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黒髪のアビス  作者: めい
2.エストニア侯爵の章
14/33

14:「以心伝心」の巻

「入れ」


 その声にロベルトが医療室に入ると、そこにはすでに先客がいた。サミエルとフライである。アルはベッドの上で、胡坐を掻いている。まだ少しだるそうな様子だったが、その様子にロベルトは安堵した。

 そんな思いは微塵も見せず、ロベルトは言った。


「お呼びだそうで」


 アルはケットを纏った自分の姿を一瞥すると、


「着替えが欲しい」


と、言った。ロベルトは、少し声を低くし言った。


「あの内容と共に、そちらも書いてくだされば、手間が省けたのですが」

「ああ、すまん。で、お前はどう思う」

「そうですね、よろしいかと思います」


ロベルトのその答えに、アルは満足気な表情を浮かべる。


「よし、決まりだな。後は任せる」

「はい。それでは行って参ります」


ロベルトは一礼して部屋を出ていった。



 二人のやり取りを眺めていたフライは机に肘を突きながら言った。


「しかし毎度のことながら、よくそんな少ない言葉で理解出来るよな。普通、突然「で、どう思う」って聞かれても、「え、何が?」って返すぜ」


「それは、しょうがないでしょう。私たちは彼らではないのですから」


窓際にもたれて立っているサミエルが言った。


「ところで、ペンが止まっていますが、よろしいのでしょうか?」


 はっと、フライが目の前にある紙に向かう。エストニア侯爵の引き起こした事件についての報告書だ。

 重要証人であるアルに対して調書を取るために、フライはこの部屋を訪れていた。

 ちろとフライはアルを見る。



「『かげ』使ってたなら、言えよ」



 『翳』とは王家の持つ近衛六番隊の俗称である。


 彼らは、一般兵と違い、代々翳として生まれ翳として死ぬ。どこかに彼らだけで暮らす集落があるらしいのだが、王家でさえその場所を知らなかった。

 主に隠密行動を得意とし、偵察任務に当たることが多い。この国、いやこの世界にどこにどれだけ、彼らが散らばっているのかは、翳の長のみしか把握していない。

 彼らの使う術の中には、遠方のものと連絡を取る手段があり、今回、フライたちの行動はアルに筒抜けであった。


 実は元々アルの命令で、『翳』のひとりが、サツキたちと同じ宿に停泊していたのだが、彼もまた、他の皆と同様に眠りコケた為、今回、彼は罰則をくらうことになった。



「お前が去ってから、翳の報告があったからな。言う暇がなかった」


アルのその言葉にむっとするフライ。


「六番隊が絡むと、お前はいつも不機嫌になるな」

「正面突破が好きなフライですからね。六番隊のやり方が不服なのでしょう」


 サミエルは、やや可笑しげに言う。それに対してアルは固い表情で言う。


「それが必要な時もある」


 特に政治の中では。4年前も、彼らは活躍した。彼らがいなければ、アルは今存在していなかった筈だ。


 沈んだアルに気付き、フライは言った。


「それは分かるけどよ。まぁ、なんだ、俺は俺のやり方でいくぜ」


それから長いため息をつき、フライは渋顔で言う。


「でもな、あれ、幻術? あれはないわ、マジ死んだと思った」

「ああ、そんな顔していたな、お前」


アルは片方の口を持ち上げ、可笑しそうにフライを見る。


「あぁ!? んな顔してねぇよ!」


 顔を赤くし、フライはがたんと音を立てながら、椅子から立ち上がる。


「なんの話です?」

「お前にゃ関係ない」


 サミエルの言葉にフライはしっしと手を振る。なおも追求するサミエルに、フライは「うるせぇ!」と怒鳴り散らす。

 そんな二人の様子を眺めながら、アルは思い返した。



 サツキを正気に戻すため、アルは幻術を使うことにした。

 サツキにアルの長剣が刺さったと思わせるように。一か八かであった。

 だが、そこで誤算だったのは、術を使うために、注意が逸れ、サツキの素早い突きの攻撃を避けきれず、左腹を刺されたことだ。

 すると、彼女は自分の腹とアルの腹を見比べ、その瞳が不思議そうな顔をした。まだだ。もう一度、幻術を使う。

 彼も彼女も死んだように。

 彼女は意識を失った。直前、正常な漆黒の瞳が確かにそこにあった。成功だ。

 ほっと息をつき、己に刺さった剣の柄を、彼女の手から外そうとしているところに、フライが現れた。

 なんだか、様子がおかしい。突然泣き崩れたフライを見ながら、思い立つ。幻術を解いていなかった、と。


 疲労困憊していた。転移魔法は、自分ひとりにしか効かない。少女をあの場から運ぶのには、難儀しただろう。フライが来てくれて助かった、と思う。

 フライが号泣したことは、


(サミエルには黙っておいてやろう)


と、いまだ言い争う二人を見て思った。



◆ ◆ ◆



 ここは、王宮内部にある第二鍛錬場。本日午後からは、第三騎士隊が使用している。


「おら次、来い!」


 先程から、声を張り上げているのは、我らが隊長フライである。

 その鬼気ききとした様子に、隊員たちは震え上がる。すでに動けなくなった隊員があちらこちらで呻いている。

 三番隊は隊員8名、見習い隊員76名が在籍している。

 機嫌の悪い、彼の餌食になったのは、隊員8名だったが、それでも納まらず、すでに半数の見習い隊員に魔の手が伸びていた。



 その様子にくすくすと笑いを漏らすのは、彼の機嫌を悪くした張本人サミエルである。

 そんな彼のすぐ隣の壁に、フライに投げ飛ばされた見習い隊員が叩きつけられた。サミエルは呻く彼に軽く手を当て、『アンケア』と唱えた。たちまち彼の傷が癒される。


「はい、行ってらっしゃい」


 その言葉に、半泣きの見習い隊員は、やぶれかぶれでフライの元へと駆けていった。



「ぎゃーーー!!」



フライの槍の一振りに彼はまた飛ばされていた。







「なんだか、すごい事になっているねぇ」


 サミエルが横を見ると、ブライム公爵が立っていた。その気配を捕らえられなかったことに、元騎士団団長の名は伊達ではないと、サミエルは思った。


「ええ。今日の彼はやる気が余っているみたいで」


にこりとサミエルは返す。


「それにしても、君に会えるなんて珍しいねぇ。ほとんど王宮に顔を出さないだろう?」

「ええ、姿を見せると、少々口うるさく言う方がいらっしゃいますので」


その返事にブライム公爵は笑った。


「親というものは、いつまでも息子を叱咤するものだよ。今も君に自分の居場所を譲ろうと、色々と画策しているようだしねぇ?」


サミエルは苦笑いした。


「あまり乗り気はしないのですが」

「そうかい? 君の魔力は当代きってのものだって噂じゃないか」

「噂はあくまでも噂ですよ」

「まあ、君がそういうのなら、そういうことにしておこうか。ところでうちの娘、マリアンヌは君の伴侶としてはどうだろう?」


 その突然の申し出に、さすがのサミエルも目を丸くした。アルの従兄弟であるマリアンヌは、アルの正妃最有力候補といわれている人物だ。


(黒髪のアビスが現れたことで、早々に次にあたりを付け始めたか。流石というかなんというか・・・)


「ふふ、ご冗談を」


 笑顔を返し、あのマリアンヌを娶るくらいなら、一生独身の方がましだと考えた。


(フライに押し付けよう)


「それより、未来の近衛騎士隊長などは、いかがでしょう?」


ブライム公爵は、


「そうだねぇ、彼も顔がいいものねぇ。・・・もう一度マリアンヌに聞いてみるかな」


と言った。その言葉に、サミエルは、思った。


(候補の重要性は、顔ですか・・・)


ふと、真面目な顔になったブライム公爵は、言った。


「ところでやはり、君の噂は、本当なのかな?」

「何の噂でしょう?」


サミエルは首を傾げる。


「うん、君が男色家だという噂をね、たびたび君の父親から」


サミエルはふふと笑う。


「ご想像にお任せしますよ」


ブライム公爵は笑った。


「ならば、そうなのかな?」


 二人は、笑いあった。その目はまったく笑っていないが。


 瞬く間に、周りに黒いオーラが撒き散らされた。

 見習い隊員をしごいていたフライは、その雰囲気に思わず訓練の手を止め、笑いあう二人の様子にただ固まっていた。





(怖ぇよ、おい・・・)






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