前世の親友
学院を襲ってきた悪魔を、誰にも見られずに一掃できたと思っていたギルドは、その様子をルイス=ワーグナーに目撃されていたことに衝撃を隠せなかった。
ルイスは一体何を思っているのか。
彼は前世の通り、にこにこと笑うだけで、真意が読みにくい。
まさか、前世の記憶を既に思い出しているのか?
ギルドは生まれたときから前世の記憶を引き継いでいたが、ルイスがそうとは限らない。とはいっても、今のギルドの魔法を見て懐かしさを覚え、思い出した可能性もある。
ギルドは、目の前のルイスを見た。
前世で魔王だったギルドを友人に誘ったときの皇帝、ルイス=シルフォノの姿その通りだった。
別にギルドは彼が前世の記憶を思い出していても、いなくても、どちらでも構わない。
ただし、あまりいい別れ方をしていないので、できれば前世の記憶がない方が助かるというのが、本音だった。
「久しいな、ルイス」
ので、少し鎌をかけてみる。この言葉にどう返すかで、ルイスに前世の記憶があるのかどうか確かめる。
ルイスはにこにこと言った。
「うん。僕らが幼い頃王宮のパーティーであったきりだよね?」
彼が言っているのは、ギルド=ジアディストとルイス=ワーグナーの話。つまり、今世の話だった。
ここで「久しぶり」というギルドの言葉に、魔王と皇帝時代の話を持ち出してきたら、前世の記憶持ちと判明したのだが、どうやら違うようだ。
安堵しつつ、かといって今のルイスにあれこれ質問されてはそのうちボロが出そうだと、ギルドは退散することにした。
ギルドは静かに笑って「じゃあまた」と塔から地上に降りていこうとしたのだが、それより早くルイスがギルドの腕を掴む。
「ふふ、何で逃げるんだい?ギルド。まだ僕の質問に答えてくれてないじゃないか!」
「あはは、まさか逃げてなんか…ちょっと、婚約者の様子でも見に行こうかと…」
「ああ、メアリ嬢のことかい?それなら、僕がさっき見てきたから安心するといい。どこも悪いところはなさそうだったよ」
「さ、さいですか…」
ルイスはさっきまで他の生徒同様、演武場にて待機していたらしい。にも関わらず、運悪くギルドは見つかってしまったようだ。
「この時代に悪魔を倒せる人間がいたなんて…!そんな芸当ができるのは、大昔にいた魔王くらいだと思ってたよ」
「たまたま…」
「そんなわけないじゃないか!僕は光魔法を使うからわかるんだけどね、君のさっきの魔法は、悪魔の倒し方を知った上で改良を重ねられた魔法だったように見えた。それがたまたまなはずがない」
く、くそぅ…。
コイツ、今世も光魔法持ちなのか。
魔法を使う者ならば誰もが一つ以上、属性魔法を持っている。光魔法といえばその中でも希少で、決まって皇族に発現する。前世も今世もルイスは光魔法に恵まれたようだ。光魔法は、他の属性魔法と違い、他者の魔法の使用痕跡や魔法陣を視ることができる。
言い逃れのしようがなかった。
さて、どうしたものかーーー
ギルドが今後の身のふり方に頭を悩ませていると、目の前にすっと差し出された手。
「この手は?」
「ギルド。どうか僕と友人になってほしい」
「友人?」
ルイスはふっと笑った。
その目には、何か懐かしいものを見たかのような優しさがこもっている。
「自分でもよくわからないんだ。どうしてだろうねーーー唐突に、君にそう言いたくなって。まるで君とは初めて会った気がしなくて」
「幼い頃に会ってるからな」
「はは、違うよ。それよりもずっと前、かな。何となくだけど、君となら最高の友人になれる気がするんだよ」
思い出せずとも、ルイスにはかすかに前世の記憶が残っているのだろう。
ルイスは、どこか切なげにも見える。
ルイスに再会しても、ギルドは必要以上に干渉しないつもりでいた。しかし、ルイスの方からやって来るのは予想外だった。
ギルドは、ルイスと友人になることを拒むどころか、その誘いを嬉しく思っている自分に気がつく。
まさかこうして再び友人に誘われる日が来るとは。
「俺でよければ」
ギルドがルイスの手を握り返すと、ルイスの顔がぱあっと華やぐ。さきほどまでのが貴公子の笑みだとすると、こちらは大型犬の屈託ない笑顔というか。
こういうところも、相変わらずだ。
「よろしく、ギルド」
「ああ、こちらこそ」
「ーーー今度こそ、君を手放さない」
風が吹く。
残念ながら、その声はギルドの耳には届かなかった。




