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皇城に棲む魔女は待ち続ける

作者: 桜野 華
掲載日:2026/01/27

「もう、ずいぶんと永いこと待っているんだけどね。そろそろ終わりにしてもいいかな」


 ファリザート帝国第48代皇帝ダリウス・ゼインディア・ル・ファリザートが、皇城の最奥に棲む魔女を訪ねると、振り向きざまの彼女の第一声がそれだった。


 長い艶のある真っ直ぐな黒髪を背に流し、物憂げにこちらを見た女の年の頃は20代半ば。

 西側に窓のある、いくつもの本棚と大きめの机と椅子が一つずつ置いてあるその部屋は、魔女の為の部屋だ。彼女は午後の時間、大概そこで本を読んでいるか書き物をしている。

 部屋の奥には階段があって、そこを上がると彼女の寝室と小さなキッチンと浴室があるのだが、皇帝ダリウスといえど、さすがにそこまで入ったことはない。

 魔女に用があるときは、まずこの部屋を訪ねるのが常だった。


 ダリウスは、入室して早々の魔女の物言いに、大きなため息をこぼした。


「その台詞、俺が即位してから何度目ですか」


「だってほら、そろそろコレで棚もいっぱいになるし……ダリウスなら、私を殺せるでしょ?」


 魔女がペンを軽く振って指したのは、手元にある日記帳。そして視線を流して示したのは、同じような冊子を収めている棚。

 床から天井まで届く本棚がこの部屋には10以上あるが、日記帳を収めているのはそのうちの1つ。机の隣に置いてある、他よりは小さめの棚だ。もう、1000冊近くなるらしい。

 年に一冊ずつ新しくなる魔女の日記帳は、ダリウスが即位して4冊目になる。

 そしてこのやり取りは、何度目になるのだろう。


「殺せなくはないでしょうが……先生を殺すと各所から恨まれそうですし。それに多分、俺も無事では済まなそうです」


「そう。それはシェリーに悪いから、無理か。で、用があるんだよね? 執務室で聞こうか」


 芸もなくいつもと一緒の答えを返した皇帝に、魔女はペンを置いて、立ち上がる。


「ええ、お願いします。ベルン王国から戻って来た外交官が、気になることを言っていまして。詳しい話を先生に聞いて欲しくて」


 皇帝は魔女が廊下に出るのを待って、扉を閉める。

 するとそこは廊下の壁と同化して、扉などどこにも見当たらなくなってしまった。


 皇帝自らが、用がある度に魔女の部屋に出向くのは、ファリザートの直系皇族だけが、この扉を認識し開ける事が出来るからだ。

 現在この皇城にいるファリザートの直系は、皇帝とその子供達のみ。4年前に譲位した元皇帝は、離宮で老後(といってもまだ50代半ばだが)を楽しんでいるし、弟妹も結婚して外に出ている。ダリウスの三人の子も6歳を筆頭にまだ幼く、用事を言い付けることも出来ない。


 魔女は、もう千年近くこの皇城の最奥に棲んでいる。といっても、彼女の部屋の扉はどうやら魔法で空間を捻じ曲げて別のどこかに繋げてあるらしく、寝室の扉からは城ではない別の場所に出られるらしい。

 なんとも不思議なことだが、魔法を極めた魔女のやることだ。常識など当てはまる訳がない。


 魔女の名は、コーデリア・ル・ファリザート。ファリザート帝国第3代目皇帝の弟、皇弟ディーンファルト・ライゼル・ル・ファリザートの妻だった女だ。

 ディーンファルトは帝国史上最大の魔力量を持って生まれ、その大き過ぎる魔力を見事に制御して高名な魔法使いとなったが、その魔力量に身体が耐え切れず、30歳にして逝去。

 彼は死に際、当時24歳の妻コーデリアに、生まれ変わって戻ってくるからと再会を約束し、彼女に不老と絶対防御の魔法をかけたという。

 コーデリアもまた、ディーンファルト程ではないが、大きな魔力を持った魔法使いだった。幼い頃は上手く魔力制御が出来ず、幽閉されて育ったらしい。運良くディーンファルトに見つけてもらい、教育を受け制御出来るようになったのだという。

 そんな二人が夫婦となり、夫と死別したときの彼女は、嘆き悲しみ後を追いかねない状態だったが、夫の言葉を信じ、それを頼りに生き続けることにしたのだ。


 そうして千年近くをこの城で過ごしてきた彼女は、あらゆる方面の膨大な知識を有し、魔法は洗練され、今では皇族の教育を担い、助言者、そして時には守護者として、代々の皇族達には「先生」と、民には「賢者」と呼ばれて今に至る。

 もう、なんの為に生き続けているのか?コーデリアが首を傾げるのも無理はない。


「本当に、いい加減、待たせすぎだよね」


 そう彼女が小さく溢した声は、皇帝には届いていないのか? 答えることなく先を歩くダリウスの後ろを、コーデリアはゆったりと追う。

 銀髪に蒼眼、鍛えられた躰を持つ皇帝のその姿。

 ファリザート直系を示す銀と蒼は、かつてのディーンファルトも持っていたものだ。

 魔法より剣の腕が立つダリウスは体格も良くて、どちらかといえば細身だった夫には全く似ていないけれど。

 代々の皇族達が継いできたその色は、やはりディーンファルトを彷彿とさせる。


 コーデリアにとって、ディーンファルトは世界の全てだった。

 彼と出会う前のことは、もう忘れてしまった。

 ディーンファルトと初めて出会った時から、彼の瞳からその光が消えるまでの、共に過ごした間の記憶と彼と交わした約束だけが、彼女を生かし続けている理由の全てだ。


 ディーンファルトを失ったとき、彼の死を受け入れられなかったコーデリアは、酷いものだった。

 彼の棺に縋り、その遺体を氷漬けにして、数カ月の間食事や睡眠も取らず泣き暮らした。

 不老の魔法は、体内時間を止めること。何もしなければ食事や睡眠も必要とはしないのだが、魔法を使えば魔力を消費した分、食事や睡眠を取って回復させる。

 溶けない氷の強力な魔法を維持し続けていた彼女はその影響が体に現れ、目の下に隈を作り、肌も荒れて、髪もボサボサになり、見るに耐えない状況だった。


 そんな彼女に喝を入れたのは、当時の皇帝の妻、コーデリアの義姉にあたる皇后レイシアだ。


「なんというだらしのない姿を晒しているのです。

 ディーンファルト様は、貴女に再会を約束したのでしょう? 今の貴女はその辺のゴミクズより酷いわ。そんなことじゃ、たとえ再会したとしても愛されないわね。

 ディーンファルト様は、懸命に学び、ひたむきに自分を高め続けて、一途に彼を想って隣に立とうとした貴女を愛したのでしょう? せめてそのみっともない姿をどうにかして、自分を高める努力をしなさいな。今のままでは再会した時に愛想を尽かされてしまうわよ」


 美貌の皇后が冷たい表情で告げた言葉は、割と怖かった。

 内容もだが、その怒りの感情が。

 ディーンファルトのファンだと公言していた本来穏やかな皇后は、コーデリアの目に余る様子に本当にキレていたのだろう。


 鏡を見せられ、さすがにコレはないと、コーデリアは重く沈み込んでいた感情を無理やり飲み込んで顔を上げた。

 それから少しずつ、彼女は食事を取り始め、心残りを断ち切るべく、氷の魔法消して棺の蓋を閉じた。


 その後は、ディーンファルトのいない時間を埋めるように没頭するように、本を読み始めた。


 皇后レイシアの監修で美容にも気を使った。レイシアいわく「元が良いのだから磨けば光るでしょ」らしい。案の定、長い黒髪は美しく艶やかになり、痩せて青白かった顔貌もふっくらとして滑らかできめ細やかな肌艶となり、大きめの紫紺の瞳は陰のあるもののちゃんと意志を感じさせ、唇も潤いを取り戻した。

 ディーンファルトの隣に立つのなら、そうやって常に美しくありなさいと、散々言われ続けた。


 そしてその頃から、コーデリアは少しずつ日記をつけ始めた。

 ディーンファルトを忘れないように。この想いをいつか彼に伝えて、もう置いていかないでと願うために。そして、前日と今日では少し前に進めていると確認するために。ささやかな変化や彼を想う気持ちを記録し続けた。


 時は流れ、コーデリアを叱咤し励まし続けた皇后も、50年も経てば年老いていく。


「私の生きているうちに、ディーンファルト様に会えなくて、それだけが無念だわ。

 私は、生まれ変わりの魔法なんて聞いたことがないけれど、貴女が昔と変わらない姿のままそうやって生き続けているのなら、ディーンファルト様の言う事は真実よ。

 彼が戻ってきた時に悲しませないように、ちゃんと生きるのよ。私は先に逝くけど、孫たちやその先の子供達をよろしくね」


 そう言い残して、彼女は逝ってしまった。ちゃんとコーデリアに仕事も残して。


 哀しいけれど、もうコーデリアは立ち止まらなかった。


 100年も過ぎれば、その知識はありとあらゆる方面に及び、もともと得意だった魔法は更に洗練されて、魔法理論や行使する魔法は、人々の常識外となった。

 その存在は一部の者には疎まれ、度々襲撃も受け命を狙われたが、ディーンファルトの残したもう一つの魔法である絶対防御は、受けた攻撃を反射するという鬼畜な仕様で、襲撃者達は勝手に生命を落としていった。

 でなければ、魔法以外の身体能力なんてまるで当てにならない彼女が、生き続けられる訳がない。不老ではあっても、不死ではないのだ。

 ただ、これ以上の犠牲を出さないように、皇城の奥にあった彼女の部屋は、空間を歪めて切り離した。


 それにもともと彼女には、国をどうこうしようとか、人と争いたいとかいう欲はない。

 ディーンファルトと再会した時に、彼に愛される自分でいたいだけだ。


 彼は、約束したのだ。


「きっとまたコーデリアのもとに戻ってくるから、それまでちゃんと生きて待っているんだ。もう一度会えたら、また恋をして結婚しよう。そして、今度こそ二人で一緒に歳を取って、大往生だと笑って人生を終わりにすればいい。

 そんな私の我儘を、どうか許してくれ」


 そう言って、笑った彼は知っていたのだ。

 約束がなければ、コーデリアが後を追って自らの命を終わらせることを。

 だから、ありったけの魔法を彼女にかけて、逝ってしまった。

 自分の我儘だと笑って。


 本当に酷い男だ。それなのに、どうしようもなく愛しい。


 魔法を極め、今は魔女だと言われる彼女は知っている。

 この不老と防御の魔法は、自分なら解くことが出来るのだ。

 出来るのに、解けない。これはディーンファルトの愛情の証だから。

 そしてコーデリアがそうすることを、彼は予測しながらも、少しも疑っていなかったのだ。

 だから、ずっと待ち続けている。


 戯れのように他者に「もう終わらせて」と言いながら、自分ではその覚悟を持てないのだからしょうがない。

 もう一度ディーンファルトに出会って、二人で生きていく為だけに、彼女は生きている。


 このファリザート帝国の城の最奥で、彼が戻ってくる場所を守りながら、生き続けているのだ。




 皇帝の執務室には、外交を担当する文官が待っていた。

 ダリウスの側近であり、魔女の事情も知る者だ。

 彼は先日まで、「戦争が起きるほどではないが付き合いにはかなり気を遣う国」、つまりはあまり友好的ではないベルン王国に、諸々の条約を結ぶ為に訪れていたのだ。

 文官は魔女が現れると、まるで通常の業務報告をするような気安さで口を開いた。


「魔女殿、貴女を守護するその魔力と、同じ魔力を持った青年に会いました」


 瞬間、周囲を圧倒する程の魔力が(ほとばし)る。

 ダリウスは慌てて、自分と側近の文官を守るべく結界を発動させ、扉の外に立っていた近衛もただならぬ様子に許可を待たずに扉を開けた。


「先生! コーデリア! 鎮まれ!」


 声に威圧を乗せて叫んだダリウスに、コーデリアは我に返る。


「あ、ごめん、なさい」


 執務室の書類や小物はそこら中に散らばっていた。

 家具は壊れていなかったが、これは、酷い。

 素直に謝る魔女に近衛も胸を撫で下ろし、皇帝が手を振って退室を促したため、素直に部屋を出て扉を閉じた。

 コーデリアは、魔法でサッと散らかった部屋をもとに戻す。


「お前もなアルト、もう少し、こう、小出しにするとか出来なかったのか?」


 ダリウスは原因である側近に向けて、恨めしげな視線を送る。


「常日頃、ぼんやりとしている魔女殿が、心を乱すコトが想像できなくて……」


「お前、よくその言い草で、外交を上手くやってるなあ」


「本音と建前を使う場所は、弁えております」


 アルトが至極真面目な顔で答えるので、ダリウスはいろいろ諦めた。

 確かにコーデリアの感情はいつも凪いでいて、それを荒立てるのを見たことはない。ぼんやりとして見えるかもしれないが、永い時を生き続けている彼女にしてみれば、大抵のことは些細な出来事として処理されているのだろう。

 しかし、それをぼんやりなどと、堂々と本人の前で言ってのけるアルトはどうなのか。

 コレでも彼は、仕事は出来るのだ。

 魔力感知に長けていて、コーデリアを守護する魔力を見分けて、同じ魔力を持つ人物を特定出来たのも素晴らしい。おそらくアルトでなければ気付けなかった。ついでに……いやこっちが本題だが、ちゃんと外交成果も持ち帰ったのだから、褒めてやるべきだ。

 だが今はそれよりも先に、やるべき事がある。


「アルト、で、続けて。さっきから先生の視線が鬱陶しい」


 部屋を片付けた魔女は、アルトの話の続きを今か今かと待っている。

 その期待に満ちた視線が痛いほどだ。いや、多分抑えきれない魔力が地味に刺さっている気がする。

 一応、ベルン王国に飛び出していかないだけの理性は残っているのだろう。

 ここでいきなり魔女がベルン王国に突撃したら、下手をすれば戦争になる。


 アルトはチラリと皇帝と魔女を見たが、我関せずと淡々とした口調で話しだす。


「かの青年は、カイルディーン・フォン・レガード。ベルン王国レガード公爵家の次男です。

 3代前のうちの皇女が、政略結婚で当時のベルン国王に嫁いでますよね。で、その息子の一人が公爵となりまして、その初代公爵の孫にあたります。年齢は18。優秀な魔法使いとして、国の中枢で勤めているそうですが、魔力量は魔女殿よりも少ないかと」


「カイルディーン……ディーンはどんな様子なの?」


「残念ながら、魔女殿の記憶はなさそうです。というか、生まれ変わりなんて本当に起こりうるのか、私はまったく信じていないのですが、貴女を覆うその魔力と、彼の持つ魔力が同じだったので、仕方なく報告したまでです。

 後は、彼の容姿ですね。銀髪に蒼眼をお持ちです。

 ……ああ、他の公爵家の方々には見られないその色は、うちの皇女の血筋だという理由でさほど問題視されてはいません。

 ただ、魔女殿の名には反応せず、我が国に抱く感情も、特別なものはありません。ベルン王国の一般的な貴族と、同じ反応です」


「そう……」


 一言答えて、コーデリアは目を伏せて黙り込んだ。


 先程部屋を荒らすほどの魔力を無意識に放出した彼女が、黙り込んで何を考えているのか、そして何を言い出すのか? ダリウスは少し恐ろしい。

 こちらも口を結んだまま、じっと様子を窺う。


「じゃあ、まずはベルン王国と気楽に行き来できる関係を作り上げて、ディーンに会いにいかなければね。

 そして、彼にもう一度恋してもらえるように、色仕掛け?も頑張らなくてはいけないわ。

 例えディーンが私を覚えていなくても、もう一度結婚出来るように……待ち続けているだけじゃ、何も始まらないもの」


 そう言って、顔を上げて微笑んだ魔女は美しかった。

 ダリウスは、それはもうディーンファルトとは別人なのではなかろうか?とチラリと思ったが、口には出さない。多分、それでも彼女は再会を望むだろうし、とりあえず今のところは意外とまともな反応だ。と、色仕掛け云々は聞かなかったことにする。

 どちらにしろ、ずっと待ち続けた魔女を助けてやりたいと思うほどの、恩と情くらいは、彼も持ってはいるのだ。

 

 だが、その後嬉々としていろいろと頑張りすぎる魔女に、一番振り回されるのは、皇帝と愛妻の皇后シェリーヌである事を、彼はまだ知らない。


 取りあえずは「作戦を立てるから詳しい状況を報告しなさい」と、魔女に捕獲されたアルトは放置して、ダリウスは机に向かい自分の仕事を片付け始めるのであった。


このお話はここまで、と思っているのですが……もし気に入って下さって、続きが読みたいという方がいらっしゃれば、書いてみようかと。

感想などいただけると嬉しいです。


当サイトの代表作「異世界転生をした私がこの世界で幸せをつかむまで」から、主人公達の国に戦争吹っかけた敵国の王、アドルフ・ヴァン・ザルディア国王が、なんとしても戻らなければならなかった理由が、コーデリアです。ちょっとしたスピンアウト的な短編でした。

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