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元公爵家執事の俺は婚約破棄されたお嬢様を守りたい 第3章(11)美貌の天才科学者は楽しく実験をしたい

作者: 刻田みのり

 ひとしきり少年ギロックたちにおだてられたマリコーがフフンと鼻を高くしながら上から目線で俺を見つめた。


 どうやら一部馬鹿にされていたのには気づいていないようだ。天才の割に頭の中はお花畑らしい。


 まあ馬鹿と天才は紙一重ってお嬢様も言ってたし。きっとこいつもそうなんだろう。


「……ときファンの製作サイドのことはともかくとして、理解できないのはあなたなのよね」


 また何か意味不明な発言が飛び出すのかと身構えていたら、思わぬ言葉が出てきた。


「ジェイ・ハミルトン」


 マリコー・ギロックが俺の名前を口にする。


「あなた、バロックが作った精霊とホムンクルスの融合体なんでしょ? 異なる精神構造と魔力を結合させるために異世界の門を開けてエーテルを触媒にしたっていうじゃない。そのせいでエーテルコアとのリンクによる肉体強化系の恩恵を受けるようになったのね。あ、エーテルコア云々はバロックも知らない管理者にしかわからない秘密情報だけど」

「……」


 どうしよう。


 こいつ、やっぱり意味不明なこと言ってるよ。


 とりあえず一発ぶん殴って黙らせた方がいいかな?


「興味深いのはあなたが身に宿しているその精霊がエーテルコアとのリンクによる恩恵と相性が凄く良かったことね。ただその精霊の能力をフルに活用させるためにはあなたの魔力と魂をコストとしなければならないっていうのがネックかしら? なまじエーテルコアとのリンクの恩恵があるから余計に魂への負担が増すようになっているわ。対策としてはエーテルコアとの結びつきを弱めてエレメンタルコアからの……」

「ウダァ!」


 俺はマジックパンチをぶっ放した。


 轟音とともに左拳がマリコーを襲う。


 ……はずだった。


 見えない壁に阻まれるように左拳が中空で跳ね返り、その衝撃で接触面が爆発した。爆煙でマリコーの姿が隠れる。


 俺は素早くその場から離れてマリコーからの反撃に備える。今度はあえて追撃はしない。


 今の攻撃でマリコーにマジックパンチの連射をしたのに無傷だったことの理由がわかったからだ。


 あれは恐らく結界の類だろう。はっきり結界だと言い切れないのは俺にその自信がないせいだ。


 何かやばい、と俺の中で継承が鳴っていた。危険感値にしては頼りないかなり何となくといったレベルでだが。


 マリコーからの反撃はない。


 少ししてから煙が晴れた。その向こうには腕組みしながらこちらを睨むマリコーと中空に指を走らせたり魔道具の操作をしたりしている少年ギロックたちがいる。


 あ、倒れた少年ギロックの奴もう働いてやがる。


 マジであのポーション効果高いな。どんな薬草遣ってるんだ?


「あなた結構酷いわね」


 ポーションのことを考えていると、マリコーがじっとりとした目で睨んできた。


「さっきもだけどいきなり攻撃してこなくてもいいんじゃない? 私別にあなたと戦うつもりなんてないわよ」

「俺と戦うつもりがない?」


 俺は鼻で笑ってやった。


「さんざん仕掛けておいてそれはないだろ」

「攻め込まれたら迎え撃つのは当然でしょ? 私は別に完全平和主義者とかではないのよ」

「わざわざ攻め込まれるようなことをするからだろ」


 少なくともワールドクエストなんて始めなければ冒険者に突入されたりしなかったはずだ。無駄な争いなどしないで済んだだろう。


 マリコーが首を傾げた。


「私はたのしく実験がしたいだけよ? ちょっと被検体を集めてみたりあれこれ趣向を凝らしてみたりはしているけど」

「……」


 ワォ。


 こいつマジか。


 本気で実験のために人寄せしているだけなのかよ。すげぇ迷惑な奴だな。


 だいたい被検体って……人体実験する気満々かよ。こいつやば過ぎだろ。


「実験がしたいならせめて人の迷惑にならないようにしろ。冒険者を巻き込もうとするな……いや、大実験は世界中の人を巻き込むのか。そんなクソ迷惑な実験は今すぐ中止しろ!」

「あなた馬鹿なの?」


 マリコーが驚いて目を丸くした。


「そんなのできるはずないじゃない。これは楽しい実験なのよ? うるさい上司も面倒なクライアントも使えない同僚もいない私の私による私のための楽しい楽しい実験なのよ? 中止になんてできないし誰かに中止させたりなんてさせないわよ」

「……」


 こいつ駄目だ。


 狂ってやがる。


 俺は一つ溜め息を吐いて小さく首を振った。もうどれだけ時間をかけて話し合ってもこいつとはわかり合えないだろう。


 よし、ぶちのめそう。


 最初からそのつもりだったんだしな。


 俺はダーティワークを発現させた。


 両拳が黒い光のグローブに包まれる。


「面白いわね」


 俺の拳を包む黒い光のグローブを見ながらマリコーが言った。


「バロックのお人形もあなたみたいな光のグローブを発現させていたけどあちらは白だったわ。単純に身に宿している精霊によって色が違ってくるだけなのかしら? それとも別の要員、例えば宿主の魔力の量や質によって変わってくるのかしら? わぁ、気になるわねぇ」


 マリコーが片手を上げ、素早く中空に指を走らせた。


「実験してみましょう♪」


 俺とマリコーとの間に青白い光の線で描かれた魔方陣が展開した。ぼんやりとした光の中から浮き出るように影が現れる。


 それは子馬ほどの大きさの頭だった。うねうねと蠢く緑色の長い髪に老人を思わせる皺だらけの顔、窪んだ目は何故か笑っていて不気味さを醸し出している。


 何よりも分厚い唇の左右から覗く2本の牙が異様だ。


「アースウインドアンドファイヤー」


 その化け物の名前なのかマリコーがそう声にすると巨大な頭はやたら長い耳たぶのある両耳をひらひらと動かして浮き上がった。


 え、飛べるの?


 気持ち悪い。


「この子でデータを取らせて貰うわね。ちなみにバロックのお人形はこの子を倒すのに半日かけていたわよ。あなたはどのくらいかかるのかしら?」


 にこにこしながらマリコーが厄介なことを言う。


 そんなことに付き合わされるのは御免なので俺はマジンガの腕輪に魔力を流した。


 チャージ。


 アースウインド……いやもう老人頭でいいや。


 とにかく老人頭があんぐりと口を開けた。


 喉の奥から光が溢れてくる。


 と同時に魔力がどんどん膨らんでいく。濃密で禍々しい魔力だ。


 俺は防御結界を展開した。きらきらと光の粒子が現れて俺の正面に見えない壁を作っていく。


 かっと一瞬強く老人頭の口が光り、分厚い光の束が放出された。ビリビリと空気をも震わせる勢いで光の束が一直線に俺へと向かっていく。


 ……しかし、俺の結界に触れた瞬間その勢いは削がれた。


 光の束は結界の表面を滑るように散りその威力を失った。


「うーん」


 俺は結界の内側で唸った。もちろんダーティワークの黒い光のグローブは出したままだ。


「防御結界じゃなくて収納してから返した方が良かったかな?」


 試しにダーティワークを解いて光の束を収納しようとしたら……できた。


 三分の一くらいの量の光の束を俺の収納内に入れた。結界越しでもできるなんて俺の収納能力って便利だな。


「……え」


 おやおや、マリコーの目が点になっているぞ。ぷぷっ。


 老人頭も心なしか驚いているように見えるな。


 さて、ほいじゃお返しといこうか。


 俺は防御結界を解除して再びダーティワークを発現させると自分の収納から光の束を出した。


 真っ直ぐに禍々しい魔力が放たれ老人頭に命中。あ、自分の魔力で顔ぶち抜いてるよ。何だか間抜けだなぁ。


 ずずーん、と音を立てながら老人頭が消滅していった。ありゃ、こいつ弱い?


「……」


 マリコーがあんぐりと口を開けて固まっている。


 もうめんどいからこのままマジックパンチで攻撃して終わりにできないもんかな。


 でもなぁ、もう既にダーティワークを発現させているからここでマジックパンチを使うともしもの時に結界を張れなくなるんだよなぁ。


 ……このまま懐に飛び込んでぶちのめせるかな?


 やってみた。


 俺は身体強化を活かしてマリコーとの距離を詰める。老人頭がこちらに攻撃してきたのだから結界の類は張られていないだろうと推測した。


 うん、当たり。


 老人頭のために結界の類は解除したようだ。


「ウダァ!」


 拳を振り上げ次の一歩で攻撃しようとした時。


 「ふふっ、残念♪」


 マリコーが笑った。


 同時に見えない壁が俺を阻み、その接触面が爆発した。


 衝撃で後ろに吹っ飛ばされ爆発のダメージで身体のあちこちに痛みが走る。あ、こりゃどっか折れたな。


 火傷と打撲の痛みに堪えつつフリフリを収納から取り出して小さな粒を口に放った。


 完全回復。


 めっちゃ便利アイテムである。これくれたファミマには大感謝するしかない。本人には言わんけど。絶対に調子に乗るからね。


 俺が無事なのを見たマリコーが目を白黒させた。


「な、何で爆発に巻き込まれたのに無事なのよ?」

「俺、強いので」

「そんな訳ないでしょ」


 マリコーが声を大にする。


「あなた私がプレイしたどのときファンにも出て来ないようなモブキャラなのよ。シリーズ五作品全てプレイした私が断言できるくらいあり得ない存在なのっ。そんな奴が強いはずがないでしょっ! おかしい、おかしいわっ。こんなの絶対におかしいっ!」



 **



「マム」


 喚いているマリコーの背後から少年ギロックの一人が声をかけてきた。


「エレメンタルコアとのアクセスが完了しました。ゼロゴーがプログラムフェイズをチェックしています」

「ゼロニーにワールドワイドネットワークに干渉して共振レベルを限界まで引き上げさせなさい。増幅装置の再設置はできているわね?」

「イエス、マム。予備の増幅装置を予定通り大森林の任意のポイントに再設置しました。認識阻害によるカモフラージュも施しています」

「全ての増幅装置を起動。各ポイントの増幅装置からエレメンタルコアを経由してメメント・モリの魔力吸収変換システムを作動。ゼロヨンとゼロロクに各部センサーのモニタリングをさせなさい」

「イエス、マム」


 六人の少年ギロックたちの動きがさらに慌ただしくなる。


 指示を飛ばしているうちに落ち着いてきたのか俺に向き直ったマリコーの顔はにこやかになっていた。


「さて、あなたの実験の途中だったわね」

「いや、俺は別に実験なんてどうでもいいぞ」

「そうはいかないでしょ」


 マリコーが中空に指を走らせる。


「アース以下略を一体破壊したくらいでいい気にならないでね」

「省略してるんじゃねーよ」


 せめてあんたはきちんと名前を呼んでやれっての。


 まあ「アースウインドアンドファイヤー」はちょい長いよな。


 どうでもいいけど。


「その余裕ぶった態度も今のうちよ」


 マリコーの指が大きく中空を叩く。


 魔方陣が展開して再び老人頭が現れた。


「……」


 出現した老人頭がすぐに飛び上がり、いなくなった場所に次の老人頭が現れる。


 次から次と老人頭が魔方陣から出てきては飛び立つ。ポンポンとテンポ良く出て来るのであっという間にあたりは老人頭だらけになった。これ三桁は余裕でいるよね?


 あ、少年ギロックがちょい迷惑そう。


「ふふっ、どう? これだけの数を相手にどれだけ持ち堪えるかしら?」

「……」


 俺は途中で馬鹿馬鹿しくなって老人頭を数えるのを止めた。


 なまじ場所が広いと無駄に魔物を召喚してしまうのかもなぁ、とか思ってみたり。


 つーか、こいつら雄とか雌とかあるのかな?


 見た目はじいさんの顔だがあれで雌だったら嫌だな。


 あ、うん。


 そうだね、そんなのどうでもいいよね。


 少年ギロックたちの動きを見ると状況かなりヤバそうだし、ここで手間取ってる場合じゃないよね。


 俺はマジンガの腕輪に魔力を流した。


 チャージ。


 同時に頭の中でとあるメッセージが浮かんでいた。



『マルチロック機能を作動中』



 老人頭をいちいち見なくても自動的に標的としてロックオン。魔力探知と併せて狙いをつけられるので探知できる範囲内であればほぼ無制限でロックオン可能だ。これはなかなかに凄い機能なのではないかと思う。


 魔法や能力とも違う扱いだから発動数の制限(人間は二つまでしか魔法・能力を発動できない)とかもないし。


 老人頭が俺の周囲をぐるりと取り囲む。頭上も含めてとんでもない数の老人頭が俺を攻撃しようとしていた。


 大きく口を開いて老人頭たちが光の束を撃とうとする。ほぼ一斉に俺へ向けて発射しようとする様はなかなかに壮観だ。


 ま、俺には勝てないけどね。


 俺は既に全ての敵をターゲットとしていた。


 左右のマジンガの腕輪は準備万端だ。


 俺はマジックパンチを放ちまくった。


「ウダダダダダダダダダダダダダダダダ……ウダァ!」


 オートマチックファイヤーが作動中となり、俺の拳弾が尽きることなく発射され老人頭の額を打ち抜いていく。


 時を重ねる毎に老人頭が撃破されていった。炸裂音が他の炸裂音と被さり轟音が次の轟音に掻き消されていく。


 老人頭が光の束を撃つ暇はなかった。


 拳弾が一体また一体と老人頭を屠っていく。そこには何ら慈悲はなかった。ほぼ機械的に俺の攻撃は老人頭を滅ぼしていった。


 静寂が訪れた時には老人頭はもちろん少年ギロックの姿もなかった。メメント・モリ大実験のために用意してきたであろう機械類も破壊されておりあちこちに破片と残骸が転がっていた。


 生きて立っていたのは俺とマリコーの二人だけだった。


「……」


 俺は対峙しているマリコーを睨みつけた。


 すうっとマリコーの背後に六人の少年ギロックが姿を現す。


「困ったわねぇ」


 マリコーが頬に手を当てた。


「想定外過ぎてゼロイチたちを一時的に異層空間に避難させるくらいしかできなかったわ。あーあ、こんなに壊しちゃって」


 彼女の目が吊り上がった。


「どうやってお仕置きしようかしら?」

「!」


 俺は咄嗟にその場から飛び退いた。


 硬い石床がぱっくりと割れてそこから高圧の魔力が吹き出してくる。


「どう、凄いでしょ? こんなに濃くて質の良い魔力なんてそうそうないわよ」

「……」


 確かに濃い魔力だった。


 俺は距離をとって観察し、再びマリコーを睨みつける。


「わざわざ大実験をやって集めなくてもここに充分な魔力があるじゃないか」

「そうね。でもだからといって実験をしない理由にはならないわよ」

「……」


 こいつ、どうあっても実験したいのか。


「それにこの魔力は純度が高くて逆にエーテルが足りないのよ。私が欲しいのは適度にエーテルを含んだ魔力。それにはやっぱり人間から魔力を集める必要があるの」

「……」


 ええっと。


 何やら複雑な要素が絡んできたぞ。


「たのしく実験をしたいとか言っていた癖に別に目的があったのかよ」

「あら、たのしく実験したいというのは本当よ」


 マリコーが指をくるりと回すと俺を取り囲むように魔力が吹き出てきて壁となった。


「だからといってそれだけとも言ってないはずだけど? まあ仮にそう言っていたとしてもいいじゃない。誰にも言い間違えくらいあるでしょ」

「……」


 何それ。


 えっ、俺もしかして言いくるめられそうになってる?


 めっちゃムカつくんですけど。


 魔力が濃密過ぎるからか壁となった魔力が硬質化して本当に壁のようになる。


 ただ、これちょっとぶん殴ったくらいでは破壊できそうにない。マジ硬いよ。


「ちっ」


 四方を囲まれたのなら頭上から逃げよう。


 とか思ったら見えない蓋をされた。おのれ!


「あれよね、私がバロックと出会ったのってある意味で運命(シナリオ)だったのかもしれないわね」


 しみじみといった様子でマリコーが言った。


「途中で目的が変わってしまったけどバロックは対魔王用の決戦兵器としてお人形を作った。そして私はこの世界に転移してからギロックたちを使って実験をしまくっているうちに自分のためのお人形が欲しくなった。それも旧来のギロックたちのような能力的に中途半端な物ではなくより完璧な物を……そう、私がこの身体を捨てて魂を入れ替えたくなるくらいの物を」


 マリコーは自慢げに口角を上げる。


「サンジュウは知ってるわよね? あなたが初めてこのラボに来た時に見たあのギロックの改良品、あれは私の新しい器となる真なるギロックなの」

「……」


 俺はファミマの転移でラボに乗り込んだ時のことを思い出していた。


 そう、確かに俺はあの時にギロックを見た。


 ただ。


「あんなに若くて美しい身体になろうだなんてふざけてるのか?」

「ふざけてないわよっ」


 マリコーが叫んだ。必死かよ。


 ふうふうと息を整えながら落ち着こうとするマリコーに俺は尋ねた。


「身体を新しくしたいならさっさとやればいいじゃないか。あんたの大好きな実験なら幾らでもそういうことできるだろ?」

「サンジュウの身体は特別なのよ」

「特別?」

「高性能にしたせいで、しすぎたせいで、本当にやりすぎなくらい高性能にしたせいで起動させるための魔力が全然足りないのよ。しかもここの地下の魔力じゃエーテルが不足しているし」

「……」


 つまりはあれだ。


 あのサンジュウが今回のワールドクエストの原因?


 おいおいおいおい。


 それがわかっていたらあの時に破壊していたのに。


 うわっ、何てこった。


「……破壊しておけば良かったとか思ったでしょ」

「……」


 マリコーの鋭い視線を俺はそっぽを向いて回避した。


「そんなことしたらただではおかないから。細胞の一つまでカラからに干涸らびるまで魔力を吸い取ってやるわ」

「……」


 こいつやべーよ。


 そこらの悪魔より怖いよ。


 マルソー夫人とどっこいだよ。


「とまあそんな訳だから」


 マリコーがおもむろに目を閉じた。


 中空で素早く指が走る。よくわからんがとにかくやばそうだってのはよーくわかる。


「大実験の邪魔をしたあなたには罰として死んでもらうわ。己の愚かさを嘆きながら死になさいっ!」


 俺の足下に魔方陣が現れる。


 あ、これ突撃決死隊を全滅させた魔方陣と似てる。あれの小型版か?


 淡く光る魔方陣。


 大気が震える。


 おおっ、身体がびりびりしてきたぞ。これはやばいな。


「ふふっ、せいぜい泣いて許しを請うのね。まあ許さないけど」

「……」


 俺は目の前の壁を収納できないか試してみる。


 失敗。


「残念、あなたが収納で窮地を脱しようとするのはお見通しよ。私の権限で無効にしたわ♪」

「……」


 こいつ楽しそうだなぁ。


 こっちは死にそうで必死だってのに。


 つーか、これ本当にまずいぞ。


 殴っても壊れないだろうし……そうだ結界で防ごう。


 ……て、結界が展開しないし。わぁ、最悪だ。


 ゴウンゴウンと変な機械音のようなものがあたりに響いた。それが何だか自分に向けた葬送曲のように聞こえてくる。めっちゃ縁起悪い。止めろ!


 身体の中がやたら熱い。


 俺の中で「それ」が悶えるような錯覚……いやこれもしかしなくても悶えてる?


 苦しそうに「それ」が喚いている。


 怒れ。


 怒れ。


 怒れ。



「ウサギーキックだぴょん!」



 ウサミミ少女の声がし、俺を取り囲んでいた魔力の壁が蹴り壊された。



 **



 硬質化していた魔力の壁が破壊され、キラキラと淡い光を放ちながら消失していく。


 俺はキックの反動で少し離れた位置に着地したウサミミ少女に目をやった。


 顔の上半分をマスクで隠しウィル教の修道服に身を包んだ彼女は俺ではなくマリコー・ギロックを見据えていた。やけに赤く光っている右足が何らかの技を行使したことを物語っている。


 て、いうかきっと「ウサギーキック」て技なんだろうな。能力か魔法の呼び名かもしれんけど。


 魔力の囲いから脱出した俺に頭上から声がかかる。


「危なかったね。アンゴラちゃんがいなかったらきっと助からなかったかもしれないよ」

「そうだな」


 俺は淡泊に返した。


 ふわふわと宙に浮かぶ天使姿の精霊王様は自分が俺を助けた訳でもないのにどや顔だ。何だかムカつく。


「俺を置いて先に転移した割には遅い登場だな。あれか、真の主人公は遅れて現れるものだとか言いたいのか?」

「あ、えーと」


 ファミマの目が泳ぐ。


「べべべ別に遊んでいたんじゃないよっ。僕ちゃんちゃーんとアンゴラちゃんを連れてここに一度は来たんだからねっ♪」

「じゃあ何で俺がここで単身戦ってるんだ?」

「ええっとね……」


 ファミマがすんごい言い難そうだ。


「あら、もう戻って来たの?」


 マリコー。


「邪魔だったから速攻で強制転移させてさらにここに辿り着けないように念入りに認識阻害したんだけど」

「……」

「……あはは」


 俺がじっとりと見つめるとファミマが乾いた声で笑った。おい。


 つまり、俺が到着する前にポイされたってことかよ。


「でもまあ戻って来れたなんて凄いじゃない? さすがは精霊王ってところかしら?」

「いや、これ僕ちゃんじゃなくてアンゴラちゃんのお陰だから」


 手を振って否定してからファミマは自慢げにウサミミ少女を示した。


「ジェイが僕ちゃんたちを追ってここに来ることはわかっていたからね。認識阻害のせいで君やここを目印にして探すことはできなかったけどジェイを目印にすることはできた。おまけにアンゴラちゃんにとってジェイの魔力は独特の匂いらしいからその匂いを探すのは楽だったみたいだよ」

「……」

「匂い?」


 魔力とはいえ匂い云々言われてちょいショックな俺。


 あんまりピンと来ていない様子のマリコー。あ、こいつ頭に疑問符並べてやがる。


「そういうのはどうでもいいぴょん」


 ウサミミ少女が話をぶった切った。


 マリコーに指を突きつける。


「おばさんは偉い人かもしれないけどやっていいことといけないことがあるぴょん。人の魔力を無理矢理奪うだなんて絶対に許されないぴょんっ!」

「おおっ、アンゴラちゃん格好いいっ。惚れるぅ」


 何だかやたら正義の味方っぽい口調でウサミミ少女が言い、ファミマが手を叩いて喜んだ。


 え、何これ。


 俺も拍手しないと駄目かな?


 どうしようか迷っているとマリコーから黒いオーラが漂ってきた。


「あなた、今何て言った?」

「ふぇ?」


 あまりにも凄まじい殺気がマリコーから放たれ、それをまともに食らったウサミミ少女が変な声を漏らす。


 てか、俺まで殺気が来たよ。


 これ絶対に巻き込まれただけだよね?


 だってほらあいつ俺じゃなくてウサミミ少女のこと睨んでるし。


「あ・な・た、誰がおばさんですって?」

「え、だってほらマリコーおばさんはどう見てもおばさんだしぴょん」

「私のどこがおばさんなのよっ! あなたちょっと可愛いからって調子に乗ってるんじゃないわよっ」

「アンゴラは調子になんて乗ってないぴょん」

「そ、そうだよ」


 ファミマが割り込んだ。止めろ、話がややこしくなる。


「アンゴラちゃんは正直に自分が見たままの評価を下しているだけなんだよ。マリコー、君は自分がおばさんだって素直に認めた方がいい」

「ぬわんですってぇ!」

「……」


 あれだ。


 人ってあんなに恐い顔ができるんだな。


 ある意味マルソー夫人に勝ってるよ。すげぇ怖いよ。


「それにアンゴラちゃんはちょっと可愛いんじゃない。ウルトラスーパーハイパースペシャル可愛いんだ。マリコー、君がどう頑張っても可愛さでアンゴラちゃんに勝つことはないっ!」

「……」


 ファミマ。


 お前、もう黙ってろ。


 ほーら、要らんこと言ったからマリコーがますます恐ろしい顔になったじゃないか。


 どうするんだよ。


「……る」

「?」


 マリコーが小声で何か呟き、彼女の発していた黒いオーラがその濃さを強めた。


 片手が中空に文字を記す。


「まだ試作も試作、ろくに起動実験もしていない未完成品だけどもういいわ。次の大実験のために取っておきたかった子を見せてあげる」


 石床に巨大な魔方陣が描かれる。


 青白く魔方陣が光り、空間から浮き出るように巨体の影が現れた。


 それは騎士が身に付けるような兜と鎧を装着した巨大モグラだった。凶悪な爪のある前足には腕輪が填まっている。


「アーマードアースドレイクッ!」


 マリコーの声に応えるように巨大モグラの目が妖しく赤く光った。


 ぶぉん、と空気を揺らす音をさせ、巨大モグラの両肩に大口径の筒が装備された。いや待てどうやって出したその大筒。


 あれか、空間魔法的な何かか?


 ここでもご都合主義的な設定が盛り込まれるのか?


「どう? 疑似ディメンションコアを内蔵させてさらに武装強化を果たした改造アースドレイクよ。通常のアースドレイクの255倍のパワーとスピードを持ちエーテルコアとのリンクにより身体強化も可能にした特殊……」

「ウサギーキックだぴょん!」


 マリコーの説明が終わらぬうちにウサミミ少女が巨大モグラを蹴った。


 すげーな。速すぎて初動が見えなかったぞ。


 ジャンプした時の動きを見逃した俺だが右足を赤く発光させて巨大モグラの胸を蹴ったウサミミ少女の勇姿を見ることはできた。自分より何十倍も大きな敵に立ち向かうウサミミ少女は俺の傍で応援するだけの精霊王様よりよっぽど偉いと思う。


 うん、後で頭を撫でてあげよう。


 ついでにもふろう。あ、あくまでもついでにだぞ。


「……僕ちゃんのアンゴラちゃんはお触り禁止だからねっ」

「……」


 ファミマにめっちゃ睨まれた。


 あれ、俺声に出してないよな?


「お触り禁止って、俺もうあの娘に手を握られたりしているんだが」

「その記憶は消しておいてね。アンゴラちゃんは僕ちゃんのなんだからっ。ジェイにはあげないよっ!」

「……」


 精霊王の独占欲がめんどい。


 ウサミミ少女の攻撃をきっかけに巨大モグラとウサミミ少女の戦いが始まっていた。


 両肩の大筒が火を噴き、ウサミミ少女がその跳躍力で回避する。


 赤い光を放ちながらウサミミ少女が蹴りをぶち込み、巨大モグラが抉られた鎧を超高速で再生させた。


 ウサミミ少女が宙を駆ける。


 巨大モグラが腕輪のついた前足をウサミミ少女に向けた。光の輪っかが巨大モグラの前足の先に生まれウサミミ少女目掛けて発射される。それも一つや二つではない。幾つもの光の輪っかがウサミミ少女を襲った。


 ひょいひょいとウサミミ少女が光の輪っかを躱していく。まるで曲芸だ。


「観戦している暇はないわよ」


 マリコーの声に俺が振り向くと彼女の背後に老人頭の群れがいた。懲りずにまた召喚したようだ。


 俺に狙いを定めた老人頭たちが光の束の一斉攻撃の態勢に入っている。ワォ、どいつもこいつも喉の奥が光ってるよ。やばいな。


「一緒にいる邪魔な精霊王共々滅びなさい!」

「ひっ」


 マリコーの怒声にファミマが身を縮めた。


 老人頭の口から光が溢れる。


 絶体絶命。


 マリコーの権限によって収納も結界も使えない。


 やばい。


 老人頭の口から光の束が……。



「トゥルーライトニングスラッシュ!」



 若い男の声がし、俺の司会が紫電に染まった。


 轟音が一瞬遅れて轟きすぐに視界がクリアになる。


 あれだけいたはずの老人頭がいなくなっていた。死体はもちろん痕跡さえ残っていない。


 それだけの攻撃だというのに他への被害は一切なかった。どうせならマリコーたちも消してくれたらいいのに。


 ご都合主義的な割に気が利かない攻撃である。地味に残念だ。


「おい」


 俺は今の攻撃をした相手に言ってやった。


「雑魚だけ倒しても意味ないだろ」

「ええっ、人がせっかく助けてあげたのにそれは酷くない?」


 声の主、シュナが不満を漏らし、そして聖剣ハースニールを構え直した。


「ま、いいや。とにかく、ここは僕に任せてよ」



 **



 首の後ろで纏めた長い赤毛を揺らしながらシュナがマリコーへと駆けだした。


「行くぞっ、トゥルーライトニングボルト!」


 剣先をマリコーに向けながらシュナガ叫ぶと聖剣ハースニールの刀身が輝いて稲妻を放つ。少し遅れて雷鳴が轟いた。


 稲妻はマリコーに当たらずその直前で見えない壁に阻まれる。瞬時に爆発が生じて爆煙が広がった。


 それに動じることなくシュナは跳躍。


 見えない壁があるとわかったはずなのにそのままマリコーへと突っ込んだ。


「トゥルーライトニングストライク!」


 当然、見えない壁に激突するのだがシュナは雄叫びを上げて聖剣ハースニールを奥へと押し込もうとする。


 爆発が光のスパークに圧された。バチバチと聖剣ハースニールが放電し爆発が飲み込まれていく。えっ、何その不思議現象。


 あれか、これもご都合主義ウェポンの力なのか?


 シュナの聖剣ハースニールが刀身の半ばまで突き入れた時、見えない壁が砕け光の粒子となって消えた。破砕音がしたかもしれないがバチバチと放電する音がうるさくて俺には聞こえなかった。


 シュナがマリコーへと迫る。


 あと僅か、というところでマリコーの姿がぐにゃりと歪んだ。


 突撃するシュナの聖剣ハースニールが歪んだマリコーを貫く。


 だが。


「ふふっ、残念」


 マリコーが消えた。


「!」


 はっとしたシュナが突然現れた黒い槍に四方から串刺しに……ならなかった。


 バチバチバチバチッ!


 シュナヲ守るように雷の結界がシュナヲ覆った。周囲に放電する雷の結界は球形をしておりその中にシュナがいる。


 シュナの右肩に出現する小さな精霊。腰まである長い黒髪の可憐な少女の姿をしておりどこか儚げな印象がある。白いドレスが彼女の可憐さを強調していた。


「……」


 て、あれ?


 いつものおばちゃん精霊は?



「ありがとう、ラ・ムー。お陰で助かったよ」



 シュナが自分の右肩にいる小さな少女の精霊に微笑んだ。


 ぐっと親指を立てて小さな精霊が応える。


「……」


 え?


 おいおい、シュナの奴あの精霊が見えるのかよ。


 いやいやいやいや。


 ちょい待て、確かあいつ精霊が見えてなかったよな。


 俺とイアナ嬢がノーゼアの街を発ってからあいつに何があった?


 それとどうしてラ・ムーがおばちゃんじゃない?


「あら、あなたひょっとして勇者シュナ?」


 シュナから少し離れた位置に現れたマリコーが訊いてきた。ちょいテンションが上がっている。


「わぁ、このタイミングで隠し攻略キャラの勇者の登場? 私、攻略対象キャラに遭遇したのも初めてなんだけど。わぁ、凄い凄い。こっちに来てギロックの製造に成功した時より嬉しいかも」


 マリコーが大興奮なのだがシュナの表情は冷ややかだ。


 何も言わずゆっくりとシュナは聖剣ハースニールを鞘に収めた。


 居合抜きの姿勢をとる。


「あれよね、やっぱり勇者シュナと言ったら隠しキャラだった一作目より通常攻略できた二作目よね。特に悪魔退治。光の精霊王の導きで真の力に目覚め街で暗躍していた悪魔を倒すって奴。騎士団のランスとかも素敵って言ってた人も居たけど私は断然勇者派よ。やっぱり男は強くて顔がイケてて背が高くないとね。ランスもまあまあ悪くはないけど勇者と比べるとねぇ。ああ、それとナザール丘陵の……」

「トゥルーライトニングショット!」


 高速で抜かれた刀身から雷撃が生まれ雷の刃となってマリコーへと向かっていく。


 またマリコーの姿が歪んだ。


 雷の刃がマリコーを斬り真っ二つにする。腹のあたりで上下に別れたマリコーがすうっと消えた。


「うふふっ、残念でした♪」


 楽しげなマリコーの声が響くがその姿はどこにもない。


 シュナが雷の結界に守られたまま周囲を見回した。


 彼の肩にいるラ・ムーがはっとして一点を指差す。


 そちらにシュナが向いた時、ゴボッと床が割れた。一気に濃密な魔力が吹き出してくる。


 その凄まじいパワーに雷の結界が崩壊した。魔力の勢いに飲み込まれシュナの姿が消失する。


「あらあら」


 愉快そうに笑いながらマリコーが姿を見せた。


「こんな程度? こっちの勇者はゲームより随分と弱いのね。何だかガッカリだわ」


 興味を失ったようにマリコーはシュナがいた場所から背を向けた。


「トゥルーライトニングジャベリンッ!」


 その背中を一筋の雷撃が貫く。


「……」

「僕を……甘く見たね」


 魔力の光から抜け出したシュナが絞り出すように告げた。それにしても技が多いな。


「油断して僕に背を向けたのが……君の……敗因だ」

「……そうね、油断は禁物」

「?」


 マリコーの姿が歪んだ。


 空間に溶けるように消えていく。


「くっ、これも駄目か。それならッ!」


 シュナが抜き身の聖剣ハースニールを天に掲げた。


「光の精霊王ロッテよ、リビリシアの意思(ウィル)に導かれし者の求めに応じたまえ。そして、雷鳴を轟かせ、電光石火で敵を討つ力を!」


 シュナの肩でラ・ムーが両手を組んでお祈りのポーズを取る。


 シュナの頭上で魔方陣が展開した。


 同時にシュナの足下にも魔方陣が描かれる。


 周辺で石床がひび割れ、魔力が噴出する。途方もなく濃い魔力だ。


 バチバチバチバチバチバチバチバチ……。


 聖剣ハースニールが放電し、その光があたりを明滅させる。


 そして、二つの魔方陣から光が放射されシュナヲ包んだ。上から下あるいは下から上へと伸びる光はシュナを中心とした円柱となりその中でバチバチと雷がスパークした。


 まるで光の円柱を恐そうとするかのように石床が割れて魔力が吹き出すが光の円柱はびくともしない。


 光の円柱から距離をとった位置にマリコーが姿を見せた。


「ふうん、光の精霊王の力を借りて神鎧(バトルスーツ)を転送装着するとはね。いかにもって感じじゃない?」


 余韻を残すように光の粒子とスパークを撒き散らしながらシュナを飲み込んでいた光の円柱が消えた。二つの魔方陣も無くなっておりそこには白い全身鎧を纏ったシュナがいる。ぼんやりと全身から漂う光は時折バチバチと小さな雷を放っていた。


「サーチ」


 シュナの声とともに彼を中心に紫電が放射状に伸びていく。


 ある一点で何かを示すように赤く発光した。その光が人型に変化していく。


「あらあら?」


 人型に重なるようにマリコーの姿が浮き出てくる。


「そこかっ! トゥルーライトニングボルト!」


 シュナが突き出した剣先から雷撃が走る。


 しかしその一撃はマリコーに命中する直前で向きを変えた。あらぬ方向へと飛んだ雷撃が空間に溶けていく。


「ふふっ、惜しかったわね。これが管理者の私でなければ完全に決まっていたでしょうに」


 マリコーが笑い、指をくるりと一回転させた。


神鎧(バトルスーツ)でパワーアップしたみたいだけど無駄よ、無駄。無駄無駄無駄」


 シュナの周囲の空間が歪み、黒い槍が何十本も飛んでくる。


 再びシュナを守るように雷の結界が発生した。球形の結界の中でシュナがマリコーを睨む。


「君主級の悪魔も倒した僕の攻撃が効かないなんて……もしかして、魔王?」

「まあ、魔王だなんて酷いわ。私はむしろこの世界の女神よ」

「女神様はこんなふざけたことなんてしないっ」


 シュナが居合いの構えをとった。彼はまだ諦めていない。


「……」


 俺はマジンガの腕輪に魔力を流した。


 シュナに意識を向けている今ならマリコーの隙をつけるかもしれない。


「さて」

「!」


 背後で声がしてどきりとした。


 しかも、その声はマリコー・ギロックのものだ。


 彼女は今シュナと戦っている。


「私が勇者と戦っている、そう思ったわよね? ふふっ、だからってあなたを放置したままにはしないわよ」


 くっ。


 こうなったら!


 俺は振り向きざまにマジックパンチを撃て……なかった。


 チャージして発射を意識したのに拳は手首から離れない。。それどころか腕輪から魔力が逆流しているような感じがしていた。。これはおかしい。


 マリコーが首を傾げる。


「あら? 私を撃つんじゃないの? そのご自慢の拳は飾りかしら?」

「……何をした?」

「何をって、もうわかってるんじゃない?」

「……」


 俺はマリコーを睨みながら唇を噛んだ。


 こいつ、俺のマジックパンチまで封じやがった。


 収納や結界の時のようにマジックパンチまで使えなくなるなんて……。


 俺が睨んでいるとマリコーがまた「ふふっ」と笑った。


「殴ろうとしても無駄よ。私の権限でもうあなたはまともに戦えなくなってるから」

「なっ」

「それと」


 マリコーが中空に指を走らせる。


 違和感があり俺は周囲を見回した。


 特にこれといった変化がないように見えるが何かおかしい。


 シュナがもう一人のマリコーと戦っていた。


 ウサミミ少女が巨大モグラと戦っていた。


 変わったところはない。


 だが、何かおかしい。


「ここは異層空間」

「異層空間?」

「さっきいた空間から少しだけずれた隣の空間にいるのよ」

「……」


 えっ、何それ。


 てことは俺、シュナたちと別の空間にいるってこと?


 だって、ここからあいつらの戦いが見えるよ?


「ふふっ、混乱してる混乱してる♪」


 マリコーがとても楽しそうだ。


 そして、彼女の指がまた何かを描いた。


 急にさっきまで普通にできた呼吸ができなくなる。


 マリコーの笑みが深まった。


 その目が邪悪に細まる。


「あなたのまわりだけ酸素濃度を極限まで下げたわ。どのくらい堪えるかしら? さーて、楽しい実験よ」

「……」

「ああ、そうそう。あなたって状態異常無効があるみたいだけどそれも封じたから。存分に窒息の苦しみを味わって頂戴」


 くっ、これはやばい。


 俺、マジでピンチかも。


 息ができずに俺がもがいているとマリコーはいつの間にか背後に控えていた少年ギロックたちに告げた。


「大実験の続きをするわよ。コードCOG4649でメメント・モリの準備をしなさい」

 

 

 


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