第56話 東屋3―皇族の秘密と消えた青年―
NL以外の性的表現が出てきます。
身体に関する残酷表現が出てきます。避けたい方は、最後の行間あけの後は避けてください。読まなくても、展開にはあまり問題ありません。
上記、苦手な方はご注意願います。
「つらいことなら、無理に言葉にしなくてもいいのよ? 音にしなくても、貴方の心からにじみ出てくる気持ちは伝わってくるから」
「えっ?」
燕鴇は、そんなことを言われたのは初めてだった。両親は六人兄弟の五男である燕鴇には関心がなかったし、むしろ「その狡猾さ、だれに似たのか」と嫌っている節さえある。すぐ下の末の妹は、自分への愛情の分もと思われるほど溺愛されている。
「これでもいい歳のおばあちゃんだもの」
両腕で頭を抱かれ、髪や背中を撫でられる度、燕鴇から疑念が薄れていく。まるで、あたたかい掌に疑いが拭われているように。
「おっ己。本当はいやだったんです。あの会合に呼ばれ続けるのが。でも、呼ばれたら、あいつらの悦ぶことをしなければと、自尊心を捨て、いいなりになってしまう。嫌だと思うのと同時、そこでは自分の価値があると思ったから」
涙混じりの声を笑う人はいない。それだけで、燕鴇は言って良かったと思えた。
燕鴇の肩に置かれたのは、大きな手だった。糸目の老人だ。髪の豊かな老人は、燕鴇の涙声を撫でるように二胡の弦を弾いている。
「わしもちっとばかしじゃが、耳にしたことがある。特殊な趣味をもったじじいどもが、宮に使える弱い立場――少女はむろんのこと、少年や青年たちを弄んでいる会があると。監査の手を入れようにも、高官ばかりでなかなかうまくいかんらしいのう」
「しかも、真相を確かめようと動いていた第二皇子が、手入れ直前に薨去あそばされてしまったからのう」
髪の豊かな老人は二胡を演奏する手をとめ、顎を撫でた。
もしかして、この老人たちはかなり地位が高いのではないか。内情に疎い者の発言ではないと、どこか冷静に思った燕鴇。
燕鴇の悪い癖が、むくむくと顔を出す。
(ならばことさら懐に入ってやろう。きっと己を助けるのに役に立つ! あぁ、今日は本当に良い日だ。己を受け入れて貰えた上に、利用出来る立場の者だったなんて!)
燕鴇はにけやる口元を隠すため、杯に手をつけた。
調子が戻ってきたのは良いが、老人たちに怪しまれては元も子もない。
「おいおい。そろそろやめておいた方がいいんじゃねぇか?」
「ご迷惑でなければ……まだいただきたいのですが」
「まぁ、おぬしがそう望むのであれば、こっちに止める理由はないが」
糸目の老人は少し困った表情になったものの、掴んだ燕鴇の腕から早々に手をどけた。
それにまた機嫌がよくなった燕鴇は、なみなみに酒を注ぐ。心なしか、ついさっきまでより色が濁っている気がする。が、それも天候と酔いのせいだろうと、燕鴇はすぐに考えるのをやめた。
感じていた肌寒さは、今は心臓を掴むような凍えになっていた。けれど、そう感じるのと同時、不思議なことだが体は燃えるようだ。その不均等さが、燕鴇を興奮させていく。
「みなさんは皇太子と第二皇子のご関係をご存じで?」
燕鴇が伺うように目を配ると、老人たちは目をあわせた。
「一般家庭の男兄弟にもようある関係、とは」
「つまりは仲が悪いってことさね。ご気性というのもあるけど、政に対する方針も随分と違ったみたいだしねぇ」
口を濁した老人に対し、老婦はきっぱりと言った。
再び二胡を手にした老人が手持ち無沙汰に弦を弾く。どこか居心地が悪そうだ。
「燕鴇の上司がたの宮は皇太子寄り、魔道府は第二皇子や第五皇子寄りらしいのう」
「そうそう。でだ。だから、華憐堂の後見人にとある皇族がなっているっていうのに、魔道府が関与できてないってのは――」
おい、そこまで知っているのかこの老人は! 燕鴇はぎょっと目をむいて、糸目の老人を見上げた。今後の利用どころじゃない。うまくいけば、この場でうまい情報が手に入るかもしれない。
「ちょっと、あんた!」
燕鴇の頭を飛び越えて、老婦が老人の頭を叩く。坊主頭がやけにいい音を響かせた。下手したら二胡の音より音楽性があるんじゃないかというほどに。
老人からは「いっでっっ!!」と悲壮感溢れる叫び声があがる。
「別にいいじゃろ。燕鴇だって腹割って、話してくれたんだぞ? それに、なんだ、問題はないじゃろ」
「うんうん。わしらが美味しい思いをするだけじゃぁ、申し訳ねぇってもんだ。等価交換ってやつだ」
髪の豊かな老人が腕を組み、頭を撫でている糸目の老人に同意を示す。老婦はうっと喉をつまらせ「そうだけど」と気遣わしげに燕鴇を横目に捉えた。
この時が最後の警告だったのかもしれない。老人たちからの。
いや、確かにそうだったのだ。これは老人たちからの精一杯の情けだった。この宮の犠牲者とも呼べる青年が何らかの形で態度や考え方を改めるなら、何かしらの形で上に取りなしてやるつもりだった。
そうとは知らず、燕鴇は舞い上がっていた。謎は多いが、自分にどこまでも優しくて、なおかつ、中枢の者でも知らない者の方が多い情報を持っている人間に、出会えたなんてと。
なによりも、それと対等に話している自分に酔っていた。いつもはあんな状況で手に入れた情報の発信源をおおっぴらにもできないので、結局濁してしまいほら吹きだと言われるが。この老人たちは察しているのか、言及してこない。だからだろう。燕鴇はむしろ話したくなってしまった。
「そこまでご存じなら、話しやすい。己が閨で聞いた話をただで話すのではないと安心した」
幾分か尊大になり崩れた口調に、零れた本音。
燕鴇はすぐさま我に返り、はっと口を覆い青い顔をあげる。が、老人たちは気にした風もなく「ほらな」と頷き合っている。
「婆さん、あんたが心配するこったねぇ」
「で、続きだがのう」
老人二人が視線で老婦に座り直すように促す。老婦はため息をつきながらも、しぶしぶ腰を落とした。どこか体調が悪いようにも見えたが、燕鴇は気のせいだろうと頭から追いやった。
咎められなくてよかった。ぼろを出さないようにしなければ。燕鴇は杯を持つ手に力を入れる。燕鴇は心地よい酔いのまま、いつもの思考に戻っていた。
「あれじゃろ? 簡単に言えば華憐堂と皇族は繋がっておる。しかも、その皇族ってのは皇太子」
「じゃあ、あの話の信憑性があがりますね!」
燕鴇の目が輝きと興奮を映す。思わず立ち上がり、杯を空に掲げた。わずかに零れてきた酒が顔にかかる。
「これ、燕鴇よ。落ち着け」
突然の動きに驚いたのだろう。髪の豊かな男性がひらひらと片手を上下に動かしている。
燕鴇はどくどくと跳ねる心臓を押さえ、ぎらついた目のまま座り直す。
空気は冷え切っているはずなのに、体は血が沸いているように暑い。汗さえ掻いてきて、燕鴇は高笑い寸前の状態だ。
「あの話とは、まぁ、あの話じゃな?」
頬を掻いた糸目の老人に、燕鴇は大きく頷き返した。
「はいっ! 皇太子は――」
勢いよく口を開いたものの、その先はさすがの燕鴇でも高らかに述べることに気が引けた。下手をすれば不敬罪に問われかねない内容だ。
数分前のように、燕鴇は身をかがめ老人たちの耳を引き寄せる。
「一部の話では、先だってのアゥマ使いの事故死に巻き込まれた実の妹君と皇太子は恋仲であったと」
音にして、長い沈黙が訪れる。
地面に向けていたいやらしい目つきが、徐々に不安なものに変わっていく。暑かったはずの体は冷や汗に濡れていく。血の気がすぅっと引いていくのがわかった。
(あれ、まずったか!? いやいや、流れ的に問題ない流れだったよな?!)
燕鴇の混乱をよそに、背を伸ばした老人たちは深く頷き合っていた。その表情は酒などの香りはまったくない。神妙に、だが少しばかりの憂いが混じっている。一人背を丸めたままの青年を見下ろす視線は――様々な色が混ざり合っていた。
「おい、燕鴇」
背中を叩かれて、びくんと勢いよく短い悲鳴があがる。
それに大きな笑い声が帰ってきて、燕鴇の心臓はようやく落ち着きを取り戻し始めた。
「驚きすぎて声がでんかったわい」
「なんじゃ、いい年したじじいが情けない。わしはその先の噂までいくつか知っておるぞ? 逆に二人の反応にびっくりしてしまったぞ」
小突きあいを始めた老人たちに、今度こそ、ほっと全身の力が抜けていった。
二胡の老人が「いうてみぃ」と拗ねると、糸目の老人は自慢げに腕を組んだ。ちらりと片目を大きくあけて、笑う。
「華憐堂の萌黄殿がまだ故郷にいた頃、周遊していた皇太子の目にとまっていたとか、皇女の遺体が華憐堂の溜まりに保存されておるとか、実は店主が古代の天才アゥマ使いのゾンビだとか、諸々な噂があるでのう。ほれ、燕鴇的にはどんな話に信憑性があると思う?」
愉快そうに指折り数える老人が、顎をしゃくり燕鴇に話を振った。老婦は額を押さえ、天を仰いでいる。どれも馬鹿げた内容だと呆れているのだろうか。
燕鴇はそんなことを思いながらも、ぞくりと鳥肌がたった腕を撫でる。どれもネタ的には面白いが……。
(どれも生ぬるい。己が屈辱を許し得た情報はもっと、もっと!!)
粟立つ肌に堪らなく興奮していく燕鴇。
あぁ、早く話したくて仕方がない。もったいつけたいのもあるが、この空気なら話して咎められないし、なんなら、話が発展していくかもっと深い話を聞けるかもしれない。
安らぎから口が開いていたのが嘘のように、いつもの燕鴇に戻っていく。
「己が特別に教えてもらった話は、こうだった」
いつものように匂わせから入る。が、老婦に「あら、どんな話?」と微笑まれると、嘘のように邪気が抜かれていった。
上がりかけていた肩が、すとんと落ちる。手を軽く握られ、視界がぼうっと陰る。体に流れ込んでくるアゥマがあまりにも甘くて、まるで子守歌みたいだと感じられた。
「えっと、つまり。宮で一番有力な話は、大衆の好奇心を煽るものでした」
「ほう。さっき言った以上のものは、わしも知らん。さすが、燕鴇」
意識がまどろんでいく。遠くで二胡の柔らかい旋律が鳴っている。踊る音にのるうたが燕鴇の頭の中を駆け巡る。吐きそうになると、体に染みこんでくるあたたかいアゥマが宥めてくれている。そんな錯覚に陥る。どこか、現世にいないような感覚。
「で、どこのだれが、お前さんを苦しめて、重い情報を背負わせた」
それが燕鴇の最後の心の鍵をかちりとあけた。
自分でもわかっていたのだ。下級役人である燕鴇が持てあます情報であるのは。子どもに与えられる褒美の菓子みたく、自尊心を満たす程度の情報なら良かったのに。あの日はどうかしていた。陽翠に馬鹿にされ、その足で不正がないかと探りにいった魔道府副長の紺樹に影で遊ばれているのに苛ついて。数日前、魔道府で同期相手にへりくだされたのが許せなかった。
だから。いつもならのらりくらりと交わす、あのじじいの誘い乗ってしまった。心葉堂――紅が弱っている中、とどめを刺せる情報はないかと思ったのだ。
いつもの悪戯よりも格段に……考えていた以上に体の負担は重かった。
であるのに、事後、もはや燕鴇など見えぬ存在のように上司は重すぎる事実を独り言のように零し、去って行った。
(去って行っただけじゃない。あいつ――)
あまつさえ、燕鴇が上へ絶対逆らわず、今回のことを密告する術がないのを承知の上、「お前はこれからも使える。だが、どこぞの口の軽い女を買って諸々漏らされては適わんからな」と、燕鴇に男性として不能になる薬を飲ませたのだ。燕鴇の性格からして、そんな屈辱、だれにも話せるはずがない。上司を脅すにも材料がなさ過ぎる。
それを、心葉堂の没落という一時の優越感で誤魔化しているところに、こうも見知らぬ人に優しくされ落ちていった。
「おっ己だって、そこまで知りたくなかった! 華憐堂の娘が死人で、元の国を滅ぼし、皇太子が皇女を生き返らせるために、この首都の溜まりを――」
「もう、いいのよ」
ふんわりと抱かれ、燕鴇はもう泣くことしかできなかった。己に触れる老婦の体温以外は、冷め切っていることなど知らずに。
◆◆◆◆
「こんなに胸が痛んだのは久しぶりだわよ」
東屋をふらふら離れていく燕鴇の背中を見送りながら、老婦――水婆は重く息を吐いた。
二胡の老人――木爺は円卓の下から透明な瓶を取り出し、籠から出した硝子の杯にそれを注いだ。酒樽にたっぷりと残っている酒には、もう誰も見向きもしない。
「いうな。それが、わしらの仕事だ。帝直属、いや、今は蘇芳皇子直属じゃな。もっと言うなら、魔道府の手足であり、フーシオの影」
「個人的にも、心葉堂にあだをなす者は許せないってな。それを別にして、あいつ、等々わしらの名を聞かなんだ。というか、わらし自体には全く興味をもっておらんかった」
糸目の老人こと石爺は、あざ笑うかのように口の端をあげた。
そう。燕鴇はついに、老人たちの名を聞くこともなければ、その存在自体に興味を持つことはなかった。ただ、自分を包み込む都合の良い存在としか扱っていなかったのは明白だ。
「常ならせんことだが、わしらとしても何度か気がつく警告は与えてやった」
「それ以上に、自白誘導魔道は使っておったがのう。まぁ、わしが酒を止めた時点だったら、まだ最後のあれは口にせずに済んでおったかもしれんが。なんにせよ、あれはなおらん性分じゃ」
「自尊心を満たす程度の情報でとどまっていたなら、これからそれなりに出世の道もあったでしょうに」
ぽつりと落ちた水婆の言葉は、思いの外空気を重くした。
しょうがない。彼は踏み込んではならないところに足をつけ、術や薬を遣われたとはいえ、口外してはならないことを、あろう事か初対面の人間たちに話してしまった。彼が今後、だれにも重大機密を漏らさないという可能性は絶対的に打ち消され、証明されてしまった。
「あの子に秘密を漏らした男とて、ずっと飼うつもりはなかっただろう。機を見て捨てられるのが末路だったのは想像に難くないわい」
石爺が水煙草をとりだし、ふぅっと息を吐いた。上質なアゥマが使われている煙草は、実にうまい。甘い薬草の香りが、殺伐とした想像で寄った眉間の皺をほどいていく。
「主様」
全身黒装束の二人組が、東屋の死角に膝をついた。石爺がはげ頭を撫で、両の糸目を見開いた。深い緑の瞳には鋭さしか宿っていない。
木爺は「やれやれ、ようやく我らの任は一段落か」と腕をまくった。そのまま煙草を脇に避け、取り出したつまみに舌鼓を打つ。
「参と伍か。あの小僧が少しでも件のこと、口にしようとするなら処理してかまわん」
「はっ。先刻、華憐堂の娘と接触いたしました。酔った勢いで小道に連れ込んだところ、かようなことを申し……」
壱と視線を向けられた女性が書類を差し出す。木爺が目を滑らせていると、その両脇に石爺と水婆がしがみついてきた。木爺は面倒くさそうに二人をどけようと両肩をまわす。けれど、二人の老人はびくりともせず離れない。
むしろ、紙を両側から掴まれ、木爺はため息をつくしかなかった。
「音声が織り込まれた魔道紙ゆえ、破るなよ。大事な証拠だ」
「わかっとるわ。しかし、これはベタじゃのう。これを救いようがないといわずして、なんとするか。この性根の腐り具合は、一昼夜でどうにかあるもんでない。ほらな、水婆。やっぱり、お前さんが気に病むことじゃねぇよ」
ははっと笑う石爺。一方、水婆は複雑な面持ちを浮かべている。
二人の老人から離れ、豊かな腹を撫でる。そこには確かに、今は脂肪しかない。アゥマに満ちる川を眺める水婆。老人二人は、そんな背中を見つめることしかできない。
「こんな年になったってのに、女の性かねぇ。親の愛情に飢えた子を見るとさ、悔しくなるのさ。あたしの個人的都合だって理解していてもね。触れられる子どもがいるのに、どうして愛してやらないのかって。どうして、愛して、卑屈さなど感じさせずに育ててやらなかったのかとさ」
どこまでも静かな声が、東屋に響く。水婆――水杏の憂いが空間を鳴らす。
宿った子を産んでやれず、その後に子を成すことを許されなかった体。水杏にとったら、子を持つ親はみな羨ましい。むろん、偵察目的で出会った燕鴇と、赤子の頃から慈しんできた心葉堂の蒼と紅とを並べる気にはならない。
それでも、理性とは別なところで、胸は勝手に痛むモノだ。
「水は相変わらずお人好しすぎる」
木爺が指を鳴らすと、ぶぉんと大きな羽音のような音を共に空間が揺れた。秘匿の結界が解かれ始めたのだ。激しかった雨音が、より地面と水面を叩いていた。
「あんな小僧に、お前さんの愛情とやらはもったいねぇよ! 他に向ける相手がいるだろうに!」
ばんと腰を叩いてきたのは、石爺だった。 相変わらずのいい音に、木爺どころか当人の水婆も吹き出していた。どんだけ響くのかと。
わずかに顔を赤くしているのは、叩いた当人だけ。
「そうさね。白のじいさんが不在にする今、蒼と紅は試練に直面する。あたしらが直接してやれることはほとんどないだろうけど。せめて、すべてが終わった後に復帰しやすいように頑張ってやらんとね」
水婆が振り向きざまに、腹をぼんと叩いた。がしがしとはげ頭を掻く石爺。
木爺は柔らかく微笑み顎をひと撫でする。そうして、引き締まった顔を控えている部下へと向けた。その瞳はどこまでも冷たい。
「引き続き、燕鴇と華憐堂の後を追え。小僧の命が絶えるところまで追えなくとも、華憐堂が彼の最期に関わったという事実と、萌黄の動向を掴めればよい。それ以上踏み込めば、逆に揚げ足をとられかねん」
「はっ!」
「わしはあいつらのような者を理由に、お前たちの命を捨てる気はない。それだけは心して動け」
燕鴇にかけていたのとは正反対、皮膚を裂くような厳しい声色。であるのに、心に重く響く音だった。
黒装束の男女は短く返事をし、さっと姿を消した。
それから数分後、結界は完全に解かれた。東屋には、もう誰の姿もなかった。
それから幾日かの後、一人の男性が消息不明となる。
その者の名は、燕鴇。
燕鴇が宮に戻らないと武道府および魔道府に情報が入ったのは、彼が仕事の使いに出た二日も経ってからだった。
公式記録によると、見つかった遺体が燕鴇だと確定するには、一月程かかったとある。
なぜなら、発見されたのは彼の一部と思われる断片だったからだ。
さらに付け加えるならば、発見された場所が特殊だったものあるが……なにより、食いちぎられたように地面に散らかっていた肉塊は、すべてのアゥマと血を抜かれてひからびていたそうだ。ソレが燕鴇だと断定されたのも、証言者の言葉によるところが大きかった。
なお、彼の死因および証言者の発言の詳細は最重要機密扱いとなり、一般人どころか家族もついぞ真実を知ることはない。
東屋編終わりです。




