとノックの音がした。扉から何が可笑おかしいのか、いつものようにくすくす笑いながらサミエルが入ってくる。


「やあ、アル。アビスには会えたのかな?」


なるほど、すでに知っているらしい彼に、アルは軽く首を振る。


「彼女、まだ見つからないんですよね。実は・・・」


とサミエルは先程シャルルから聞いた話をした。


「なので、もしかしたら、サツキさん、それを食べたかも・・・どうかしましたか?」


アルが黙ったまま、一点を見つめていることに気付いたサミエルは、アルに聞いた。


「いや・・・」


アルは口ごもったが、その視線の先には、ソファに寝転んでいる黒猫がいた。



 二人の視線を感じた黒猫が閉じていた目をうっすらと開けた。徐々に近づいてくるサミエルに気付き、黒猫は、びっと飛び起きると、フーゥッと威嚇をする。


「大丈夫ですよ、ちょっと調べるだけですからね・・・」



◆ ◆ ◆



 ふいに立ち止まったモスリンドは、


「・・・お嬢の匂いがする」


と呟き、くるりと再び部屋の中へと入る。

そして、突然、


「そこだ!!」


と叫ぶと、部屋の隅にあったロングカーテンをがばっと開けた。



 そこにはサツキが隠れていた。


「ふぎゃーーーー!!!」


サツキは叫ぶと、一瞬でまた、自分の身体をカーテンで包む。


「・・・一体、どうしたんですか。サツキさん」


 モスリンドの嗅覚はどうなっているんだ、とロブは思いながら、サツキに尋ねる。

 カーテンの向こうから、くぐもった声が聞こえる。


「・・・会いたくない。誰にも会いたくない。出ておいき」


ロブとモスリンドは顔を見合わせる。


「・・・みんなで、探していたんですよ。ロベルト様も顔を青くされていました」

「お嬢・・・みんな、心配してたんですぜ? 顔ぐれぇ見せてくだせぇよぉ・・・」


そんな二人の言葉にサツキは、小さな声で言った。


「二人とも、・・・笑わないかえ?」


 笑う?

 何が笑えるのだろうか。不思議に思いながらも、ロブは言った。


「ええ、笑いませんよ」


それに対して、サツキはなおも確認する。


「ぜ~~~ったい、・・・笑わないニダ?」

「へぇ、ぜ~ったい、笑いませんぜ?」


 モスリンドの言葉に、やっともぞもぞとカーテンが動き出す。

 そして、そこから、サツキはおずおずと身体をのぞかせた。


「・・・・・・」

「・・・・」


何も笑うところは、ない。いつものサツキだった―――が。


「・・・・・・お嬢、なして、頭だけ出さねぇんです?」


 サツキは頭部のみ、カーテンを巻きつけたままだった。


「うぐぐぅ・・・」


サツキは涙目で訴えた。


「まさか、まさか、こうなるなんて思わなかったの。ただ、おいしそうだなぁ~って思っただけで・・・うぅ」


うぐうぐとしているサツキにロブはため息をつき言った。


「とにかく、その頭も取ってください。それでは、そこから離れられないでしょう!」



 いやだいやだと、うがうがするサツキの頭のカーテンを、ロブとモスリンドは二人がかりで、取り去った。



 そして、二人は―――。



◆ ◆ ◆



 アルの部屋に報告に来たロブは言った。


「と、いう訳で、部屋に戻っていました」


「そうか」


とアルは言った。


「で、彼女が会えないという理由は?」


アルがそう尋ねると、ロブは言いよどんだ。


「あー、えーと、実は、体の一部が、ですね。変形してまして」


その言葉にアルはぎょっとする。


「どういうことだ?」


ロブは胸の前で両手の平を見せ、それを軽く振りながら言った。


「いえ、多分、一時的なものなので、夕食の時間までには戻るかと・・・」


「・・・そうか。命に別状はないんだな」

「は、はい。もちろんです・・・ところで、サミエル様は、どうなさったんですか?」



 ロブが入室した時から、サミエルは熱心に『アンケア』をかけ続けている。自身の身体に向けて。


 ロブの言葉に、椅子に腰掛けていたサミエルが振り向いた。

 鼻の上に三本、赤い筋が入っていた。



「・・・・・・それは、ふれないでくれるかな?」


 サミエルはそれはそれは黒い笑顔を浮かべていた。

ロブは無言で、首を縦に振り続けた。



 アルの膝の上で黒猫が、にゃーん、と鳴いた。



◆ ◆ ◆



 いやだいやだ。いやだ~。


 サツキは思った。こんな格好では魔王と対決など出来ない。魔王もいつもの力が発揮できないであろう。こんなサツキを相手にしては。


「そんなのフェアじゃない!」


 大体、どこの洞窟も探検してないし、中ボスなんかも出てきてない。ザッシュを中ボスと考えるか?

サツキは首を振る。ダメだ、弱すぎる。ジーンが操るザク並みです。却下です。


 それに勇者キッドをひとつも入手していないではないか。さびた剣も見つけてないぞ。

 お姫さまだって助けてないのに・・・。


 ぶちぶち文句を言っているサツキを半ば引き摺るようにして、ロブは皇帝に指定された食堂へ着いた。ノックすると、短く「入れ」と声がした。


「失礼します」

「しっつれ~しまっす」

「お邪魔するぜぃ」


上からロブ、サツキ、モスリンドの言葉の順に、室内へ踏み入る。

サツキは黒のローブのフードをこれでもかと、顔に引っ張り下げながら、指示された席に座った。



 サツキは、ちろっと上目で窺ってみる。左側のお誕生日席を。その人物を見てサツキは首を傾げた。


「あれ~~~?」


サツキの見た相手はふんわり笑った。蒼い目が細められる。


「また、会ったな」


 サツキは目を丸くし、彼を見た。それから、向かいの席を見る。

 そこには、サミエルが座っている。やはり彼はくすくす笑いを見せている。

 彼の隣にはフライがいた。フライは彼の笑みにサツキと同じく、目を丸くしている。

 そのまた隣に、少しだけ口の端を上げたロベルトが座るところであった。


 サツキの隣には、ロブ、モスリンドが座っている。

 ぐるりと見回す。後は、白いコックの服を着た給仕の人たちばかりである。


 それから、また、サツキは、左側の蒼い瞳の彼に視線を戻す。

 サツキの心臓はバクバク音を立てている。まさか、まさか・・・。


彼は口を開いた。


「・・・前に、約束した。名を教えると」


そういって、彼は少し真面目な顔になり、サツキを見た。



「私の名は、アルフレッド=ステファノ=インペリアル=シスタ。第三十二代シスル国皇帝だ」


 威厳のある声がその部屋中に響いた。


「サツキ=アサギリ。あなたを歓迎する。黒髪のアビス、であっても・・・そうでなくとも」


 サツキはただ固まっていた。アルの言う、「そうでなくとも」にめられたその意味には気付かずに・・・。







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