表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒髪のアビス  作者: めい
3.二人のサツキの章
16/33

16:「ある意味最強」の巻

 リアンは食堂の料理を、いちいち不思議そうに、「こちらは何かしら」と食材を聞いてくる。何度かフォークで突いてから、


「サツキさま、こちらを召し上がれ。わたくし、別のものが食べたいですわ」


と、サツキに食べかけの皿を寄こす。

 解剖に回された遺体の如く、ぐちゃぐちゃにされたそれを、サツキは無言で―――食べる。



(((・・・食うのかよ!)))



 今のは、食堂にいる別の客の心の声である。さま~ずの膝が悪い方ばりのつっこみです。すでに今の光景が4度繰り返されています。



 とりあえず、サラダとデザートはお気に召されたご様子で、


「ごちそう様でした」


と食べる。「ナプキンがございませんわ」とか「ここのシェフは挨拶に来られないのかしら」とか、おっしゃられています。



「ところで、食事代って、どうする? とりあえず、このサラダとデザートはリアンが払ってね。それから―――」


そこで、リアンがきょとんとした顔をする。


「あら、お金、必要ですの?」

「え? 必要に決まってるでしょ?」


 すると、リアン様はおっしゃいます。


「いやですわ。わたくし、お金がないから、船に乗れなかったのではなくって?」


うん。まあ、そうです。はい。


「こちらの支払いは、サツキ様がお支払いになってくださって、よろしくてよ」


 おほほと笑う。サツキも負けじとうふふ、と笑う。うふふ、おほほ、あはは、いひひと笑い合う二人に、食堂内の空気が不穏なものに包まれてゆきます。

 その重い空気に、食堂内の人たちがテーブルに突っ伏しています。



 白旗を振ったのは、サツキであった。兎にも角にも、このお嬢様は、お金を持っていない。わたしは、持っている。わたしが払う。それしか道はない。サツキは思った。淑女ってある意味最強だと。


「・・・女将さん、勘定お願いします」

「はじめから、そうしてくださればよろしかったのに。とんだ時間の無駄でしたわね」


 にこりとリアンが笑う。淑女の微笑みである。


「わたくし、外で待っていますわ」


と、彼女は出ていくと、女将さんが、サツキのことをかわいそうな瞳で見てきた。



「あんたも、もう少しお友達を選んだほうがいいよ」


 名も知らぬ女将にそう言われ、サツキは、そうか、リオンはお友達だったのか、と思った。



◆ ◆ ◆



 外に出たリオンは、港を眺めながら、


(さて、これからどうしましょうか)


と考えていた。



 リオンは家出娘であった。昨日の夜、父親に言われたことに腹を立て、寝て起きても怒りが収まらなかったので、今日、衝動的に家を飛び出した。

 服は侍女のものを奪った。泣き崩れる彼女に、リオンの服をあげた。

 途端に泣き止んだ侍女に、リオンは少し呆れた。


 とにかく遠くへ行きたかった。


 そこで、遠くの国に行きましょう、と思い立ち、港へと向かった。

 途中で港まで行く「乗合馬車」が通りかかり、リオンはそれに乗ったのだが、少し走ったところで、「お金が必要なの? でも、わたくしお金など持っていませんわよ」というと、その場で降ろされた。

 まだ200メートル程しか、走っていなかったので、ちょっとがっかりした。

 でも、なぜそんなにお金が必要なのかしら。まさに貴族なリオンは思った。


 やっと港に着いたのだが、船に乗るのもお金が必要らしいと分かり、庶民というものは、まったく卑しい人間だと思う。わたくしなら、困っている方がいたら助けるわ。そこにお金が必要だなんて思わないのに。


 ならば、こっそり乗ってしまえばよいわと思いつく。いそいそと木箱の隙間に隠れると、大きな船に乗ろうとしたが、すぐに見つかり、追い出されてしまった。わたくしの話も聞かず、一方的な態度はいかがなものかしらと、立腹しましたわ。ええ、それはもう。


 そんなわたくしの様子に、ああ、神様は見捨てはしなかったのですわ。

 お金はいらないとおっしゃる方がいらしてくれたの。少し、口の悪い方々でしたけど。すごく臭いましたけど。けれど、とてもいい方たちだと思ったのよ。それなのに―――。




「あら?」


 右手の方向に、少女が歩いているのを見つけた。青いワンピースを着て、薄茶色の髪をしている。すたすたと歩いていく彼女の姿に、リオンはその姿を追いかけた。


「どちらへ行かれるんですの?」


リオンが声をかけると、彼女は振り返った。



「はい?」


戸惑った様子の彼女にリオンは、左右の腰にそれぞれ手をあてて、心持ちあごを持ち上げる。


「支払いは済みましたの? わたくしずっと待っていましたのよ? 何も言わずに行かれるなんて、ひどいじゃありませんの」


そんなリオンにまたしても、彼女は戸惑って言った。


「あの、人違いでは?」



 その言葉にリオンは目を丸くすると、その少女を上から下まで眺める。薄茶色の髪色、胸のあたりまで伸びるその長さ、瞳はこげ茶色をしている。その顔立ち、そして青いワンピース。どこからどう見てもサツキである。

 ふと、リオンは思い出した。


(そうでしたわ、サツキさんは、少しかわいそうな子だったではないの)


と。


(そうよ、否定してはいけないのよね、マザー)


そこまで考えると、リオンは微笑を返した。


「そうですわね。人違いかしらね」



「いーや、人違いじゃねぇなぁ」


 突然のダミ声に、リオンは振り返る。なんと、先ほどサツキが痛めつけた男がいた。いつの間にか、周りを数人に囲まれてしまっている。

 どうやら仲間を連れてきたらしい。男のひとりが言った。


「こんなお嬢さん方に、お前、やられちまったのかぁ」


と笑う声に、やられた男が言い返す。


「気をつけてくだせぇ。あっちの娘が、異常に強いんですぁ」


 途端、男たちの視線が、その少女に集中する。

 その視線を受けた彼女は、目を丸くし、顔を蒼ざめさせた。



「ま、待ってください。人違いです。わたし、本当に―――」


そのあまりの言葉に、リオンが言った。


「何をさっきからおっしゃっていますの? 早くこの方たちを倒しておしまいなさいな」


その言葉に、男たちの顔が気色ばんだ。



「おい、お嬢ちゃん。あんま、図に乗ったこと、言ってんじゃねぇぞ?」


リオンはその形相に、震えが走ったが、なんとか顎を上げて答える。


「あら、そのお言葉、そっくりそのままお返しいたしますわ」



 次の瞬間、突然リオンはよろけた。

 あら、どうしたのかしら、と思う間もなく、左の頬が異常に熱い。じんじんする。叩かれた。そう気付いた瞬間、目に涙が溜まる。


 いいえ、泣いてはダメ。泣くものですか。


 キッと、リオンは左頬を手で押さえ、相手の男を睨んだ。途端、今度は右頬を叩かれた。あまりの強さに、リオンは地面にそのまま倒れる。



 リオンはそのまま意識が遠のくのを感じた。ゆがむ視界の先に、いまだ微動だにしない、少女の姿を見つめつつ―――。



◆ ◆ ◆



 サツキが会計を済ませ、外に出ると、リオンの姿はすでになかった。周囲を見回してみるが、彼女の姿を目に留めることはなかった。



「あっれ~~? どこ行っちゃったんだろ?」


サツキは思案する。


(リオンって、どうみても貴族だよねぇ。このままほっておく訳には・・・)

「いかないよねぇ、やっぱ」


 女勇者の名にかけて! なんちて。



 ひとり決めポーズを模索しているサツキに、声がかかる。


「やっと、見つけた。こんなところにいたのですか」


 振り返ると、そこには、20歳前後の優しげな男が立っていた。サツキは首を傾げる。


「はぁ、まあ・・・」

「勝手に出ていったから、皆、かんかんですよ。早く帰って謝った方がいいです」


男は眉を下げて言う。サツキは青くなった。



(は! ロブくん帰ってきたの? うが、そういえばモスくんと、はぐれたままだった)



 サツキは男に言った。上目使いに聞く。


「ものすご~~~く、怒ってる感じ?」


男は、苦笑いを浮かべた。


「僕も一緒に謝りますから。さぁ、行きましょう」



 男はサツキを1頭立ての馬車へと案内した。そして、サツキを車内に乗せると、自分は御者台に登り、手綱を握る。そして、振り返るとサツキに言った。



「少し、飛ばすから。気をつけて」


 藍色の髪が揺れた。


「はい!」


とサツキは答えた。そして思った。



(この人誰?)



 馬車は、港から続く坂道を駆け上がって行った。



◆ ◆ ◆



 宿に帰ってすぐに、嫌な予感がした。部屋をノックし、


「ただいま戻りました」


と中に声をかける。


 返事のない扉を開き、中に入る。

 ロブは半目になった。

 予感は的中した。当たってほしくなかったのだが。


 大きくため息をつく。


(外に探しに行きましょうか。それともここで待機した方が・・・?)



 ロブは、1時間したら再び戻ることを決め、外に探しに行くことに決めた。部屋の扉に、


『サツキさんとモスリンドさんへ 帰ってきたならば、今度こそ部屋でじっとしていて下さい!』


と書置きを貼った。


 そして、宿の外へ出る。

 さて、サツキさんならどこへ向かうでしょうか?


 ロブは辺りを見回した。左側の坂の下方には飲食店があり、その先には海が見えた。右側の坂の上方には、服や日用品などの商店が広がっている。また、左を見る。どちらも石畳が続いている。


 城下町であるこのロックフォードは、なだらかな丘陵になっていて、下方は海が広がり、上方には山がある。上方最高峰に城が聳え立ち、その周りを貴族たちの住居が構えている。

 そして中流家庭の家が軒を連ね、それから一般家庭が続く。

 住居の構える高低さがそのまま庶民の地位を表わしていた。海側の一角には、スラム街があり、そちらの治安は最悪といえた。



 現在、ロブたちの取った宿は一般区画に該当し、城と海との丁度真ん中にある、商業区である。周りは様々な商店が軒を連ねている。


(どこかのお店に入っているのでしょうか。まさか、海を見に行ったりしてないでしょうね)


 サツキが馬車の中で「今年は一度も海に行かなかったなぁ」とぼやいていたのを思い出し、はるか遠くに見える海を眺める。



 するとロブの目に、下方からすごい速さで走る馬車がやってくるのが目に入った。ロブは道の端に避けながら、



(乱暴な運転ですね。危ないじゃないですか)


と、すぐそこに来ている馬車の御者台を見た。

 まだ若い男が鞭をふるっている。藍色の髪が後方へその速さを示すかのように、流れている。


 通り過ぎざまに、ロブはその男をぎっと睨んだが、その車内の人物に、目を向けることはなかった。



◆ ◆ ◆



 サツキは車内で何だか眠くなった。お昼をあれだけ食べて、血液が全て胃に回ってしまったらしい。まるで5時間目の授業のようである。もしくは、ねむねむオバケに触ってしま―――。

サツキの意識はそこで途絶えた。


馬車は、高級住宅の並ぶ一角で止まった。



「着きましたよ」


 御者台から降り、馬車の扉を開けた彼は、サツキが寝ていることに気付いた。その寝ている姿に、彼は悲しそうな顔をみせる。そして、サツキの薄茶色の髪を一房取ると・・・そこで、彼は固まった。

 寝ている少女の顔を覗き込む。



「エリザ・・・じゃない・・・?」



 彼はそう発すると、しばし何かに考えを巡らすと、サツキを抱き上げた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ