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クコ皇国の新米茶師と、いにしえの禁術~心葉帖〜  作者: 笠岡もこ
― 第三章(最終章) クコ皇国の災厄 行き着くところ ―
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第103話 検め3―関係の真実とボロ―

「はんっ。そのような口上、あっしらには何の感慨もございませんが」


 紺樹と白磁の宣言を鼻先で笑ったのは湯庵だ。


「ごめんなさいなのですよー。すっかり蚊帳の外にしてしまいましたのです」


 言葉とは裏腹な調子でホーラ――魔道府長官は笑った。つまりは眼中になかった、という意味だと容易に推測できる嫌味だ。それも踏まえてなのだろう。長官はおまけと言わんばかりに、小さな鼻をふふんと鳴らした。

 普段の湯庵ならば揚げ足取り要素にくらいはしただろう。

 ただ、今の彼には余裕がなかった。大勢の魔道府一同が検めに訪れているからではない。硝子窓に映った自分の姿が、元の老人の姿に戻りつつあるからだ。


(こんなところで、たかが国の一機関に過ぎない奴らを相手にしている場合ではない。はよう地下に戻り、完全に反魂の術を執り行わなければ、若返りどころか肉体が腐り落ちる)


 湯庵の歯が鳴る。その音さえも数秒ごとに老いを感じるものに変わっていく。

 魔道府の中でも、


「やはり、先ほどの若返りは幻術か」


などという囁きが広がっている。

 くそっと、湯庵は舌を打たずにはいられない。この数十年、堪えてきた。そう。反魂の術を行うに相応しい溜まりを見つけられず我慢してきたのに、術の施行を目の前にして本能のまま萌黄の血を飲んでしまったせいだという自覚はある。結果、人心掌握も中途半端な効果、いや、むしろ逆効果になってしまった。

 だが、後悔と同時に甘美な味と込み上げる生命力を思い出し、体がうずいてしょうがないのだ。


「まぁ。ひとまず、罪状を確認しやしょうか」

「はいはい。白磁、読み上げてくださいなのですよー」


 副長の白磁が皇族の封印がある書状を胸元から取り出す。丸まった書状に捺されているのは確かに皇族の印だ。しかも、皇帝のモノと第五皇子である蘇芳の両方の封蝋。

 誰もが思うだろう。華憐堂の後見人は皇太子である竜胆だ。そして、その店を検めるのが皇帝だけではなく皇位継承権も低い蘇芳までもとなれば、国の方向性がどちらに向いているかは火を見るよりも明らかだ。


「皆にも魔道映像で見えているであろう」


 念を押す白磁の一言に、周囲がざわめきを強めていく。近隣の者や騒ぎを聞きつけて駆け付けた者の声だ。

 魔道府職員は一様に固唾を飲んで、自分たちの副長である白磁の次の言葉を待っている。


「ここに記されているように」


 白磁が持つ封蝋を魔道によって解除したのは長官だ。封を解除された封蝋は煙のように立ち上り、皇帝と蘇芳皇子の署名を形作る。それが一つになるとクコ皇国の紋章となり光を伴い、龍のごとく天に昇って行った。ソレに応えるように、宮廷からも龍を模した魔道の光が立ち昇る。

 その光たちに誰しもが見惚れる。

 余韻をたっぷりと取り、「さて」と口を開いたのは白磁だ。


「罪状を告げる。茶師・山梔子さんししおよび番頭・湯庵の元、華憐堂は茶葉堂を偽って異存薬物の生成ならびに販売を行った。建国以来この地にあった宝石店である黒曜堂が作り出した浄化の空間を利用し、不正な浄錬を行ってきたのである。黒曜堂の看板をおろさせたことに始まり、浄化空間にて異存薬物の生成を行い、クコ皇国を崩壊に陥れかねない天候悪化をもたらした」

「証拠なんぞあらしませんでしょうに。国が定める定期報告もきちんと基準を守っていますでやんしょ。それに天候の悪化までわっしらのせいにされても、それこそ笑い話でやんす」


 背を丸めた湯庵がくつくつと喉を揺らす。そう、華憐堂は完璧な隠蔽ともいえる工作を行ってきた。

 湯庵たちはクコ皇国の地方の弱小溜まりを主として、溜まりの活性と偽った術式をちらつかせて買収してきたのだ。確かに一時的には溜まりの浄化力が高まるが、それは周囲の人間や空気中からアゥマを抜き集めた結果だ。やがて人は衰え死に至り、天候の均衡バランスが崩れる。最後には、溜まりの守霊も禁術で集めたアゥマに蝕まれていく始末。


 そして――それを、弱って反撃できない守霊を溜まりごと萌黄が喰らう。


 こうして反魂の術の準備をしてきたのが華憐堂一派の正体だ。

 魔道府と皇帝たちはここまでのことを、地方を廻っていた白磁たちと、フーシオである白龍ならびに桃源郷の次期長の黒龍たちの調査で知り得ている。


「数字としての証拠、というわけですね。まさに、おっしゃる通りです。いくらフーシオ――クコ皇国弐の溜まりの先々代であらせられる白龍様の『時欠け』の御力で、確固たる証拠を得ているとしても、現状の数字を無視するわけにもいきません」


 わざとらしく肩を竦めたのは紺樹だ。声が前方にのみ発せられる魔道を使っているのに、湯庵は気が付かない。非常に繊細で巧みな音魔道だ。それと同時に、湯庵から出る声もある一定線を越えない、いや意味をなさない音と認識される魔道を発動している。


「まさかっ――そんな、能力、たかが茶葉堂の人間がっ」

 

 湯庵は紺樹の言葉に明らかに動揺を見せた。皺が増えている手をきつく握り、下からねめつけてくる。


「ゆっ湯庵様?」

 

 蒼白になった湯庵を支えようと、下女が手を伸ばす。その腕を湯庵は跳ねのけた。


「トキカケ、だと? それはつまり、時駆けという意味かっ!」


 紺樹が笑みを深めれば、後は湯庵が勝手に妄想を繰り広げる。


「うっうそだ。そのような能力が存在してたまるかっ。()()()()()()()()()、耳にしたことすらないのだぞ。禁書にも数行だけ記載があるのみ。それがいくら大国とはいえ、弐の溜まり程度の継承者、しかも引退済みのたかが()()()()が出来てたまるか!」


 湯庵が自身の指を噛みながら、ぶつぶつ呟く。本人は気が付いているのだろうか。歯から零れる腐肉の存在に。

 さらに笑みを深める紺樹と倣って笑う長官に、紺樹付きの双子は異なる様子で身を震わせた。むろん、陰翡は「むちゃこわっ」と、陽翠は「案外、単純ですね」と、質の異なる感嘆を共に。


「貴方がおっしゃるように、報告書の数字は完璧な平均値でした。そう、平均値としては」


 はぁと肺から息を吐いた白磁が、紺樹の外套の胸元から分厚い書類の束を取り出した。

 心当たりがあったのだろう。映像魔道を発動しかけた白磁に飛びついた湯庵。鋭い爪が白磁の頬を掠めて、赤色を流す。

 だが、老齢に戻りつつある体は、すぐさま翡翠双子に取り押さえられた。


「これで検め執行妨害の罪状が追加になりましたね」


 若干卑怯に思える手段だが、首謀者の一人を抑え込めるなら遠慮はない。

 むしろ紺樹が取りそうな手段を白磁が行ったことに、少しばかり魔道府に衝撃が走った。なんせ、その紺樹が白磁に手を伸ばして固まっているのだから。それもそのはず。事前の打ち合わせでの役割は紺樹が担うはずだったのだ。


「……己の武器を他人が持っていないと勘違いなさらぬように」

「いや、この役目は私が受ける予定で――」

「役職に年は業務に関係なくとも、後輩が傷つけられることに甘んじると人間とは思わないで欲しい。なにより……君はとっては()()()()()が本番だろう」


 白磁は己の指で血を弾いた。同時に、傷は塞がっていく。後方から、部下の旭宇が遠距離回復術を発動したのだろうと、白磁は溜め息を吐く。

 紺樹は無言で俯くしかない。地面に片膝をついた状態で腿を握る。自分からいざというときの汚れ役を取ったら、何のために白磁を押しのけて次席副長の立場にあるのかと思うからだ。


――俺は弐の溜まりである心葉堂を守るためだけに、次席副長の席を手に入れました。身内の青龍門は関係ない。だから、本来この席にあるべきだった貴方の苦言も苦情も全部受けます。俺が次席副長に相応しくないと思ったら、どんな手段をとっても排除してください――


 一方、白磁は辞令当時の紺樹の言葉を思い出し笑うしかない。表情筋のせいで笑っているとはならないが。

 白磁は自身の脚でしっかりと立ち上がり、書類束を紺樹に押し付けた。


「むろん、数字の証拠もある。それに、強引なやり方で皆に理解してもらえるとは思わない」


 書類を受け取った紺樹は深呼吸の後、良く通る声で書類束を掲げた。

 首都の数年間の平均値を入手し不自然に思われない程度の数値の操作。それこそ年数をかけて根回しをしてきたのだ。皇太子の周遊もそのため。

 魔道府長官や副長たちも肩を竦めた。


「けれど、我ら魔道府はクコ皇国唯一の皇帝直属の独立機関。国のため――クコ皇国の民のため、ありとあらゆる状況の中で正確な数字の証拠さえも疑うのが仕事だ。まぁ、今回の場合は精密過ぎる数字がボロを出したのですけどね」

「紺樹、言い方が意地悪なのですよ。でも、その通りなのですよ。華憐堂よ、功を焦りましたのですね。()()()()()()を欺くならば、それこそ何百年の準備が必要ではないのですかね」


 魔道府長官がにっこりと笑った。見た目通りの幼子が浮かべるような無邪気な笑みだ。

 双子に押さえつけられている湯庵は、ぐるぐると眼球を動かしている。

 それが勝ち合った数秒後、長官から表情が消えた。


「貴方としたら残念ながら、心葉堂を警戒するあまり皇族の力に頼り過ぎたのですよ。国全体のあらゆる溜まりの主たちの関係(ネットワーク)を甘く見過ぎたのですね。特に、うちの白磁の能力を」


 一年ほどかけて白磁が旭宇と共に地方をまわっていたのは、各溜まりの状態と周辺の人々を調査するためだ。皇太子の竜胆が周遊にでる時期、それに首都の溜まり関連のアルマ使いの多くが命を落とすより前に、魔道府は動き出していた。


「なっならば、この場で、ひとつお聞きしたいことがあります」


 三列目の男性が、おずっと左手を上げた。肆

 全員の注目を浴びて動揺しているのは、クコ皇国第(よん)の溜まりの次期後継者の菖蒲だ。長い青い髪から覗く黄色の目が長官たちを射抜く。視線は弱々しいのに、問いの奥には強い意志が見えたから。


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