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番外編① 紺樹の母親と蒼月

リクエストいただきました、蒼と紺樹のご両親のお話とか、蒼と紺樹の甘々なお話として更新していきます。ひとまず、紺樹のお母さん登場です。

数話にわけて更新したいと思います。

「うぅ。なんで私が紺君こんくんの実家に出張お茶淹れに来ているのか」


 あおの目の前には立派な門戸がそびえ立っている。

 「はぁ」なんて、零した自分の声のせいで、背負った鞄の重力を一層感じて項垂れてしまった。


「いくらおじいが許可してくれてるとはいえ、こんな状況で青龍門本家の依頼を真っ先に受けるなんて、さらに余計な噂が立つよねぇ。心葉堂は青龍門一族を贔屓しているって。まぁ、別に問題はないんだけど。懇意なのは本当だし」


 蒼は独り言激しく、そして自分に言い聞かせるように言葉を吐く。自分を奮い立たせるように顔をあげても、眼前にある現実は姿を変えない。蒼はすんっと、虚無の狐(チベスナ)顔になる。

 見渡す限りの敷地を囲っている塀もだが、何よりも青龍の隆々たる姿が彫り込まれた装飾が、蒼に二の足を踏ませているのだ。目と鼻の先にある呼び出し玉に触れるのを。


「桃源郷へ修行に出る前の私ってば、よく平気で呼び出し玉に触れていたよなぁ。溜まり一族とか貴族とか、いまいち政情を理解していなかったにもほどがある」


 青龍門本家は修行に出る十四歳になるまで、蒼が頻繁に訪れていた場所だ。

 紺樹も彼の両親も蒼やくれないを歓迎してくれていた。

 とは言え、ある程度の礼節を身に着けていた紅は紺樹から誘われて初めて腰をあげていたが、六歳の蒼は『ねぇねぇ、紺君。明日はおうちにいる? おばさまたちに、新作のお茶をのんでほしいの! あと、赤ちゃんにも会いたい!』などと、気軽に自ら声をかけていた。


(紺君からは、当時の私が無邪気に赤ちゃんを可愛がるから、自分も赤子が可愛い存在なのかもって思えたって言ってくれたけど、たぶんフォローだよね。だって、紺君と弟の紺累(こるい)君は年が離れていても昔から仲が良いもん)


 堪らず、蒼は膝を抱えて蹲っていた。着飾ってきた裙子スカートの裾はちゃんを抱え込んで。肩を滑った髪は放っておくと土に沈んでしまうので、寸でのところで掴む。

 華憐堂事件の際に色素が薄くなったのもあり、蒼は外出を控えていた。武道鍛錬は行っていたが、それでも長距離を歩く体力は落ちているのか背中の荷物が随分と重く感じられた。それ以上に、なぜか修行に出る前の名残の横髪の長さにしめっとなってしまう。


(それに、ちょっと気まづいかなぁ。おばさまたちが紺君とのお見合い話を持ってこられたって聞いたし……。青龍門直系として、一族から説得されたんだろうなぁ。心葉堂の娘と懇意にしているならって。うぅ、今日もその親戚筋がいたらどうしよう)


 蒼がいくら溜息をついても、青龍門直系の大屋敷は消えたりしない。


 心葉堂とてクコ皇国弐の溜まりで、序列自体はかなり高位にあたる。

 それでも今の蒼の気が引けてしまうのは、青龍門は貴族なのに加えクコ皇国の四大貴族のひとつであるからだ。溜まりの継承者はただでさえ権力を持っており、貴族としての地位は与えられない決まりだ。後継ぎ教育を受けている紅ならともかく、放牧されがちな蒼程度あおレベルだとどうしても引け目を感じてしまうのだ。

 なにより、蒼の気を重くするのは心葉堂が他の一族よりも自由が過ぎる自覚があるからだろう。


「我が家の前で妖精が迷子になっているかと思いましたよ。いらっしゃい、蒼。」

「ひょっえ!」


 背後から肩を叩かれて、飛び上がってしまった蒼。すぐさま背負っていた鞄を下ろして、心葉堂溜まりの水が入っている瓶が割れていないのを確認する。問題はなさそうだ。


「紺君……」

「瓶は無事のようですね」


 触れてきた相手――紺樹は、蒼がほっと胸を撫でおろすまで笑いを噛み殺して待っていたようだ。蒼の視線は手元に向けられたままだが、気配で彼だとわかった。


「どーして後ろから現れるかな。っていうか、私が自分の世界に入っているの、紺君ならわかったよね。先に声をかけてくれれば良かったのに。触れるより」


 じと目で振り返った先には、蒼の予想通りの笑顔を浮かべる紺樹が立っていた。魔道府の制服を纏ったままだが、相変わらず袖をまくって外套は身に着けていないラフな姿スタイルだ。

 紺樹がまったくもって申し訳なさの微塵もない微笑みを浮かべているので、蒼は思わず睨んでしまった。さらに嬉しそうに笑みを深めた紺樹に、蒼はハッとして口を覆った。


(これ絶対、私に言わせたな。紺君が触れてきたら、あれ以来、私が意識しちゃってるってのをわかっているから)


 彼の両親から婚約を持ち掛けられた後、紺樹からは両親が暴走したことは詫びられた。

 それに『ただ、この謝罪は蒼が他の見合いを受けるのを甘んじて見過ごすのと同意義ではないからな』と頬を撫でられたりもして、蒼としては変に意識してしまっている自覚はある。

 紺樹は紺樹でそんな蒼の様子を楽しんでいる節があって、こうして蒼から言葉を引き出そうとするのだ。前はからかいつつも、蒼に突っ込まれるのだけを容認していたのに。


「おや。俺が触れることで動揺してくれたのかな?」


 紺樹は蒼が修行から戻ってきてからは、常に丁寧語を使ってきた。それが事件後には、信頼できる人間や蒼と二人っきりの時には昔と同じく口調を崩すようになった。ただ、大体は心葉堂の中でだ。こんな風ないつ人に聞かれる状況では珍しい。

 蒼は努めて冷静さを保ち、口をひらく。


「紺君、いきなり肩を叩かれたらそりゃびっくりするよ。とくに、私ってば、今は敏感にならざるを得ないし」

「悪い、悪い」


 珍しく、蒼の軽口を真剣に受け止めたらしい紺樹は両手をあげた。華憐堂の件があるので、蒼が『男性』からの目に過敏になっていると気遣ったのだろう。

 蒼はそれが嬉しくて、どうしてか悲しくて思わず紺樹の袖を掴んでいた。


「――どうかしたか?」


 紺樹も数秒固まっただけで、拒絶はない。


「ううん、なんでもない」


 蒼はほっと息を吐いてしまう。

 すると紺樹は何度か視線を宙に彷徨わせて、意を決したといわんばかりに蒼の髪を撫でた。そっと、そっと。指の腹が触れたとたん、壊れてしまう細工に触れるように。

 あまりのぎこちなさに、思わず蒼がほろりと笑みを零してしまう。それにつられるように紺樹も、()()()()笑みを口の端に乗せた。


「母が随分と久しぶりに蒼を指名したと昨晩に聞いて、柄にもなく午後の休暇を取得してきたんだ」


 蒼からしたら、さぼり魔とみせて実は誰よりも仕事人間な紺樹から出た発言とは思えず、首を傾げてしまった。

 紺樹はそれが堪らなく愛しくて、愛しいから悟られないように笑みを零す。


「華憐堂事件の後始末で、俺でさえ蒼にあまり会えていなかったのにずるいと思わないか?」


 蒼の心臓が跳ねる。どくどくと嫌な音がして、苦しさをもたらす。

 

「また、そーいうことをさらっと言うんだから。いつか勘違いする女性が出ても知らないからね」


 蒼は視界に人影が入ったことに気が付き、紺樹の腰を肘で突っつく。

 もちろん紺樹も把握していたのか『心外ですね』と丁寧語に戻った。


「少し前までは『私も嬉しいけど、それでお仕事さぼるのはどうかな』というお説教だったのに。ついに蒼も意識してくれるようになったのですか?」


 が、戻ったのは口調だけだった。会話の内容は男女を匂わせるものだから、蒼は『んん″っ』と顔を渋めてしまう。しわしわ蒼の出来上がりだ。珍妙な顔で小刻みに震える蒼に、紺樹も『あっ、ごめん』という雰囲気になる。小動物をかまような手つきにかわり蒼は、どこかほっとした。

 幸い、通行人は遠くの角を曲がっていった。いや、幸いだったかは不明だけれど。

 ともかく、蒼は止めていた息をぷはーと吐き出し、鞄を背負い直す。


「反論するなら、華憐堂の一件で紺君が不眠不休でお仕事やっているの知っているから、さぼっているなんて思わないよ。後者は、私だって十七歳になったんだから世間の目を意識する」


 蒼は顔を近づけてくる紺樹の肩を押し、視線を逸らす。件の際に紺樹への恋心を意識し始めてからは、どうにも紺樹の軽口に上手く返すことが出来ずにいるのだ。

 蒼が思うに、紺樹もそんな蒼の変化を悟って昔のように冗談を言ってくる機会は少なくなっていた、はずだ。事件直後に一週間通い詰めていた時も、照れくさそうというか距離を測りかねている感じがした。

 それ以降、約一ヵ月ぶりに会った紺樹は、以前と同じようにからかってくるから戸惑うしかない。


「蒼も年頃だからな。ただでさえ、華憐堂事件の立て役者としてお見合い話も多くきていると聞いている。目撃されて困る相手でもいるのか?」


 これが世にいう壁ドンか、と蒼は思った。そして即座に、いやいやと冷や汗を流しながら首を振る。

 その蒼の頬を、紺樹のかさついた指が何度も滑る。強気の姿勢とは反対、壊れ物に触れてくるような仕草に心音がお祭り騒ぎだ。とどめとして額を擦りあわされて、蒼は失神寸前だ。


「あら、紺樹。おかえりなさい」


 声なき悲鳴を上げたのは蒼だけだった。

 正門横にある通用口がぎぎぎっと開き、そこから女性が覗いてきている。蒼から体を離した紺樹は肩を落として、


「ただいま戻りました、母上」


と軽く腰を折った。珍しく毒が抜けた様子で。

 数人の使用人を連れて門から出てきたのは、妙齢ながら若々しい雰囲気の女性だ。控えめかつ上品な絹の衣で口を覆った女性は、優し気に目を細めている。


「蒼ちゃん、久しぶりねっ!」


 うふふっと上品ながら愛らしい笑みを零す女性は蒼に駆け寄り、全身を撫でてくる。従者に「奥様、はしたのうございます」とたしなめられても、頬ずりをする始末。

 蒼としては幼少期から慣れっこな触れ合いなので、されるがまま。相変わらず良い匂いがすると、うっとりしてしまう位だ。


「これくらいは許して欲しいわ! ここ一年、紺樹に止められて蒼ちゃんと直接会えなかったのよ? 旦那様も遠くから見守るしかできないと、どれだけ唇を噛み締めていらっしゃったか。今日は魔道府長官にも白龍様にもご了承を得ていますもの、少しはしゃいでしまっても良いと思うの」


 怒涛の勢い、かつ滑らかに落とされる音に蒼は眩暈を覚える。

 一歩引いた蒼を支えたのは紺樹だった。あまり蒼には見せない、困惑というか呆れた色を浮かべている。これまでは胡散臭い笑顔を貼り付けて止めることが多かったのにと、蒼は瞬きを繰り返してしまう。


「母上。当の蒼が困惑しています。ひとまず屋敷内に入りましょう」


 蒼の視線を受けて、紺樹は眉を下げて笑った。自分を笑っているような雰囲気だ。


「あらあら、まぁまぁ。そうね。蒼ちゃんてば、久しぶりすぎておばさんのこと忘れちゃったかしら?」


 紺樹の言葉に同意しながらも愛らしく首を傾げる女性。とても『おばさん』と表現できる容姿ではない。ともすれば、紺樹の少し上だけの年齢にも見える。

 蒼はおばさんという部分を否定するために、ぶんぶんと頭を振る。蒼の手を引きながらも、そこで満足しないのが紺樹の養母たるゆえんだ。


「おばさんなんてとんでもないです。奥様はいつもお綺麗でいらっしゃいます」

「奥様なんて他人行儀だわ……。やっぱりわたくしは蒼ちゃんにとっては赤の他人のおばさんなのね。およよ。昔みたいに呼んで欲しいのに、もう叶わない儚い夢なのかしら」


 儚げに袖で顔を覆われては、もう相手のペースだ。

 蒼は激しく片手を上下に振って否定する。


「えっと、紺君のお母さん?」

「もう一声」

「奥様、市場のせりではないのですから」


 とは、侍女頭の言葉である。呆れた言葉で済ませているのは、すでに敷地内だからだろう。扉は完全に閉じられて、そこには昔からの馴染みのみがいる。

 蒼にとっては、逆にやりにくい環境だ。紺樹を子どものままだと思うのと同様、いつまでたっても蒼を幼い六歳児として見ているのだろうと想像できる。


「わたくしは元から庶民より貴族の出身ですもの。嫁ぐ前は『値切りの女神』と呼ばれていたのよ?」

「奥様……あまりに反するふたつなでございますね」

「あら、そうかしら。まぁそれは置いておいて、ねぇ蒼ちゃん」


 笑顔の圧を受けながら、蒼はさすが紺樹の母親と思わざるを得ない。紺樹と違うのは、距離を保ったままというところだろうか。


「はい、おばさま――」

「蒼ちゃん?」

「うっ。紺君の、おかあさん、久しぶりに会えて嬉しい、です」


 蒼が出来る限りの譲歩で『おかあさん』と呼ぶ。そして、礼を外した言葉も加える。


「うふっ、嬉しいわ。これからもずっと『おかあさん』って呼んで頂戴ね?」


 紺樹母と紺樹は至極満足げに頷き、使用人たちからは同情の視線を投げかけられた蒼。


「あっ、あはは、あは」


 蒼は空笑いを零しながら、茶道具一式が入った背鞄の肩紐を握る。そして、所在なさげに庭を見渡した。

 広大な敷地は手入れて行き届き、季節の花が咲き乱れている。ただ希少性を誇示する仕様ではなく、純粋に美しいと思える。心葉堂の庭園とよく似ている。幼少期の紺樹と会った後に白龍が介入したと聞く。


「ひとまず良しとしましょう。それでは早速旦那様が待つ広間に向かいましょうね」


 蒼に異論などない。

 「はい」と頷き、紺樹の母に手を引かれるままついていく。沁み込んでくるぬくもりは、昔となにひとつ変わっていなかったから。


 とはいえ、茶師としてより蒼としての歓迎度が高い事実に、当人は人知れず憔悴してしまうのだった。


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