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クコ皇国の新米茶師と、いにしえの禁術~心葉帖〜  作者: 笠岡もこ
― 第三章(最終章) クコ皇国の災厄 それぞれの想い―
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第68話 亡国4-クコ皇国の溜まりの秘密-

「つまり黒星堂こくせいどうは、買い取りにあう店などではなかったということだ。ましてや国外の者の手になど」

「俺が外で聞いた話によると、腕は確かだったが石自体にまがい物が多かったと」

「それがでまかせであることはわしが保証しよう」

「ならば、もうひとつの噂の方か? ほら――」


 黒龍が口ごもった。どんな時もはっきりと物を言う彼にしては珍しい。いや、真面目で世間に疎い彼だからこそかと白龍は笑う。


「痴情のもつれによる店内での殺傷沙汰」


 代わりにと、白龍が言う。口調にからかいも愉快さも一切ない。淡々とした声が響いた。

 黒龍の背に冷たいものがどっと溢れた。

 いつぶりに見るか聞くかわからない白龍の声だ。感情は一切含まれていないのに、激しい感情を垣間見る矛盾。


「それから間もなくしてだよ。不吉な跡地をだれも引き取らんといって、正体不明の貴族とやらが土地を購入したのは。なんでも、クコ皇国の中央通りに空き店舗など似合わぬと。みな、伍の溜まりもアゥマ使いのあの子のことも好いておったから、変な噂は立てまいと深入りはせなんだ」

「それを逆手にとられたか」


 然り、と白龍は笑う。酒瓶を持った手を黒龍に向けて持ち上げる。


「しかし、これがおかしいのだ」


 白龍の声の高さが少し下がった。まるで怪談を語るような口ぶりだ。


「空き店舗が似合わぬと言う割に、いつまでたっても建物が取り壊される様子も、改装される様子もない。むしろ、人よけの結界がはられておった。であるにも関わらず、夜も更けると人影が目撃される」

「なんだ、お前は気がついておったのか」


 問う黒龍に、白龍は高笑いを返した。その振動で手巾が膝から落ちる。


「当たり前だ。だがな、これが結構面白い結界の張り方だったのだよ。あの国の中、事情を知らぬ者で何人が気がついているかのう。なんせ、結界の範囲はな――」


 白龍は背を伸ばしあぐらを掻いたまま、長い人差し指を岩肌に突き立てた。落ちた手巾を破る勢いで地面を押す指の腹。

 心なしか、白龍の頬も紅潮している。が、黒龍にはわかる。この紅潮が酒からではないことを。ぞっと、冷たいものが駆け抜けた。ぎゅうっと心臓がわしづかみにされる。


「地下深く間に及んでいたのだよ。わかるか、黒龍よ! かつて最上の浄化の石に満たされ続けていた場所だ!! 溜まりがないとは言え、溜まりに匹敵するアゥマが満ちあふれ、浄化がなされていたのだ!」


 白龍の興奮もしょうがないことだ。いくら細い脈が血管のように地を巡っているとはいえ、溜まりがない場所にアゥマが満ちていることは無いに等しい。


「そもそも、なぜ国の中心を走る道に溜まりがないのか。大きな脈を公共と考え、民にしらしめることも重要だ。だが、違うのだよ。クコ皇国の成り立ちは」


 白龍がくいっと小瓶を煽る。わずかな琥珀色の液体が喉に流れている。「きくのう!」と仰け反った白龍にならい、黒龍もガラスに口をつけた。白龍とは違いおとなしく、だが。

 

「中央通りに溜まりがないのではない。そこを『溜まりとしない』という建国からの誓いがあったからこそだ。ないのではないよ。機能していないだけなのだ」

「……あの本流の水位の中ほどに敷かれた水晶の板たちは、源流の強さをほどよく緩和し民を守るものではなく、むしろ浄化作用を制限し国や他の溜まりの存在を誇示するための技ということか」


 黒龍は自分で口にしたことに幾ばくかの嫌悪を抱き、瓶を煽った。甘くて、けれど喉を強く滑っていく酒。

 黒龍の故郷である桃源郷という、他の世界とほとんど遮断されている場所で生まれ育った黒龍は、世界に触れるようになった今でも潔癖な所がある。


「ほんに、黒は話が早くて助かるわい」


 白龍はそんな黒龍を『難儀だ』と思えど、『愚か』と嘲笑したことはない。むしろ、そうある黒龍に羨望さえ抱く。

 それを一度、酔った勢いで妻である桃香に話したことがある。その時、彼女に「昔話に出てくる国では、隣の芝は青く見える、と言うらしいわよ」と笑われたものだ。


「おい、白よ」


 黒龍の呼びかけで、白龍は緩み欠けた口元を押さえ顔をあげた。目の前には、目をこれ以上ないくらいに据わらせて頬杖をついている黒龍だった。

 普段ない部類の視線に、さすがの白龍も居住まいを正す。


「俺がこの地を去ったあとになら、いくらでも桃香との思い出にだらしなく笑ってもよい。がっ! 話の合間の小話的に挟んでくるのはやめろ! 話の腰を折るな!」

「うっ、うむ。気をつけ――絶対に、もうせぬよ」


 言い直した白龍の額には汗がにじみ出ている。冷えていく体温を上げるため、白龍は酒を二滴舌に乗せ、片手を火にかざした。

 すぅっと息を吸うと、頭のどこかでカチリと音が鳴る。


「だから、桃香の、始まりの一族の血を濃く継ぐ蒼は、幼い頃本流を船で渡っている際、アゥマの集合体――意識と呼べるようなモノに存在をひっぱられ川に落ちたのだ。あの時は、ほんに大変だった。濃い部分に触れた蒼は一時とは言え紅のようにアゥマを視るし、おぬしを呼び寄せて蒼の開花しかけた血の能力を封じたりと」

「それを今回、解いてきたのか?」


 黒龍の問いに、白龍は小さく頭を振った。


「いや、自然に綻びてきていたのだろう。蒼はわしには言わなんだが、蛍雪堂にある禁書に触れた様子はあった。あの中にある原初のアゥマに触れた香りがな」

「それも全て、お前とホーラの予定通りというわけか。禁書事態の意味より、鍵の封印を解くこと、最初の行動にこそ意図が含まれていたのだろう? 幼い蒼の力を封じた際、あの子に纏わり付いていた黒いアゥマを封じた鍵を蛍雪堂の主に預けていたのを良いことに」


 いささか棘のある黒龍の口調に、白龍は肩を竦めた。

 真赭の祖母を想う気持ちと、その友人を大切にする蒼や浅葱。少女たちを利用する形で今回の事件の解決となり得る方法に触れるよう、誘導した。


「それは申し開きもない事実じゃ。だが、最終的にソレを使うかの判断を下すのは、あくまでも我が溜まりの守霊ぬしである麒淵きえんだ」


 白龍が深いため息を落とす。白くしろく色づけられた息は上空へと登りかけて、消えた。ぶるりと身震いが起きる。一気に気温が下がってきたあたり、外もそれなりの時刻になっているのかもしれない。

 小瓶を握ったり離したりを繰り返している白龍の名を、黒龍が呼ぶ。あげられた顔は、いつもの微笑みを浮かべていた。


「話を本筋へと戻そうかのう。そう、視る者が視ればわかったのだ。黒星堂の跡地には異常な結界を張られ、お化け屋敷のような土地だと。おまけに、溜まりほどにアゥマが満ちているなど多少腕に覚えがあるどころでは操りきれぬ。溜まりとして機能している場所と異なり、制御する守霊がおらぬからな。けれど、所有者は動じず、あまつさえ『溜まり』が見つかったなどとのたまった。そして、それを咎められない。なぜだ?」


 一気に話したところで、白龍は興奮してきている自分の胸を軽く押さえた。紅が見たら不謹慎だと諫められるかもしれない、という自覚はあった。

 白龍は、この謎をあっさりと解くであろう親友の答えを待つ。


「盲目的な意思があるものか、もしくは、民の噂になる程度や魔道府の目さえ届かぬ地位があるかだろうな。あるいは――」


 黒龍は煮水器に燃料を追加しながら答えた。そして、ランタンの燃料軸を取り替え小さく口を動かす。途端、まるで真昼のような明るさが空間を満たす。岩壁に張り付いている水晶のおかげでかなり明るかったのだが。

 一方、白龍は黒龍の鋭すぎる答えに思わず話し甲斐のないことだと言いかけて、一度口を結んだ。また怒られたら堪らない。


「おぬしが察する通り、両方じゃな」

「だろうな」


 肯定された意見に驚くこともなく、黒龍はただ首元をさすった。


「しかし、わしが話した情報から、よう察したな。わしは道中にちらりと、魔道府や貿易府の信頼のおける人物総力を持ってして調査を行った結果、外部からの輸入物や移住者等に異常がないと確かに判断し、かつ、クコ皇国内の溜まりにも異常がないとだけ言うたのに。まぁ、華憐堂の溜まりの月次報告は魔道府では視られぬとは言うたが」

「逆だ。糸口にされるのを恐れたのか、他に罪をなすりつけることが出来ぬ潔癖であったかはわからんが……主犯は一人の規模ではないから後者はないだろうが、とにかく、あそこまで天候や首都に異常をきたしているのに、ほころびがないのは怪しすぎる」


 そこだと、白龍は膝を打つ。だだっ広い空間に、よく響く。木霊が煩いほどに。

 残りの酒を一気に煽り、白龍と黒龍は同時に立ち上がった。程よくあったまった体を、うんと伸ばす。


「情報を押さえ、かつ国中を巻き込むことができる人物は限られる。事態の大きさの割に、情報操作をし過ぎたな、皇太子とその一派。それに華憐堂よ」

「よりによって罪をきせるというか、目くらましの矢面に立たせるのに心葉堂を選んだのが、そもそもの失態じゃな。魂胆は色々ありそうじゃが、儀式のために弐の溜まりまで手に入れようとした代償、しかと受け取ってもらおうかのう」


 白龍が白い長包ちゃんぱおの裾を勢いよく叩いた。


幼い蒼が溜まりに落ちた話⇒第25話 蛍雪堂3―鍵―

鍵の話⇒第27話 蛍雪堂5―原始のアゥマ―から第28話 蛍雪堂6―黒い影―



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