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クコ皇国の新米茶師と、いにしえの禁術~心葉帖〜  作者: 笠岡もこ
― 第一章 クコ皇国の茶葉店 ―
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第12話② 騒がしい魔道府と溜まりの報告日―魔道府長官―

 ヴェレ・ウェレル・ラウルス《生命の樹》とアゥマを具現化し描いた紋章が刻まれた、重厚な扉。陽翠ようすいが紋章へ掌を翳し、埋め込まれた宝玉に向かって名を名乗る。

 すると宝玉は色を変え、


「どうぞなのですよー」


次いで高めの甘い声が聞こえてきた。初めて耳にした者は、ここが本当に長官室が疑うような口調と声だ。

 扉が、幼子のような声と正反対の音を鳴らしながら両脇へと引いていく。部屋の中から溢れ出てきたまばゆい光が、蒼の顔を直撃したものだから、思わず両手で顔を覆ってしまった。


「ちょうどいっちゃん日が差し込んでくる時間やからな」

「そうでした。蒼、目は大丈夫ですか?」


 隣にいる陰翡いんひがカラカラと笑い、陽翠は心配そうに顔を覗き込んでくる。

  

「うぅ。失礼しました」


 二人の優しさを受け、自分が子どもっぽい行動をしてしまったと反省する蒼。

 蒼は気を取り直し、挨拶をするために一歩前へと進み出る。蒼は頭を垂れ両の袖をあわせたまま部屋の中央へ進むと、片膝を床についた。


「弐の溜り、時欠ときかけ『心葉堂』が蒼月あおつき。魔道府長官殿へのご報告の為、拝謁はいえつ願います」


 蒼の畏まった声だけが、部屋に響いた。甘い声に気を抜かれてしまうが、一歩部屋に踏み入れば肌にまでぴりっと感じる空気は張りつめている。

 蒼が心葉堂を継いでから幾度となく足を運んできたが、やはり、この緊張感にはなれない。茶葉を浄錬する瞬間の、張り詰めた空気とはまた違う身のしまり方に、呼吸が苦しくなる。


「はーい! 蒼、お久しぶりですぅ」

 

 そんな緊迫の膜を破ったのは、先ほどと同じく高めの甘い声だった。

 果物というよりは砂糖菓子の甘さ。舌ったらずなところが、それを冗長している。


「お久しぶりです、長官殿」


 毎度のことながらと拍子抜けしつつ、蒼は少し固めの笑みを浮かべた。肩があがってしまっているのを格好悪いと思いながら、やはり、身体は蒼の意思に関係なくこわばってしまう。


「はーい、はい。そのとおりなのですよ」


 部屋の中央部分に座している長官の背には、魔道陣が描かれた捨印犬裸子すてんどぐらすがある。先ほど日差しが眩しかったのは、この美しい色とりどりの硝子窓の影響も大きかっただろう。

 その窓の前にある執務机に座しているのは、頭の両横で赤みのある珊瑚さんご色の髪を束ねた少女――女性だ。小柄な体にあわせて作られたのであろう外套マントでさえも、すっぽりと彼女の体を包み込んでしまっていた。


(いつお会いしても、可愛く見えちゃう。これで何百年も生きてらっしゃるんだから、人ってわからないなぁ。私の師匠もかなり長生きだけど)


 魔道府は各部署の責任者と二人の副長官、それを束ねる長官が管理職として就いている。蒼の年の離れた幼馴染である紺樹こじゅは副長の一人だ。しかも、魔道府第二位(トップツー)の次席副長である。


「長官殿の体調は副長殿から伺っておりましたが、お元気そうで安心いたしました」

「長官としては元気なのですけど、一個人としてはぼろぼろなのですよー」


 そして、目の前の十代、いや下手をすればそれよりも幼く見える女性が、魔道府を束ねる長官なのだ。顔の横まで長く伸びている前髪から見える顔は、どう考えても大人のそれには見えない。

 ふくふくとした丸い頬をめいいっぱい膨らませて、小さい両手を机についている。前のめりになって机に乗り上げているあたり、椅子の上に立っているのだろう。


「どっかの鬼次席副長のせいで、心葉堂にお茶をしに行けない地獄の日々を過ごしているのですぅ。でもでも、魔道府だと蒼のしっかりさんな姿が見れるので新鮮でもあって、これまた格別なのですよ」


 一変し、蒼に向けて嬉しそうに小さな手を振ってくる長官。

 その様子に蒼の緊張が解れていく。蒼は嬉しくなり笑みを浮かべ、そのまま長官の隣にいる紺樹に視線を向けた。

 紺樹のわざとらしい咳払いが部屋に響く。


「長官、大変申し上げにくいのですが、口元に最中もなかの欠片がついていらっしゃいますし、まるで蒼が店ではしっかりしていないとも取れ誤解を招く言葉ですよ」


 半目の紺樹が一呼吸の早口で意見した。心なしか棒読みな気もする。紺樹が副長の位についてからというものの、彼があからさまな態度で塩対応する人間は限られている。蒼がぱっと浮かぶ限りでは、魔道府長官、それと紺樹と魔道学院時代からの旧友である第五皇子の蘇芳すおうと翁衆くらいだろう。


「紺樹の意地悪!」


 蒼に満面の笑みで手を振っていた長官の表情が一変した。頭両横結髪ツインテールが逆立ちそうな勢いで牙をむいている。


「後者はお姉さん視点ですし、最中だってわざわざ皆に聞こえるようにいうなんて! 心葉堂にだって、ほんとはわたしが行きたいのに、紺樹がいっちゃうものだから、せめて蒼に配達に来てもらいたいのに! それもだめっていうし!」


 長官の柔らかそうな頬がめいっぱい膨らむのをよそに、紺樹を始め翡翠ひすい双子きょうだいもそ知らぬ顔で書類を確認しだした。

 誰も長官の味方をするつもりはないらしい。


(あっあははっ。魔道府の長官室で、紺君や長官に気軽に突っ込む訳にもいかないよね) 


 紅が聞いたら店でも止めろと言われそうなことを考え、蒼は空笑いを絞り出すしかない。あいにくと、蒼の唯一の武器である茶葉も茶道具も持ち合わせていない。

 困ったように両手を握った蒼を見かけたのだろう。書類に視線を落としたままの陽翠が、先ほど陰翡にしたのと同じような溜息を吐いた。


「長官、お年を召すほど若くなられるのは、外見だけにしてください。加えると、報告者を戸惑わせる言動は追加質問があった際に良い影響を及ぼしません」

「えー! 陽翠まで、そういうこと言うのですかぁ?」

「ほんまに。でないと、また武道府の天敵のおっさんにいちゃもんつけられるで?」

「あぅ」


 長官は、副長付の双子の言葉矢に射られ机に突っ伏してしまった。


「いちゃもんとは思わないのですが、あの鼓膜が破ける声量をぶつけられたくはないのですよ。わたしの繊細な耳が大打撃なのですぅ」


 担っている役目の性質からか、何かとぶつかることが多い魔道府と武道府。

 おまけに、長官同士は馬があわないらしい。よく口げんかをしていると紺樹から聞いたことがある。もちろん、側近を除く部下たちの目に届かないところでのようだが。

 溶けた餅のごとく机に顔を沈めた長官の様子から、大変な思いをしているのは事実なのだなと、蒼は独りで納得してしまった。


「すみませんね、蒼。相変わらず緊張感がない場所で」

「副長殿。いえ、魔道府に来ると緊張で凄く肩があがってしまうので、この部屋に来るとほっとします。……報告書がなければ、ですけど」


 つい出てしまった言葉に、蒼は報告書で口元を隠した。

 目元だけ出した状態で、上目に紺樹を見る。


「では、早めに受取っておきましょう」


 紺樹は柔らかい笑顔で手をさし出してきた。

 蒼が掲げるようにして両手に乗せた書類を差し出すと、紺樹は「恭しいですね」などと眉を八の字にして笑った。蒼の様子がツボに入ったのだろう。紺樹は片手に書類を抱えなおした後、さらに片手を口にあて短い笑い声をあげた。


(なななっなんで、ここで、急に無防備に笑うのかな!?)


 まさか紺樹が昔みたいな笑顔を魔道府長官室で見せてくるとは思わなくて――蒼は得体の知れない熱を感じてしまった。挙動不審に視線をさまよわせているのをすぐさま自覚して周囲を確認するが、幸い長官も双子も余所を向いていた。

 ほっと胸を撫でおろした蒼は、すでに長官の傍に移動している紺樹を改めて眺める。


(今日は珍しく、魔道府制服の一部の白い手袋をきちんとはめ、外套も身に着けているんだなぁ)


 紺樹の日頃の姿といえば、魔道府指定である手袋を外套も脱ぎ、あまつさえ長袖を捲り上げて詰襟を開いている。

 魔道府の制服は他部署のものより女性人気が高い。加えて、男女問わず長袖を捲り上げている姿は一部の層には大人気だと、蒼も馴染みの客たちに聞いたことがある。


(って、違うちがうよ。今日は街中のアゥマ使いが報告書を持ってくるんだから、紺君だって正装しているのが当たり前だよね。この街以外からも届くものに目を通すんだもの。そもそも、私は魔道府で『副長』として働いている紺君なんて、知らないに等しいんだ)


 少しだが。自分が敬語を使っているせいもあってか、彼との間に距離を感じて、寂しさがよぎってしまう。

 そうして、蒼はすぐに思い直す。自分と紺樹はそもそも仕事人として同等ではないと。紺樹は蒼が茶師になる前からの自分を知っているが、蒼が見えている紺樹など――。


(そうだ。雑談をしている場合ではないよ。きっと後にも報告書を持ってくる人がいるはず。私、いくらみんながあったかく見守ってくれているからって、ここで何を考えているんだか)


 蒼がはっとして顔をあげると、長官は机に置かれた帖の文字を指でなぞり独り言を零し始めたところだった。目があった紺樹は口元に人差し指をあて、片目をつぶった。

 蒼は陽翠に勧められた椅子に腰掛けたものの、手持ちぶたさと緊張で室内を見渡してしまう。そわそわと落ち着かない。


(おじいや紅なら、こういう時間を上手く使ってお話したり、情勢を聞いたりできるんだろうな)


 そう考えられるものに、蒼が実際にしていることと言えば組んだ手の爪を眺めることだけだ。別に居心地が悪いのでもない。


(いつもなら何も終わらなくって、むしろ仕事をしている皆さんを見たり、感じられる空気が良いって思うのに。なんでだろう)


 蒼が両腕を組んでうんうんと唸っていると、やけに視線を感じた。

 落としていた瞼ちらっとあげると、案の定、全員の視線が蒼に集まっていた。完全に目を開いた蒼がかぁっと耳まで染まると、これまた一斉に目が逸らされた。しかも、各々小刻みに体を震わせているではないか。


「そんなに愉快な様子でしたか、私」

「いえ、決して。蒼は全部表情や仕草に出るから面白いなんて思っていませんよ」


 辛うじてという様子で答えた紺樹。だが、蒼の方は向いていない。さらに、紺樹の脇腹を長官が思いっきり肘で突っついた。

 あの自由気ままな長官が突っ込むほど、自分はけったいな動きをしていたのか! 蒼の全身が赤くなったり青くなったりと忙しく変化する。


「蒼はなーんにも悪くないので、もうちょっとだけ待っていてくださいなのです」


 長官の一言で、しんと空気が鳴った。蒼の体は自然と椅子の背もたれに沈んでいく。まるで彼女の一言が額を押したみたいに、全身が後ろに倒れた。


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