スタジオの攻防戦
スタジオには、まばゆい照明と数十台のカメラ、そして観覧客の熱気が渦巻いていた。
Showgo達がステージの中央に歩み出ると、客席からは歓声と、ほんの少しのどよめきが起きた。観客の何割かは、今朝のニュースを確実に知っている。
ひな壇の中央に座る司会の浜本が、マイクを握りながらShowgo達を迎え入れた。
「さあ、続いてのゲストは、今最もチケットが取れないロックバンド、Xclamationです! よろしくー!」
「よろしくお願いします」
Showgoは軽く頭を下げ、浜本の隣に座った。
最初は、新曲のプロモーションや、最近のツアーについての当たり障りのないトークが続いた。Showgoも淡々とそれに答える。
しかし、浜本の目が、獲物を狙う鷹のように鋭く光ったのを、Showgoは見逃さなかった。
トークの区切り。フロアディレクターが「巻き(早く進めろ)」のカンペを出そうとした瞬間、浜本が台本をパタンと閉じた。
スタジオの空気が、一瞬にして凍りついた。
カメラの向こうにいるプロデューサーたちが、あっと息を飲む気配が伝わってくる。
「いやぁ、それにしてもShowgoくん。新曲も相変わらず尖っててカッコええんやけどさ」
浜本はニヤリと、意地悪く笑った。
「俺も読ませてもうたんやけど。君、週刊誌載ってたなぁ」
客席が「ヒッ」と息を飲んだ。触れてはいけないタブー。現代のコンプライアンス至上主義のテレビにおいて、進行中のスキャンダルをイジることは、スポンサーを怒らせる危険な賭けだ。
武田がカメラの死角で「やめてくれ!」と必死に手でバツ印を作っている。
だが、浜本は止まらない。
「いや、俺はええと思うんよ! 独身の若い男なんやから、元気にホテル行くくらい、健全でええやんか。せやけどな……」
浜本はわざとらしく声を潜め、マイクに口を近づけた。
「……優しかったけど、セックスはあんまり上手じゃなかったって、言われてたなぁ?」
ドッと、客席の一部から笑いが漏れ、そしてすぐに「笑ってはいけない」という空気に制圧されて不自然な静寂が落ちた。
これは公開処刑だ。カリスマロッカーのプライドを粉々に砕く、浜本なりの「かわいがり」。
並のタレントなら、顔を真っ赤にして口ごもるか、「いや、あれは誤解で……」と見苦しい言い訳を始めるだろう。それがさらにネットの格好の餌食になる。
Showgoは、ゆっくりと顔を上げた。
表情には一切の焦りがない。それどころか、心底愉快そうに、ふっと鼻で笑った。
彼は手元のマイクを引き寄せ、カメラを真っ直ぐに見据えた。
「ええ、読みましたよ。あの記事」
Showgoの低く落ち着いた声が、スタジオに響き渡る。
「でもね、浜本さん。俺、あの記事を読んで、正直……すごくホッとしてるんですよ」
「ホッとしてる? なんでやねん。男として一番恥ずかしいこと書かれてるんやで?」
浜本が怪訝そうな顔を作って身を乗り出す。
Showgoは、肩をすくめ、いかにも呆れたというように笑った。
「今の時代、ちょっとホテルに行っただけで、あとから『無理やり犯された』とか『合意じゃなかった』とか、事実と違うことを言われて一瞬で人生潰される男がいっぱいいるじゃないですか」
その言葉に、スタジオの空気がピリッと張り詰めた。
昨今の、同意の有無をめぐる水掛け論や、過去の恋愛関係を告発して相手を社会的に抹殺しようとするキャンセル・カルチャー。誰もが内心で「やりすぎではないか」と感じながらも、口に出せば自分が炎上するため、決して触れようとしないタブー。
Showgoは、そのど真ん中に、平然と踏み込んだのだ。
「そんな時代にね、彼女はわざわざ『彼は紳士だった』『優しかった』って言ってくれたんですよ。無理やり犯されたとか、嫌だったなんて一言も言わずにね。これって、今の世の中じゃ奇跡みたいにありがたいことじゃないですか?」
浜本の目が、驚きに大きく見開かれた。
Showgoはさらに言葉を続ける。その顔には、少年のような悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。
「だから俺、彼女には感謝してるんです。下手くそだったのは、まあ……俺の努力不足なんで認めますよ。だから……」
Showgoはカメラに向かって、指をビシッと差した。
「これから、セックスの練習たくさんしておくんで! 白石さん、また機会があったらぜひヨロシク!」
一瞬の空白。
その直後、スタジオは爆発したような笑い声に包まれた。
「アハハハハハハ!!!」
浜本が膝を叩いて大爆笑し、ひな壇のゲストたちも腹を抱えて笑い転げた。観覧席からは、悲鳴に近い歓声と拍手が巻き起こった。
「お前、最高やな! テレビで何宣言してんねん!!」
涙を拭いながら突っ込む浜本に、Showgoは涼しい顔で「いや、真面目な決意表明ですよ」と返した。
フロアディレクターも、カメラマンも、裏で頭を抱えていたプロデューサーさえも、肩を震わせて笑っていた。
言い訳もせず、逆ギレもせず、謝罪もせず。
自分の不器用さをあっさりと認め、現代の歪んだキャンセル・カルチャーを痛烈に皮肉りながら、最後は特大のユーモアで笑いに変える。
それは、誰にも文句を言わせない、圧倒的に「ロック」な瞬間だった。




