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黒髪のアビス  作者: めい
3.二人のサツキの章
21/33

21:「三度目の出会い」の巻

 誰かが、サツキの髪を梳いている。何度も、何度も―――。


 その繊細な触り方に、サツキは軽く身じろぎをした。途端、その手がぴたりと止まる。もっと続けてほしくて、サツキは眉を顰めた。瞼を持ち上げようとしたが、重くて持ち上がらない。


 右の頬に暖かいものがそっと触れた。それは、とても安心出来るものに感じた。ふっとその感覚が無くなった。むーっと不愉快になった。ふわりと風を感じる。キンと金属音を拾う。


 それが、剣の打ち合う音だと気付いたとき、サツキは急速に意識が覚醒した。瞼を持ち上げようとした途端、上体を掴まれる。首に剣が添えられた。


「ほい、形勢逆転。・・・剣、こっちに放りな」


 ザッシュの声が頭の上から聞こえる。ということは、サツキに剣を当てているのはザッシュだと、まだぼんやりした頭で考える。完全に瞼を開いた。部屋の隅に男が立っていた。


 黒いコートを羽織り、月明かりの下でもきらきら光る金髪をしている。手にした長剣は血がついているのが分かる。

 開け放たれた窓から、ふわりと風が吹き込む。そのたび、彼の髪が風に伴って靡く。

 彼の視線が軽く下を向いた。



次の瞬間―――サツキは時が止まったように感じられた。



 蒼。



その瞳がサツキの目を捉えた。どこかで、感じた感覚。

これは、どこ? 蒼だった? 蒼じゃなかった?

交差した目はどこでだった?

微笑んだ瞳はいつだった?



 海の蒼。



蒼に吸い込まれて、動けない。



 目が合った彼も、少し驚いた顔をしていた。

 そして、ふっと息をはくと、惜しげもなく、手にした剣を放ち言った。



「仕方ない。この部屋では、魔法も使えないしな」


諦めをみせた様子の男にも、ザッシュは警戒を解かずに言った。


「よぅし、もっとこっちだ。こっちに蹴れ」


いわれるまま彼は、長剣を、ザッシュの元へ蹴り飛ばした。


 なぜだろう、彼がサツキを見ている。サツキを見て、それから、サツキの下の方へ視線を向けていく。身体の線をなぞって。そして、また、サツキの顔へと戻る。サツキはなんだか恥ずかしくなり、目線を下にさげた。そして、気付く。



「よぉし、ほ~ら、これを付けろ。まずは、足からだ。それから手な」


 左手でザッシュは、彼に向かって二つの手錠を投げた。彼の足元に二つの手錠がガチャンと音を立てて落ちる。彼はサツキをちらりと見たあと、ゆっくりとその手錠を拾い上げる。

 そして、下を向きながらにやりと笑い、上目遣いに聞いた。



「―――これで勝った、と思うか?」



彼の減らず口にザッシュはへっと海賊らしく笑った。



「いや、まだまだ、俺様のマインド号を返してもら・・・・・・グァ!」


 突然、右手首を捻じられ、さらに右腹の激痛に、ザッシュは身体を前のめりにした。捻じられたその余りの痛さに、剣を手にする力が失せ、カランと音を立て、剣が落ちた。そのまま、手首があっという間に、ザッシュの背中に回された。



「いで・・・いでで・・・・・・」


「魔法が使えないってんなら。こんなんでいいのかな?」


そういってにっこり笑ったサツキに男は言った。


「まあ、及第点だな」

「な、なんで、お嬢さん・・・」


と、ザッシュは信じられない目でサツキを振り返ろうとし、長椅子で目が留まる。そこには魔囚具が放り出されている。一直線に切れ目がいれてあった。


「てめぇ、いつの間に・・・・・・」


ザッシュは、男を睨んだ。


「お前が俺の首をねようとした時・・・って答えたら、何かあるのか?」

「はっ、なんも、ねぇよ・・・・・・っと」

「あっ!」


 掛け声と共に、ザッシュはサツキから、手を振りほどき、飛びずさった。

 目を丸くするサツキを横目にザッシュは言った。


「だめだよ、お嬢さん。油断しちゃあ。関節外すことくらい、何でもないんだからよ」


と言いながら、ザッシュは一度外した肩と手首の関節を、ごぎっと音を鳴らしながら直していく。



「これ、手首の方が異様に痛いんだわ」


と、部屋の中の二人を見回す。


「こりゃ、完全に分が悪いなぁ。仕方ねぇ、今回は・・・・・・って危ねぇ!」


サツキの放った鞭が、ザッシュの足首を掠める。


「去り際の決め台詞ぐれぇ、言わせろって・・・だぁ!」


ザッシュの剣を拾った男が、それを投げてきた。


「ってコラ、お前もか! ・・・ちっ」



 ザッシュはひらりと窓を飛び越える。そして、闇の中から声が響いた。


「あ~ばよ~~~!!」




 赤いターバンの紐をはためかせ、ザッシュは逃亡に成功した。



◆ ◆ ◆



「・・・・・・というか、逃がす気だったな」


 ザッシュの去った部屋の中、自分の長剣を鞘に納めながら、男がぽつりと呟いた。

その台詞に、サツキは慌てた。


「え、そんなこと、ないし?」


ぐりんぐりんと目が泳ぐ。

 高級なワインをごちそうしてもらったという訳ではないが、どうにも憎めない奴だったのだ。あのザッシュという男は。正直、捕まってほしくないなぁ、なんて考えてしまったのは本当だ。決して、高級ワインを頂いたからでは・・・・・・ない、と思う。



「あ、そうだ!」


サツキははっと、男に向き直った。


「このたびは、助けていただいてありがとうございました!」


深々とお辞儀をする。黒髪が揺れる。その動きを男はただ見ていた。



「・・・ああ・・・別にいい。気にするな」


変な間を空け、男は答えた。



「・・・お前は、何故、俺を信じた?」

「え?」

「敵だとは思わなかったのか?」

「? ううん?」

「何故? 裏切られるとは思わないのか?」


サツキは首を傾げる。


「ん? どうして? どうして、信じないの?」

「信じなければ、裏切られない。最初から裏切ると思っていれば、裏切られない」


サツキはうーんと唸った。


「裏切られると思っていた相手が裏切らなかったら、それは裏切られたことになるんじゃないの?」


に、とサツキは笑って言った。


「その考えだと、結局裏切られちゃうね。・・・なら、信じちゃった方がよくない?」



「・・・・・・」

「・・・・・・」


うぅ。沈黙が息苦しい。


「と、ところで! あなたは誰ですか?」


 そこで男は、驚きをみせた。そして、目線を外すと、眉を顰めた。そして、目を瞑ると長いため息をついた。



「俺は―――」


 途端に外が騒がしくなった。

 騎兵隊の音だ。多数の足音が響き渡る。


 サツキがその音に気を取られた瞬間、男は窓を乗り越えていた。


「あ!」


そして、外に飛び立つと、振り向き一言いった。



「すぐ、会える。・・・・名はその時に」


彼の身体はすぐに闇に溶けていった。



◆ ◆ ◆




(・・・そういえば、名乗った覚えがない)



 アルは落ち込んでいた。

 最初の出会いの時は、変化をしていた。髪も目も茶色かった。

 それから、彼は『翳』を使ってサツキを追尾させていた。それで彼女を知り、会った気になっていた。二度目の出会いは、エストニア侯爵の館の中でだった。その時、彼女は混乱状態で、アルのことを覚えているはずがなかった。

 そして、三度目の出会いが、今回、海賊船長の隠れ家だった。


(たった、三度しか実際には会っていないのか・・・)


 その答えに、驚愕した。


 いつから、俺はこんな気持ちになったのか。やはり、あの伝承のせいなのか?

 アルは首を振った。冗談じゃない。


 アルは運命だとか、宿命だとかの言葉は大嫌いだった。

 未来は決まっている。そんなのは馬鹿馬鹿しい。ならば何故、人は生きているのか。運命にただ沿うためだけに生きているのなら、そんな人生はいらない。


 アルの過去がすでに定められたことによって起こり、未来もまた定められたことだなんて、嫌だ。もう、あんな目には会いたくはない。未来は己が選んだ事由によって決められていくべきだ。そうでないと、やっていられない。

 あの出来事が、誰かによって作られた物語だなんて。



アルはため息をつき、言った。


「・・・他には?」


 アルは今、医療室のベッドに横になっている。

 あの後、アルはこっそり、医療室に戻った。医師には堅く口止めをしてある。

 ベッドに横になってすぐにロベルトが訪れたので、間一髪だったが。


今まで、ロベルトの報告が続けられていた。


「報告は以上です。・・・きちんと聞いておられましたか?」


ロベルトは、半ば疑いの目でアルを見る。



「お前、目の前でサツキを攫われたんだって? やっちまったな、おい」


 椅子を斜めにして、ぶらぶらと揺らしながら、チャカすように、フライが言った。サミエルに向かって。


「・・・それは、そうなのですが。サツキ様は、すぐに無事保護、致しましたし」


なのに腕を組み、先に答えたのはロベルトの方だった。困ったように、眼鏡の位置を直している。



「元はといえば、誰かさんが船長を逃がさなければ、こんな事態は起こらなかったわけですが、ねえ?」


サミエルがにこりと笑いながら、フライに言う。


「逃がしたんじゃなくて、元からいなかったんだよ! あいつは!」



「そうそう、気になることが、ひとつ」


そんなフライには目もくれず、サミエルは指を1本立てて言った。



「誰が、海賊の居場所を知らせてくれたのでしょうか」



フライは言った。


「そりゃ、隊の誰かだろう」


すかさず、指を3本に増やす。


「では、すでに侵入した形跡があったのは? 海賊が逃亡後だったのは?」


矢継ぎ早に、サミエルは質問をする。



「それに、サツキ様のお会いになった人物は誰だったのでしょうね」


と言って、すでに目を閉じているアルを横目で見ながら言う。


「黒いロングコートを着た金髪で蒼い目の男だったと。長剣を背中に帯剣していたと、サツキ様は証言しています」


 皆の視線がアルに集中した。

 アルは目を閉じたまま、ため息をついた。


「・・・知らん」

「・・・・・・私、担当医師に話を聞いて参ります」



 失礼致しますと、部屋を出て行くロベルトの足音に、アルはぐっと眉を顰めた。


「・・・俺に説教を受けさせて、何が面白い?」


目を開くと横目でサミエルを睨んだ。



「いえ、特に何も。ただ、内緒にされるのは、好きではないので。・・・それに、落ち込んでいる理由も気になりますし?」


(・・・本当にこいつは嫌だ)





 その後アルは、医師の口を割らせたロベルトに、延々説教をされることとなった。






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