23:「有名なのは第四です」の巻
昼食の時間にはさすがに起きているだろうと、サツキの分もロブたちの部屋に運んでくれと、ロブは給仕担当の侍女に言った。侍女は了承し、部屋を出て行ったが、数分後に青い顔をして再び現れた。嫌な予感。
「サ、サツキ様がお部屋にいらっしゃいません!」
ああ、どうしていつも彼女は、ただじっとしているという事が出来ないのだろう。いつもいつもいつもいつも・・・・・・。
侍女の叫び声と共に、先に部屋を飛び出したモスリンドが、隣の部屋からがっくりとうな垂れて出てくるのを、廊下を出たロブの目に入ってきた。いなかったようだ。
「どうしてお嬢は、あっしを置いていきなさるんだ。いつもいつもいつもいつも・・・・・・」
モスリンドの気持ちが痛いほどに分かる。
ロブはもう慣れた様子で、周りの聞き込みから開始した。朝食の時間には、彼女は部屋で寝ていたそうだ。10時にも、清掃の人間がそれを確認している。それなら、いなくなってからそう時間は経っていないようだ。まだ、この辺りにいるだろう。
それから、周囲の人に指示を出していく。それはもう、ベテラン捜索専門の探偵のように。
それから、ロブは結果を待つ間、307号室で自分の昼食を頂いた。すると、目の前で同じように食べているモスリンドが恨むような目でロブを上目で睨んでいる。
「・・・なんで、そんなに落ち着いていやがんでぃ」
その言葉にロブは言った。
「腐っても、ここは王宮ですからね。不審な人物は入ってこれないでしょうし。もし、サツキさんが王宮の外まで行ってしまったのなら、それは大変ですけど。そこは衛兵が、人の出入りを厳重に見張っていますからね。まずありえないでしょう」
王宮の入り口は大きく3つある。
第一正門の向こうには行政地区が広がり、その先にある第二正門を通るとロックフォードの城下町になる。
西の通門は、主に騎兵隊の出動の要になる大きな門があり、定期の荷馬車もこちらから通行する。
東にある大きな通門は、貴族専用門で、王宮で催しがあった場合など、多数の貴族が使用する日に使用される。普段は締め切りの門である。
「しかしなぁ、お嬢は変な術を使う、お人だぜ? 見張りなんか関係ないと思うがなぁ」
その意見にはロブも賛成であるが、なんらかのトラブルに巻き込まれない限り、そんなことはしない、だろうと思う。
「・・・自信が無くなってきました」
その言葉に、モスリンドはがばっと部屋の外へと飛び出して行った。彼の前にあった皿は、見事なまでにキレイになっていたが。
自分も落ち着かなくなり、結局昼食は食べかけのまま、捜索に加わろうと廊下へ出た。
そこへ、通路の先に見えた朱色の髪の人物がロブに声をかける。
「やっほぅ、ロブくん。お昼食べた?」
ロブはくるりと回れ右をして、食べかけの昼食を頂くことにした。椅子に座る。
むき身のエスカルゴが並んでいる器をくるりと回す。それをフォークでさし、口に運んだところで、消えた。
「・・・・・・サツキさん」
口をもぐもぐさせたサツキが答える。
「ん。やっぱり、こっちの方がウマーー!!」
と感激した後、「これ、わたしの分、わたしの分だよね」とさっさと手をつけられていない食事の前に座る。
「・・・お昼も食べずにどこに行っていたんですか」
ため息をひとつつき、別のものを食べ始めた(エスカルゴはサツキに占拠された)ロブは、せっせと口を動かしているサツキに聞いた。
「ん? お昼ご飯は食べたよ。西の食堂で。ね、フライ」
ロブは、はっと扉の入り口から入ってくる赤髪の男を見た。
「ああ、がっつりな。・・・ってまだ食うのか!?」
呆れた顔のフライを見て、ロブは呻いた。
「・・・このたびは、フライ隊長にまたしてもご迷惑をおかけしたようで」
深々と頭を下げるロブに、
「いいって、いいって。こうして何~んも起きなかったわけだし? ま、俺も食堂でこいつに気付いた時は、ちと慌てたけどよ」
フライは笑いながらそう言うと、「んじゃ、俺、仕事あっから」と部屋を出ていった。
◆ ◆ ◆
黒髪のアビスが現れ、本日皇帝と面会する。どこから聞きつけたのやら、今日は王宮に五大公爵全員が集まっていた。定例会議も全員が揃うことの稀な彼らが、朝からちょろちょろと、顔を出してくるので、アルの眉は平時よりも縦皴が深くなっている。
五大公爵とは、ブライム家・アルバン家・フォンス家・バートリー家・コラルド家の王家ゆかりの公爵たちを総称していう。以前は、ピッツリー家とイルフォイ家を含んだ七大公爵と呼ばれていたが、「アリエルの反乱」事件を引き起こしたとして、爵位を取り上げられ、関わったものはすべて処刑された。
五大公爵は、各々(おのおの)が国の重要な大臣職についており、今はアルを皇帝と認めて行動しているが、いつ何時反旗を翻すか分からない。彼らが結束すれば、アルを皇帝の座から引き摺り落とすことなど、造作も無い。
そんな訳で、彼らを無下には出来ない立場のアルであったが、そろそろ堪忍袋の緒が切れそうである。午前中の執務も滞っていた。その様子を見かねたロベルトが、執務室への一切の面会を禁止したので、少しはましになったのだが。
昼食は、隣の小食堂に持ってくるように伝えてある。一歩外に出れば、誰かしらに捕まる可能性が大だ。
目の前にある書面には、最近、王宮内に猫が多数、住み着いているので対処をしてほしい、という事が書かれている。平和だ、と思う。だが、これの対処を皇帝に託されるあたり、どうなのだろうか。すでに書かれているサインを見る。
“アレハンドロ=サンチェスタ=ビド=オスティン”
環境対策委員会の委員長だ。父親のアンドレが急死したことで、急遽、彼の後釜についたばかりの、若干19歳の若者である。未だ業務に混乱が生じているようだ。
アルはひとつため息をつくと、考え始めた。王宮内の猫を捕獲し、その飼い主を募集する。この辺りが妥当だろうに。
捕獲隊に近衛を使うのは、どうだろう。アルは衛兵たちが、猫を追いかける姿を想像する。
「・・・」
(・・・隊の威信に関わるな、これは)
アルは、掃除夫、料理夫など、一般から捕獲隊を募集することにした。見習いたちも参加するようにしよう。概算費用はアレハンドロに思案捻出させる。
そこまで考えたアルは、アレハンドロ=オスティン侯爵宛にその旨を書いた書面を作成するよう、ロベルトに伝える。
そして、遅い昼食を取ることにした。
◆ ◆ ◆
モスリンドは走っていた。ただただ走っていた。苦しい。だがもうすぐ未知の世界が見えそうだ。それは、俗にランニングハイと呼ばれる、神への領域だった。
単に脳に酸素がいかなくなり、苦しさを軽減させるために、分泌されるアドレナリンのせいだったのだが、それは見ないふり。神の領域、素晴らしく気持ちヨイらしい。
馬車バスに乗った人たちが、モスくんを見ては、さっと目を逸らす。関わってはならない。
「お嬢・・・お嬢・・・」と呟き、王宮内で、まるで浮きまくった彼に、ようやっとピリリーっと笛の音がする。衛兵である。
「おら、俺はお嬢を探してるだけだ! さっさと離しやがれ!」
ものすごい剣幕で衛兵を追い払おうとするモスリンドに、衛兵の応援が集まる。何人もの衛兵に取り押さえられながらも、彼は叫んだ。
「お嬢~! どこにいるんですか~! あっしはここでっせ~~~!!」
雲ひとつない青空の下、神の領域に辿り着けなかった彼のだみ声が、その爽やかな空気を消し去った。
◆ ◆ ◆
「ん? 今、モスくんの声、した?」
謁見のために、黒い膝丈のワンピースドレスに着替えさせられ、黒の靴下に黒い靴を履かされ、髪飾りまでも黒いカチューシャを付けられ、全身黒づくめにされたサツキは、
「まっくろくろすけでっておいで~。あたしだよ!」
と歌い踊っていたが、突然動きを止めてロブに聞いた。
ロブはサツキの言葉に、初めてモスリンドがいないことに気が付いた。どうりでいつもより騒がしくない訳だ。ロブは耳をすませた。
「いえ、何も聞こえませんが」
モスリンドがいないことに、たいして気にした様子もなく、時間となったので、二人は呼びに訪れた従者と共に、謁見の間へと向かう。(ひど)
廊下を歩いていると、サツキは、なあん、という声に、その声のしたほうへ首を向けた。
「あ、猫たん」
おいでおいでと体を屈めると、全身灰色の猫は、ぷいっとそっぽを向き、とことこと歩き出す。
「あ、待って」
サツキは第一匍匐前進の形を取り、猫の後を付いていった。
猫はサツキが後を追ってきたのに気付くと、さらに足を早めたが、サツキは撒かれることなく、猫についていく。
やがて屋内から屋外へと出たが、サツキは追跡を止めない。
そして猫はまるで、ここでおしまいとばかりに、サツキに再び「なぁん」と鳴くと、目の前の塀をひょいと飛び越えた。
そうは問屋が卸しませんぜ、とサツキも塀を飛び越えた。
「よっと」
着地した光景に優作ばりの声を張り上げた。
「なんじゃこりゃ~~~」