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クコ皇国の新米茶師と、いにしえの禁術~心葉帖〜  作者: 笠岡もこ
― 第三章(最終章) クコ皇国の災厄 それぞれの想い―
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第52話 絆1-麒淵と白龍-

 遠視であおくれないを視ていた麒淵きえんの意識が、徐々に体に戻っていく。離れていた心と体が馴染んでいく度、虚ろだった金色の瞳に光が灯っていくようだ。白龍はくろんは見とれながら、思った。


守霊あるじが戻ってきて、溜まりに精気が満ちてきておる。ほんに、守霊は溜まりの命そのものじゃ」


 麒淵と白龍がいるのは、心葉堂の地下にある溜まりだ。

 特に大きな源泉の中央にある島のような場所に、麒淵はふわふわと浮いている。子犬ほどの大きさの体が、ぶるっと大きく震えた。


「麒淵、おつかれさんじゃったのう。おかしな感覚はないか?」


 少し離れた場所、溜まりの淵で麒淵を見守っていた白龍。彼は、軽く右手を挙げている。麒淵は額を押さえ頭を振ることで、それに応えた。


「おおよその予想はついておったが、紅も蒼も期待は裏切らなかったようだのう」


 白龍のからかうような口調に、麒淵はじとっとした視線を向ける。

 白龍は、麒淵の睨みが見えていないかのように、細い橋のような道を進み始めた。少しでも足を滑らせれば、ほのかに青白く発光しているアゥマの水に落ちてしまいそうだ。いくら優秀なアゥマ使いでも、源泉の中に落ちればひとたまりもない。けれど、白龍は大通りを歩くように堂々としている。


「感覚どころか、頭がおかしくなりそうで堪らんわい。どうして、あの子らは自ら災厄の中心へと飛び込んでいくのじゃろう。さすが、おぬしの血をひく孫たちよ」


 麒淵の嫌みにも、白龍は満足げに頷くだけだ。腰に両手をつき、満足げにすら見える。

 紅や蒼が聞けば、「おじいや蒼と一緒にしないでくれ」と疲れた様子で返してくるか、「麒淵のいじわる。災厄の方が、駆け寄ってくるんだよ」と唇をとがらせて拗ねるだろう。麒淵の頬がこっそりと緩んだ。


「そうだろう、そうだろう。オレの自慢の孫たちだ」


 わざとらしく若い頃の口調になった白龍に、麒淵は至極うんざりとした表情を浮かべた。物憂げで口も利きたくない、そう顔に書いてある。

 であるのに、白龍は微塵も気にした様子なく、中央の椅子に腰掛けた。麒淵は白龍が肘をついている机にふわりと降り立つ。


「冗談はさておいて」

「待て、麒淵。オレは冗談など口にした覚えはないぞ」

「えぇい! いい加減、その若作りの口調はやめんかい! 今日に限ってなんぞ!」


 両腕を振り上げて怒る麒淵を、白龍は腹を抱えて笑う。顔の皺をよりくしゃくしゃにしているのに、麒淵の目には完全に少年時代の彼が映っている。

 しばらく据わった目で白龍を睨んでいた麒淵だが、はぁと小さく息を吐く、思い切り白龍の額をはたいた。


「たわけが。状況が深刻で背負う物が重い時ほど、おぬしがおちゃらけることなどお見通しじゃよ。人ならぬわしにまで、虚勢を張るでない」


 もう一度、麒淵は「たわけ」と吐き出した。消え入りそうな音量がやけに自分みみに戻ってくる。

 同時に、ちゃぷんと溜まりのアゥマが跳ねた。

 心なしか、肌寒くなってきたようだ。麒淵は着込んだ服の上から腕を摩る。

 一方、白龍は一瞬ぽかんと口を開けた後、気まずそうに頭を掻いた。


「さすがは、元相棒」

「元もなにもあるもんかい。わしにとったら、歴代全員が現役で相棒じゃ。まぁ、ことさら、白龍と蒼の二人は実に面倒の見がいがあるのう。誰よりもアゥマばかの蒼と……フーシオなんぞになったもっとあほうの白龍」


 麒淵のからかいを含んだ笑いは、逆に白龍の心を揺らしたようだ。飄飄ひょうひょうとした態度から一変、苦虫をつぶしたような表情になった。


 実際、麒淵にとったら白龍は特別だ。

 建国以来続いている心葉堂の人間の中、今までいなかった破天荒な性格。それ故に白龍は誰よりも縛られることを嫌い、自由を愛していた。麒淵はそんな彼が気に入っていたし、世界を飛び周っては冒険者まがいの経験を楽しそうに話してくれるのも、とても好きだった。

 だから、代々の茶師の中で壱弐を争う程に優秀でも、無理に店を継ぐ必要はないと思っていた。溜まりの守霊としては間違っているのかもしれないが、白龍の父である青藍せいらんから逃げる手伝いもしていた。「ありがとな、麒淵! 土産、買ってくるから楽しみに待ってろよー! 可愛い守霊を見かけたら報告するからな!」と、にっかり笑って走って行く白龍の背中を見送るのが楽しかった。「守霊に可愛いもなんもあるかいな。そもそも、溜まりの守霊に土産を買ってくるという発想をするのはおぬしくらいだぞ」と、毎回飽きもせずに呟いたものだ。


 そんな白龍が、とある理由から一切の放浪をやめ老舗茶葉店である心葉堂を継いだ。なおかつ、アゥマ使い最高位のフーシオの地位についた。家だけではなく、国にさえ縛られる身となった。


「弐の溜まりを守護する家は、フーシオの地位などなくとも、他の溜まりの守護者とは比較にならないほど別格じゃ」

「そうだな。あくまでも、『クコ皇国』の中では」


 前置きのような白龍の言葉に、麒淵はぎゅっときつく瞼を閉じた。

 押さえた胸の奥。人ならば心臓がある箇所にはアゥマの粒子しかないのに、次に続く言葉が想像できて胸が締め付けられた。

 

「人の世では『力』がものを言う。人の世に疎い溜まりの守霊であるわしも、長生きな分、ちょいっとくらいは理解できる」


 白龍が辛そうにするくらいだから、とは音にしなかった。

 したところで、白龍は蒼ほど素直な感情を見せてはくれない。彼もいい年なのだ。いくら麒淵から見たら、みんながいつまでも可愛い子どもであっても。


「守りたかった家族を巻き込んでも、必要な地位だと思ったのだ。大切な孫が落ち込み苦しんでいるのを知りながら、大事をとって、華憐堂に関わることには一切触れられないとしても」

「白龍……」


 なにも、白龍は蒼が茶師として成長するのを見守るためだけに、先代としても祖父として、静観していたわけではない。加えて、明らかに良くない方法ちゅうどくせいで茶を売る華憐堂の暴挙を見逃している理由。


「たわけが。口を出さずに子を見守るのは親の常じゃろが。おぬしたちは、祖父と孫じゃが」

「……オレのは、違う。見守るのではなく、見ているだけだ」


 それは、フーシオとして華憐堂を監視する命が開店初期からくだっていたからに違いない。華憐堂と繋がる皇族を怪しむ皇帝から、魔道府と共に極秘の任を賜っていた。

 証拠を掴み、しっぽを出したところで押さえなければ意味がないから、泳がせるしかない。それはつまり、祖父として心葉堂や蒼たちを守る立場とは真逆の立ち位置だ。


「それは、わしとて同じじゃ」


 決して白龍への慰めの言葉ではなかった。

 麒淵は手元の氷菓子を手にとり、眉を垂らして笑った。


「弐の溜まり守霊として、華憐堂の例の溜まりにかけられた保護の鍵を解くことに気力を使い、蒼の浄練に上の空だったこともあるのじゃから。がむしゃらに頑張る蒼に、全力で向きおうておらなんだ」


 寒くて仕方がない。鼻から吸い込む空気が皮下や血液に直接混ざってきているような錯覚に陥るほどに。

 そう感じたのは、麒淵か白龍か。


「けれど、蒼も紅も、事情を知らなくとも心配してくれたし、すべてが終わり知ったとしても、白龍やわしのことをただ責めることなどせぬと確信がある。説明せなんだことには、拗ねて怒って暴れるだろうがのう」


 それは麒淵の願望に近かったかもしれない。けれど、願望でもなんでも、麒淵は白龍の心の痛みを減らしてやりたかったし、自分に言い聞かせたかった。

 守霊である麒淵の心内を反映して、地下全体がなっている。ぽつりぽつり、しゃあしゃと、まるで雨音のように耳奥を刺激してくる。


(あぁ、アゥマが泣いている。どうか泣かないで。見たこともない、我らが母よ。我の溜まりよ。だから、溜まりに人の感情は持ち込みたくなかったのだ。昔のわしなら)


 麒淵は祈るように瞼を閉じる。己の溜まりに語りかけ、心の中で歌う。生れた時から刻まれた祝詞を。見たこともない母を想い、母が願った子の命を想う。

 本能と記憶にすり込まれた感情。

 麒淵たち守霊からしたら、アゥマは決して単なる浄化物質ではない。汚染された世界を救ったヴェレ・ウェレル・ラウルス―生命の樹―が、生んだ命を想い、命に寄り添ったからこそ生まれたものだ。だからこそ使いようによっては、とんでもない人の願いさえ叶えてしまえるのだ。例えば――。


(命の器を作り、死人を蘇らせるような)


 麒淵は、本当に理不尽なものだと思う。

 蒼たちの両親を巻き込んだ件のように、溜まりを存続するために国は人の命を奪う。なのに、偽りの溜まりは、亡くなったはずの命に偽りの魂を与えたりもする。

 麒淵は、憂う。どちらかと言わずとも、今回の件よりも先だっての国の闇の方が、彼らを傷つけるだろうと思う。きっと、白龍さえも国中のアゥマ使いが亡くなった先の件の真相は知らない。事故として片付けられ、真相は一部の皇族と各溜まりの守霊が知るところだ。

 そう思えば思うほど、やるせなくなる。


(アゥマは人を救いたいのか、惑わせたいのか)


 それだけは、未だに麒淵も答えが出せずにいる。人が口にするものを浄化し、魔物を倒す力を持つアゥマ。それを繰る人。

 麒淵は、アゥマの粒子が堪る水である溜まりを守る存在のひとつにすぎない。そもそも、そんな疑問を抱くことさえ間違っているのに……麒淵は沈んでいく思考を必死に持ち上げる。


「あの子らは、おぬしがフーシオである意味と責を、十分に理解しておるよ」

「あぁ、知っているよ。あの子たちは、本当に家族思いで、優しすぎる」

「特に……紅は、自分の血統価値を自覚しておるからのう」


 麒淵の言葉に、白龍は杯を煽った。そこにあるのは、おそらく酒だろう。最初からその気であるなら、自分にもつげ。そう顔に書いて、麒淵は自分用じぶんさいずの小さな物を、ずいっと差し出した。

 とくとくと注がれる酒は、甘い香りだ。しかしながら、度数は高いのだと想像がつく部類だ。自然と喉がなる。


「のう、白龍よ」


 続きを言おうか迷って、結局麒淵は口を開いた。


「アゥマを感じ繋がる能力に特化している蒼も相当じゃが、紅はアゥマ自体が可視可能じゃ。世界中にアゥマ使いはおれど、人の身で可視できるものなど指折りじゃろう。そして、その可視能力こそ、紅があの国の正当な後継者の一人である証」


 情けなく笑った口からは、ただひたすらに冷たい空気が流れ込んでくる。

 普段、蒼が溜まりにいる際にアゥマが放つ甘い香りなどない。ただ、氷を鼻先につきつけられているような匂いだけがある。あの子が溜まりに染みこませる香りに、酒が勝てるはずもない。それでもと、麒淵と白龍は杯を煽る。喉を優しく落ちていく酒は、きっと思考のうを焼いている。


「麒淵……オレは保証が欲しかったのだ」


 蒼や紅には絶対見せることがない様子で、白龍は顔を覆った。丸まった背がわずかに震えている。

 麒淵は体をぐらつかせながら、白龍の杯に酒を落とす。落とせば、白龍は慌てて杯を支えてくれた。麒淵は白龍のいい加減そうで、そうではない几帳面さがまた好きだ。


「大国であるクコ皇国のフーシオ。他国の者が軽々と手を出せないという立場が、どうしても欲しかったのだ。守れない後悔は、二度とごめんだ」


 ただの『後悔』からではないのを知っている麒淵は、ぺしっと白龍の頭頂部を叩くことしかできなかった。

 それは己の感情からの後悔であり、口にするにはあまりにも多くの人を傷つける感情。言えないけれど、ずっと胸の奥に引っかかる懺悔だ。

 白龍は酒を煽り、また注ぐ。


「娘の藍を連れ隣国に滞在した期間。いや、その前に藍が目を輝かせ、隣国を語った際に、オレが諭し、おいていくべきだった。なのに、妻を亡くしたばかりで、藍を一人になどできなかったのだ」


 絞るように出された声。しゃがれた声に、周囲のアゥマが光を灯す。泣くな、啼くなと。本人には聞こえず見えないだろうに、アゥマは白龍を慰めるように、肩に乗っている。ぽんぽんと跳ね、まるで背中を撫でているようだ。

 届かない相手に良く尽くす物だと、麒淵は苦笑を浮かべた。まるで、己のようだと。

 

「あの子は美しかった。容姿だけではない、心がだれにも寄り添い、笑顔に惹かれる子であった。でも、だれが想像するか? 恋に落ちた相手の双子の兄さえも、あの子に執着すると。しかも、王族が――あんな卑怯な手を使ってまで」


 血を吐くように嘆く白龍を慰める術を、麒淵は知らない。いくら長生きをしていても、わからない。

 からかう口調に返せても、誤魔化しを見抜けても。やはり、麒淵には人に苦しみを完全に理解することはできない。けれど、理解できないことはわかる。わかって、ただ息をのむことしか叶わない。


「藍の件で、国内でのみ通じる血筋ではなく、他国にも名を轟かす『地位』が必要なのだと、オレは初めて知った。オレは井の中の蛙であった。一番許せないのは、藍自身が納得し、それがあるから今の蒼と紅がいてくれるのに、やはり、どこか、あの当時のオレを許せない自分がいることだ。藍があの子を待ち続けたいということしか見えていなくて、あの国にとどまってしまった。まさか、藍が王太子に無理矢理――」


 娘の過去を否定することは、蒼と紅の存在自体を否定することになる。現に『しまった』と口にした直後、白龍が机に拳を打ち付けた音が響き渡った。

 愛した妻を早くに亡くし、大事に守ってきた一人娘の藍の苦悩や葛藤を知っている父親はくろんだからこそ、苦しんでいるのだろう。麒淵は、そう思っている。


「白よ。縁とは、時に恵みであり、時として棘となる。どちらとして受け止めても、どちらかと考えてしまう時点で、苦しみは生まれるものじゃ。守霊じゃが、わしも……幾度か、そう思うた。相棒を見送る度に」

 

 蒼と紅の出生の秘密を知る者は少ない。

 ただ、悲しいと思う。白龍の悲しみ。人外である麒淵はもとより、それを今はもうだれとも分かち合えない。それを知る者であり最も気心が知れた人物は魔道府長官だ。

 だが、互いの今の立場を考慮すれば、腹の中を昔のようにぶちまけることは叶わないだろう。

 麒淵は己の孤独より、白龍が孤独になっていくのが悲しい。


「それでも。人の理と感情の外にいるわしでも、おぬしらと『家族』になれるのは嬉しいと思うよ。そして、おぬしらを愛する存在も感ずる。紅暁こうきょうが己を忌み、白龍が過去を悔やんだとしても」


 だから、大丈夫。ここは守ってみせるからと、麒淵は笑ってみせる。

 アゥマの粒子が白龍の周りに集まり、ちかちかと光っている。白龍ほどの力の持ち主でも、アゥマの感情はきっと感じ取っていない。麒淵は、それが寂しくて、でも嬉しい。


「白と喧嘩してばかりだった日々も、破天荒なおぬしを愛してくれた桃香と会ったことも。藍が生まれた日も、よう覚えておる。慌てふためいていた白が面白かったからのう。他国に捕らわれておると思った白と藍が、新しい家族を三人も連れて帰った時ばかりは、溜まりを沸騰させるかと思ったほど驚いたものだが」


 麒淵は、ふぅっとわざとらしく肩をすぼめてみせた。

 白龍が顔をあげたのは、たっぷり十分以上たってからだった。麒淵を射貫くように見る白龍はすっかり、心葉堂の先々代でありフーシオな白龍に戻っていた。

 やっぱり、麒淵は嬉しくて寂しかった。


「オレの唯一の相棒よ、頼みがある。聞いてくれるか?」

「わしの相棒である白は、伺いなど立てず押しつけてくるような奴だったがのう」


 麒淵は浮きながら、出直してこいと手を振る。

 ついでに寝たふりでもしてやろうと思った麒淵だが、白龍があまりに楽しそうに笑うものだから――腕を組んで、三度頷いていた。


「国のアゥマ使いの最高峰といえば聞こえは良いが、結局のところは体の良い国家の犬だ。しかも、家族を巻き込むような。それでも、オレは心葉堂の茶師となり、フーシオを受けた。愛する人と出会ったから。愛しい子どもや孫ができたから」

「わしにとっても、家族じゃよ。溜まりの守霊だからではない、と思う」


 戸惑い気味に返事をすれば、白龍は顔をしわくちゃにして笑った。

 涙などでないけれど、喉がぎゅっとしまって、呼吸がうまくできなかった。


――麒淵てば、生まれたてのくせに、なんでも知っているのに、なんにもわからないんだね――


 そう笑った初代は、今の状況を泣き出す直前だと無邪気に教えてくれたっけか。麒淵は、じわじわと熱くなる体にもどかしくなった。

 あの子のことを思い出すと、どうしようもなく蒼に触れたくなる。蒼は初代に残酷なほど似ている。麒淵に感情を教えたあの子に。


「オレが不在にする間、紅と蒼を頼む。オレはこれから魔道府の極秘の命を受け、華憐堂があった滅びの国の跡地を調査しなければならない。黒龍の手助けを得て転移魔道を使うとはいえ、やはり時間はかかるだろう。相手も滅びたちとは言え、簡単にしっぽを出すような跡は残していまい」


 あまりに神妙な白龍の様子に、麒淵は吹き出してしまう。だって、そうだろう。


「おぬしに頼まれずとも。自分ばかりがあの子らを愛しいと守っていると思うなよ」


 麒淵がふんと鼻先を鳴らす。

 腕を組んでぷかぷとと偉そうに浮かぶ子人に、白龍は「違いない」と目を細めて超えたく笑った。

が、すぐさま白龍は真剣な面持ちになる。


「本来なら――麒淵が遠視した先に起こる事態。それに、蒼や紅がそれぞれ知ってしまった秘密を鑑みるならば、そばにいるのが正解であろう。だが、オレは祖父として守ってやれぬ」


 白龍の言いたいことはわかる。いや、遠視を切るまでは白龍と麒淵の視覚は繋がっていたから、当然だ。

 萌黄が禁書の状態に近づいている今、近くにいる蒼や紅が何かに気づく可能性は高い。ましてや、華憐堂の店主はその兄妹を陥れようとしかけてくるだろう。


「……そばにいることばかりが守るという定義ではあるまい」


 気休めと知りながら、麒淵は呟いた。

 白龍は無言で魔道具を展開させている。薄い紙の上には滅んだ国の立体地図が映し出されている。その一角に、麒淵はすいっと降り立った。流れてくるのは、それこそ多くの感情。肉体から絞り出された、行き場を失った魂のアゥマ。


「なぁに、案じずとも紺樹こじゅの小僧が、絶対に守る。兄妹に……どう思われようともな」

「あの子には辛い思いをさせる。紺樹にとって、蒼も紅も存在意義だから、あの子たちが自分のことで悲しんでも、本当の残酷さを知らないで済むならと犠牲になるだろう」


 人の気持ちなど理解できないけれどと、麒淵はわずかな苛立ちを覚えた。どうして人は、こんなにも他人のことばかりを考え犠牲になろうとするのか。犠牲になり、それが大事な人を結果的に傷つけることになると知りながら進むのかと。

 残った家族を今度こそ命に代えても守りたい白龍と、己の存在意義を感じられたきっかけをくれた蒼と心葉堂を守りたい紺樹こじゅ


「たわけ。なに悲壮感たっぷり語るか。おんしも同類じゃ、同類。ばか白龍が」


 落ちた沈黙。それは数秒続いた。

 先に立ち上がったのは麒淵だった。机の上に立ち、心配だ心配だと慌て浮かぶアゥマに微笑みかける。


「さぁ、勝負の始まりじゃ。国の危機をかっこよく守ってこい、弐の溜まりの白龍よ!」


 べしっと。勢いよく額を叩かれた白龍は、「おぅ!」と見惚れるような笑みを浮かべた。


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