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クコ皇国の新米茶師と、いにしえの禁術~心葉帖〜  作者: 笠岡もこ
― 第三章(最終章) クコ皇国の災厄 行き着くところ ―
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第102話 検め2―魔道府長官と華憐堂の湯庵―

間が空いてしまいましたが、更新再開です!

よろしくお願いします。


「おやおや」


 華美な扉が音もなく開いていく。ざわめいた空間にも関わらず、居合わせた一同の視線が集まった。使用人が背で庇っていた場所だからではない。


「これは一体どういう状況でやんしょ」


 肉の腐臭とアゥマの芳香の矛盾した香り。それを隠しもせず垂れ流している男が現れたからだ。

 店の扉から覗いているのは、へりくだった口調に相反するぎらついた眼。やたらでかい目が、四方にぐるりとまわった。

 遠く、この状況が見えていない者にも走る緊張。逆を言えば、運悪く目が合ってしまう距離の者の中には腰を抜かす程の空気と言える。


「一応、おたずねしておきやすが……。華憐堂うちの後見人が竜胆りんどう皇太子と知っての狼藉ろうぜきでしょうかねぇ」


 姿を見せない湯庵ゆあんの声はひどく粘ついている。敢えて脳に不快感をあたえるような。

 彼のあまりにも率直ストレートな言葉から状況を判断した者は、居合わせている人間の四分の一。


「まじか……」

「君、知ってたか?」

「まっまさか」


 残りの魔道府の人間からは、軒並み驚愕の声が上がった。

 湯庵は空気伝達の魔道を使役しているのだろう。そんな最後尾の様子が、旭宇きょくうから長官と二人の副長に伝達されてきている。


「我ら魔道府は独立機関。なれば、相手が皇族であろうと関係ない。アゥマを悪用して国を害する種は掘り出さねばならぬ」


 空気を裂く魔道府長官の声。音階はいつものように甘いのに、凛と響く言葉に周囲が鎮まった。が、決して良い雰囲気からではない。


「種は掘り出す、でやんすか。その種が愛する者を望むが故でも、心地よい土の中から無慈悲に掘り出し、恐ろしい日で焼き尽くすと」

「むろん!」


 それでも、魔道府長官は最低限の言葉しか返さない。


 湯庵のひどく耳に優しい言葉が生み出すのは、疑念、疑問、不信感。中心地から遠のく程、仄暗い感情が濃くなる。悲愴感溢れる声で並べられる、大抵の人間が好む単語に惑わされる。

 長官は愚かだとは思わない。むしろ、愛すべき人間らしい一面だとさえ思う。幼いとも言い換えられる感情があるからこそ、人は人らしくあるのだと思うから。


旧友あいつらなら、どんだけ上から目線なんだよとか、鼻で笑うかジト目で頭を撫でてくるのですよね。そして、白龍はもっと言えと煽るのでしょうね)


 人を愛おしいと思わせてくれた人々を思い返し、魔道府長官は少し笑ってしまった。あくまで心の中で。

 そうして、きゅっと唇を引き締める。


(わたしがクコ皇国の魔道府長官になった理由のひとつに、やっと手が届いたのです)


 魔道府長官の背後で、頼りになりすぎる部下の一人である紺樹こじゅが腰を屈めた。


「我らが魔道府長官殿」


 独特な唇の動きは隠匿の魔道を発動しているからだ。それも、前方にいる人間にのみへ囁きとして届く程度のだ。

 後方にいる者への対策として、ちらりと視線を斜め上に向けるという仕草も忘れない。彼の目線の先には、雨雲の合間から垣間見えている月がある。

 長官も小芝居にあわせて顎を上げる。


「どうかしましたのですか?」

「いくら悲願が叶うからと言って、焦らないでくださいね」

「あららーなのです。紺樹こそ、ここに立つ誰よりも早く、華憐堂に踏みいりたいくせになのですよ」


 腰を伸ばしが紺樹を長官が追うと、彼はひどく自虐的な笑みを浮かべていた。そのまま己の胸に掌をあて、口の端をあげる。

 月明かりに照らされた紺樹の顔を見た者は、長官と華憐堂の者たち。その一同の背筋が、ゾクリと凍った。


「私と貴女は()()()()()()()()、ですからね。思考の方向性は同じでおかしくありません」


 長官には、その様子が不気味というよりもひどく痛々しく思えた。だから、演技とは思えず――思い切り脛を蹴り上げていた。

 雨用のブーツは硬い。言わずもがな、水が浸透してこないように、普段のブーツよりも更に頑丈にできている。


「――っかん。何を考えていらっしゃるんですかね。この場面で」

「紺樹は本当に生意気なのですよ。たかだか二十数年生きた程度が、生意気言うなですの」


 長官としては額面以外の意味があったのだが、湯庵は音通りに捉えたのだろう。店の扉に隠れたままの湯庵の口元が三日月に歪んだ。


「ほぅほぅ。なにやら上の方は、我が家の秘術にご興味がありそうですな。それとも、魔道府の後ろ盾でもある、第五皇子の蘇芳すおう様から内密に術式の回収命でも出てるのでやんすか?」


 雨のせいでじっとりとした空気をさらに重くするような、ねっとりとした口調だ。しかし、漂うのは土が湿る香りではない。うっとりとするような甘い果実の匂いが、一同の鼻腔をくすぐる。濃くなるほどに肌に触れる布が不快になり、白地の外套を脱ぎ去りたくなる。

 長官は挑戦的な苦笑を浮かべるしかない。全ての事情を把握している自分でさえ、湯庵が発する新鮮な禁術に呑まれそうになるのかと。


「我ら魔道府が担っているのは、国と国民の安全保持。そして、何より優先されるべきはアゥマが正しく命のために使われることである」


 小さな手が、魔道府の象徴である白地に青淵の外套を払う。

 長官の言葉はひどく正しい。嘘偽りがない言霊。ただ、正しい意味を理解している者は少ない。


 この国――いや、世界で本当に守られるべきはアゥマであり、命。そう、人ではなく命。長官はその理を口にしただけ。


 それでも、指揮を上げるのに十分な宣誓に違いなかった。実際、周囲がざわめいた。もちろん、陽の雰囲気で。

 長官は胸の痛みを無視して、喉を開いて思いっきり息を吸った。


「皇子からの命があろうとも、従う理由はない! だからこそ、皇太子が後見人である華憐堂さえも、疑わしきがあれば物証を集めて検めるだけだ!」

「それにしては、いざと言う時に命をかけさせられる方々から、負のアゥマが滲み出ておりますが? 魔道府とは随分とひどい機関のようでやんすね。国の要。アゥマを取り扱う機関としての傲慢でしょうかね。その上層部ともなれば――どうせ皇太子を追いやり、この『秘術』を独り占めするつもりだったのだろう」


 突然、語尾が変わった。

 そして、たっぷり十秒の沈黙を流した後、満を持してと言わんばかりに湯庵が群衆の前に姿を現した。


「なっ――」


 声を上げたのは誰だったのか。

 湯庵は街でも有名の華憐堂の番頭だ。湯庵は率先して店先に立つことが多かった。広告を拒否する人間にも執拗に絡むことでも有名だった。加えて、毛のない頭に丸まった背で卑しく見上げる商売人というイメージが強い。


「さぁ、魔道府の下僕たちよ! 我の言葉に耳を傾けよ!」


 だが、どうだ。一同の前に堂々と現れたのは、男盛りの四十代の男性だ。豊かな髪がなびき、背も伸びて姿勢も良い。

 舞台役者顔負けの声の張りに、一同が呆気に取られた。


(ただの番頭ではないのは重々承知していた。このような場面で『あの姿』を披露するためにと計算していたかは不明だが――自分を演出材料に据える算段くらいはしていただろう)


 長官の両脇に立つ二人の副長は目を合わせ、冷静に頷いた。


「己らが命をかける価値は魔道府なんぞにない! 我が同士である竜胆皇太子ならば、この姿のように、永遠の若さと富をもたらすだろう!!」


 湯庵の声が澄み切った空間を裂く。湯庵の笑い声が響き渡る。

 すでに空間閉鎖の魔道が発動されているおかげで、住民には聞こえていない。それは湯庵も承知の上だろう。彼の目的は悪までも検めに入る魔道府の混乱だ。きたる時までの時間稼ぎ。


「ほざくな、悪餓鬼が」


 ぴしゃりと水面を叩くような声。音源はやはり小柄で桃色の髪を頭の両側で束ねている、幼女だ。魔道府の外套にすっぽりと包まれた体に威厳はない。

 であるにも関わらず、先ほどから一言で空気を持っていく。


 湯庵のこめかみがひくつく。


 長官は表情を緩めずに、ただ手を鳴らした。


「永遠の若さと富だ? 笑わせるな。我が同志を侮るのも大概にせよ!」


 小さな体から出ているとは思えない怒声に、一同の足がすくむ。

 長官の赤い瞳はより色を薄くしている。


「我が子たちに華憐堂の後見人を教えなんだ理由など、彼らは重々承知。揺さぶりをかけるなど千年早いわ!」

「はっ! きれい事を! 組織の末端などただの足であろうに! そこの奴など真っ先に死にそうな顔をしておるわい!」


 湯庵は綺麗な指先を列半ばの気弱そうな女性に向けた。女性は地面にへたり座り込んでしまう。周囲も動けない。

 長官は迷わず彼女の前に立ち憚った。小さな体で、彼女を庇う。


「しかり! それはわたしとて同じ事よ。国の集合体である己が愛する者を守るため、クコ皇国という存在自体を守るため、長寿の一族の生を持って、わたしは我が子たちを一人でも救えるなら鬼にでもなろう!」


 長官は自分の背の後ろでがたがたと震えて、謝ろうとする少女を振り返る。


「ただし、人を守る鬼なのですよ」


 それが、あまりにも普段通りの長官だと思ったから。女性は呼吸が落ち着いていく。

 それが偽りだと思ったなら、無理だった。あぁ、この人だから大丈夫。嘘じゃないと思えたのだろう。


「ちょっ長官殿」

「は―い、はい。みんなの長官なのですよ」


 部下の呼びかけに、長官はいつものように甘く「こーいう時は、上に甘えておくのですよ」と片目を瞑ってみせた。


「よーしよしなのですよ。わたしはひじょーに怒っているので怖いかもですが、ここにいてくれるみんなには感謝しているのです。だから、どうか、ここに来る前の一言を信じて欲しいのです」


 女性も、彼女を支える魔道府員も、一様に頷く。

 長官はにっかりと笑った。そして、両手を天に掲げ空間魔道を繰る。


「聞け、我が同志にして、我が子らよ! 我ら魔道府は各々の立ち位置は違えど、国の血液であり酸素でもある! 国民が健やかに過ごすためには、脳と心臓だけの機能が重要ではない! 例え当たり前と思われても、末端まで運ばなければ体は正常に機能しない! 末端の機能こそ、最も重要なのだ! 一人一人の働きが、ここに繋がっていることを刻め!」


 高らかな魔道府長官の声が響く。


「ここに立つ一人として、卑屈になることは魔道府長官として――いや、ホーラとしてのわたしが許さない!」


 これは賭に近い。一貫して魔道府長官として通してきた彼女が、外国人としての真名を明かすのだから。しかも外国の移住者が起こした事件を検める場で、だ。

 湯庵の甘言を直接否定しないことに意味がある。敢えて、話題を逸らして魔道府の指揮を高めなければ意味がない。


「さて。私も長官の誠意に応えて、真面目に仕事をしないといけませんね」


 紺樹は腕にかけていた魔道府の外套を羽織る。その行動の意味を知る者は、一様に息を飲み、背を正した。

 普段から緩い雰囲気で制服を着崩している紺樹。その彼が裾を伸ばし、魔道府の外套を身につける。

 見せつけるように、天に伸ばした片手に白手袋をはめた。

 雲の合間に見えた月が、三人を照らす。

 少々度が過ぎる演出パフォーマンスと知りながら、もう一人の副長である白磁はくじは膝を引いた。


「すべては我らが始祖の御心のままに」

「そして、我ら魔道府の忠誠はクコ皇国へ。信義は守護者である魔道府長官――ホーラ殿に」


*****


「やれやれ。空気どころか天候さえも味方につけるとは、ほんに恐ろしい奴らだのう」


 月明かりが照らさぬ屋根に、人影が二つ。言葉とは裏腹な調子で愉快そうに笑った影は、腰掛けている方だ。

 立って腕を組んでいる方は、深い溜息を絞り出した。


白龍はくろんよ。いつまで此処にいるつもりだ」

黒龍こくりゅうよ。まぁ付き合え。何事にも順序と言うモノがあろうに」

「ぬかせ。麒淵からの通信が途切れているのだぞ? 俺は先に行く」


 黒龍と呼ばれた男性が、しびれを切らして屋根から飛び降りた。



近日中に閑話投稿予定です(魔道府長官のお話です)。

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