15:「お魚くわえたドラ猫」の巻
「僕は領内に入る、と言っただけですけど?」
ロブは心外だというように、眉を顰めた。
「うん、言った。言ったけどね・・・」
サツキは言った。
「でも、王宮までさらに一日かかるなんて聞いてないけど、ないけどぉ~~~!」
「距離的には、半日なんですけどね。でも、王宮内に入るのに、手続きがありまして、それでまた半日かかる訳でして、なので、今日は宿を取る必要があるんです」
そう言ってロブは、城下町の宿の待合室でばたばたしているサツキを嗜めた。そして、サツキたちを宿の部屋に押し込めると、笑顔で言った。
「と、いう訳で、私はこれから手続きに言って参ります。じっとしてくださいよ」
扉を閉めたロブに、サツキはまだぎゃーぎゃー騒いでいる。
「これってさ、軟禁だよね。いわゆる軟禁状態ってヤツだよねぇ?」
傍らにいるモスくんに訴える。
「う~~ん、もす?」
「ん? なんなのモスくん、その返事は!」
サツキの厳しい目にモスリンドは、ため息をつく。
「いやあ、だってお嬢、いっつも、ふらふらどっか消えちまうじゃないっすかぁ。誘拐までされたっつうのに、こっちの身にもなって欲しいっていう・・・」
モスリンドは、はっと表情を蒼くする。サツキのうるうる涙目の表情に。
「・・・かなんというか、そうっすねえ、ちょっとぐらい観光したいっすよねえ・・・」
サツキはうる目でモスリンドを見上げながら言う。
「まあ、今の格好なら、危険は少ねぇかもしんないっすねぇ・・・」
サツキの今の格好は青いワンピース姿であるが、髪の色は薄茶色で、瞳の色もこげ茶色になっている。
なぜなのかというと、城下町では「黒髪のアビス」の噂がすでに広まっているらしく、道行く人がサツキの黒髪黒目に注目してしまったからである。次々声をかけてくる人たちに辟易し、サツキは髪と瞳の色を変えることにしたのだ。
「じゃあ、観光、行って、ヨイ?」
その言葉に、モスくんは頷くしかなかった。サツキが{技:おねだり}を使用したことも気付かずに・・・。
「ちょっとだけっすよぉ・・・」
ちなみに{技:おねだり}は小悪魔資格で最初に覚えることの出来る技である。他にも{技:無邪気}や{技:メッシー君}などがあり、小悪魔は娘たちに人気の資格だ。
それぞれに対抗する技はあるが、そちらは覚えるのが困難という状態だったりする。近年では、法律で制御しようとする動きがあるが、法案を出すのは男性に限られている。
◆ ◆ ◆
城下町に出たサツキは、外に出て10分もしないうちに、モスくんとはぐれる。
「あれ、モスくんどこ?」
ただ、一本道の坂をき~んと駆け下りただけなのに・・・。とマッハで走ったサツキは思う。現在モスくんは、3キロ後方で座り込んでいる。港が見たいと言ったから、後で追いつくかな、とサツキは大して気にせず港を探索することにした。
流石、王領管轄の港である。午後だというのに、今から漁に向かう船や、国外からのフェリーが到着したり、港は大きな賑わいを見せている。
食堂や土産物屋も軒を連ねている。
魚市場は終盤を迎える様子で、片付けをする人たちが多い。
みゅ~みゅ~とウミネコが鳴いている。と思いきや本当の猫の声だったりする。
魚をより分けている漁師のそばで、傷の入った魚を漁師がぽいっと投げるたび、周りに集まる猫が取り合いを始める。見事勝負に勝った猫は一目散に走り去る。
う~ん、サバイバル。まるでお相撲さんの投げる、豆まき行事を見ているみたいです。
お魚くわえたドラ猫を追いかけずに、視線だけで追ってみると、その先にどうみても怪しい人物がいます。若い娘さんです。
なにが怪しいかというと、木箱と木箱の隙間で、海の方をかがみこんで見ているその動作がです。
じーっと見ていると、突然娘さんはダッシュしました。あ、停泊している大きな船に乗り込みました。警備の人、ぼんやり、空を見ています。だめだめです。あ、つまみ出されました。中の人はきちんとお仕事していたようです。空を見ていた警備の人は叱られています。娘さんはぷんすかと地面をどたどた踏みしめながら、歩き出しました。
あ、そんな娘さんになにやら怪しげな男二人組が近づいていきました。娘は男たちとなにやら話しています。
もうちょっと、近くに行って聞いてみましょう。木箱と木箱の隙間でかがみこんでいるわたしは、先ほどの娘さんのようです。わたしが怪しい人物になりました。うふふ。
「本当に、お金はいらないのね?」
「ああ、いいぜ。船はちょっと歩いたとこにあるんだけどよ。それでもいいかい、お嬢ちゃん」
どうやら、船に乗る交渉をしているみたいです。怪しさ満載です。男たちは漁師にしては、少々ガラが悪く見えます。まるで、そう、海賊さんみたいです。
娘さんは、なんの疑いも持たずに男たちについて行きました。もちろんわたしもその後を付いて行きました。{技:尾行}を使っています。
娘さんたちは、岩場ばかりの場所に着きました。そこには、木造の小船がありました。10人程度乗れそうです。屋形船程度でしょうか。
娘さん、眉を寄せます。
「この船で行くのかしら?」
「ああ、そうだぜ」
「嘘おっしゃい。これじゃ、違う国など行けるはずないじゃないですの。それぐらいわたくしにも分かりましてよ」
娘さんは不機嫌な声で言いました。
娘さんはその話し方から、上流階級の方と見受けられます。サツキの持っていない{技:お蝶夫人}をなんなく使われております。ソンケー。
「ああ、そうか。もちろん、この船で他の国は行かねぇよ。ほら、あの船まで行くんだ」
背の高い男の方が、遠くの海に浮かんでいる大きな船を指差しました。ええ、確かに大きな船です。
しかし、私はそれよりも、左手遠方の大きな船が気になって仕方ありません。海に浮かぶ大きな岩礁に、まるで隠れているように停泊しています。
「この船は、あの船までの渡し舟ってやつだ」
その言葉に娘さんは、納得した様子です。
どうしましょう。娘さん、乗る気満々みたいです。ああ、渡し木に足を乗せました。
「ちょ~っと、待った~~~!!」
もう、勇者としては見過ごせません。サツキは告白タイムの邪魔者の如く怒鳴りました。片手を高々と挙げて。
娘さん、危なくふらつきましたが、なんとか転ばずに踏ん張りました。娘さんは眉を顰めて言いました。
「な、なんですの、あなた! いきなり声をあげたら、危ないでしょう!」
「す、すいません。あ、でもね、その船に乗った方が危ない、かも?」
その言葉に二人の男が慌てだした。
「おい、コラ嬢ちゃん、変な言いがかりつけんじゃねぇよ、あぁ!?」
「誰の差し金か、知らねぇが、邪魔すんなら、こっちにも考えがあんぜぇ?」
ずずずいっと、二人が娘さんの前に出る。
「ん? よく見ると嬢ちゃんも、なかなかの別嬪さんだなぁ」
「そうですねぇ。このまま連れてっちゃいましょうか?」
あら、やだ、そんな。と別嬪さんのワードにサツキはうふふと笑う。
そうでしょそうでしょ、パーツはいいのよ。パーツは。自分でも目は大きい方だと思うし、まつ毛もくるんとしてるのよ。
写真写りなんてそりゃもう、最高なんだから。で、「この子誰?」って、実際会ってやったら、な~んで、みんな引き攣るかなぁ~。ホント、失礼しちゃうんですけど。
「・・・あなたの百面相顔、とても気持ち悪いですわよ」
娘さんがぽつりと言う。
その声にはっと我に帰ったサツキ。あれ、この場所は? 海の上? なんで? あれ、ご丁寧に縛られてます、わたし。あ、娘さんも縛られてます。
ぎこぎこ小船が揺れてます。
「んNO~~~~~!」
サツキ、立とうとしました、が、転びました。足まで結んでたんですね。用意周到です。
しゃくとり虫の格好のサツキに向かって娘さんが言いました。
「ホント、あなたには呆れましたわ。一体これからどうするおつもりですの」
流石、高飛車お嬢様です。自分のことは、さっぱり棚に上げております。サツキ、やっぱりソンケーです。
「とりあえず、そうですね。・・・二人を倒しちゃいましょう」
にっこりと笑うサツキに、胡乱な目を向けた娘さん。
{技:縄抜け}→{技:萌えよドラゴン}→ウマー
瞬殺です。仕上げは娘さんの縄を解きます。風圧に舞い散らした金髪がゆっくりと、元に戻っていきます。
娘さん、目を数回瞬きました。はっと、手の次に、足の縄を解いている私を瞬きもせず見つめています。
「あ、あなたが倒したの?」
船の舳先の男と艫にいた男は、二人とも伸びています。
「はい、そうです。ウマーです。お茶の子サイサイです。女勇者ですから、わたし」
にこにこ笑うサツキに、娘さんは、
(この年で、勇者とかおっしゃるなんて・・・。少しイタイ子?)
可哀想な子を見るような目でサツキを見ました。
(確か、こういう子には、優しくしてあげなければ、いけないのよね)
サツキは男二人をおしおきのために、近くの岩礁の上に放り投げると、にっこりと言った。
「じゃあ、岸に戻りましょう」
「ええ、そうね」
娘さんは自愛に満ちた笑顔で、言いました。
(それから、否定してはいけない・・・それと・・・暴力を与えてはいけない・・・)
娘さんは過去に教会のマザー・タバサから教わったことを、思い出しています。あごに人差し指を当て、小首を傾げています。
サツキは{技:モーターエジソン}を使いました。まるで競艇のように、波を割り、小船は舳先を浮かせて走り出しました。
「ぐえぇぁらぁぎょうがg;あpgはyたぁぁっ!!!」
徐々に岸が近づいてきました。そこで、ふとサツキは思いました。
(止め方って・・・どうやるんだっけ?)
小船はそのまま岩場にぶつかると、粉々に砕け散りました。
ぶつかる直前、サツキは娘さんを抱いて、跳躍しました。
ぐんぐん上がっていきます。キランと光の粒になりました。
3秒後。
あ、二人が見えます。
今度は降下してきます。だんだん、娘さんの声が聞こえてきました。
「――ぁぁぁぁあああああああ!!!」
大絶叫です。回した腕が、サツキの首を絞めすぎているようです。サツキの顔が白いです。どーんと、地響きを鳴らし、地面に到着です。
サツキは、娘さんを地面に降ろしました。
「ふー、死ぬかと思ったぁ」
と、けほけほ咳をしているサツキに、娘さんは叫びました。
「それはこちらのセリフですわ!!!」
しごく、もっともなご意見です。
◆ ◆ ◆
アルは五番隊の報告を聞いていた。
「―――つまり、見失った、ということか」
いまだ、つらつら言葉を重ねる隊長サントムのそれを手で制し、アルは言った。
「はっ! ・・・申し訳ございません!」
隊長は頭を下げる。
「俊足」の異名を持つかれらが撒かれたのなら、どの隊でも結果は同じであっただろう。
「見失ったことは、仕方がない。お前たちに落ち度はない」
アルの言葉に、隊長はあきらかにほっとした表情をした。それをアルはじっと見る。
「だが、何故今、お前はここにいる?」
その低い声に、隊長は体を固くした。
「ここでぐだぐだ言っている暇があったら、捜索隊を結成しろ! お前も探しに、とっとと行け!」
怒号を浴びせられながら、隊長は「は、はい!」と慌てて執務室を出て行った。
不機嫌な顔をしたアルに、ロベルトは口を開いた。
「ひとつ、ご報告が」
「なんだ」
「南棟の申請発行所に、ロブ=フリッシャーが到着しました」
「・・・そうか」
どうでもいい情報だった。
「優遇処置は、取られないのですか?」
「・・・いや、必要ない」
「そうですか」
アルはいらいらした様子で、手元の書類を読む。頭に入らない様子で、何度も読み返している。
アルはふぅとため息を付いた。そして、
「なにが言いたい。言え」
と、視線を書類に向けたまま言った。
「そうですね。本日の執務は終了なさったら如何でしょうか。そのご様子では、効率が悪いかと」
その言葉に、アルはぎゅっと固く目を瞑った。やがて、目を開くと、手にした書類を机の上に置き、立ち上がる。
「そうする。―――少し出掛ける」
ロベルトは一礼した。その横をアルが通り抜け、コートを羽織った。
◆ ◆ ◆
「わたしは、サツキっていいます。女勇者として召喚されたはずだったんだけど、今は単なる観光者です!」
「そ、そうですの・・・わたくしは―――マリア・・・リアンですわ!」
「マリア=リアンさん?」
「いいえ! リアンですわ!」
逆立った髪を直しながら、なんとか自己紹介をした二人。
なぜ、違う国に行きたいのか尋ねてみるも、リアンの返事は要領を得ません。最終的には、
「どうして、あなたに話さなければなりませんの!?」
と、ぷいと横を向いてご立腹です。またまたソンケー。
「えと、わたし、助けた、アナタ」
「そ、それは、感謝してますわ」
そんな二人の元にいい匂いが届きました。二人のお腹が同時にぐぅと鳴りました。
「とりあえずは、腹ごしらえ、ですね」
「ええ、それでよろしくてよ」
二人は近くの食堂へ、足を踏み入れた。時刻はまもなく正午を迎える。