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美の夢

作者: 雪猫
掲載日:2026/09/13

美の夢



どう考えても、あの人の目は酷く悪いに違いない。


ほとんど見えていない可能性も否定出来ない。


視力が良いならば、脳だ。


脳に重大な欠陥があるのだろう。


そうでなければ、環境、今までの人生、今までの記憶だ。


ああ。それらも悪くないならば、残るは、彼自身だ。


彼が、彼そのものが、彼という存在全体が、悪いのだ。何かが悪いのだ。


それ以外に説明が付かないではないか。




私は醜い。それが経験則から導き出された絶対の真理である。


1+1=2と同じく、子供にも分かる事実である。


自分の「思い込み」や「相対的」という言葉では消去出来ない。


経験則の強固な因果が唯一絶対の真実を導く。


世界のどこへ行っても、子供に石を投げられる。


大人に顔を背けられる。


人間に避けられる。


文通やネットで知り合った者も、幾つもの予防線を張るも、私の醜さは安々と超えていき、


相手は途中で失踪する。


化粧はキュビズムの新作を生み出し、子供の手による日本の福笑いとなる。



厳格と放任の歪んだ混合である親の宗教の影響で、


整形は忌避感と罪悪感と親への裏切りの観念を植え付けられ


実行の選択肢は閉ざされている。


醜さ故に、親も愛してくれなかったにも関わらず。



そのため、絶対の真実である私の醜さは科学的真理と同等の地位があり、


社会で生きていくための人生法則を作り上げる。


人の同情と共感と、自己の権利と頭脳と心遣いを駆使して、間接的交流を旨とし、


物理的孤独の中で生きていくことを結論付ける。



そこに、あの人が現れた。


手違いで物理的に会うことになり、


出来るだけ、触れぬよう見えぬよう話さぬよう、という三大原則を守って接し、


別れるその時に、


「好きです」と言われた。


誰のことを言っているのか、辺りを見回していたら、


「君が好きです」と言われた。


目を見つめて来た。


頬が赤かった。



経験則は危機に瀕し、最終手段「緊急逃避」が実行された。


焦り混乱した私の逃げる姿は、


さぞ、無様だったことだろう。



よく考えたら、幼い頃よくあった「罰ゲーム」という結論が導き出された。


しかし、観察と調査の結果、否定された。


「いたずら」という結論が出た。


恐ろしいことに、それさえも否定された。


国家的陰謀でも無かった。詐欺でも無かった。本気のようだった。




恐慌が起きた。




独りの緊急会議が開かれた。


ネットへの相談は、唾棄すべき自意識過剰の公表に思え、却下した。


会議の結果「何とかして断らずして断ろう」という結論に達した。


実行役は怠惰で臆病だった。


それに何より、心まで醜いことに、原因や真実はどうあれ、


初めて「他人に好かれている」その時間を、出来るだけ延ばしたいという


浅ましい思いが、実行を躊躇させていた。



いや、違う。それよりも悪いことに、私は、


彼を調べすぎた。


彼を否定するために調べすぎた。


彼に重大な欠陥、悪いところは無かった。


彼は笑顔だった。



そして私は、ここまで人を知ったのも、知ろうとしたのも、知りたいと思ったのも


初めてだった。




新たな事態に気付いたときには、もう手遅れだった。



諦観という絶対法を超えて、


夜の夢は全てを超越し、越境し、




つまり、彼との夢を見た。



彼の瞳に映る私は



美しくて



それを私は当然のように感じていた



夢の中で、何度、美しいと呼ばれただろう


何度、美しさで、彼を笑顔にさせただろう


二人は、どれほど、幸福だっただろう


世界は、どれほど、美しかっただろう






目が覚めた時、私は、断りを決意した。




一日が、これほど長く、そして、短いとは。


断りは済んだ。


もう夢は見なかった。




後日、法に対する重大な訴えが成された。


激論が交わされた。


そして、「彼との夢を見ること」が、私の権利として、受理された。



あらゆる方法を尽くした。


幾つも枕を変え、本を読み散らし、動画を見漁った。



夢の中だけでも、彼と会うために。



試みる内に、


会議上で、ある疑惑が生じ、危険を知らせる警報が鳴り響き、


焦る者達の、怒声と罵声が木霊した


それを全て無視し、黙殺する


既に権利は得ている


ただ、権利を実行するだけ


私にはもうこれしか無いのだから


奪わせない



頭の中で、


起こるかもしれぬ「何か」、


誰も明言出来ず、しかし恐怖と期待が綯い交ぜの「何か」の予兆が、


無視できぬ程、強く響き渡る



しかし、そんな、たかが恐ろしい予兆など、噛み潰す。


今までならば先に進まない


だが、生まれて初めて、自分の恐怖の予兆を無視する。


抗い、恐怖を、怯えを、押し潰す


私の権利だ


唯一残った私の権利だ


これしか無い


これしか残ってない


全身を震わせる恐怖の予兆も、


恐怖のために怒声を罵声を頭の中に響かせる私の臆病も



黙れ


私の権利だ



奪うなら殺せ


出来ないなら黙れ






私の心だ。私に従え










私は再度、


夢の中で彼に会えた





夢は、儚く消えた










そして革命が起きた







革命という言葉から想像する勇壮な姿とは程遠く


今の私に比べれば、生まれたての子鹿の方が勇壮だった


震える身体と怯える目が


現実の彼を探した




彼を見つけた


彼も私を見つけた



彼が近づいてきた


夢の中と同じ笑顔があった






彼の瞳に映る私は






美しかった



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