25:「黒猫の正体」の巻
「・・・なぜあなたがこんなところにいるんです」
ロブは呆れた目をして、モスリンドを見た。
モスリンドは王宮内の牢屋に入れられていた。
お嬢、お嬢、としか言わないモスが、やっと落ち着いた時に言った人物の名前がロブだったので、ロブがここに呼ばれることになった。
晴れて釈放されたモスリンドは大きく伸びをひとつすると、言った。
「で、お嬢は見つかったのか?」
「はい、あの後、自分で部屋に戻ってきて、昼食を頂いてました」
「そうかぁ、そりゃよかった」
「しかし、今はまた行方不明です」
モスリンドの笑顔が固まった。
「ああ? どういうこった?」
「それは、僕が聞きたいです。あなたが牢屋の中でのほほんとしていた間に、僕は大臣たちに詰め寄られて、針のむしろだったんですから! ここでも頭を下げなきゃいけないし、今日だけで僕がどれだけ心身を削られ―――」
だんだん大きくなるその声に、モスリンドは慌てて耳を押さえながら言った。
「わぁった、わぁった。悪かったって。大変だったなぁ! んで、あてはあんのかよ?」
首を横に振るロブにモスリンドは言った。
「飯の匂いのあるところはどうだ、厨房とか食堂とか」
「すでに探しました」
「ん~、じゃあ、鍛錬場なんかは?」
「探しました。いませんでした」
「馬屋は?」
「いませんでした」
「あ~、じゃあ、あと、なんだ? ・・・部屋に戻ってんのかもなぁ」
万策尽きたモスリンドはそう言った。
一番望みがなさそうな場所である。
◆ ◆ ◆
アルは自室に戻ると、黒猫を机の上に乗せた。
ベルベットガウンを取り去り、椅子にかけている間に、猫はすたっと机から飛び降りる。
つかまえようと、伸ばした手はしっぽをするりと掠めただけだった。猫はそのまま、アルに擦り寄り、にゃあ、と一声鳴いた。
「ん? 腹が減ったのか?」
期待に満ちたその黒目に、アルは軽く頭を撫でる。そして、猫の食事を用意するよう、従者に頼んだ。
ゆらゆらと黒猫はしっぽをくねらせている。食べ物がまだ無いと気付いたのか、黒猫は大きな欠伸をひとつすると、ひょいとソファへ飛び乗り、そこで体を丸くした。
アルはそんな猫をじーっと見ていた。まるであのサツキのような黒を。
さて、彼女はどこへ行ったのやら。
◆ ◆ ◆
ロブはサツキのあてがわれた客室をのぞいてみた。
「サツキさーん。いますかー。いたら返事してくださーい」
そういいながら、ロブはテーブルの下、クローゼットの中などをのぞいていく。
モスリンドも、天井の裏や、部屋のダクトの中まで調べる。
「やっぱり、いないみたいですね」
と、ロブは廊下へ出る。続いて部屋を出ようとしたモスリンドが、ふいに立ち止まった。
「どうしたんですか?」
と、ロブは尋ねた。
◆ ◆ ◆
食事を食べ終えた黒猫は満足そうにまた、ソファに丸くなる。
その様子にアルは軽く笑った。
「まるで、お前がこの部屋の主みたいだな」
そこへトントンとノックの音がした。扉から何が可笑しいのか、いつものようにくすくす笑いながらサミエルが入ってくる。
「やあ、アル。アビスには会えたのかな?」
なるほど、すでに知っているらしい彼に、アルは軽く首を振る。
「彼女、まだ見つからないんですよね。実は・・・」
とサミエルは先程シャルルから聞いた話をした。
「なので、もしかしたら、サツキさん、それを食べたかも・・・どうかしましたか?」
アルが黙ったまま、一点を見つめていることに気付いたサミエルは、アルに聞いた。
「いや・・・」
アルは口ごもったが、その視線の先には、ソファに寝転んでいる黒猫がいた。
二人の視線を感じた黒猫が閉じていた目をうっすらと開けた。徐々に近づいてくるサミエルに気付き、黒猫は、びっと飛び起きると、フーゥッと威嚇をする。
「大丈夫ですよ、ちょっと調べるだけですからね・・・」
◆ ◆ ◆
ふいに立ち止まったモスリンドは、
「・・・お嬢の匂いがする」
と呟き、くるりと再び部屋の中へと入る。
そして、突然、
「そこだ!!」
と叫ぶと、部屋の隅にあったロングカーテンをがばっと開けた。
そこにはサツキが隠れていた。
「ふぎゃーーーー!!!」
サツキは叫ぶと、一瞬でまた、自分の身体をカーテンで包む。
「・・・一体、どうしたんですか。サツキさん」
モスリンドの嗅覚はどうなっているんだ、とロブは思いながら、サツキに尋ねる。
カーテンの向こうから、くぐもった声が聞こえる。
「・・・会いたくない。誰にも会いたくない。出ておいき」
ロブとモスリンドは顔を見合わせる。
「・・・みんなで、探していたんですよ。ロベルト様も顔を青くされていました」
「お嬢・・・みんな、心配してたんですぜ? 顔ぐれぇ見せてくだせぇよぉ・・・」
そんな二人の言葉にサツキは、小さな声で言った。
「二人とも、・・・笑わないかえ?」
笑う?
何が笑えるのだろうか。不思議に思いながらも、ロブは言った。
「ええ、笑いませんよ」
それに対して、サツキはなおも確認する。
「ぜ~~~ったい、・・・笑わないニダ?」
「へぇ、ぜ~ったい、笑いませんぜ?」
モスリンドの言葉に、やっともぞもぞとカーテンが動き出す。
そして、そこから、サツキはおずおずと身体をのぞかせた。
「・・・・・・」
「・・・・」
何も笑うところは、ない。いつものサツキだった―――が。
「・・・・・・お嬢、なして、頭だけ出さねぇんです?」
サツキは頭部のみ、カーテンを巻きつけたままだった。
「うぐぐぅ・・・」
サツキは涙目で訴えた。
「まさか、まさか、こうなるなんて思わなかったの。ただ、おいしそうだなぁ~って思っただけで・・・うぅ」
うぐうぐとしているサツキにロブはため息をつき言った。
「とにかく、その頭も取ってください。それでは、そこから離れられないでしょう!」
いやだいやだと、うがうがするサツキの頭のカーテンを、ロブとモスリンドは二人がかりで、取り去った。
そして、二人は―――。
◆ ◆ ◆
アルの部屋に報告に来たロブは言った。
「と、いう訳で、部屋に戻っていました」
「そうか」
とアルは言った。
「で、彼女が会えないという理由は?」
アルがそう尋ねると、ロブは言いよどんだ。
「あー、えーと、実は、体の一部が、ですね。変形してまして」
その言葉にアルはぎょっとする。
「どういうことだ?」
ロブは胸の前で両手の平を見せ、それを軽く振りながら言った。
「いえ、多分、一時的なものなので、夕食の時間までには戻るかと・・・」
「・・・そうか。命に別状はないんだな」
「は、はい。もちろんです・・・ところで、サミエル様は、どうなさったんですか?」
ロブが入室した時から、サミエルは熱心に『アンケア』をかけ続けている。自身の身体に向けて。
ロブの言葉に、椅子に腰掛けていたサミエルが振り向いた。
鼻の上に三本、赤い筋が入っていた。
「・・・・・・それは、ふれないでくれるかな?」
サミエルはそれはそれは黒い笑顔を浮かべていた。
ロブは無言で、首を縦に振り続けた。
アルの膝の上で黒猫が、にゃーん、と鳴いた。
◆ ◆ ◆
いやだいやだ。いやだ~。
サツキは思った。こんな格好では魔王と対決など出来ない。魔王もいつもの力が発揮できないであろう。こんなサツキを相手にしては。
「そんなのフェアじゃない!」
大体、どこの洞窟も探検してないし、中ボスなんかも出てきてない。ザッシュを中ボスと考えるか?
サツキは首を振る。ダメだ、弱すぎる。ジーンが操るザク並みです。却下です。
それに勇者キッドをひとつも入手していないではないか。さびた剣も見つけてないぞ。
お姫さまだって助けてないのに・・・。
ぶちぶち文句を言っているサツキを半ば引き摺るようにして、ロブは皇帝に指定された食堂へ着いた。ノックすると、短く「入れ」と声がした。
「失礼します」
「しっつれ~しまっす」
「お邪魔するぜぃ」
上からロブ、サツキ、モスリンドの言葉の順に、室内へ踏み入る。
サツキは黒のローブのフードをこれでもかと、顔に引っ張り下げながら、指示された席に座った。
サツキは、ちろっと上目で窺ってみる。左側のお誕生日席を。その人物を見てサツキは首を傾げた。
「あれ~~~?」
サツキの見た相手はふんわり笑った。蒼い目が細められる。
「また、会ったな」
サツキは目を丸くし、彼を見た。それから、向かいの席を見る。
そこには、サミエルが座っている。やはり彼はくすくす笑いを見せている。
彼の隣にはフライがいた。フライは彼の笑みにサツキと同じく、目を丸くしている。
そのまた隣に、少しだけ口の端を上げたロベルトが座るところであった。
サツキの隣には、ロブ、モスリンドが座っている。
ぐるりと見回す。後は、白いコックの服を着た給仕の人たちばかりである。
それから、また、サツキは、左側の蒼い瞳の彼に視線を戻す。
サツキの心臓はバクバク音を立てている。まさか、まさか・・・。
彼は口を開いた。
「・・・前に、約束した。名を教えると」
そういって、彼は少し真面目な顔になり、サツキを見た。
「私の名は、アルフレッド=ステファノ=インペリアル=シスタ。第三十二代シスル国皇帝だ」
威厳のある声がその部屋中に響いた。
「サツキ=アサギリ。あなたを歓迎する。黒髪のアビス、であっても・・・そうでなくとも」
サツキはただ固まっていた。アルの言う、「そうでなくとも」に籠められたその意味には気付かずに・・・。