24:「猫たんパラダイス」の巻
サツキの辿り着いたそこには、無数の猫たん猫たん猫たんの嵐。大きいのやら小さいのやら、トラやらぶちやら三毛までいる。三毛猫はオスかしら、とちょっと考える。先程の猫はどこかしらと見渡すが、同じような灰色の猫が5匹はいる。しかしもうそんなのはどうでもいい。
ここは猫たんパラダイス。手近の猫たんを、もふもふ触る。あ~幸せ。
にゃお~ん
ふぎゃー!
にぃにぃ
ここは猫たんとサツキだけの世界。
ほわわ~と、浸っているところに突然、人語が聞こえた。
「あれ? 君、どこから入ったの?」
振り返るとそこには、黒いローブに身を包んだ、子供が立っている。
「え、う~んと、そこから」
膝の上に猫。肩にも猫。頭の上にも猫。両脇にも猫を従えたサツキの指した塀を、子供は見た。軽く2メートルはある。
「ふーん」
と子供は首を傾げると、心持ち心配そうに、
「とにかく早くここから出た方がいいよ。お師匠さまが帰ってきたら大変だよ」
と、サツキに言った。まだ猫たちと戯れているサツキの背中を、この庭の唯一である扉の元へと押していく。
「ん? なに?」
戸惑うサツキに、子供は早く早くとせかし、扉を開けた。
部屋の中はなんだか、ごちゃごちゃした空間だった。
本棚にしまいきれない本が無造作に積み重ねられ、いくつもの山を作っている。何かを書き記した紙が、そこらかしこに散らばっていた。棚という棚の引き出しは、きちんと閉められたものはひとつもない。いくつかはすでに物があふれ、閉められない状態だ。
中央にある大きな机の上には、いくつもの歪な形のビンが並んでおり、中には緑色や紫色、赤色などいろいろな色の液体がぶくぶくと泡を立てている。
そんな怪しげな雰囲気の部屋には不似合いの、かわいらしいピンクのリボンに結ばれたビンが、ちょこんと窓際の棚の上に置いてあった。中にはカラフルな紙で包まれたキャンディのようなものが入っている。
まさに足の踏み場もない状態の部屋を、器用に子供は歩いて、部屋にあるもうひとつの扉にたどり着くと、サツキに手招きした。
「こっちこっち。ここから出られるから」
なんだかよく分からない内に、サツキはその子供に押し出されるように、その部屋から追い出された。石畳で作られた道を見渡す。どこよ、ここ。と思ってから、はっと我にかえる。
「謁見の間ってどこ~~~!」
まあ、いいか。探しにくるだろう、と、サツキは先程あの部屋からかすめ取っていたキャンディを口にした。手癖が悪いのが勇者というものである(え?)。小さいことは気にしない。それが、サツキ。
甘くておいしい。口の中でキャンディをころころと転がしながら、黒い服についた無数の猫の毛をぱっぱっと払う。落ちない。どうしよう。かなり真っ白。姑と化したロブくんが目の裏に浮かぶ。怖い、またあの大音量の声が襲ってくるよ。きっと来る、きっと来るよ。
「あ、あばあば、アバター!!」
無意味に叫んでみた。
もちろん状況は変わらない。
何か使えるものは、とわたわた考える。青い猫型ロボットの如く、どうでも道具を「Iネットくん」から取り出していく。ドライヤーがでてきた。おお、吹き飛ばすの? いや、コンセントどこよ。と思ったら、団扇です。扇いでみた。はい、意味ナシ。携帯髪コテがでてきた。とりあえず、髪を巻いてみた。ああ、コロコロくんです、コロコロくんがでてきました。ガムテープより先に出てきました!
ウゥイ~ナァ~と、ゲーセンで勝った男子学生の如く、それを高々と振り上げた。と、そこでサツキは自分の異変に気付き、固まった。高々と振り上げたそれが、ことりと道端に落ちた。
そして、叫んだ。
「んなぁ~~~~ぉ!」
1分後、一陣の風がひゅ~っとその場に吹いた。
道端にドライヤーやらコロコロくんやら、無数の品が、散らばっていたが、そこにサツキの姿はなかった。
◆ ◆ ◆
ここは謁見の間。アルフレッド皇帝は玉座に鎮座している。
各大臣たちも、部屋の両側の壁の前に立ち、並んでいる。
「・・・・・・」
かれこれ、10分は経っていた。
先程まで隣にいたロベルトは異変を感じ、扉の外に出ていった。
アルは椅子の肘掛に肘をつき、その手の甲にあごを乗せた。
眠くなってきた。
部屋の脇にある小さな扉が開き、ロベルトが戻ってきた。部屋の内部にいる人々が彼に注目する。ロベルトはその視線を浴びながら、アルに何事かを耳打ちする。それを聞くと、アルは席を立ち、周囲の人に声を上げた。
「黒髪のアビスは、本日来られないそうだ。よって、これにて解散とする」
がやがやと騒がしくなった室内から廊下へと出たアルは、背後についてくるロベルトに前を向いたまま言った。
「いつから、行方不明なんだ?」
「こちらの謁見の間に向かう途中で、だそうです」
となるとまだ30分は経っていない。
よくよく消えるやつだ。そうアルは思った。
大体、顔合わせなど、午前中にも出来たはずだ。大臣たちが騒いだために、大事になって、あのような謁見の形となった。
しかし、それを今さら問質しても仕方がない。まずは、彼女の行方を探すことだ。アルは、王宮内に彼女が到着したあとも、『翳』を使っていなかったことを悔いた。
通路の奥に黒猫が見えた。先程あった報告の通りだ。本宮の中にまで、猫がいるのには驚いた。アルが行く方向にその黒猫はしっぽをぴんとたてて歩いていた。アルはその角を曲がった。
すると、先程の黒猫が、道を戻ってきた様子で、目の前に居た。アルを見た途端、その黒猫は全身の毛を逆立て固まった。かちんこちんに固まっているその黒猫をなんなくアルは抱える。
数秒後、はっと我に返った様子の黒猫は、アルの腕の中で暴れたが、アルがその猫の背をなだめるように数回なでてやると、黒猫はおとなしくなった。
◆ ◆ ◆
その頃、東宮内の一室で、サミエルは久々に会う旧友の下を訪れていた。名をシャーレイという。しかし、彼は周りにシャルルと呼べといって止まない。彼は、たいへんな変わり者であるが、それを拭い去る才能を持っていた。それゆえ現在は、魔導騎士としての任についている。もっぱら魔道具の研究に明け暮れているらしいが。
最近の研究成果について聞いてみると、彼は紅茶の入ったカップをゆるく揺らしながら嬉しそうな顔で、サミエルに顔を近づけ言った。
「聞いてくれるぅ? もう少しなのよぉ。もう少しで完成なの!」
「そうなんですか。それは良かったですね。それは一体、どのようなものなのですか? ・・・それから、もう少し顔を離してくれると、ありがたいのですが。」
サミエルは軽く顔を反らせながら言った。
「変身動物キャンディよ」
今一度いっておくが、彼は男性である。しかし、おねえ言葉なのである。彼がいうには、熊やライオン、羊や狼、犬や猫になるキャンディなのだそうだ。
サミエルは尋ねた。
「・・・その使用目的は何なのでしょうか?」
すると彼は言う。
「いやあねぇ、夢よ、単なる夢じゃない」
そうですか、と笑顔で答えつつも、サミエルは、密偵などに使えるかもしれないな、と全く夢の無いことを考えていた。
そこへ、ノックの音がした。中へ入ってきたのは、小さな子供だった。見習い魔導師であろう。
「お師匠さま」
子供は彼の元へと近づくとサミエルを窺いつつも、耳打ちした。
彼は言った。
「それ、本当? どっかに落っこちてるんじゃないの? ちゃんと探した?」
「いえ、実は・・・」
子供はごにょごにょと何かを伝える。
「ふ~ん、じゃあ、その娘が怪しいわねぇ。ちょっとそのコ探してきなさい」
「え~~~! 無理ですよぅ」
「だ~いじょうぶよ。黒い髪の娘なんて、そうそういないでしょう?」
その言葉にサミエルは、口をはさんだ。
「ちょっといいですか。その黒い髪の娘がどうしたんでしょうか」
「ああ、なんだかね、さっき言ってたキャンディ持ってっちゃったらしいのよ。このコがいうにはね、ひとつ数が足りないらしいの」
「動物変身キャンディが、ですか?」
「変身動物キャンディよ!」
どちらでもよいと思うのだが、妙に厳しい面で訂正するので、サミエルはそれに従った。
「すみません。変身動物キャンディですね」
すると、彼は満足げに頷く。
ふぅとため息をつき、サミエルは子供に向かって聞いた。
「その娘の瞳は何色でしたか?」
「あ、え~と・・・あ、黒、でした」
彼女だ。サミエルは思った。
子供から聞いた話では、2時頃の出来事だと言う。アルとの謁見はどうなったのだろうか。確かそのくらいの時間ではなかったか。
とりあえずサミエルは様子を見に行くことにし、部屋を後にした。
「え~~~、もっとおしゃべりしましょうよぅ。今度、いつ会えるのぅ~~~もぅ!」
という彼の声を背にして。