夢の中の恋人
夢の中の恋人の話です。
エピソード
それは、薔薇の花束が目の前に溢れるような出会いだった。
泡沫の夢の中、貴方が私を抱きしめる。
「カティ。……ふふ、会えて嬉しい」
黄金色に光る髪をもつ貴方。抱きしめられると、視界が真っ白になって輝く。
温度はない。匂いもない。抱き締められる感触だけが確かだった。
貴方の名前は、自然と分かった。
「レディニス。会いに来てくれたの」
彼の胸に顔を埋める。
私達は、そこから始まった。
〜
「夢のように、君の傍にいたい」
貴方は私の耳元に、口を近づけて囁いた。
「──────夢のように?」
おっとり、と聞き返す。
「うん。他の人と眠っていても見るのは避けられない夢のように、必ず傍にいたいんだ」
貴方はそう言った。真面目くさった顔で。
「……ふふ。それって、そのままの貴方だわ」
貴方は目を見開く。そして、ふ、と笑った。
「……明日も会いに来るよ」
「えぇ、もちろんよ」
「おやすみ、カティ」
貴方は私の額に口付けた。私は夢の中の眠りに沈んだ。
〜
ふと、見つめられていることに気づく。
「……なぁに」
「……」
貴方は何も話さない。
私は胸がドキドキして、仕方なかった。
貴方の手が、顔に近づく。
「……まつ毛、ついてたよ」
「……なぁに、そんなこと?」
呆れてしまった。
「ドキドキしたのよ。返しなさいよ」
「ふふ、ごめんって」
優しく頬に手を添えられて。
私は自分からキスする方が好きだから、レディニスが屈んで、私からキスをする。
音は立たない。薄く、触れた感触が唇に残るだけ。
貴方の気持ちは、手に取るように分かった。嗚呼、愛されてるんだなって。
「カティ」
照れてるのも。
「カティ……」
呆れてるのも。
「カティ」
愛しくて堪らないのも。
貴方の気持ちは、手に取るように分かっていたのよ。
〜
「ねぇ、君は僕に、好きっていってくれないの」
レディニスは眉を下げて、私を見つめる。
「……好きって言うのって、責任が伴う気がするの。嘘になったら、罪な気がするわ。だから、怖くて」
私は視線を落として、そう言った。
「……じゃあ、いつか。君がその責任を背負おうと思えるまで、その後も、僕は傍にいるね」
貴方は微笑んだ。
「……えぇ。いつか必ず、伝えるわ」
小指が絡んだ。
〜
そんな日々が、2年ほど続いた。
話す言葉が、ゆっくり拙くなっていった。
いつしか、起きてる時の妄想の中ですら、貴方の温度は冷たくなっていった。
私の愛も、緩やかになっていった。
「愛して……る……」
言葉が上手く出てこない。貴方は返事をしなかった。ただ、手を握ってくれた。
愛してたよ。愛してる。そんな揺らぎ方をしているの。
ねぇ、いつかみたいに愛を囁いたりなんてしなくていい。緩やかに変化していった私達を、受け入れよう。
貴方が手を離すまで、私は手を握り続けるから。
〜
夢の中の、他の男に目移りすることがあった。
「……」
貴方は、何も言わなかった。
ただ、次の夢で。
「……ねぇ、その女、誰よ」
知らない女と隣にいた。ドレスと、唇の赤い美しい女と。
貴方は逃げた。私は、足が動かなくて追いかけられなかった。
ねぇ、嫌われた?? 分からない。貴方が何を考えてるのかも、分からない。貴方、もう私の事好きじゃないのかしら。傷つけてしまったかしら。
ただ
「おやすみ」
その優しい声だけ、眠る私の耳に残っていた。
他の人に目移りなんて、するんじゃなかった。
あぁ、やっぱ離したくないなぁ。私のなのに。他の子で遊ぶの? 遊んだら捨てなさいね。
なんて、プライドが邪魔するから、観念して、正直に言うわ。
「ごめんなさい、傷つけたわよね。私、貴方のこと何も分からないの。ねぇ、私の子猫でいてほしい」
貴方は困ったように笑って、それから、私の手を握った。
私はそれを握り返した。
「おやすみ」
貴方は、その言葉を残した。
それから暫く、貴方は、「おやすみ」以外は顔を出さなくなった。やっぱり、私のこと好きじゃないのかしら。
私、同じ習慣に執着する人なのだと思う。毎日同じことできるし、新たな何かが介入する時は、私が選んだ時だけ。
だから、貴方を抱きしめる夜に、温もりが薄れたとしても、変わらず、貴方から貰うおやすみで安心して眠ると思う。
「私、最低ね」
でも、貴方にとって一番最低な人が私だったとしても、そうなれるくらい深く関わったことは忘れないでしょう。
「……えぇ、そうよ。貴方の最低は私よ。私はそれが誇らしい」
もう、出てきてくれなくていいわ。貴方の最低として、
私は誇り高く咲き続けるから。
ある日、貴方が真っ白なタキシードを着ているのを見た。私の知らない女の、隣で。
「ねぇ、もう許して」
胸が張り裂ける思いがする。あぁ、こんなにも貴方のこと、愛していた。やっぱり、誤魔化せない。
私は、ちゃんと、対等になるべきだったの。彼のこと、飼ってる子猫みたいに扱わないで。
だから、手を引っ張ってもらって。私のプライドを貴方の隣に落としてほしい。そしたら、私も素直に笑えるから。
ねぇ、この声は聞こえていますか。貴方の事だから、黙って聞いてくれてるんでしょ。相変わらず何も分かってないんだなって、思ってるんでしょ。
初めの頃は貴方の事なんて手に取れるくらい分かってたのにね。私バカみたい。
私の方から手を繋ぐべきだった。貴方が掴んでくれたから握り返すんじゃなくて。ごめんなさい。
「でも、最後の言葉は私からは言わないから」
「慈悲なんていらない。貴方の心が欲しいの」
貴方は仕方ないなぁ、と言う風に、泣きながら笑った。
「君が海なら、僕は航海士だな」
貴方はそれから、また夢に出てくるようになって。
5年経った今も、毎日、貴方の「おやすみ」で、夢の中、眠ってる。
やっぱり、雨は苦しかった。春は優しかった。貴方も優しかった。だから貴方は春なんです。
ふわふわと、夢想する。
あなたは、「僕の居場所は、君のとなりだから」とか、言ってくれるのかな。
「そうよ。……私の居場所も、貴方たちの隣よ」
そう言う私に、あぁ確かに、今日君は大人になったんだなって、悟ってね。
未来なんて見なくていい。どうせ今を積み上げることでしか未来は来ないから
永遠はないけど、確かな今を積み重ねることはできる。私達って、そういう関係だわ。
何度も、こうやって、幸も不幸も経験していくんだろうなと思った。不幸はもう勘弁だけど、時が経つのなら、そこに不幸があるのも仕方ないことだと思う。
それでも、お互いが手を手繰り寄せれば手は繋げるんだって、知っていたい。
ねぇ、私、今でも不安なの。貴方が、また居なくなるんじゃないかって。
だから、お願い。この不安も涙も、全部抱きしめてほしい。
そうして、私を夢の中の眠りに誘って。
「おやすみ」
〜〜
レディニス視点
君は言った。
「ごめんね、傷つけたよね」
(傷ついたんじゃない。嫉妬したんだ)
「私の子猫でいてほしい」
(子猫の立場じゃ満足できない)
「離れないで」
(離れる気なんてない)
「話しかけたら答えて」
(それは君次第)
「ねぇ、もう終わりなのかな」
(終わる気なんて無いくせに?)
「慈悲なんていらないわよ。貴方の心が欲しい」
(ずっと昔から、足の先まで君のものだよ)
「貴方が手を離すまで、私は手を握る続けるから」
(そうやってズルズルするから、歪むんだ。少しは僕に手を伸ばす努力をしたら? どちらにしろ、僕も手を離さないけどね)
(キミが、悲しんでるのを知ってる。ついつい明るく振舞ってしまうことも。僕のことぞんざいに扱いながら、離す気がないことも。何より、僕はずっと君にゾッコンだってことも、僕は知ってる。)
(だから、僕の愛しい人。どうか、ずっと僕の恋人でいて)
〜
「ねぇ、いつかみたいに愛を囁いたりなんてしなくていい。緩やかに変化していった私達を、受け入れよう。
貴方が手を離すまで、私は手を握り続けるから」
本当に何も分かってないね。愛なんていくらでも囁くよ。君が僕を愛せなくなったって。おやすみって、毎日言ったでしょ。
「最後の言葉は、私からは言わないから」
それでいい。君との関係に終わりなんていらないから。君のプライドって、なんだかんだこの関係に寄与してる。
一緒にアニメを見ても、君はアニメにそんなに興味無いし、あんまりはしゃげなくてね。
それなのに、ふとしたシーンで、「かわいすぎる!」ってはしゃいじゃって、気まずくなる君。
「……その。……僕は謝らないけど。君は?」
「……」
君は、少し拗ねるけど。
「……ごめんなさい」
君は何に対して謝ってるのかも分かってないみたいだから、謝罪は受け入れてあげない。
「あー、僕傷ついたな。これは甘やかして貰わないと癒えないなぁ」
そう言ったら、君は膝枕してくれて、沢山キスをしてくれたね。
「貴方にとって一番最低な人が私だったとしても、そうなれるくらい深く関わったことは忘れないでしょう」
最低……ね。時々びっくりするほど、本心をつくことを言うよね。
君ってほんと、プライドが高くって、本当は卑屈で、必死にそれを隠してる。全部お見通しだよ。僕の子猫ちゃん。
僕達、愛し合ったんだ。過去だとしても、それは事実。僕みたいな執着の強い人間と愛し合ったら、どうなるかなんて火を見るより明らかでしょ。
離さないよ。君が思ってるより、僕は獰猛なんだ。例えばあのどうでもいい女の件で、キミが離れようとしたって、僕はキミを離さなかったよ。
僕が、泣くと思った?……当たりだったね。僕、思ったより寂しかったみたい。
君にとっては不幸だっただろうけど、僕はそんな風に思ってないから。君となら、どんな不幸だってバラ色なんだ。君は、もう分かっただろ。
仲直りの提案に、アニメ見る? なんて、そんな初々しい提案しないから。キミがアニメ好きじゃないのなんて、とっくに知ってるの、分かってないの?
キミは僕の横顔の方がよっぽど好きでしょ。そんなキミだから、大好きなんだ。




