われわれはどこから来たのか
「問題はこの絵だ」
翌日、またも怒涛のごとき営業時間が終わったあと知識稔はレジ横の壁にかかっている絵をしめした。
特徴的な絵柄と題材は美術の時間に習った記憶がある。
「ゴーギャン……ですか?」
「そう」
「ドゥ・ヴノン・ヌ?われわれはどこから来たのか……」
高橋がフランス語の題を読んだ。ちなみに智恵は英語さえわからない。
「……われわれは何者か、われわれはどこへ行くのか」
知識稔が高橋のあとを引き継いでそらんじる。
「ぼくの満足できる答えならOKとします」
眼鏡の奥の眼差しが挑戦的に光る。
「いいでしょう。この勝負受けます」
即答する高橋だが、かたや智恵はポカンと口をあけて脳が思考を停止していた。
昨夜に引きつづき知恵熱が出そうだった。
「答えは明日うかがいます。一晩ゆっくり考えてください」
※ ※
(われわれはどこから来たのか、われわれは何者か、われわれはどこへ行くのか……こんな哲学的な問題わかるわけないよ)
智恵はアパートへの帰路をとぼとぼとあるいてた。
その頭上をUFOが舞い人々が空を指さしているがまったく気がつかない。
智恵のかたわらをターボババアが通りすぎたのにも気をとめない。
帰りつくが早いかさっそくパソコンで検索する智恵。
解説をもとにじっくりと絵をにらむ。
元は4メートルはあろうかという大作だ。右手に幼児、中央に成人、左手に老婆を描いて人の一生を表しているらしい。
中央で木の実をもいでいるのはイヴという説もある。
また奥の青い像はタヒチの創造神あるいは月の女神らしい。
全体として虚無感や死が漂っているように思えた。事実ゴーギャンは描きあげた直後に自殺をはかっている。
しかしまるでインスピレーションがわきそうにない。
無理やり解釈すれば「知恵がつかなければ死が待っていることに気づくこともなく幸せに暮らせたものを」というところだろうか。
どうせ問題は絵解きではなく主題のほうなのだからゴーギャンについては早々と切り上げた。
「こういうときはAI様に頼ろう。ポチポチっと」
AIの回答は、
『42』
だった。
「なめてんのか!」
思わず画面を殴りそうになっていた。
『……なんてね、ジョークです』
どうやらSFコメディ小説『銀河ヒッチハイク・ガイド』に登場する全知全能のスーパーコンピューター「ディープ・ソート」が750万年という途方もない時間をかけて計算した結果、究極の問いに対する答えとして「42」を出力したということだ。
AIは自分にギャグセンスがあると勘違いしているようだった。
『ゴーギャンはカトリックの教理問答に影響を受けていたようなのでそれにのっとれば
我々はどこから来たのか→神によって創造された
我々は何者か→神の像Imago Dei
我々はどこへ行くのか→神の国
このようになります。
引き続き生物学的視点、物理学的視点から回答しますか?』
どう考えても知識稔が期待している答えはこれらではなかった。
智恵は気分転換にリモコンを操作した。
『チヤララーン♪〇ルメスの〇ラァ!』
サブタイトルがコールされ智恵が反応した。
「〇ルメス?」
顔をあげる。
「おお、ただのブランド品じゃなかったんだ」
『いつか人は時間さえ支配できる』
『ああ、〇ムロ時が見える』
『とりかえしのつかないことをしてしまった……』
「う、う、うっ」
物語にはいりこみ滂沱の涙と鼻水を流す智恵だった。
「おもわず感動してしまった」
おもいきり鼻をかむ智恵。
「店長さんがファンになった理由がわかった気がする」
「そういえばさっきのセリフ、予言動画でも引用してたっけ」
智恵に脳裏に閃くものがあった。
「あ、もしかしてこれが答えなのかもしれない……うん、これなら店長さん満足してくれる!」




