知識稔
会議室には『月刊ホーキング編集会議中』の札が掲げられている
会議室の照明は消されプロジェクターの光が編集者たちを浮かび上がらせている。
「まず最新情報です。すでにご存知のかたも多いとおもいますが」
正面に立つ司会役が口を開いた。
「去年から世界を騒がせていたニュートラリーノ発見と、1億分の1秒光速より速いかもしれないという日本の研究チームによる報告ですが……今朝フランスとアメリカがそれぞれ追試に成功したと発表されました」
会議室にウォーッというどよめきが沸き起こる。
「機器の不具合じゃなかったんだ」
「まさかそんなことがありえるのか?」
「アインシュタイン物理学が根底からくつがえるぞ」
「相対性理論が否定されて代わりの理論はあるのか?」
「タイムマシンがどうとか騒ぎがおきるぞ」
智恵はよく状況を把握できずきょろきょろと周囲のつぶやきを耳にしている。
「大幅に記事をさしかえて特集を組まなければいけませんが……」
司会役がプロジェクターのリモコンを操作する。
「そのまえにこれをご覧ください。ある物理学フォーラムの記録映像です。10年も前に動画サイトに投稿され最近になってから予言動画として騒がれはじめました」
(予言動画?)
智恵は興味をひかれた。
男には知識稔という名前がクレジットされていた。知識稔は短いポスター発表を始めた。
「〇ムロ・レイは言いました『いつか人は時間さえ支配できる』と。それにたいしてラ〇ァ・スンは『ああ、〇ムロ時が見える』とこたえました」
聴衆がゲラゲラ笑いの渦に巻き込まれる。
「つまりニュートラーリーノは光速より1億分の1秒ほど速くて時間を超えるのです。これにより人類は時間を支配できるとかんがえられます」
「アニメの見すぎだ!」
「ひっこめオタク!」
野次がとばされる。
「わたしは時間は連続しているものでなく飛び飛びの断続的に存在しているものであり、その時間粒子というべきものにミノルスキー粒子と名づけ、ここにミノルスキー理論を提唱し……」
「〇ノフスキー粒子じゃないのか!」
「レーダーが効かなくなるぞ!」
さらに野次が飛び交う。
「誤解をおそれずに極論すれば光とはミノルスキー粒子を媒介として伝わるものであり、ニュートラリーノは……」
「エーテル理論の焼き直しだ!」
「そうそうエーテル理論だ!」
うつむいた知識の口元に我が意を得たりという笑みがかすかに浮かんだ。
「!」
智恵はその笑みを見逃さなかった。
「まことに宴たけなわですが……あなたがたに教えるのがもったいなくなりました。発表はこれまでとさせていただきます」
知識はお辞儀をした。
「動画はここで終わりです。質疑応答はありませんでしたがポスターは残されていたのでコピーしてお手元に資料として配布してあります」
会議室の照明が点灯し出席者たちがざわめく。
「発表者の〇ンダムオタクの名前は知識稔。このフォーラムそのものは非会員でも参加費を払えば誰でも参加できて、たまにトンデモな学説の発表に利用されています。」
司会役は手元の資料に目を落とした。
(アニメオタクの知識稔……)
「主催者に確認したところ知識稔の所在は不明で、関係者にも知っているものはいないとのことです」
「まったく驚くべき内容だ。おそらく無名の物理学マニアなのだろうが」
正面に座っていた編集長が立ち上がった。
「だがそれでもこの男、知識稔は存在する。10年も昔にニュートラリーノの光速超えを予言し、あまつさえ新しい物理理論を提唱しようとしていた! まずこいつの所在をつきとめ、ミノルスキー理論の全容を明らかにしろ!」
「あの編集長」
智恵がおずおずと挙手した。
「なんだ木ノ実?」
「その知識稔にたぶんさっきあいました」
「なに!?」
その夜アパートに戻った智恵はアニメに詳しい同僚から情報を収集しサブスクで〇ンダムとかいうアニメを視聴していた。
テーブルの上には〇ンダム関係の本が積んである。
『〇ルテガ、〇ッシュ! ジェットストリームアタックをかけるぞ!』
『俺を踏み台にしたぁ!?』
映画の音声が響き、ポテトチップスをかじりつつ本を読んでいる智恵。
(なるほどミ〇フスキー物理学は宇宙世紀に復活したエーテル理論とばかにされていたのね……後付け設定だけど)
『〇チルダさぁーん!!』
智恵は本から顔をあげた。
「ミノルスキー理論も同じことをいわれて、だから嬉しそうだったんだ」
知識稔の笑み思い出した智恵もウフと微笑を浮かべてしまう。
「編集長に知識稔を見つけるまで帰ってくるなっていわれたけど見つからなかったらどうしよう」
こんどは渋い面相になる。
「あしたも同じ電車に乗ってくれるかなぁ」




