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黒髪のアビス  作者: めい
3.二人のサツキの章
18/33

18:「マツコでよいのか?」の巻

 フライに変化の術を使ったところで、アルは倒れた。そのまま、強制的にベッドに逆戻りだった。彼が、「わたしにお任せください」とくすくす笑っていた。

 あまり借りを作りたくなかったのだが・・・。


「いくつ彼らには、借りを作ればいいのだろうか・・・・・・」


 そう呟いたアルの言葉を、彼らが聞いたのなら、「どんどん作って結構ですよ」とまたくすくす笑うのだろう。

 そう考えたところで、ポケットが仄かに熱くなった。『翳』からの連絡がきたようだ。



 ヴァルタンからの連絡を聞いたアルは、眉を顰めた。やはりこちらが本物か、と。

 港で、連れの女性が殴られたと聞いたとき、サツキならばそれをさせないだろう、と。その時に、港にいた彼女はサツキではないと思っていたのだが・・・。


 すでにアルは、サツキのいる館の所有者を調べていた。

 ジャスティーノ伯爵の別宅であった。最近、ジャスティーノの経営する魔道具開発会社に、多額の融資があったと聞く。

 その相手がイサールである。

 また、その娘エリザベスは今、イサール子爵により、交際を申し込まれているという噂を聞いている。彼はすでに妻帯者だ。

 そこから導き出される答えは、ひとつだ。


 正直、サツキの行動は分かりやすい。

 なので、この後の展開は予測できた。それを考えると非常に、頭が痛くなる。彼女のあまりの能天気ぶりに。


(彼らが間に合うだろうか・・・)


 一度、そう考えてしまったアルは、不安が拭えず、上体を起こした。

 そして、医師が止めるのも聞かずに、部屋を出て行った。



◆ ◆ ◆



 藍色の髪の彼は、名前をカインと名乗った。彼はジャスティーノ伯爵に仕える馬番だという。

 食事だと差し出されたトレイを受け取りつつ、彼をふんじばって、はかせた。

 先日の舞踏会のおり、文化庁長官を務めるシャムール伯爵の息子、イサール子爵の目に留まり、交際を申し込まれた。

 しかし、それをエリザは拒否した。

 そこで、イサールは、ジャスティーノ伯爵の抱える、いくつかの負債を帳消しにすると持ちかけた。



「そのときになって始めて家の家計の苦境を知った、エリザお嬢様は悩まれました。そして、自分が犠牲になることを望まれました」


「・・・んー、この国のこと、よく分からないんだけど・・・貴族ってそういうもんじゃないの? 家同士の結婚なんで、選べない、みたいな」


「結婚はそうですよ。しかし、これはそういうことではないんです。交際を申し込むっていうのは、その・・・」


言いよどんだカインに、サツキは閃いた。


「まさか・・・愛人?」


カインはこくりと頷く。



「しかも、嫁入り前の娘ともなると、その後の婚姻は望めません・・・最初は僕だってそれでもいいと思いました。けど・・・お嬢様のつらそうな顔を見ていたら・・・」


「・・・なるほどね、カインはエリザのことが好きなんだ」

「はい」


 単なる釜賭かまかけだったサツキは、そこは、「え、そんな、僕は、べ、別に・・・」とか言って欲しかったな、とはっきり認めたカインに恨めしい表情を見せた。



「で、わたしに身代わりになってほしい、と」

「・・・・・・はい、すいません」



 最近よくよく身代わりになるな、とサツキは思いながら、


「ところで、家の借金てどのくらいなの?」

「・・・よくは知りませんが、このたびイサール子爵が融資した金額は3千ガリオンだと聞いています」


「千ガリオン・・・3億ベール」



 サツキはため息をついた。立て替えられる金額ではない。

 なんだこれは。これが貴族感覚ってやつか。愛人ひとりに3億ベール。

 ちなみにサツキが身代わりになった際には、50ガリオンの謝礼をくれるそうだ。



「わたしの価値は、5百万ベール・・・」



 安いのか、高いのか?



 やさぐれた目つきで、サツキは言った。


「で、本物のエリザって子はどこにいるの?」

「それが、まだ帰ってきてなくて・・・」


「ふ~ん、逃げたか?」

「そんな! エリザお嬢様は、そんな方ではありません!」


「うん、力説してくれても、今いないものはいないんだから。そう考えるのが妥当でしょう」

「しかし・・・・・・」


「うん、その脱走にキミが加われなかったのは残念だねぇ」

「・・・・・・」



 落ち込んだカインを半目で見る。

 やばい、これは完全なる5百万ベールへの八つ当たりだ。サツキは首を数回振った。



「迎えはいつ?」

「8時にこちらに伺うと聞いております」


「今が・・・7時。あと1時間か・・・相手はやる気満々ってとこですか」


サツキは伸びをした。


「う~ん、しょうがないじゃあ、なんだ、要は、嫌われればいい訳だ。そいつ、その、イーサンに」

「イサール子爵です」


「ん、イサールに。ん~、よし、引き受けた!」

「ほ、本当ですか?」


「おう! 男に嫌われることは慣れてる! 普段どおりに行動すればいいんだし」


と自滅しているサツキに、カインは言った。



「ところで、そろそろ、解いてくれると助かるのですが・・・」


カインはサツキに縛られ、床に横たわったままだった。



◆ ◆ ◆



 応接室の扉を開け、暖炉を背に座るイサール子爵を見て、サツキは顔を引き攣らせた。


 年は40過ぎの少々頭の薄くなったダンディーとは程遠い人物であった。たぷたぷした腹は、上着のボタンが今にも飛び散りそうだ。さらにその顔は、にやにやとうすら笑いをさせている。



 サツキは思った。言わせたい。「そちも悪よのう」と。



しかし、相対したイサールもサツキを見て顔を引き攣らせていた。



「い、一体、どうしたのかな、その格好は」


「え、なんのことです。イサール様」


 サツキは首を傾げた。茶色のツインテールが共に揺れる。頬の肉も共に揺れる。

 サツキは体重120キロのその巨漢を苦しそうにしながら、イサール子爵の対面の、ジャスティーノ伯爵とその夫人の間へと座った。


 ソファがぎしりと音を立てる。

 押しつぶされそうになったジャスティーノ伯爵と夫人が、慌ててさらに間を開けた。



「い、いや、君のその・・・・・・」


「ああ、この体型のことですの? 少々太ってしまって・・・。お分かりになってしまいました?」


 うふふとサツキは笑う。マツコと呼んで。


 少々、少々なのか、とイサールは言いたい。サツキを上から下までみる。


「えー、一応、確認しておこう。君、エリザベスかい?」

「うふふ、ご冗談を。わたし以外に誰がいらっしゃると? ねぇ、お父様、お母様」


 左右をみるサツキに、エリザの両親は、やはり少し引き攣った顔ですばやく何度も頷いた。

 そんなサツキたちをイサールは、放心した様子で見ていたが、はっと我にかえると考えた。



(これは、これで・・・ヨイ)



 イサールはデブ子ちゃん好きでもあったのだ。それ専用のクラブに通うほどの。

 太った彼女もそれは愛らしいではないか、と思い、イサールは立ち上がった。



「それでは、参りましょう」


その言葉にサツキは唖然とした。思わず


「え? いいの? マツコでよいの?」


「よいも悪いも、痩せた君より、数倍可愛らしいその姿に、なにを言うことがある?」



 にたにた笑うその顔に、サツキの背中に変な汗が流れおちた。思わず、


「違う! わたし、マツコじゃないし、エリザでもない!」


と叫ぶも、はっと周りの固まった様子にサツキも固まった。



「うん? 君はエリザじゃないのかな?」


イサールは周りの様子に、なにやらうんうんと頷いた。


「まあよい、君を手に入れられるなら、誰であろうと・・・思わぬ拾い物だ。ジャスティーノ君、それでよろしいかな?」




 男の趣向は奥深い。


 しかし、デブちん同士はいろいろ大変そうだぞ。あんなこととかこんなこととか。

 いろいろ想像しているうちに、サツキはイサールの持つ別宅に到着していた。あらまあどうしましょ。



◆ ◆ ◆



「お、おやめ下さい」

「よいではないか。よいではないか。恥らうそなたも可愛いのぅ」



 サツキはイサールの寝室でその身を壁に張り付かせた。仕方がない、とサツキはその体型を元に戻した。

 途端に痩せていくその身体にイサールは目を丸くしている。


「・・・申し訳ございません。実はこの身体は魔法で太らせたものでございます」


と、サツキはイサールの目を見て行った。


「・・・・・・」


サツキは、眉を顰めた。



「おお、そうであったか。まあよい。・・・つまり、私は痩せたそなたも、太ったそなたも手に入れたということかな?」


 嬉しそうに、イサールは両手を胸の前でわきわきさせた。


(うぎゃーーーー!! 変態さんにはどう対抗すればいいのーーー!?)


「しかも、その格好は、そそられるのぅ」



 はっとして自分の姿を目にすると、太った姿で着たその服は、上着はずり落ち、片方の肩をみせており、下穿きは、すとんと床に落ちていた。長めの上着の丈が、太ももまであったのは救いだった。


 とりあえず、「湯浴みを~」と言ったが却下され、もう、気絶させよう。そう思ったサツキに、なにやら騒がしい外からの音が聞こえた。

 その直後、控えめにノックがされる。


「なんだ、騒がしい。どうした」

「それが、その。お客様がお見えになられました」



 ふん、と鼻を鳴らすと、イサールは、「誰だ。こんな夜更けに」と言ったが、その名前を聞くと、顔を蒼白くさせた。サツキもまた同様に。



「アルフレッド皇帝でございます」



◆ ◆ ◆



 サツキはおろおろと部屋を移動していた。


(どうしよう、逃げちゃおうか。でも、そうすると、多分、融資が下げられちゃって困るだろうし・・・)


「けど、わたしにはそんなの関係なくない!? てか、そうだよね、そうそう・・・・・・って無理! 勇者がすたるだろ、おい! いざ、魔王討伐だ!」


(ああ、どうしよう、穏便に事を済ますには・・・一番苦手な方法です、はい。・・・ああ、消えたい! 消えてしまいたい! 穴があったらそこで一生暮らしたい!)


 ハムレットの如く、悲観していると、部屋に何人か侍女が現れ、サツキに着替えを促した。


(これ、着るの? んでどうするの? え、なんで下行くの? つかここどこ?)


 侍女に促されるまま、とある部屋の扉の前まで連れてこられる。侍女は一礼して、立っている。


(ん? 開けていいの?)


ドアノブに手を伸ばしたサツキに、侍女が目を丸くし、止める。


(ん? だめなの? え? 何? 肩たたき?)


 侍女が右手を上げこぶしを作ると、サツキに向かって、数度振り下ろしている。サツキは侍女をくるりと回転させると、何度か肩を叩いてあげた。


「ち、違います!」


 あ、しゃべれるんじゃん。と思ったサツキの目の前の扉が開いた。

 そこには、髪を後ろになでつけ、眼鏡をかけた、いかにも紳士然とした人が立っている。その眼鏡の奥にある鳶色の瞳が細められ、サツキに言った。



「・・・・・・何をなされておられるのです?」


「え? 肩たたき、ですけど?」

「わ、わたくしはただ、ノックを、と!」


 真っ赤な顔をして、侍女が叫ぶ。

 ああ、ノックか、そうかノックをしろ、という意味だったのか、と合点がいき、ぽんと右手のこぶしで左手の平を叩く。

 そんなサツキを見ながら男は言った。


「・・・理解致しました。では、どうぞ」


と、サツキを中へと進める。



 もうノックはしなくていいらしい。



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