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エピローグ② はじめてのおしゃべり

「そういえば、紅。さっきは紺君を普通に招き入れたりして、心境の変化でもあったの?」


 紺樹が髪や衣服にタオルを滑らせている間、蒼がふと疑問を口にした。

 そして、蒼は眉を潜めてしまった。紅と紺樹。二人の反応が予想していたものと正反対だったからだ。

 紅はしれっと「あぁ、それか」と瞬き、紺樹は居心地が悪そうに首を撫でたのだ。しかも蒼には、紺樹の目元が薄っすら赤く染まっているように見えた。


「誰かさんが、誰かが修行に出る前の態度に戻ったし、いくらかは譲歩してやろうかなってさ。中途半端さはあるけど、許容範囲ってことにしておいてやるよ」

「それって名前を伏せる必要あるのかな。明らかに『誰かさん』は紺君で、『誰か』は私だよね」


 蒼のジト目を無視して、紅は大げさにソッポを向いて腕を組んだ。

 さらに、蒼は「えぇー」と瞼を落としてしまう。それなのに紅は全く蒼には見向きもせず、紺樹だけを睨んでいる。


「まったく。蒼を桃源郷に送り出した後、どんな心境の変化があったか知りたくもないけど、遠回りして戻ってきたんだな」

「まぁな。自分の存在をかける一世一代の決断に対しても猪突猛進な蒼の傍にいたら、理由をつけて逃げている自分が馬鹿らしくなってしまうってものだろ?」

「その胡散臭い笑顔はもう癖だって流してやるよ。副長が根本的な部分で紺兄を取り戻したなら、オレが邪魔をする理由は薄くなるからさ」


 紺樹と紅は目と目でわかりあっているように、お互い片眉を下げて笑いあった。ぎこちなさはあれども、かつて紺樹を兄と慕っていた紅であり、紅を弟として可愛がっていた紺樹の姿だった。


「ちょっと、ちょっと!」


 納得がいかないのは蒼だ。突然和解したように思える二人に、思いっきりむくれっつらを向けてしまう。


「二人で勝手にわかりあっちゃって! 肝心の蒼は置いてけぼりなんですけど!」


 むんと腕を組む蒼。その蒼の頭上にはうさぎのぬいぐるみ姿の古代アゥマが乗っかっている。

 紅と紺樹はらしくない調子で「ぶはっ」と噴き出し、殊更むくれた蒼の背中を押し円卓へと向かった。


****


「それで、蒼の『食べ物はしゃべらない』発言はなんだったんだよ」


 紅が思い出したように蒼に問いかけたのは、六煎目が注がれている最中だった。

 茶壷を傾けていた蒼自身が一瞬ぽかんと口を開けたが「あぁ」と頷いた。茶壷を置くと気まずげに頬を掻いた。


「大した話じゃないんだよ。麒淵に会う前の私――六歳くらいかな。私にとってはおじいやお母さんがする浄錬を、アゥマと対話してるって思ってたんだよね。だからお客さんたちに、うちのお茶自慢をする時に、アゥマと話しができるって表現していたんだ」


 溜まりからあがってきて合流した麒淵が、


「子どもの発想は自由で良い」


と酒を煽ったので、蒼は余計にむず痒くなってしまう。

 根幹にある考えは同じだが、さすがに蒼だってもう子どもの空想染みた表現からは卒業している。それと同時に、やはり白龍や両親をそんな風に自慢したいという子ども心があるからだ。


「もちろん、あくまでも『共鳴』が『会話』じゃないのは理解していたよ? でも、私にとったら浄錬てアゥマとお話するっていう印象だったの。だから、茶葉とも対話しているっていうか、会話みたいな感じで」

「言い訳がましいな。ここにいる人間は蒼の突拍子もなさなんて、それこそお前が赤子の頃から知ってるんだ。今さらだろ」


 しれっと口にした紅。

 動揺しているのは蒼一人だ。確かにアゥマ関係での暴走は健在だとしても、発想が赤子の頃から変化せずにいると思われているなんて心外過ぎる。蒼は思わず椅子を鳴らして立ち上がってしまう。


「いやいや、当時だってさ! 目の前の人参に箸をぶっ刺して『おっおいしく、たべて、ください』って息も途切れ途切れにしゃべられても嫌だなとは考え至ってたんだよ⁉」


 盛大に咳き込んだ者は悪くない。蒼自らがネタを投下してくれたのだ。一様に腹や胃を抑えて全身を震わせているのを、誰が責められようか。

 アゥマ馬鹿な蒼が口にしたからこその破壊力だろう。


「あっあのねぇ」


 蒼が大きく咳ばらいをすると、今度は子猫のぬいぐるみに入り込んだ古代アゥマが、蒼の額に張り付いてきた。

 蒼が少し苦しそうにしているので、紺樹は尻尾を引っ張ってやる。古代アゥマは構われたのが嬉しいようで、紺樹に飛びつきゴロゴロと喉を鳴らしだした。


「古代アゥマもだいぶぬいぐるみという憑代に馴染んできたようですね」

「今はうさぎと猫のどちらがしっくりくるかを試しているようじゃがな」


 白龍が子猫のぬいぐるみの脇を抱えて、大きく笑った。


「それで、さっきの食べ物がしゃべらないって話から、要はアゥマはしゃべらないって話に繋がってね。それって違ったなぁってことから、古代アゥマ――この子をそろそろ皆の前でも名前で呼んでも良いかなって思ったの」


 蒼の指が、白龍に抱えられたままの古代アゥマの顎をくすぐる。ふんすふんすと、本物の猫のように気持ちよさげに目を細める古代アゥマ。柔らかい毛が躍るが、面白いことに抜けたりはしない。

 古代アゥマを見つめる人たちの眼差しは、とても柔らかい。老人二人などは目尻にいっぱいの皺を寄せて、小さく頷いている。


「ねぇ、うぐいす


 古代アゥマは大喜びで飛びあがって縦横無尽に踊る。『聞いた? みんな聞いてくれた?』と言いたげに、一人一人の顔を覗き込んで回りだす。その度、ひげが頬に擦れてくすぐったい。

 蒼も自分のことのように嬉しくなる。言霊が及ぼす影響を考えて控えていた分、喜びもひとしおだ。


「今でも、共鳴がアゥマたちと話しているみたいっていうのは同じだよ? でも、鶯とだけは本当におしゃべりできるようになっちゃうなんてさって感慨深くなってさ。昔の話を思い出したんだ」


 蒼の口には『鶯』という名前は馴染んでいる。二人の時は呼んでいたのだから当然だ。

 紺樹はなんだか微笑ましくなって、つい蒼の頭を撫でていた。末っ子が急に姉っぷりを発揮し始めたように思われて。こちらも当たり前のように、紺樹の心内を察した蒼から抗議を受けた。


「蒼は昔からアゥマと対話してるみたいだったもんな。だから、あの溜まりから戻ってきたら溜まり渡りの影響が抜けきるまでは、うちの溜まりのアゥマとも会話できるのかと思っていたよ」

「紅もさらりと恐ろしいことを想像しますね。全面的に同意してしまうのが悲しいところです」


 好き勝手言い放題の紅と紺樹。その言い分に茶を啜りながら誰もが大きく頷いている。

 当の蒼も歯を見せて豪快に笑った。片手に持った茶壷から茶が飛び出るのではと思える勢いだ。


「私も全部のアゥマと会話できそうだって感触はあったんだけどねー、あははっ」


 『そうか』と場にいる全員が笑っているが、蒼以外には汗が浮かんでいる。ぶっちゃけ笑いごとではない。そんなことが出来るようになったら人類史上初の能力持ちになってしまう。


「それが出来たら、それこそ浄錬された食べ物までしゃべりだしそうで怖いかもって思って話でした」


 珍しく空気を読んだ蒼が、パンと手を打つ。掌はやや湿っている。さすがに、調子に乗り過ぎだと笑い飛ばされると思っていたのだ。まさか本気で心配されるとは……。

 話題を変えねばと、蒼は鶯を手招きする。素直に飛びついてきた鶯に額をあわせて、ぐりぐりと擦る。きゃっきゃと愛らしい零れた。

 そう、零れて鳴ったのだ。「うみゃぁ」っと。


「最終的に鶯とだけは引き続きおしゃべりできてるから嬉しいよ? ねぇー、鶯」

「おねえちゃ。うぐいすも、うれしーよ! みんなと、おしゃべりー!」

「うん、そうだね」


 満面の笑みで頷く蒼。

 けれど、全員が呆気に取られて口を開いている。蒼は恐る恐る、


「もしかして、もしかしちゃってる?」


と疑問を投げかけた。


「嘘だろっ!」


 驚嘆と興奮で心葉堂が揺れたのは、言うまでもないだろう。



 かくして。食べ物はしゃべらない、アゥマもしゃべらない。

 二つの鉄則のうち、後者の常識は打ち破られたのであった。



クコ皇国の新米茶師と、いにしえの禁術~心葉帖~ 完

これにて心葉帖は終幕となります。ここまでお読みいただきありがとうございました!


約十年前に始めた連載に完結マークがつきました。

途中まったく更新がなかった時期もありましたし、最後は駆け足気味になりましたが、ここまでお付き合いいただいた皆様のおかげで完結することができました。

書ける精一杯のことを注ぎ込めたと思っています。

また、完結をきっかけに読んでくださる方がいらっしゃると嬉しいです。

(贅沢を言うと、感想欄など何かのリアクションを頂けると励みになります・・・!)


本当にありがとうございました!!



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