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クコ皇国の新米茶師と、いにしえの禁術~心葉帖〜  作者: 笠岡もこ
― 第三章(最終章) クコ皇国の災厄 行き着くところ ―
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第109話 願いの果て2―思い出した幸福と姿を現した元凶―

「はぁぁ!」

「せいやぁっ!!」


 紅と蒼の声が地下空間に轟く。

 竜胆りんどうであった大型ゴーレムの涙から生まれる小型ゴーレムたち。それらを体術や魔道陣で打ち砕いているのだ。ゴーレムとは言っても、外見はゾンビに近い。


「キシィィッ!」


 ゾンビは腕を鋭い剣に変えて紅に切りかかる。後ろから足払いをしたのは蒼だ。紅は魔道で練り上げた剣で火花を受ける。受け流したところで回し蹴りをかまして、背後のゾンビに蒼が凍り魔道を放つ。その蒼の後ろをとったゾンビの首を両脚で掴み、岩肌に叩きつけるのが紅。その紅の両肩に手をついて、蒼が飛びかかってきたゾンビに蹴りをかます。ついでにと、浄化の魔道陣を練りあげて宙に放った。

 一瞬にして溜まりから這い上がっていた存在は消え去るが、溜まりにいる元竜胆は異形の者を生み出し続ける。


「さすがに、切りがなさすぎじゃないかな! 紅の補助のおかげでなんとか戦えてるけど、私はそろそろ限界だよ⁉ 紅みたいに実戦経験なんてほとんどなくって、修行時代に黒龍先生に悪さをする異形種の住処に放り込まれたくらいなんだから!」


 氷の魔道陣を発動した蒼。ゾンビたちの足元が凍り付くのを確認して、天井に向けて両手をあげた。うがーっと緊張感のない唸り声を響かせる妹を後ろに、束の間の休憩だと紅は汗を拭う。

 わずかな深呼吸だけを許していた攻撃は、すぐさま再開する。竜胆が飛ばす溜まりの水によって、ゾンビたちの足元は解放される。

 紅と蒼は肩を落として、溜息を落とす。何度も繰り返しているので衝撃はないが、疲労からの溜息はどうしても出てしまうのだ。


「オレだって戦闘訓練と実践経験があるとは言っても、いい加減にこれだけの数の動きを読むのも疲れてきた。この純度の高いアゥマがひしめき合っている空間で瞳の能力を解放すると悪酔いするから、使い物にならないしな」

「あぁ、一日寝たっきりになっても良いから、極大魔道をぶっぱなしたい!! なんでここは地下なんだろう!」

「極大魔道はやめてくれ。お前の最大出力なんて、確実に生き埋めだ。オレは麒淵や蒼と違ってアゥマの源泉を渡るなんて荒業には耐えられないからな?」


 小気味よく軽口をききながらも、兄妹は体術と魔道陣を駆使して群がってくる敵をなぎ倒す。攻撃を打破しながらも、時には受け流し動きを封じる。

 それもこれも麒淵きえんの加護があるがゆえだ。蒼のアゥマ使役だけでは追い付かない。


「唯一の救いはゴーレム化した竜胆様が溜まりから上がってこないことかなぁ!」


 蒼が叫ぶの同時、元竜胆が咆哮する。あまりの空気振動と風に、蒼たちは堪えきれず吹き飛ばされてしまう。容赦なく岩肌に叩きつけられ、皮膚が裂ける。ずり剥けた膝や肌から皮下組織が見えてしまっている。とっさに庇ったはずの顔も擦り傷だらけだ。

 いち早く呼吸を整えて体を起こした蒼が回復術を発動する。魔道力の消費のせいか、最大出力時より陣が二回りほど小さい。それでも、純度が高い溜まりにいる影響か効果は絶大だ。あっという間に、紅と麒淵の傷は回復した。


「紅に麒淵、ごめんね! 思いっきりフラグを折ってしまったよ」

「冗談を口にする暇があるなら、自分の傷をしっかり治せ」

「まったくじゃ。ほれ、アゥマたちよ。お転婆な娘を助けてやってくれ」


 蒼の回復術の魔道陣が放つ光が逆行して、彼女の傷を癒していく。ただ攻撃に溜まりの水が含まれている影響だろう。蒼の傷は完治せず、いくらかの負傷が残る形になっている。

 蒼は片膝をついたまま、めいいっぱい頬を膨らませた。


「吹き飛ばされる瞬間、私を庇った紅と麒淵には言われたくないよ」


 蒼が睨み上げても、聞こえない振りをして背を伸ばした二人。蒼が責めてもなお庇うように立つ紅と麒淵に、彼女は拗ねるしかない。それと同時に、緊迫した状況だというのに一人ではないことがとんでもなく嬉しかった。


 よくよく考えなくとも、割と絶望的な状況だ。存在しえない溜まりで、得体の知れない怪物と対峙。


 それなのに、蒼は兄と相棒の背を見つめて笑みさえ浮かべてしまう。絶望の中、ひとりで紅を探し回っていたこと思えば、頼もしいどころではない。自分が守られてきて、今もなお大事にされているのを実感して――蒼は、どこか吹っ切れた。


「紅に麒淵、ありがとう」

「はっ? どうしたんだよ。また死亡フラグってやつを立ててるのか?」


 ゾンビに向けて炎の魔道を放ちながら紅が振り返った。深紅の前髪から覗いている目に照れの色はない。頬に煤を付けた顔には『何言いだしてるんだよ』と書いてある。麒淵などは本気でおろおろしだしている。

 蒼は笑顔で二人の腰に拳をぶつけた。魔道が込められていたからか、二人は思わずしゃがみこんだ。


「ばかばかっ! 復活フラグだっての!」


 蒼が二人の間から飛び出す。襲い掛かる異形の者に蒼が掌を触れさせる度、浄化していく。異形の者に触れる度、蒼に感情が流れ込んでくる。

 反射のように涙が零れる。肌でもなく胃ではなく、痛むのは胸。喉が詰まる。


――寂しい、痛い、悲しい、苦しい、辛い。だから……抱きしめて欲しい。寒いの。……おかあさん――


 どの異形からも伝わってくるのは誰かを求める声だ。

 そのどれもが悲しみを纏っている。だから、蒼は耳を塞ぎたくなる。猛烈に流れ込んでくる感情が痛くて。

 それでも、自分には何も出来ないかもしれないけれど両手を伸ばしてしまう感覚を、蒼は知っている。


(あぁ、この感覚。知っているよ、思い出したよ)


 異形の者を攻撃ではなく、浄化していく蒼。

 蒼は自分の胸に暖かいものが蘇ってくるのを感じて、足を止めた。それを取り囲む異形の者。麒淵と紅が一歩踏み出す。けれど、蒼は振り返って笑った。


「私、思い出したよ。丹茶を作れていた時の自分の想いを。目の前の人を、その奥にいる人を助ける力になりたいって願っていた自分を」


 家族の愛情を一心に受けていた頃。蒼はソノ身から溢れる程の愛情を貰っていた。だからこそ、蒼は思いやりを外に向けられた。守られている安心感も、自由に夢を追いかけることも許されていた自分だから、純粋に人を助けたいと思えていた。

 だからこそ、両親の死に目にも、肉体的なお別れさえできなかった自分に、もう他人を救う術は扱えないと思った。一番大好きな人たちを救えなかったからと。


「私、傲慢だった。我がままだった。だから、薬となる丹茶を浄錬できなかったんだ」


 蒼の両手からは柔らかい光が零れ続ける。異形の者どころか元竜胆のゴーレムも顔を覆って膝をついた。波打つ溜まりの水は麒淵の結界が防いでいる。

 そうだったと蒼は笑う。ずっと、ずっと。自分は一人だったことなんてなかったと。本当に孤独であったなら、寂しいなんて感じるはずがない。ずうっと守られて寄り添ってくれる大切な人たちがいてくれたから、突然の空白に堪らなくなった。なれたのだと。


(お父さんもお母さんも、私が変な術を使っても、年齢にそぐわない術を使っても、手放しで喜んでくれた。そして、お父さんはちょっと心配してくれた。おじいはまだまだって笑って、黒龍先生は制御が足りないって怒って、麒淵は自重しろって諫めてくれた。紅は褒めながらも負けないぞって、対抗してきたこともあった)


 蒼は零れるモノを拭い続ける。どうしても止められない。泣いている場合じゃないのに。

 蒼の傍にはいつだって、家族がいてくれた。今でも、自分を守ってくれている。白龍も、師匠である黒龍も幼馴染の紺樹も。きっと、親友の真赭と浅葱も。それに、街の人も。蒼には何となくわかった。彼らが裏で動いてくれているのが。

 その家族のだれもが、自分のために術を磨けなんて口にしたことなかった。心葉堂の名誉とか、自分の血筋だとか口にされたことは皆無だ。


「私、いまならわかるよ」


 今の蒼にはわかる。クコ皇国の弐の溜まりである心葉堂の茶師として、何一つ強要されていないのに、成長できる環境を与えて貰っていた幸せが。

 だからこそ、この時に全力をもって守りたいと思うものを守るの役目だと、蒼は思う。


「なにより、自分の能力で救える存在を見過ごすのが傲慢だ。ううん、傲慢なんて義務感ではない。そこに寄り添えない自分でいたくはないと、思えるよ」

「蒼、お前。散々悩んで、ようやく原点に戻ったのか」

「――っ、紅の意地悪!」


 蒼はてっきり紅が感動して頭を撫でてくる位に考えていたので、予想外の溜息に全身の熱があがった。腰に手を当てて「はぁ」なんて溜息をついた兄に、蒼は食って掛かる。

 両手で蒼の拳を受ける紅はとても嬉しそうだ。


「オレは、また蒼が目の前の人を救う術を取り戻せたなら、それでいい。これ以上に嬉しいことはないよ」


 心の底から笑う紅。蒼も麒淵も見たことがない調子で清々しく笑う紅に、蒼はやるせなくなる。「言い方がずるい」と、ごちる蒼も紅のあまりの眩しさに壁に八つ当たりをする。


「間もなく白龍たちが到着するようじゃぞ」


 麒淵の言葉に、蒼も紅も胸を撫でおろす。

 異形の者については大方祓った。けれど、溜まりの中で悶える元竜胆を前に蒼たちは戸惑ってしまう。元竜胆は溜まりに浸ったまま、ひたすら「おかあさん」と嘆き続けている。

 泥のような何かを流す両手で顔を覆って嘆き続ける竜胆。


「わたくしの可愛い子は熟れているみたい。ねぇ、さんしし、次はどうするの? いつも通り、あの可愛い子を食べればいいのかしら?」


 声を響かせたのは正気に戻ったはずの萌黄だった。湯庵に傷つけられ血を飲まれたはずの彼女は、白く美しい腕を広げている。その身には傷一つない。

 さんししと呼ばれた男性は髪を掻きあげた。双瞳は氷に近い色を浮かべている。紅が能力を発揮した際と同じ色であり、現人類ではあり得ない色彩。


「あぁ、僕の萌黄。あれは僕と同等とは言えなくとも始まりの一族の血が濃いようだ。だから、始まりの一族の――クコ皇国の始まりの血が続いている心葉堂の人間がいれば、ちゃんとうまく生まれるよ」


 気弱い華憐堂店主の姿は皆無。

 人好きされそうな微笑みを浮かべたサンシシは萌黄を抱きしめて、己の指を彼女の唇に押し付ける。


「だから、今度は、ちゃんと、完食してね。肉も内臓も、骨髄液さえも。あぁ、脳みそは場所を選ばなきゃいけないよ? 前回みたいに記憶の混乱を招きかねないから」


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