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月見るネズミと時が見えた少女  作者: Y.イヨネスコ


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われわれは何者か

 わさびやの前の歩道を侍と旧帝国軍人がすれちがう。

 車道にはクラッシックカーと馬に混じり車輪のない自動車が滑るように走っている。


 わさびやの個室には知識、智恵、高橋、田中さらに光子、陽子も同席して6人いる。


「きのうから変ね」

「うん」

 窓の外を眺めて光子と陽子がうなずきあう。


「では『アトランティス』の高橋さんから答えをうかがいましょう」

「はい『われわれはどこから来たのか、われわれは何者か、われわれはどこへ行くのか』三つ質問があるように見えますがこれらは人間の存在意義を問いかけているものであり、すなわち答えは一つです」

「うんうん」


 知識はこころなしか楽しそうだ。


「起源は過去、本質は現在、そして運命は未来を意味します。ところがミノルスキー理論において時間は存在しません。

 過去、現在、未来の区別の消滅は、つねに出発点であり、到達点であり、そして過程そのものであることになります」

「なるほど、そのこころは?」

「虚無!」

「虚無?」

「そう宇宙は無から生まれいずれ無に帰します。われわれの営みもまた無意味。これすなわち虚無! 存在意義などありません」

「ちがうとおもう」

「は?」


 熱弁を智恵あっさり否定され高橋のこめかみに癇癪すじが浮かんだ。


「そういう『ホーキング』さんの答えは何?」


 高橋の声がふるえている。


「もしかして『愛』とか答えるんじゃないでしょうね。愛で生まれ、愛しあい、愛をはぐくむ、なーんて甘いのはごめんよ!」


「三つの問いかけに答えは一つというのは同じです」


 智恵は遠い眼差しをした。


「わたしの答えは進化」

「進化!?」

「ええニュータイプといいかえてもいいかもしれません」

「おお……」


 知識の腰が浮いた。


「私たちは40億年にわたる生命の歴史の中で環境に適応し生き残ってきた結果です。単なる星の(ちり)ではなく、生存という意志を継承してきた能動的な存在です」

「う……」


 高橋は智恵の力強い言葉に面食らっていた。さっきまで抱いていた智恵へのイメージとはほど遠かった。


「私たちは過去から受け継いだ変わる力を使い、現在の不完全さを乗り越え、より高度な意識と存在形態へと自ら進んでいく運命にあるの」


 智恵には珍しく言い切った。


「われわれはいずれ時空を超えて進化していくもの。それを虚無だなんて、存在意義のない人なんてこの世にいません!」

「あんた昨日と同一人物?」


 高橋は激しい違和感を感じた。




 突然、爆発がおきた。

 衝撃に悲鳴があがる。


「どうした!?」


 知識が窓に駆け寄る。


「ガス爆発?」

「交通事故かも」


 高橋と智恵が口々に叫ぶ。


「店長、あ、あれ!」


 陽子はパニくっていた。


 外界では戦争が始まっていた。

 爆撃機が飛び、戦車が走り、インディアンと戦国武将が衝突している。

 あまつさえモビルスーツもどきのロボットが歩き回っている。

 古今東西未来の戦争博覧会という様相を呈していた。


「なによこれ!?」


 驚愕するしかない高橋。


「戦争が始まったの?」

「ちがう、時代も設定もむちゃくちゃだ!」


 智恵の問いかけに知識は即座にこたえた。


「戦場カメラマンになっちゃったー」


 田中は夢中でカメラのシャッターをきりまくっている。


「時空間が狂ったってこと?」

「わからない。それにしても不自然なくらいスムーズにでたらめだ」

「はあ? それってどういう……」

「あれを見ろ。ゼロ戦とF-15が空中戦をして互角とかありえない」


 空を指差す知識。

 とどめは宇宙戦艦と()()()()()()()()が空中戦を演じている光景だ。


「まるで子供の妄想か夢だ……うおっ!」


 知識が智恵と高橋を突き飛ばす。

 その空間を騎兵隊が駆け抜けていった。


「通り抜けていった。実体がないのか?」


 呆然と見送る知識。


 安心したところに窓ガラスが割れた。


 知識のかたわらの柱に矢が刺さって震えている。

 引きつった知識の頬から血が一筋流れる。


「店長さん危ない!」


 智恵が立ちつくす知識の腕を掴んだ。


「くそ、俺の大事な店をよくも!」


 知識は矢を抜いてへし折った。


 

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