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クコ皇国の新米茶師と、いにしえの禁術~心葉帖〜  作者: 笠岡もこ
― 第三章(最終章) クコ皇国の災厄 行き着くところ ―
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第120話 守りたかった2―皇太子竜胆と少女―

 竜胆わたしが彼女と出会ったのは、皇太子としての立場は確立していて、かつ来年は腹違いの弟である第二皇子の出生を控えている時期だった。


********


 六つの私は唯一の男子として扱われ、かつ国の英雄である白龍から直接師事を受けていた。何人かの妹はただ可愛い存在だった。


「軍部が一番面白いっ! ほら、いくぞ!」


 当時の私は覇王教育を苦にしたことはなかった。教えられる全てが面白かった。

 座学は嫌いだったけれど、心葉堂の白龍はくろんが教えてくれるようになってからは、それが武術に繋がるのを知って目からうろこだった。白龍が教えてくれること全部が新鮮だった。


「竜胆様。訓練所に向かう前に、こちらの書を暗唱するお約束ですよ!」

「なんだよ。もう何度も暗唱しているだろう? 私はこの偏った思想の書は好きではない」

「こっ皇太子たるもの、様々な思想を知識として得る必要があります。好むものばかり吸収していては、反する立場を理解または纏めあげることも出来ませんっ! 竜胆様が、こっ困るのは、嫌でございます」


 書類を折って飛ばした私に、若い傍付きは茶を出しながら笑ってくれた。

 それでも、政治は好きじゃない。みんながどうしたら国が良くなるのではなく、いかに他者を貶めるかを語っている気がするから。

 それに、白龍に色々聞きたかったのに止められた。皇族が心葉堂の者に政治的な内容を教授するのは禁じられているんだと。


「一番面白い見解をくれそうな者に尋ねられないとは、つまらぬな」

「僭越ながら、わたくしもそう思います」


 やたらおどおどと挙動不審な付き人――由比ゆいだったが、私の皇太子らしからぬ発言を咎めぬどころか乗ってくれる彼が好きだった。それに、由比は私が促せばいつだって率直な見解をくれた。

 由比は己の腿に当たった紙を伸ばして、机にそっと置いた。


「竜胆様と白龍様のご意見が交われば、それは突拍子もない発想が生まれそうですね」

「だろっ! やっぱり、私は由比が好きだ。あと、あの話は進めておいた」


 首を傾げた由比に向かって、綴られた書類を放った。それなりの厚みがある書類は大して飛ばなかった。由比は慌てて、なんとか地面に落ちきる前に抱き留めた。

 「わたくしは反射神経がよくないのです」と零した由比。不満げな顔を前に顎をしゃくって書類に目を落とすように促した。渋々といった様子で表紙をめくった由比の瞳が滲んでいったのを良く覚えている。


「明日にでも家族を呼び寄せろ。私はまだ幼いから、首都とはいえども校外にしか家を用意してやれぬが――」


 言葉を切ったのは、幸せを目の当たりにしたからだ。由比は土地やらの権利書を抱きしめて、声もなく泣いていた。

 地面に額を擦り合わせて泣き続ける由比に困って、私は膝を折った。


「いつも由比が私のために働いていてくれている感謝の証だ。私にできることがあれば、遠慮なく甘えてくれ。皇太子といえどもしがいない若輩者だが、自分を慕ってくれる人間を無下にする心狭い人間ではないぞ?」


 私はなんの考えもなく、由比の肩を叩いた。由比は嗚咽を落とすだけで、ちっとも動かなかった。珍しい。彼はいつでも私を優先して感情を隠していた。私はそんな感情を隠し切れない由比が好きなのだと、頬が緩んだのを覚えている。

 由比は真っ赤な顔をあげて、書類に皺を寄せた。


「わたくしも竜胆様が大好きです。だから、ちゃんと報います」

「期待しているぞっ!」

「竜胆様のご厚意に、報いる覚悟ができました」


 あんなに嬉しそうな由比は見たことがなかった。

 私も「年を取ったらどんな皇帝になっているのか、自分でも楽しみだ」なんて、笑ったものだ。己の末路も知らずに。



 数日後、お忍びで由比に用意した邸宅を訪れた私を待っていたのは、由比一族の自害という現実だった。

 屋敷の前で、多くの人が喉や腹を裂いて蹲っていた。私をその光景を目の当たりにして、何が正解だったのかわからなくなった。

 由比は私を嫡子と認めない一派からの間者だったらしい。気弱で優しい気質で従順かつ時折は自分の意見を言う彼ならば、私が気に入るだろうという安直な選択だった。


「どうしてだ。私が勝手にあたえたのだ。お前は己の役目を全うすれば良かったのに」


 現場に駆け付けたのは、武道府と暗部の者だった。彼らはまるで死体など存在しないように淡々と処理を進めていった。

 呆然とする私の肩を抱き寄せてくれたのは、白龍だった。幼いながら白龍は人という感情に薄いのはわかっていた。それでも好奇心は人一倍だから面白かった。なのに、彼は人の親のような眼を私向けてきたのだ。そこで、ぷつりと線が切れてしまった。


「間者として貫けば良かったのだ! 私は、命を狙われてもなんとも思わなかった。それは当たり前だっ! ただ、私は由比に感謝していたから、屋敷をと思っただけでっ! お前が生きていてくれたら、私はっ!」


 崩れ落ちる私の後ろで、だれかが「皇族様の餓鬼がぶざけんなっ!」と吐き捨てた。

 それはこれまで私が受けてきた陰からの悪意ではなかったから、体が固まってしまった。ましてや民から真正面からぶつけられる、初めての嫌悪だった。


「権力者のたわごとだ。守る力もないのに、大切なものを持つなよ。諸悪の根源のくせに、被害者面かよっ!」


 顔を上げた私の後ろでは、大人が取っ組み合いをしていた。衛兵が両脇から抱え上げた男性は、元の人相が不明なほど顔を腫らし傷だらけだった。元々汚れていただろう服はさらに裂けているのに、眼光だけは獣のごとく鋭かった。

 混乱の中である者は、


「皇太子の気持ちを慮れ! この者たちは、殿下の好意を詫びて忠義を示したのだ!」


と叫び、またある者は膝をついて祈った。見知らぬ命のために。

 一方で私に投げつけられる視線は、やはり嫌悪の色が濃かった。


「そもそも開国前の女帝信仰が続いていれば、皇女が何人も存在する現代でこそ優秀な方が跡取りとなりえた! 男子がたった一人の現代で揉め事など起きなかったはずだ!」


 地面に伏されて背を打たれる男性も、自分の前に立ちはだかる人々も同じ目をしていた。守れないくせに、人を想うなと。

 私はそこで初めて理解した。己が人を好きになるということは、同時に守る強さを持つべきなのだと。ただ、好きだと感じることは許されないのだと思い知らされた。


*****


 由比が死んでからは、武道を叩きこまれている時だけは生きていると感じられた。近くに辺境を守る万馬力将軍がいたからだろう。その身一つで部下を守る彼がすごいと思った。それは、私が武将に向いていたからだと、大人になってからは理解した。

 それが、どれだけ国政に影響を及ぼすかも理解せずに、ひたすらに自分の手で命が守れるのが嬉しかった。戦場に赴く度、異形を討伐するごとに、私は自分が出来ることでクコ皇国を守っていきたいと高揚したのだ。


 全てを守りたいと貫けなかった己は、皇太子どころか皇族として愚かだった。

 私は気づいてしまったのだ。己は国の民を守る器ではなく、たった一人を守りたいと願う矮小な人間だと。彼女さえ、笑ってくれていれば良いのだと思って絶望した。


****


 私が内気な少女に会ったのは、七歳を過ぎた頃だった。


「お前。この間、叔父上に連れられてきた奴だろ? 何故このような場にいる」


 木の上から目標に柿を投げつける。

 柿を難なく受け止めた少女が、柿の奥から顔を覗かせた。


「わっわたくしは、あの、その」


 おどおどとした態度はこの宮にそぐわない。であるにも関わらず、ほぅっと呟いてしまう。

 それもそのはずだ。声をかけた後に投げたものの、しっかりと柿を受け止めた印象差ギャップが面白い。委縮しているのに、これだけの反射神経を見せる女は初めてだった。


「殿下におかれましては、ご機嫌麗しく」


 皇太子らしからぬ姿勢で木の上にいる私を咎めることもなく、少女の前を歩いていた宦官が必要以上に恭しく腰を折った。いつもは隠しもせず嫌味を投げてくる奴だ。


「この方は殿下の異母兄弟の皇女にあらせられます。殿下の生母である正妃殿にご挨拶をされたところでございます」


 私の疑問に答えたのは、彼女の近くにいるもう一人の宦官だった。彼の後ろに立っている少女は、木の上からじろじろと見降ろされるのが気になるのだろう。少女の考えはとても読みやすかった。『目を反らすのも無礼だし、かといって凝視するのも憚られる』、つまりは明らかに突然の環境の変化に戸惑っていると見て取れた。

 まったく。皇帝である父上が国内視察の際に産ませた子か、はたまた奔放な叔父上のヤラカシで引き取らざるを得ない存在なのか。私は口を開いた私は全く別のことを考えていた。


「お前、名は何という?」

「えっ……あっあの。あぁ! 殿下を前にどもってしまうなど、もっもうしわけ――」

「良い。不躾に、しかも木の上なんて猿同然に声をかけたのは私だ。あぁ、そうだな。柿の木は、枝が折れやすいから登るなと注意される。敢えて腰かけている猿に教える名はもたぬよな。ならば、せめて木から降りて人になるか」


 よっと声をあげて地面に降り立つと、なぜか少女は目を輝かせた。私は堪らず噴き出してしまった。だって、着飾った少女の瞳は決して憧れにときめいていたのではない。自分も挑戦してみたいという、乳母兄弟たちと同じものだったのだ。

 私が噴き出したことによって、最初に発言した宦官――ゆうは深い溜息をついた。厄介な奴に目をつけられた的に。


「反射の良さの割に内気なようだ。ふむっ。武術を嗜めば、相当な使い手になりそうなのに、もったいない」

「殿下。この方は皇女として迎え入れられたのです。隙あらば護衛の仕事を奪おうとしないでくださいませ」


 悠が説教状態せっきょうモードに入ったので、耳を塞いで鼻歌で打ち消してやる。

 その防御を打ち破る叫び声が廊下に響き渡り、肩を落とすしかない。女官やら侍女やら、あまつさえ貴賓ですら「可愛らしいこと」と甘ったるく頬を揺らす。おまけに、面倒くさい奴が追い付いてきた。


「りーんーどーさーまぁー! あぁぁ、こちらにいらっしゃいましたか! 不肖、れんは今度こそ首を吊る覚悟で縄を持参してまいりましたぁぁー!!」

「うるさい、漣。双子の弟を見習え」


 さすがに抱き着いてこないが、今の付き人である漣は足元で蹲った。

 成人を過ぎた男とは思えぬ様子で泣く漣に頬が引きつる。顔の作りは悠と同じにも関わらず、宦官ではないこいつに女人が言い寄られない理由がわかる気がする。逆だったなら、悠は傾国の美男子にはなっていただろう。


「うぅ、竜胆様、ひどいです。竜胆様は、悠の方が好きなんですね、そうですね」

「はぁ、悠も信用している。お前の弟なのだからな。しかし、私の側近は漣だろ」


 漣の頭を撫でつつ、横目で悠を見る。彼は相変わらず淡泊な顔で、それでも顎を引いた。

 私はこの双子が大好きだ。個性が違うし、感情の見せ方も違う。それでもわかりあっている二人が羨ましいと思う。皇位継承権で常に外野が騒いでいる私には、とても尊い関係だった。もうすぐ一歳になる第二皇子おとうとと私も、こんな関係になれるだろうか。

 悠は後宮を管理する宦官、漣が皇太子付武官。一見すると後者の方が出世道だと思うだろう。けれど、彼ら双子は隔たりなく付き合っている。私は、互いに嫉妬することないのは、すごいことだと尊敬している。


「それで、お前は何故庭先に降りているのだ」


 悠の後ろから離れ、いつの間にか庭の片隅で丸まっている少女に声をかける。

 こやつ、心葉堂の藍にそっくりだ。当主の白龍は私の指南役だ。それに、白龍が経営する茶葉堂の娘の藍に会ったことはある。二人ともつかみどころがないのがそっくりだ。白龍の妻の桃香とうかにも言えるが、あの一族は本当にわからない。わからなくて面白い。


「あの、シロツメクサが、たくさんあって、あの、殿下のお言葉が嬉しかったので、お礼をと!」


 離れた場所から花冠を差し出す腕は痩せすぎている。正面を向いた彼女の顔色は頬紅で誤魔化されていても、妹たちと比べて健康とは言い難かった。それに、私と大して歳の差がなさそうな子が、この歳になって皇女として首都に呼び寄せられたのには『いわくつき』と容易に想像が出来た。

 少女が皇女であることを疑っているのではない。ここまでの状態まで放っておき、かつ禄に皇族としての常識を教えずに後宮に連れてきた身勝手さに腹が立った。


「恨み言を零さず、媚びた様子もなく、ただ礼を述べるか」

「あっ――! 申しわけ、ございませんっ!」

「違う。お前を責めたつもりはない」


 私が否定しても、少女はひどく怯えた調子で口ごもるばかりだ。

 咎めているわけでもない。が、確かに私の後ろや見えない場には殺意を隠しもしない従者がいるのだ。庭の片隅にいる少女が恐れをなしてもしょうがない。


「お前、私自身が怖いのか? それとも、従者にお前を脅かせている愚かだと思うか?」


 距離を取ったまま渡り廊下に腰を下ろす。出来る限り目線を近づけようとしたのだが、いつの間にか現れた付き人が「下賤の者などと」とか咎めてきた。逆にオレに意見するのかと睨み返せば、その男は口を噤んだ。聞こえているぞ。「皇帝の器でもないくせに」なんて舌を打ったのなんて。

 私に擦り寄る割に、はっきりと悪態をつかないのは胸糞悪くそ悪い。それでも、この付き人には選択肢はないのだろう。皇帝である親父に、私に付き添えと言われているのだから。


「すまんな。幼いお前――いや、貴女を巻き込むべきではなかった」

「いぇ。あの。わたしはつい先日ここに連れられてきましたので、よくわかりませぬ。けれど――!」


 目の前の少女が取り繕っているようには見えない。ひたすら恐縮して両袖をあわせて顔を隠す。怯えて震える。

 それでも、自分をただ皇太子として怯えるモノとも違う。

 笑顔で促せば、あくせくした後に少女はふんわりと笑った。


「わたしは、嬉しかったです! それに、竜胆様はすごいと思いました!」

「……柿を投げる制御力コントールがか?」

「まさかでございますっ! わたしも、だれかを守れるようになりたいと思いました!」


 顔を輝かせる様に、私は首を捻るしかない。これまでのやり取りで、私が誰を守った? この少女を悪意から? ただ面倒になっただけだ。

 戸惑う私を余所に、少女は駆け寄ってきた。運動神経はよさそうなのに、ひどくぼてぼてとした走り方だ。足元を見ると、そもそも靴の寸法サイズがあっていないようだった。むっとして悠を見上げると、「仰せのままに」と両袖を合わせて下がっていった。


「殿下っ」

「兄妹なのだから、兄で良い。年も近そうだし、竜胆でも良いぞ?」


 手を振ると、少女は驚きで硬直してしまった。ひな鳥が親に餌を強請っている時のように、ひし形の口で動きを止めた少女がおかしくて、腹を抱えて笑ってしまった。滑稽だからではない。とても愛らしかったからだ。

 周囲にいなかった相手だからとも言い切れない。だって、興味深いとも面白いとも違う感情を見つけたと思った。


「まぁ、無理はするな。これから幾らでも縁を近づける機会はあろう」

「殿下はなんの遊びがお好きですか?」

「これっ! 殿下は遊びなど――」


 止めに入ったのは、私と彼女の様子を耳に入れた文官だった。

 少女を止めようとする彼を右手で制する。自分でも、口の端がにやりと上がっているのがわかった。


「私はあらゆる遊びをこなす! 木登りだろうと、花冠作りだろうとなっ。だから、それは私への挑戦状として受け取る」


 びしっと動作ポーズを決めた。後ろからは「威厳もへったくれも」とか「それでこそ竜胆様」など、好き勝手な呟きが背中を叩いてくる。昔よりも、少しだけ重石みたいになった声に気が付かない振りをする私は、弱いのだろう。

 少女だって、とんだ演技に巻き込まれて迷惑だったに違いない。


「いや、気にす――」

「ちょうせん状とは、いかなる便りでございましょうか。いえ、殿下――おっおにいさまからでしたら、いかなる便りでも嬉しゅうございます!」


 至極真剣な眼差しを向けてくる少女。余程、勇気を出して兄と呼んでくれたのか、血色最悪だった頬は真っ赤に熟れていた。まるで鬼灯ホオヅキみたいだ。今度、並べてみたいものだと思った。

 というか、便り? ……あっあぁ、なるほど。『状』という単語は理解しているのか。そして、状は便りだと。ふっ、ふふふっ。妙な笑いが込み上げてきてしょうがなかった。


「たっ便りではありませんでしたでしょうか」

「しょぼくれるな。便りには変わらぬ。私が貰ったことがない便りで新鮮だっただけだ」


 一歩手前まで寄ってきた妹の頭をぽんぽんと撫でる。撫でるというよりは、混ぜると表現した方が適切だったかもしれない。

 ふへっと抜けた笑いを零した妹は再度、土がついたシロツメクサの冠を差し出してきた。


「育ての親がわたし――わたくしのためにと編んでくれた冠が好きなのです。そして、できれば、あったばかりでも、わたくしの声に耳を傾けてくださった、おにいさまに送りたいと思ったの、です」

「私に、か?」

「はい。ええっと、あの。やはり、ご迷惑でしたでしょうか?」


 媚もない。彼女はただ、手に持つ草木が綺麗でオレに送りたいと言ってくれた。

 妹の手を取り、正妃の宮と反対側へと足を向ける。


「迷惑なんて、いっておらん。さぁ、まずは寸法があっていない靴や服を変えるぞ。それから、弟に会わせよう。乳飲み子でとても愛らしくて、母上も聡明な方だ。それに、他の妹たちもひとくせもふたくせもあるが可愛い子たちばかりだ」

「わあっ! 楽しみです。けれど、わたくしは……」


 妹が目を伏せた。年に相応しくないと、わかった。

 だから、私は彼女よりも幼い様子を意識して笑った。


「庭の草花で冠を作るなど下賤だと蔑まれると危惧するか?」


 首を傾げた妹に下賤の意味を説明すると、繋いだ方と反対の手を激しく振った。


「皇女様方をどうこう言うのではなくっ!」

「ならば、もし妹らが私の頭の冠を馬鹿にするようであれば言ってやれ。『竜胆兄様にかかれば野草さえも黄金の輪に引けを取らないと、わたくしは見通したのです』ってな」


 片目をつぶると、妹は満面の笑みを浮かべて「それは逆に、妹さまたちにわたしが言われそうです」と声をあげた。向けられたことがないような、眩しい笑みだった。


「そういえば、お前の名前は?」


 無性にそわそわしてしまいぶっきらぼうに尋ねた私に、妹は躊躇った後で特別だと教えてくれた。愛してくれた養父母がつけてくれた名と、これから生きていく名として与えられた音を。




 あれ? 思い出せない。あんなにも愛しい音を忘れるなんてことあるだろうか。今は、どちらを呼ぼうとしても音が消える。

 いや、関係ないか。私はもう化け物と成り果てた。あの子の亡骸に触れることすら叶わないのだ。


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