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黒髪のアビス  作者: めい
3.二人のサツキの章
20/33

20:「今しばらくお待ちください」の巻

 息苦しい、と言ったから、今日がわたしの顔出し記念日。(注:エロではない)


 袋から顔だけ出させてもらったわたし。ん~屈辱。一回転んだらね、自力で立てないんだよ? しかもね、ちょっとだけ余裕がある分、受身取ろうとしちゃって、肘、びーーんってなるんだよ。

 縄抜け使ってもね、結んでる縄が袋の外側だから、効かないんだよ?

 しかも、召喚獣まで、呼べない。とほほのほ。


 それにね、ザッシュくんに言いたいよ。これ「パワウィク」じゃないよ。「テラパワウィク」だよ。力が1になる魔法だよ。

 力も1なもんだから、腹筋使って起き上がることも出来ないし、壁に寄っかかってないと、座っていることも不可能って、もう寝たきり婆さんだよ。

 ほれ、食事の介助をしなさい。舌でスプーンの先、んべぇぇって押してやるから。

 それとも、食べたふりして、ぶふぅって吹いてあげようかい? 手、ドロドロだよ。そして、床に零れ落ちた残飯を拭きたまえ! 両膝付いて! ふはは!

 水差しもね。横から差し込んでくれないと、むせちゃうよ。嚥下えんげ機能弱くなってるからね! それから都合の悪いことだけ忘れてやるよ! ほら、カモンカモン!



「・・・・・・なんだか、悪い顔してんなぁ、あんた。なぁに、企んでやがんだぁ?」


 テーブルに肘をついて、足を組みながら、優雅にワインなど回しちゃって、ザッシュが呟いた。

 あ~あ、ワインはあんまり回して飲んだらダメっすよ! 香りがどんどん飛びまくりっすよ! まだ、飲んだことないけどね、一応未成年なわたし。

 あー早く妖怪になりたーーい! ちがった、大人だ。ベム。



 ここは、ザッシュの隠れ家。リビングで彼だけ、一人掛け用のカウチソファに座っている。

 わたしは、長ソファの上に転がっている。袋から顔だけ出してね。一度、そのまま床に転がったけど、次落ちたら、そのままにしてやるっていうから、微動だにしません、わたし。

 鼻がまだ痛いです。


 明日、鴉を飛ばすそうです。あの黒いカラスか、伝書鳩みたいなものか、と言ったら、鴉は人なのだそうだ。ふ~ん、だったら、飛ばすとか言わないでほしい。まぎらわしい。


 すでに寛いだ状態のザッシュ様。

 なんでも、「マインド号のキャプテン・スプラウド」といって、この界隈かいわいでは、有名な海賊なのだそうです。

 で、先ほど仲間たちが船と共に、ここの騎士団に捕縛されたらしい。

 船長は酒場で飲んでいて(彼曰く、情報収集だそう)難を逃れたらしいのだが、船と、ついでに仲間たちも取り返したいのだそうだ。(ついでが仲間ってのが泣ける)



「ほら、お嬢さんも、一杯飲むか?」



 いえ、だから未成年です。って言ってるのに、この人基本、人の話を聞かないよね~。だから、いらないって!

 いやがる未成年にお酒飲ませたら、逮捕ですよ! 嫌がってなくても、逮捕ですよ!

 分かってます? わたし、未成年ですよ、って言ったら、


「わあってるよ、13歳くれぇかぁ? あぁ?」


 あ、爆弾発言。モンゴロイドはそんなに若く見えるのかい?

 13歳って言ったら、去年、ランドセルですよ? 縦笛、はみ出てるんですよ? ネギみたいに。帰り道に、意味もなく、棒を拾って、カンカンカンってやっちゃうんですよ? 小石を電柱に蹴り当てたら、なぜか終了なんですよ? 自転車で両手離しが延々出来たら、それが勇者なんですよ?



「ごっくん」


 あ、本当に飲ませやがりました。この赤ターバン。黙ってりゃそこそこカッコいいのですが、左目の三本傷がやっぱり怖いです。なんでもストロンベアにやられたそうです。海賊なのに、山のモンスターにやられるってどういうこと?

 ん? お味が、よいです。


「おいしいですね、これ」

「お? だろ~? エスタナ産の極上品だぜ~~。これ、一本3ガリオンだからな。大事に飲めよ~」


「3ガリオンですか~。30万ベールぅ、そりゃ、極上ですぅ」

「お~、分かるか? ほんじゃ、こいつはどうだ、こいつも美味うめぇぞ~」

「ふふ」



 なんだか、楽しくなってきました。


 適度に酔って、気前の良くなったザッシュは、ぽんぽんとサツキに、高級ワインを飲ましてくれる。


 うん、その結果。


「・・・・・・うぅ」

「ん~? どうした、お嬢さ~ん?」

「・・・ぎぼぢ悪い・・・・・・うぐ」


「は、吐くのか!? ここで吐くのか!? ま、待て、止めろ。水、水持ってくっから!」

「・・・・・・う、うぅ・・・ぎぼぢ悪」


 はい、超特急でトイレに運んでくれました。指、やめて、二本指、止めて~~~!




  ―――ご迷惑をおかけしています。今しばらくお待ちください。ピーーーー―――




 盛大にいたわたし。介抱かいほう疲れでぐったりザッシュ様。何度も口すすいだから、すっきりです。ありがとう。



 今宵のうたげはここまでになりとうござりまする。



 でも決して袋から出してくれないところが、流石、海賊さんです。





 追伸、ちゃんぽん飲みは、本当に危険です。薬も一緒に飲まないでください。特にアスピリン系。大臣やめさせられます。



◆ ◆ ◆



 その部屋には、魔法の類を感じられた。慎重に読み解くと、封印の魔法がこの家には張り巡らされていた。随分とこの家の主は魔法が嫌いらしい。

 窓の一部を軽く割る。

 小さなガラスの割れる音がし、しばらく様子を見た。反応はない。手を伸ばし、施錠せじょうを外す。

 開いた窓から、猫のように音もなく、するりと室内に忍び込む。


 すぐそこに、少女が寝ていた。無防備な寝顔で、長椅子に寝転び、顔を横に向けて。近づいてみると、微かな寝息が聞こえる。

 周りをみると、どうやら一人の様子だ。寝袋のようなものに包まっている。首の辺りを縛っている紐が、苦しそうだったので彼は、まずそれを解いた。


 そして、その紐を緩めながら気付く。寝袋のようなそれは、囚人を入れるための「魔囚具ましゅうぐ」である。


 彼女をさらった人物は、たまたまこれを用意していたわけではないだろう。この品は入手困難で値も張る。あくまで、彼女を攫うために用意されたものだと分かる。

 無事で良かった。


 袋の中に仕舞われていた黒髪を、全て外側に取り出した。髪を梳いてやる。眠りは深そうだ。

 更に、髪を梳く。その黒髪は、どこまでもなめらかに彼の指を通した。

 途端、彼女が軽く身じろぎをした。思わず手を離す。

 すると、少女は、いやいやをするように動き、眉を顰めた。誘われるようにして、頬に手が伸びた。

 すると少女は、その手に頬を押し付けるようにした。その反対の頬に唇を寄せ―――



「おいおい、な~にやってんだ、てめぇさんはぁ」


 首筋に冷たいものが当てられている。呆れをにじませたその声の主は、言った。



「勝手に人様んち入ってきたかと思えば、盗みを働くわけでもなく、お嬢さんを助けるわけでもなく、正直、お兄さん、呆れちまったぜ」


 ザッシュは、右手に剣を持ち、反対の手で、後頭部をがしがしと掻いた。



「―――そうだな。俺も今思った。何やってんだ俺って」


 ゆっくりとサツキから顔を離しながら、アルは呟く。首の剣はぴたりとアルの首に張り付いたまま、アルの動作と共に動かされる。


「で、一体、お前さんの目的はな~んだぁ?」


持つ剣に、少しだけ力を入れられ、アルの首筋に傷がついた。アルはふっと笑いを漏らした。



「目的は、ひとつしかないが」


「それじゃあ、てめぇは、底抜けの間抜けってことか?」

「・・・否定は出来ない。今の状況では」



 淡々と話す男の口調にザッシュは苛立ちを見せた。いつでも首を取られる状態なのに、ひとつも取り乱した様子のないその男に、さらに言い募る。


「・・・・・・てめぇ、誰だ。名前、聞いてやるよ。間抜けにしちゃあ、腹ぁ座ってる。あいにく、仲間にはなりそうもないからな」


「そうだな。海賊になど、俺はならない」


「・・・名前、聞いてるよ~。・・・答えな」


沈黙する男に、ザッシュは、痺れを切らし言った。



「じゃあ、あの世にいる閻魔えんまさんには、きちんと言うんだぜ。・・・あばよ!」



 ザッシュは、躊躇とまどいもなく、男の首を掻っ切った。


 しかし、ザッシュの切ったそれは、その男の残像だった。何、と思う間もなく、左から風を感じ、右手に飛び立った。

 逃げ遅れたザッシュの黒いコートのすそが、切り取られ、宙に舞った。


「くっ・・・!」


 ザッシュは、整える間もなく、降ってくる剣を、無理な体勢で受け止める。ずしりと重い。押し返しそうもないと判断し、それを左後方に流しながら、相手の左肩を狙う。

 だが、相手も左肩を入れながら、身体をひねり、ザッシュの攻撃をかわす。逆に、左の二の腕に痛みが走った。


「・・・ちっ」


 ザッシュは舌打ちした。一旦、間合いを取った。

 月明かりの中、己の半面をさらしながら剣を構える男は、絶対的な存在感でそこに立っている。

 笑えることに、黒のロングコートを身にまとったその格好は、ザッシュとそう変わらない。

 しかし、数度、剣を交わしただけでザッシュは悟った。斬り合いながらも、どこか余裕のあるその様子に、ザッシュとの剣の腕前は雲泥うんでいの差だということを。



(・・・このままじゃ、負ける)



 ならば、とザッシュは海賊らしい行動を取った。瞬時に右に飛び、「それ」を掴むと、「それ」の首に剣を当てた。

 途端、男が硬直した。



「ほい、形勢逆転。・・・剣、こっちに放りな」





―――「それ」とはサツキのことであった。



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