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黒髪のアビス  作者: めい
2.エストニア侯爵の章
11/33

11:「狂気を孕んだ瞳」の巻

「期待などしてはいけないわ。裏切られるだけですもの、ねえ?」


 実の弟に毒を飲ませた彼女は、脂汗を垂らし苦しむ彼の前で、それは見事な微笑みを浮かべて言った。

 狂気を孕んだその眼差しで、弟の前に立つ。その蒼い瞳を覗き込むと、ふふっと笑った。


「あら、期待してたのね。裏切られないと?」


 馬鹿ね、と姉は言う。


「だから、裏切られるのよ」


 彼女は右手に持った短剣を振り上げた。銀色の刃がきらりと鈍く光る。



夢はそこで終わる。

繰り返し見る。

夢。

4年前から、毎晩のように繰り返される。

単なる夢。

だが、現実に起こった夢。

記憶の再生。

彼女はもういないのに。

夢の中ではまるで、今でも生きているかの如く、咲き誇った大輪の薔薇のように笑う。



◆ ◆ ◆



 少女は何度も大剣を振りかざし、アルを攻撃した。アルは振りかざされるそのたび、その攻撃を避ける。少女はふと攻撃を止め、その大振りの刀を見た後、ふいにそれを手放した。途端に、その大剣は彼女の左腕に装着された腕輪へと吸い込まれ消える。軽く息を乱し始めたアルはその光景に目を細めた。


 それが手にするは両手剣。

 右手に長剣、左手に小太刀を構えた彼女は、先程までの大胆な攻撃とは違い、鮮やかに舞うように、切り付けてくる。それは、まるで剣舞を披露するかの如く。彼女の一手がランプを掠めた。ランプは倒れ、瞬く間に部屋中に炎が舞い上がる。その中を少女は、黒髪を靡かせ踊り舞う。


 長剣をかわせば、またたく間に小太刀が腹を狙う。長剣を受ければ、小太刀はその腕を狙う。ならば、答えはひとつとばかりに、アルは動いた。己の肉を切らせるために。差し込んだ右肩に小太刀が刺さった。


「・・・ゥグッ」


 刹那、少女の瞳が揺れた。しかし、右手の長剣は惑うことなく振り下ろされる。

 アルは己の長剣を痛む右手でしっかり握ると、その攻撃を受け止めた。そして、左腕を振り上げ、少女の左腕を掴んだ。抜かせはしない。彼女の左手が小太刀の柄から離れた。互いに間を取り合う。



 どうする? どうすれば、彼女を正気に戻すことが出来る? 傷つけたくない。ただ、ひとつの傷も。なのに。

 狂った姉を救ったのは、一太刀の剣が彼女の身体を貫いたその時。



 ふいに呪いの言葉が蘇る。



“期待(など)してはいけない(わ)。裏切られるだけ(ですもの)だ”



 ああ、そうだった。アルは笑みを浮かべた。






  少女の突き出した長剣がアルの胸に吸い込まれるように刺さった。


  アルの突き出した長剣が少女の胸に吸い込まれるように刺さった。





 狂気の去った漆黒の瞳が見開かれ、その瞳の中に静かに微笑む男を映し込んだ。



◆ ◆ ◆



 フライが辿り着いたその部屋は、燃え上がる炎に照らされていた。先程まで、引っ切り無しに鳴り響いた、剣の打ち合う音はぴたりと止んでいた。その部屋の中央に、二人はいた。


 互いを抱きしめるように、それぞれの剣で貫かれて。


 その二人を見てすぐに、フライは気付いた。アルだ、と。


 震える。


 うるさいくらいに聞こえてくる鼓動。己の心臓。まるで全力で倒れるまで疾走したくらいに、早く強く響いている。体の内部から叩かれる。視界が霞む。


 なんだよ、よく見えねぇよ。


 瞬きをした途端に、ぼたっと音がするくらいの量の滴が床に落ちる。煙でだから、と言い訳出来ない。両頬をつたう水分。




「―――あ、アルっ! アルぅ・・・ア、ルゥ!」


 ふらつく足で、フライはその元へ躓きながらも駆け寄った。

 そんな意気消沈したフライの耳に声がした。



「うるさい、騒ぐな。傷に響く」



ふいと、顔をあげ、振り返った。誰もいない。


「早く、運べ。焼け死にたいのか」



 ふいにフライの視界がぐにゃりと歪んだ。


「彼女を頼む」


 アルがフライに向かって少女の身体を差し出している。

 半ば放心状態のフライは、言われるまま、意識のない少女を持ち上げる。

 アルは荒く肩で息をつきながら、言った。


「悪い、もう持たない。先に行く」


 右肩に小太刀、左わき腹に長剣が突き刺さったままの、痛々しい姿で、アルは口の左端のみ上げ、笑みを作ると、


「・・・『トラベラ』」


目を瞑り呟いた。直後、アルの身体が白い光に包まれ、光の飛散と共に消えた。



 フライはぐっと眉を寄せた。幻術を見せられていたらしい。騙してくれた報復は、後で返すとして、今は脱出が先のようだ。フライは少女を横抱きにしたまま、踵を返し、廊下へと飛び出した。



◆ ◆ ◆



どこまでも蒼い世界。

サツキは漂う。

蒼くそして蒼い。


沈む。

蒼に包まれながら。

深く深く沈んでいく。

蒼の世界を。


天を仰ぎ見る。

蒼。

周りを見渡す。

蒼。


くるりと回転する。

蒼の中を。


蒼。蒼。蒼。蒼―――。


蒼が跳ねる。

蒼が眠る。

蒼が謳う。

そして蒼は笑う。

サツキも笑った。


蒼。蒼。蒼。蒼―――。



◆ ◆ ◆



「あぉあぉあぉ~~~ん! お嬢、起きてくだせぇ! あぉ~~ん!」


 サツキは覚醒した。しかし、無償に腹が立った。なんだか、神秘的な場面をぶち壊された。まさかこの泣き声を聞いてたから、蒼の世界の夢を見ていたとは思いたくない。いや、もう信じない。何もかも。


「あぉ~あぉ~ん!」


「とぅ!」


 サツキの必殺ヒーローキック、入りました。サツキの覚醒に、涙に濡れたモスくんの喜びの笑顔の顔面ど真ん中。モスくん、笑顔のままで背面に倒れこみま・・・せん! ちっ、椅子の背もたれに助けられたか。


見回す。うん、引き攣った笑顔のロブくん発見。

あぁ、馬車です。森の中です。揺られてます。

ロブくん、説明カモン。




「僕の知っている限りになりますけど、よろしいでしょうか?」


と、丁寧な前置きをひとつ。ロブくんらしいです。

 はい、ここからがロブくんから聞いた話の、まとめです。次の期末試験に出ますよ、真面目に読んでくださいね。

 事件の真相とか、どうでもいいやって鬼畜な方は、縦読みでどうぞ。言葉は隠れてないです、はい。



 攫われた娘のひとりであるアンナちゃん含む、娘さんたちは皆、無事保護。浴槽にいたあの女の子も無事でした。浴槽にいた半腐した死体は、エストニア侯爵の療養中だと思われていた娘さんで、死後3ヶ月程度とのこと。

 あと、侯爵の館が半焼したそうです。そうなんです、神殿と侯爵の館は、地下で繋がっていたんです。




 ずばり、この事件のキーマンは、エストニア侯爵夫人です。


 侯爵は3年前に、当時20歳の女性と再婚しました。そして、エストニア侯爵夫人となった彼女は、9歳下の義娘リリーをそれはとても疎んじました。体の弱かった娘さんは、とても可憐な子だったそうで、侯爵が自分より娘を可愛がるのを見ると、癇癪を起こしていたそうです。そしてある日、夫人の心は壊れました。そのきっかけは、侯爵の亡くなった今となっては謎のままですが、侯爵の日記には、「自分の優柔不断さが招いた結果だ」と、書かれていたそうです。


 壊れた夫人は、生血を好んで飲むようになりました。その理由は若返りの為。初めは、すっぽんや蛇だったそうですが、だんだんエスカレートして、色々な血を飲むようになったそうです。また、お風呂にも生血を入れるようになりました。そして、娘さんが病気で亡くなりました。それが3ヶ月前のこと。それから、あろうことか夫人は、自分こそが娘さんだと思い込むようになってしまいました。しかも夫人は、娘さんの亡骸が夫人だと思い込みました。侯爵は葬儀を行おうとしましたが、亡骸を動かそうとするたび、夫人が発狂をするので、亡骸は埋葬されず、あの浴槽にあったそうです。


 そして、この頃から、生娘を狙った事件が起こり始めました。最初は奴隷市場の娘。次は、誘拐。そして最終的に領土内の神殿を使ったそうです。侯爵の日記には、儀式が行われた日と人数がすべて書かれていました。総勢48名の若い命が失われました。


 なぜ、娘となった夫人は、夫人であるその亡骸に執着をみせたのでしょう。この出来事から、夫人の本当の心は、娘さんに愛されたかったのではないか、ということが窺えます。どうなんでしょうね、ただ単に、夫人だと思い込んだ遺体は、もともと夫人であるのは本人だったわけですから、結局自分しか愛せない人だった、という解釈もできます。


 現在、エストニア侯爵夫人は、国営病院バンスタルの精神隔離病棟にご入院中です。ちなみにここから生きて退院した方は存在しないそうです。




 以上、サツキ=ドイルがお伝えしました。


*エストニア侯爵夫人のモデルは、バートリ・エルジェーベトです。


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