第129話 終幕3―大宴会―
さてさて。時間は少し進んで、蒼が目覚めた二日後。
その晩に心葉堂では大宴会が行われた。うららかな天気に恵まれ、中庭で飲めや歌えの大騒ぎ。
心葉堂としても飲食の準備はしたが、大宴会を賄えたのは幸好楼を始めとした首都中の飲食店の者たちが協力してくれて、敷地内で屋台が出された。
「本当はもてなされる側なのに、ありがとね。今度、改めてちゃんとお礼をするから」
「良いのよ、蒼ちゃん。あたしたちは、ちゃっかり報酬はもらってるんだからお互いさまってとこだよ」
「報酬は別問題だよ。これだけの準備、大変だったでしょ? 本当にありがとう」
荷物運びや材料の用意の手伝いをする中、蒼は常にお礼を口にした。労働でもだが、ちゃんと言葉にして伝えたいと思ったのだ。気持ちを音にする大切さを知ったから。
「じゃあ、蒼ちゃん最大のおもてなしってことで、とっておきの浄錬で入れたお茶を頼もうかなぁ。それが一番だわよ」
蒼にとっても最高のお返しの仕方だと、笑顔の花を咲かせた。
そんな風に、大抵は蒼の頭を撫でるとか、大きく笑って背中を叩かれた。
時折、気まずそうに頬を掻いて、
「華憐堂での騒動以来、うち店は心葉堂の茶葉を使うのを止めたってのに、声をかけて貰えたのが奇跡だからさぁ」
「そうだな。まぁ正直なところ悪天候なんかでしばらく店を閉めていて売り上げもやばかったから、これだけの大規模な宴会に携わらせてもらったのはありがたい。あの時は、本当にすまなかったね」
と頭を下げられたりもした。
その度、蒼も「あの状況じゃ当たり前ですよ!」と腰を折って謝罪合戦になってしまった。収拾がつかなくなると、一緒に周っている真赭と浅葱がうまい具合に蒼を次の場へと引っ張って行ってくれた。
そうして、花の香りに包まれた庭園で昼前から始まった宴会は、翌日の昼過ぎまで続いた。
特に箸休めに出された究極の出汁茶漬けと蒼が浄錬したお茶は、語り継がれるほどの伝説の献立となった。食欲を進めつつ酒を飲ませる魔の箸休めだったと、満天星空の下で舌鼓を打たせた。
そんな宴に招かれたのは魔道府の人間、真赭の蛍雪堂や浅葱の桃華堂の面々、東屋の翁衆、それに今回の件で世話になった街の馴染みたちだ。
雄黄と恋人も招待したところ、二人とも身を震わせて固辞した。主賓の面子を考えれば、貴族でも商家でもない彼らにとっては当然の反応だろう。
「押しつけになっちゃうかもだけど、ぜひ雄黄さんたちには参加して欲しいんです!」
そこを、蒼がどうしてもと背中を押してきたのだ。手伝ってくれたのは翡翠双子だ。
雄黄は蒼が茶師の道を迷走している時に、訪れた店先ではっきりと意見をくれた。そのおかげで、蒼が一旦勇み足を止めるきっかけとなった。恋人の方は直接的ではないとしても同じだ。加えて、華憐堂に拉致された紅を街中かけまわって探しているさ最中、暴漢に襲われそうになった蒼を二人して大けが覚悟で助けてくれた。蒼にとったら声をかけずにいる理由を探す方が難しい。
「じゃあ、僕たちにもお酒の配膳とか手伝わせてくれるなら……」
「お客さんとして来てもらうのに」
「お願いだよ、蒼茶師! それが僕たちなりの居場所確保というか、場に馴染む手段なんだよ!」
いつもは大きな熊さんという印象の雄黄が、妙に迫力ある切羽詰まった様子で詰め寄ってくるものだから。蒼も思わず大きく頷いてしまっていた。
そんな雄黄たちも初めこそ委縮して肩身が狭そうだったものの、すぐに打ち解けた。彼らの人柄故にだろう。結局最後まで参加してくれ、一生の思い出になったと微笑みあっていた。蒼は「おおげさだなぁ」なんて笑いつつ、とても嬉しかった。彼らが楽しんでくれたのが何より。
魔道府では辞退が多かったらしい。理由は雄黄たちが最初に口にしたのと同じだ。
魔道府からは、長官や副長二人に加え元魔道府の蘇芳皇子など、少人数が出席した。
というのも、国で最も優れたアゥマ使いであるフーシオの白龍本人がいる上に、弐の溜まりである彼の自宅に足を踏み入れるなど、一般人なら想像するだけで卒倒できる状況だ。さらに、お忍びという名で貿易府や武道府など、各府からも要人が参加するとまことしやかに噂されては……という訳だ。
心葉堂の敷地はかなり広いので、元よりある程度は分散させる想定だった。それでも、同じ敷地内にいれば、下の者が挨拶に伺う流れになってしまうのが組織というモノだ。そんな訳で、役職付きでない者のエリアは完全に隔離し、それでも参加を控えた者は別日に長官と副長たちがおごるという話で落ち着いたらしい。
ちなみに、この宴会中も紅と蒼どころか白龍にまで見合い話がたくさん持ち込まれた。見合い写真を預けられた参加者は『どうしてもと食い下がられて』と肩を竦めていた。
庭に置かれた円卓に広げられた見合い写真は、料理より多かったように見えた。酒瓶が主な集団だから、全く差支えはなかったが。その席に集まっているのは重鎮組みだったので、幸い若い者が近づいてきてからかわれることはなかった。
「これを機会に心葉堂と懇意にしたい思惑があるだけなのも多いから、重く受け取る必要はない」
蒼と紅が驚いたのは、貴族だけではなく溜まり管理一族の長男・長女もいたことだった。心葉堂で言うなら跡取りが紅で、技術者という実質的溜まりの管理者が蒼だ。
技術者は一族の中で最も技が優れた人物が指名される。一方、跡取りは必ずしも長男・長女である必要はないが、習わしとしては未だに生まれ順と継承順が同等となっている家も多い。
「なんとも、実にわかりやすいのう! 溜まり同士の婚姻は別段特異なことではない。それにしても、跡取りと決定している者を出すのは異例じゃて。わかりやすくて、おじいは面白くなってきたぞ!」
「まぁ、まぁ。白龍が変な方向に乗り気なのは、年寄りの責任で止めるにしても。前から本人に好意を抱いた者もいるようだぞ? 紅も蒼も、華憐堂の娘の付きまといでうんざりしているから、直接交際を申し込むのは控えているとか」
「ははっ! 今頃、もっと早く行動に移しておけば良かったと手絹を噛んでいる者もいそうね」
と各々口にしていた。そうは言っても、やはり大半が政略結婚を目的として持ち込まれたのだろうと、蒼は思った。白龍や紅はともかく自分に関しては、と。
根拠はある。蒼は学院時代どころか幼少からアゥマオタクとして有名だった。その面が強すぎて、女性として見ている者は余程の変わり者だろうと考えているのだ。
「どっちにしろ、名実ともに最強兄妹になった心葉兄妹は、事件よりもっと大変な事態になるかもしれへんな。これからもっと。なんぞ困ったことになったら、いつでもこちらにおいでませ」
狐目でにこりと微笑んだのは、黒龍の名代で桃源郷から出席した千斗という女性だ。心葉堂特製の和み水を注いでいた蒼の腕に、そっと指を添えた。
一瞬ぴりっとした空気を吹き飛ばす勢いで、蒼は「大丈夫ですよ!」と胸を叩いた。口を大きく開けて嬉しそうに笑う蒼。
「政治的な思惑なんて私には未知の世界です。私に出来る範囲のことは全部頑張るけど、その他についてはおじいと紅に任せます! もちろん、桃源郷に時々は行かせてください。第二の故郷ですもん」
蒼がどこまで理解して応えたのか、本人以外は誰も把握しえない。蒼を純粋な少女のままとして見ている人たちには殊更だろう。
それでも、紅には伝わった。蒼の言葉通り、政治的意図は皆無。それであって、蒼が大切にする存在は変わらないという明確な意思表示だと。
「大進歩した蒼なら、頼もしいお兄ちゃんのために、どんな胃痛も緩和してあげるお茶を浄錬してあげられそうだ!」
「……緩和程度なのか。って言うと、どうせ『自己治癒力』があってこそだからねってドヤ顔するんだろうな。強すぎる薬は毒で、心葉堂の茶葉は人ありきだって」
同じく、和らぎ水を注いでいた紅は茶器を置いて、わざとらしく腹部を抑えた。本当にチクリとして背を丸めた紅に、どっと笑いが沸いた。演技ではないから、皆が笑う。紅はそれで良い――それが良いと思った。後から胃に優しい贈り物が届くのは、恒例だ。
そして、何よりも紅が嬉しいのは蒼が無邪気に飛びついてくるぬくもり。いつもと同じ押しつけなのに、ほんの少しだけ強引で柔らかい。
「さすが紅!」
「持ち上げるより、オレの心労が減る努力をしてくれ」
「そもそも胃痛の原因が私だってのは諦めて欲しいな。そうじゃなくなった『蒼』だったら、それはそれで紅が心配するのはわかってるもん。わかっちゃったんだもの!」
紅の腕に勢いよく抱き着いた蒼に、紅は溜息を吐くのが唯一の抗議を示す方法だった。
へへっと愛らしい笑みを零す蒼。紅は盛大な笑い声をあげながら、
「それでも、お手柔らかに頼むよ」
と頭横をぶつけた。ぐりぐりと押し付けられる体重を、蒼は跳ね返す勢いで身じろいだ。
そこに絡んできたのは老人たちだけではなく、お決まりの紺樹と翡翠双子たちだった。
明日の午前中に終幕4顛末(仮)、夜にエピローグを投稿予定です。