2:「女勇者、召喚」の巻
(一体、これはどういうこと?)
サツキは考える。
神殿の扉を開けると、部屋の中央には魔方陣が存在していた。「界送り」専用の魔方陣である。その中央に立ち、ほどなくして、サツキは眩しい光に包まれ、目を開くとそこは別の空間だった。
足元を見ると、なにやら丸い石のテーブルのような祭壇の上のようだ。一段高いその祭壇の周りには4人のローブを着た男たちが、驚きを隠さない表情でサツキを見ている。
その格好からしてどうも、この世界の魔術師たちだと見受けられる。
サツキは彼らに対して、不敵の笑みを浮かべて迎えた。
うん、そこまではいい。予想通り。サツキは次のセリフを期待していた。
「おぉ、勇者様、どうかこの国をお救いください」
そして、
「あのにっくき魔王めを、お倒しください」
「さあ、我が王の元へ!」
みたいな?
そんでもって、王の間とかいうところで、「そなたの名はなんと申す」「サツキと申します」「おぉ、サツキに幸あれ」なんていう言葉で回復されたり。
しかし、彼らは口々とこう言った。
「おぉー、伝説は本当だった・・・」
うん、これはいい。想定内。でもね、
「なんと可憐な姫君であろう」
「これで「首切り魔人の氷の君」も気に入ること間違いないであろう」
なんじゃそのセリフ。しかも、棒読み。こころなしか生暖か~い目になってないか、しかも全員が、まん丸眼鏡っ子ってどうなのよ。
サツキは自分の服装を見下ろす。うん、完璧な勇者ルック。銀色に輝く鎧は特注で出来た、いわゆる国宝タガールの作品よ。小手も盾も。防具に関して右に出るものはなしっていわれた、あのタガールよ。タガール。全シリーズ揃えたんだから。おかげで、財布の中身はすっからかんよ。背には大剣を背負っていますよ。うん、最初が肝心かと思いまして。
それに、可憐って何? ヤヨイ姉はここにはいないですよ? あぁ、厭味か、厭味なのか? なんて勘繰っちゃいますよ、わたし。
ローブの男共は、もともと台本でもあったかのように、それぞれが、一言ずつ言い終えると、彼らは小さな円陣を作り、なにやらひそひそ声で話している。50畳はあろうか広い敷地の隅に固まるものだから、なんだか、中央にいる私、ちこっと淋しい。
あー、これが放置プレイってやつですかね、サツキ、初体験です。
「まさか、やっちゃいました? 僕たち」
「いや、でも、黒髪黒目は合ってますし・・・・」
「あ~、どうでしょう。年も随分と若いような・・・」
「でも、このまま彼女連れてったら、確実に怒られちゃいますよ、特にロベルト殿に。いやですよ僕」
「え~~~、でもそれ僕らのせいですかねぇ」
「あ、じゃあ、責任は文化庁長官のシャムール殿、というのはどうでしょう」
「あ~、一応、これが遺跡ってことで? それ無理ないっすか?」
「では、ここの整備というのはどうでしょう。ミッチェル殿率いる団体ですよ。あの市民団体に責任取ってもらいましょうよ」
「いやいや、あそこ怒らすとかなり、しつこいですよ。ここの警備担当ってどこでしたっけ?」
「え~~~、ここの警備、第一騎士団ですよぉ。なんだかんだで、こっちのせいにされちゃいますって」
どこかに責任を押し付けあっている模様の、ローブたちに、サツキはあくびを堪えた。なんだか長く続きそうだ。
すると中でも一番小柄なローブくんがサツキの方を振り返り言った。
「あ、と、一応伺いますね。あなたはどうしてここに呼ばれたのかを、理解されていますか?」
サツキは頷いた。
「え~と、一応。あ~と、その、魔王討伐の依頼で、すよね?」
うん、ここで、はきはきと答えられるほど心臓強くないです。なんか変だなぁ~ってことくらい疎い私でも分かります。
サツキの言葉にローブくんは首を横に振って言った。
「いいえ、あなたは皇帝の花嫁候補として召喚されたのです」
ほう、花嫁。花嫁とな? はい、還ります。還らせてください。資格マニアとしてはまだまだ取りたいスキルがあったんじゃい、ボゲ。日本じゃ取りづらい武器「銃」スキルとか「カジノ」スキルとかね。これ、帰還不能イベですよね? なにこれキタコレ洗濯機です、はい。くあんせんふじこ、でしたっけ?
軽いパニックに陥ったサツキは天を見上げた。
なんでしょう、この建物、天井ないんですね。青空がとても目に眩しいです。うん、つかの間の現実逃避です。
あぁ、白い雲の隙間から、緑色の何かが見えます。あれ、緑色の物体が、だんだん徐々に大きくなってきましたよ。羽音が聞こえる。うん、これって・・・・。
「ファイアードレイク~~~!!」
ドラゴン亜種です。飛竜です。大きさは中型、といっても、体長8メートルはあります。とってもお腹が空いているみたいですね。目がささくれ立っています。5メートル程上空で停滞すると、サツキと目が合いました。
うん、ご馳走はわたしですか?
「とりあえず、逃げて!」
見回すと、ローブくんたち、既にいません。声を張り上げた私、馬鹿みたいです。完全ひとりごとです。夕日河川敷の演劇青年です。
ちょっとばかし涙目なわたしを尻目に、ファイアーくん、既に攻撃態勢です。炎を吐くために息を吸い込みました。
「さ、せるかぁ!!『ウォーターコールド』!!」
サツキの叫び声と共に、構えた右手の先から大きな波動が出現した。水属性の魔法を放出され、その水を纏った氷の粒が、コイル状にファイアードレイクに向かって一直線に伸びていった。
見事命中。グァァとうめき声をあげたファイアードレイクは体勢を崩し、低空へと落ちてきた。
そこをすかさず、サツキは地を蹴り、高くジャンプする。
ファイアードレイクの急所である首の付け根に、サツキは躊躇することなく大剣を突き立てる。ギィヤァァァと甲高い鳴き声をあげたファイアードレイクは、ゆっくりとその巨体を墜落させ、大きな音と煙を撒き散らせながら絶命した。
そのまま黙々と素材を剥いでいるサツキに、いつの間にやら戻ってきたローブくんたちが声をかける。
「す、すごいです。ドラゴンを一人で倒してしまうなんて!」
「先程の魔法は、どのような構造なのでしょうか!」
すごいすごい、強い強いと騒ぎ立てるローブくんたちを完全無視しているサツキの耳に、ピロピロリンという音が届いた。サツキはおもむろに装着していた魔道具「Iネットくん」を取り出した。
―――説明しよう。「Iネットくん」とは、辞書や図鑑、書籍など膨大な知識を閲覧したり、全世界の人々と通信したり出来る、優れものなのだ。自分の身分を証明するものでもあるので、他人に貸し出したり、失くしたりしないようにしよう! 形状は、腕輪にしたり指輪にしたり、カードにしたりもできるぞ! ちなみに、私のおすすめ形状は、眼鏡だ!―――
あーあーそうだった。「Iネットくん」があったじゃないか。サツキは迷わず、腕輪に表示されている[Phone]ボタンを押す。途端相手が話し出す。
「えー、そちら、サツキ=アサギリくん、でよろしいか?」
「はい、サツキ=アサギリです!」
やはり、相手はサツキの世界の神官であった。サツキは簡潔にクエストの内容が違うことを報告する。すると、神官は言った。
「どうも、手違いがあったようだ。申し訳ないが、一度、こちらに戻ってくれるか」
願ったり叶ったりである。つか、神官のミスだったか。悪いね、ローブくんたち。疑っちゃったよ。
「はい、よろしくお願いします!」
「では、一度、召喚された場所へ戻ってくれ。そしたら、こちらから逆召喚をかけるから」
「はい!」
と、サツキは元気に返事をすると祭壇を探した。あれ? 祭壇さん? どこですか?
「うぎぃやぁぁぁ~~!!」
サツキはムンクの叫びのポーズをとった。その声に通信相手が声を上げる。
「ど、どうした?」
「さ、祭壇が・・・祭壇が・・・」
祭壇は先程の戦闘で、ファイアードレイクの体によって粉々に砕かれていた。もうそれは跡形も無く、はい。