第8話 《監視と街のざわめき》
無機質な監視室に、警告灯が低く点滅していた。
壁一面に並ぶ無数のモニターには、囚人たちの動きが映し出されている。
その前に立つ数人の職員たちは、表情ひとつ動かさず、静かに作業を続けていた。
血痕の残る床を見下ろしながら、スーツ姿の男が冷たく命じる。
「……死体を片付けろ。臭いが残る」
床には、ナーブギアを頭に装着したまま反応を失った囚人たちが転がっていた。
目は虚ろに開き、呼吸の気配すらない。すでに意識へ戻る可能性は、ゼロだった。
「同期反応値、下降傾向継続中」
「精神破綻による強制離脱:累計221名」
「視覚記録ユニット、第六群、回収不能」
次々に報告が上がっていくなか、男はふと小さく呟く。
「さて……今回は、このREDEMPTIONを“クリア”する者が出るかな」
その声に誰も返さない。
ただ、静かにモニターがまたひとつ、赤く塗り替えられた。
──
──朝。
ユウは酒場の前を歩いていた。
街は相変わらず静かだが、どこか空気が重い。
ちらりと見える掲示板の下で、数人の囚人が集まって話し込んでいる。
「また減ってる……今朝は1324人だったぞ」
「昨日、任務は出てないよな?」
「ってことは、誰かが……?」
まるで、誰もが“言ってはいけない言葉”を探っているような雰囲気だった。
ユウは彼らの会話を聞き流しながら、ふと、自分の右手を見る。
昨日の“スキル記録”の感触が、まだ手のひらに残っている気がした。
(……あれは、力なのか。それとも、呪いなのか)
答えはまだ出ない。
けれど──街が、確実に変わり始めている。
ユウは酒場の前で立ち止まり、重たい扉を押し開けた。
扉は、ぎい、と鈍い音を立てて開く。
いつもより早い時間のせいか、店内は静まり返っていた。
カウンターには数人の囚人が座っているだけ。
だが今のユウにとっては、その静けさこそが必要だった。
視線を奥に向けると、片手にグラスを持ち、足を組んでいる男が目に入る。
「……やあ、おはよう。白神ユウくん」
黒川宗介だった。
朝からウィスキーを飲んでいるその姿は、妙に場に馴染んでいた。
「朝からずいぶん余裕だな」
「そう見える? ……まあ、余裕ぶってないと、いろいろ考え込んじゃうからね」
黒川は軽く笑って、ユウに隣の席を勧めた。
ユウは無言のまま、そこに腰を下ろす。
「街がざわついてる。聞いたろ? 昨日も、誰かが消えたって」
「聞いた」
「俺はね、もう驚かないようにしてるんだ。人が死ぬのは、この世界の“ルール”だから。
でも、君は──どう思う?」
黒川の視線が、すっと横から突き刺さってくる。
ユウはグラスの縁を指でなぞりながら答える。
「……わかんねぇよ。生きてるだけで手一杯だ」
「ふふ、正直でよろしい」
黒川は楽しそうに笑ったあと、少しだけ真面目な顔になる。
「けど、君は不思議だよ。
死者の力を集めてる。
記録して、残して、……それでどうするの?」
「さあな。ただ、無駄にしたくないだけだ」
「……なるほど。そういうの、俺は嫌いじゃない」
黒川はそう言って、立ち上がる。
「次の任務、いつ来るかね。今度は同じチームだといいな」
そう言い残して、背を向けた。
酒場を出ると、広場の掲示板前に人だかりができていた。
ユウはその輪にゆっくりと近づいていく。
表示されているログのウィンドウは、先ほどまでの薄青ではなく、警告色の赤。
周囲の囚人たちがざわついていた。
《任務通達:封鎖区域サバイバル任務を開始します》
《参加形式:3人1組(自由編成)》
《目標:72時間の生存および支援端末による生存ログのアップロード》
《任務舞台:旧市街・地上瓦礫層および地下構造迷宮(第零区)》
《支援端末は区域内に1基のみ設置/位置非公開》
《物資状況:食料・水・回復アイテムは限られており、確保できなければ生存不可能》
《報酬:クレジット300/セーフティゾーン利用拡張/武器支給:1点(グレードC~B)》
《ペナルティ:任務失敗=即時終了(即死亡)》
《※任務は自由参加ですが、報酬・権限拡張・装備支給の対象は参加者に限られます》
《※参加辞退者は一時的に外出および施設利用に制限がかかる場合があります》
――選ばない自由は、実質“生存放棄”と同義だった。
誰かが小さく呟いた。
「……殺し合いじゃないだけマシかと思ったけど、違ったな」
「支援端末1個って……ほぼ争奪戦じゃねえか」
「どこにあるかもわかんねぇって、ふざけてる……」
ユウはじっと掲示を見つめた。
この任務は、ただの生存では終わらない。
仲間と信頼を築きながら、生き延び、そして選ばれた1人が“記録を残す”必要がある。
そのとき、背後から声がした。
「組むなら、俺とだろ?」
振り向けば、黒川宗介がいつもの調子で立っていた。
肩をすくめ、手にはウィスキーのグラス。
その隣に立つセラは、無言で視線を合わせてきた。
口数は少ないままだが、確かにそこには“覚悟”があった。
ユウはふっと息を吐き、一歩前へ出た。
「……ああ。行こう、3人で」
掲示板の下部に、“チームエントリー完了”の表示が点灯する。
まわりにいた囚人たちが、一歩、二歩と距離を取るように下がった。
《チーム登録完了:白神ユウ/黒川宗介/柊セラ》
《任務転送予定:明日 午前00:00》
《現在の登録数:12チーム(継続更新中)》
次の瞬間、街全体に低く響くアナウンスが流れた。
《任務開始準備中――全参加チームは指定時刻に転送されます》
《自己責任においてご参加ください》
誰もが沈黙する中、ユウは視線を掲示から離さず言った。
「――これは、信じるか、死ぬかだな」
セラも、黒川も、何も言わなかった。
ただそれぞれが、静かに前を見据えていた。
街の一角、少し奥まった通りにある装備屋。
他の囚人たちが争うように品を求めているのとは対照的に、ユウは静かに中へ足を踏み入れた。
薄暗い店内。古びた木の棚に武器がずらりと並ぶ。
片手剣、短剣、大斧、槍、そして――奥に一振り、大鎌が飾られていた。
ユウの視線が、一瞬だけその大鎌にとまる。
(……気になるが、今の俺には扱えそうにない)
視線を逸らし、無骨な片手剣に手を伸ばす。
黒鉄の刃。重さはしっくりと手に馴染む。
(今度は、ちゃんとした剣で戦える)
ユウは無言で剣を選び、レジ端末に置く。
《購入金額:050》
《所持クレジット:050 → 000》
表示が切り替わるのを見届け、静かに息を吐いた。
(……やはり、これで限界か)
回復アイテムの棚に目を向けるも、もはや手が出せない。
ポーション、止血剤、簡易包帯──すべて視界の端で素通りされる運命だった。
そのとき、背後から軽い声がかかった。
「……困ってるみたいだね、ユウくん」
振り返ると、黒川宗介がレジ横に立っていた。
飄々とした笑みを浮かべつつ、棚からいくつかの回復アイテムを手に取り、レジに並べて会計を済ませる。
「ほら。持ってけ。最低限は必要だろ? 仲間なんだしさ」
言いながら、袋ごとユウに手渡してくる。
ユウはその顔を一瞥し、短く言った。
「……貸しにしておけ」
「うん、もちろん。利子つきでね」
ユウは無言で袋を受け取り、静かに店を後にした。
外に出ると、空は薄暗く染まりかけていた。
夕暮れ。街には、どこか静かな緊張が満ちている。
街の掲示板には、任務の転送時刻が刻まれていた。
《残り時間:01:57:12》
ユウは購入した剣の柄を軽く握りしめた。
(準備は整った。あとは、生きるだけだ)
ここまでお読みいただきありがとうございます。
いよいよ、新たな任務が始まります。
今回の任務は、これまでとは違う「3人1組のサバイバル」。
生き残ることはもちろん、信じ合うことすら難しいこの世界で、
ユウ・黒川・セラがどんな行動を選ぶのか──その過程を、丁寧に描いていきます。
装備を整え、準備を終えた彼らが向かうのは、
崩壊した旧市街と地下迷宮の混ざる“第零区”。
サバイバルの中で芽生える絆と、疑念と、そして裏切り。
次回から、本作は新たなフェーズに突入します。
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