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夢の中の恋人

作者: 砂之寒天
掲載日:2026/08/10

夢の中の恋人の話です。

エピソード


 それは、薔薇の花束が目の前に溢れるような出会いだった。


 泡沫の夢の中、貴方が私を抱きしめる。


「カティ。……ふふ、会えて嬉しい」


 黄金色に光る髪をもつ貴方。抱きしめられると、視界が真っ白になって輝く。


 温度はない。匂いもない。抱き締められる感触だけが確かだった。


 貴方の名前は、自然と分かった。


「レディニス。会いに来てくれたの」


 彼の胸に顔を埋める。


 私達は、そこから始まった。


「夢のように、君の傍にいたい」


 貴方は私の耳元に、口を近づけて囁いた。


「──────夢のように?」


 おっとり、と聞き返す。


「うん。他の人と眠っていても見るのは避けられない夢のように、必ず傍にいたいんだ」


 貴方はそう言った。真面目くさった顔で。


「……ふふ。それって、そのままの貴方だわ」


 貴方は目を見開く。そして、ふ、と笑った。


「……明日も会いに来るよ」

「えぇ、もちろんよ」

「おやすみ、カティ」


 貴方は私の額に口付けた。私は夢の中の眠りに沈んだ。



 ふと、見つめられていることに気づく。


「……なぁに」

「……」


 貴方は何も話さない。


 私は胸がドキドキして、仕方なかった。


 貴方の手が、顔に近づく。


「……まつ毛、ついてたよ」

「……なぁに、そんなこと?」


 呆れてしまった。


「ドキドキしたのよ。返しなさいよ」

「ふふ、ごめんって」


 優しく頬に手を添えられて。


 私は自分からキスする方が好きだから、レディニスが屈んで、私からキスをする。


 音は立たない。薄く、触れた感触が唇に残るだけ。


 貴方の気持ちは、手に取るように分かった。嗚呼、愛されてるんだなって。


「カティ」


 照れてるのも。


「カティ……」


 呆れてるのも。


「カティ」


 愛しくて堪らないのも。


 貴方の気持ちは、手に取るように分かっていたのよ。



「ねぇ、君は僕に、好きっていってくれないの」


 レディニスは眉を下げて、私を見つめる。


「……好きって言うのって、責任が伴う気がするの。嘘になったら、罪な気がするわ。だから、怖くて」


 私は視線を落として、そう言った。


「……じゃあ、いつか。君がその責任を背負おうと思えるまで、その後も、僕は傍にいるね」


 貴方は微笑んだ。


「……えぇ。いつか必ず、伝えるわ」


 小指が絡んだ。



 そんな日々が、2年ほど続いた。


 話す言葉が、ゆっくり拙くなっていった。


 いつしか、起きてる時の妄想の中ですら、貴方の温度は冷たくなっていった。

 私の愛も、緩やかになっていった。


「愛して……る……」


 言葉が上手く出てこない。貴方は返事をしなかった。ただ、手を握ってくれた。


 愛してたよ。愛してる。そんな揺らぎ方をしているの。


 ねぇ、いつかみたいに愛を囁いたりなんてしなくていい。緩やかに変化していった私達を、受け入れよう。


 貴方が手を離すまで、私は手を握り続けるから。



 夢の中の、他の男に目移りすることがあった。


「……」


 貴方は、何も言わなかった。


 ただ、次の夢で。


「……ねぇ、その女、誰よ」


 知らない女と隣にいた。ドレスと、唇の赤い美しい女と。


 貴方は逃げた。私は、足が動かなくて追いかけられなかった。


 ねぇ、嫌われた?? 分からない。貴方が何を考えてるのかも、分からない。貴方、もう私の事好きじゃないのかしら。傷つけてしまったかしら。


 ただ


「おやすみ」


 その優しい声だけ、眠る私の耳に残っていた。


 他の人に目移りなんて、するんじゃなかった。

 あぁ、やっぱ離したくないなぁ。私のなのに。他の子で遊ぶの? 遊んだら捨てなさいね。


 なんて、プライドが邪魔するから、観念して、正直に言うわ。


「ごめんなさい、傷つけたわよね。私、貴方のこと何も分からないの。ねぇ、私の子猫でいてほしい」


 貴方は困ったように笑って、それから、私の手を握った。


 私はそれを握り返した。


「おやすみ」


 貴方は、その言葉を残した。


 それから暫く、貴方は、「おやすみ」以外は顔を出さなくなった。やっぱり、私のこと好きじゃないのかしら。


 私、同じ習慣に執着する人なのだと思う。毎日同じことできるし、新たな何かが介入する時は、私が選んだ時だけ。

 だから、貴方を抱きしめる夜に、温もりが薄れたとしても、変わらず、貴方から貰うおやすみで安心して眠ると思う。


「私、最低ね」


 でも、貴方にとって一番最低な人が私だったとしても、そうなれるくらい深く関わったことは忘れないでしょう。


「……えぇ、そうよ。貴方の最低は私よ。私はそれが誇らしい」


 もう、出てきてくれなくていいわ。貴方の最低として、

私は誇り高く咲き続けるから。


 ある日、貴方が真っ白なタキシードを着ているのを見た。私の知らない女の、隣で。


「ねぇ、もう許して」


 胸が張り裂ける思いがする。あぁ、こんなにも貴方のこと、愛していた。やっぱり、誤魔化せない。


 私は、ちゃんと、対等になるべきだったの。彼のこと、飼ってる子猫みたいに扱わないで。


 だから、手を引っ張ってもらって。私のプライドを貴方の隣に落としてほしい。そしたら、私も素直に笑えるから。


 ねぇ、この声は聞こえていますか。貴方の事だから、黙って聞いてくれてるんでしょ。相変わらず何も分かってないんだなって、思ってるんでしょ。

 初めの頃は貴方の事なんて手に取れるくらい分かってたのにね。私バカみたい。


 私の方から手を繋ぐべきだった。貴方が掴んでくれたから握り返すんじゃなくて。ごめんなさい。


「でも、最後の言葉は私からは言わないから」

「慈悲なんていらない。貴方の心が欲しいの」


 貴方は仕方ないなぁ、と言う風に、泣きながら笑った。


「君が海なら、僕は航海士だな」


 貴方はそれから、また夢に出てくるようになって。


 5年経った今も、毎日、貴方の「おやすみ」で、夢の中、眠ってる。


 やっぱり、雨は苦しかった。春は優しかった。貴方も優しかった。だから貴方は春なんです。


 ふわふわと、夢想する。


 あなたは、「僕の居場所は、君のとなりだから」とか、言ってくれるのかな。


「そうよ。……私の居場所も、貴方たちの隣よ」


 そう言う私に、あぁ確かに、今日君は大人になったんだなって、悟ってね。


 未来なんて見なくていい。どうせ今を積み上げることでしか未来は来ないから


 永遠はないけど、確かな今を積み重ねることはできる。私達って、そういう関係だわ。


 何度も、こうやって、幸も不幸も経験していくんだろうなと思った。不幸はもう勘弁だけど、時が経つのなら、そこに不幸があるのも仕方ないことだと思う。


 それでも、お互いが手を手繰り寄せれば手は繋げるんだって、知っていたい。


 ねぇ、私、今でも不安なの。貴方が、また居なくなるんじゃないかって。


 だから、お願い。この不安も涙も、全部抱きしめてほしい。


 そうして、私を夢の中の眠りに誘って。


「おやすみ」


〜〜


 レディニス視点


 君は言った。


「ごめんね、傷つけたよね」


(傷ついたんじゃない。嫉妬したんだ)


「私の子猫でいてほしい」


(子猫の立場じゃ満足できない)


「離れないで」


(離れる気なんてない)


「話しかけたら答えて」


(それは君次第)


「ねぇ、もう終わりなのかな」


(終わる気なんて無いくせに?)


「慈悲なんていらないわよ。貴方の心が欲しい」


(ずっと昔から、足の先まで君のものだよ)


「貴方が手を離すまで、私は手を握る続けるから」


(そうやってズルズルするから、歪むんだ。少しは僕に手を伸ばす努力をしたら? どちらにしろ、僕も手を離さないけどね)


(キミが、悲しんでるのを知ってる。ついつい明るく振舞ってしまうことも。僕のことぞんざいに扱いながら、離す気がないことも。何より、僕はずっと君にゾッコンだってことも、僕は知ってる。)


(だから、僕の愛しい人。どうか、ずっと僕の恋人でいて)



「ねぇ、いつかみたいに愛を囁いたりなんてしなくていい。緩やかに変化していった私達を、受け入れよう。

貴方が手を離すまで、私は手を握り続けるから」


 本当に何も分かってないね。愛なんていくらでも囁くよ。君が僕を愛せなくなったって。おやすみって、毎日言ったでしょ。


「最後の言葉は、私からは言わないから」


 それでいい。君との関係に終わりなんていらないから。君のプライドって、なんだかんだこの関係に寄与してる。


 一緒にアニメを見ても、君はアニメにそんなに興味無いし、あんまりはしゃげなくてね。


 それなのに、ふとしたシーンで、「かわいすぎる!」ってはしゃいじゃって、気まずくなる君。


「……その。……僕は謝らないけど。君は?」

「……」


 君は、少し拗ねるけど。


「……ごめんなさい」


 君は何に対して謝ってるのかも分かってないみたいだから、謝罪は受け入れてあげない。


「あー、僕傷ついたな。これは甘やかして貰わないと癒えないなぁ」


 そう言ったら、君は膝枕してくれて、沢山キスをしてくれたね。


「貴方にとって一番最低な人が私だったとしても、そうなれるくらい深く関わったことは忘れないでしょう」


 最低……ね。時々びっくりするほど、本心をつくことを言うよね。

 君ってほんと、プライドが高くって、本当は卑屈で、必死にそれを隠してる。全部お見通しだよ。僕の子猫ちゃん。

 僕達、愛し合ったんだ。過去だとしても、それは事実。僕みたいな執着の強い人間と愛し合ったら、どうなるかなんて火を見るより明らかでしょ。


 離さないよ。君が思ってるより、僕は獰猛なんだ。例えばあのどうでもいい女の件で、キミが離れようとしたって、僕はキミを離さなかったよ。


 僕が、泣くと思った?……当たりだったね。僕、思ったより寂しかったみたい。


 君にとっては不幸だっただろうけど、僕はそんな風に思ってないから。君となら、どんな不幸だってバラ色なんだ。君は、もう分かっただろ。


 仲直りの提案に、アニメ見る? なんて、そんな初々しい提案しないから。キミがアニメ好きじゃないのなんて、とっくに知ってるの、分かってないの?

 キミは僕の横顔の方がよっぽど好きでしょ。そんなキミだから、大好きなんだ。


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