第5話 死を読み、死を奪う
命を賭けた娯楽。
対戦相手は、女を侍らせる派手な囚人・椎名レイジ。
ユウは、命と尊厳を賭けた勝負の席に着く。
「くだらない」と吐き捨てたこの世界で、
それでも、勝たなければならない理由があった。
──酒場、中央の死卓。
ユウが席に着いた瞬間、酒場内の熱気が変わった。
誰もが知っていた。
ここに座るということは、命を賭けるということだと。
椎名レイジは足を組み、余裕の笑みを浮かべていた。
片手には酒、もう片手には既に配られたカード。
「いいねぇ、その顔。……死ぬ前に見せる目じゃない。けど、勝てる目でもない」
ユウは黙ってカードを手に取る。
手札は5枚。これがすべて。
「はいはい注目ォォォ!!」
場を割るような声が響いた。
司会役を務める囚人の一人が、バーカウンターを叩きながら立ち上がる。
「今日も始まります、我らが娯楽! デス・リミット!!
命を賭けた心理戦、死ぬのはどっちか、決めるのは“運”と“読み”だ!」
観客が盛り上がる。
「ルールは単純明快!!
手札は5枚! 1ターンごとに1枚ずつカードを出す!
そのターンでカード効果が発動しなければ、出したカードは場から消える!」
「カードの種類は5つ!
【死】は即死効果!【生】はバリアで防御!
【空白】は何もなし!【逆転】は反射!
そして──【狂気】は、“このターン、相手が出したカードと自分のカードを交換する”!!」
「勝てばクレジット! 負ければ──当然、命はねェ!!」
客席が揺れるほどの歓声があがる。
レイジが笑い、片目をウィンクさせた。
「そんじゃ、始めようか。最初の一手、君からでいいぜ?」
ユウは視線をカードに落とす。
その背中には、無言の緊張が走っていた。
──この世界では、命すらも“遊び”に変わる。
(でも──俺は、“それ”を否定するために座った)
カードの背面を見つめたまま、ユウの指先がゆっくりと動く。
─試合開始。
カードは伏せられたまま、2人の間に静かな空気が流れる。
互いに顔色ひとつ変えず、ただカードを出すタイミングを見極めていた。
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【第1ターン】
ユウ(思考):(まずは様子を見る。ここで仕掛けるのは愚かだ)
レイジ(思考):(ふっ……初手は外すに限る)
→ ユウ:【空白】 レイジ:【空白】
→ 効果なし。カード消滅。
観客「両者、様子見だ!」
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【第2ターン】
ユウ(思考):(ここで来る。なら防ぐ。確実に……【生】だ)
レイジ(思考):(“狂気”を見せてやろう。相手が何を出すか、見ものだね)
→ ユウ:【生】 レイジ:【狂気】
→ 《狂気発動──このターン、相手と自分の“出したカード”を交換します》
→ ユウ:【狂気】 レイジ:【生】
→ 効果発動せず、カード消滅。
観客「……交換!? 今のって、“狂気”か!?」「効果はなかった……が、緊張感ハンパねぇ」
ユウ(思考):(……このカード、面倒だ)
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【第3ターン】
ユウ(思考):(残りは【死】【逆転】【生】。ここで当てる……!)
レイジ(思考):(来いよ、“攻め合い”の一手を。真っ向勝負──嫌いじゃない)
→ ユウ:【逆転】 レイジ:【逆転】
→ 両者のカードが激しく光り──しかし、衝突と共にかき消された。
観客「相殺ッ!?」「“逆転”同士だと……無効かよ!」
ユウ(思考):(読んでいた……。この男、ただの遊び人じゃない)
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【第4ターン】
ユウ(思考):(残るは【生】【死】……相手が【死】を出すなら、今。
この一手を読む……頼む、刺さってくれ)
レイジ(思考):(終わりだよ、白神ユウ──この“死”で、な)
→ ユウ:【狂気】 レイジ:【死】
→ 《狂気発動──このターン、相手と自分の“出したカード”を交換します》
観客「うおおおッ!? また“狂気”だッッ!! 今度は──“死”が動いた!!」
→ ユウが【死】 レイジが【狂気】
ユウが【死】を出した扱い”でレイジが即死
──ズバアアアアン!!
閃光が走り、レイジの頭部が吹き飛ぶ。
酒場中に悲鳴と歓声が交錯する。
司会「勝者ァァァァ──白神ユウッ!!!」
観客「や、やべぇ……! “狂気”で、読み切って奪った……!!」
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ユウはゆっくりと立ち上がる。
静かに伏せたカードの残りを見下ろし、息を吐いた。
(……遊びだと? 笑わせるな)
黒川が、どこか感心したように言った。
「お前……本当に、ただの死刑囚かよ」
─誰にも気づかれないように、ユウはそっと手を伸ばした。
テーブルの下、倒れたレイジの身体に、手のひらをかざす。
《死者記録検出》
《対象:椎名レイジ》
《スキル:解析》
《効果:対象の行動・スキル・戦闘パターンを観察・記録し、数秒先の行動を予測可能》
《記録保存しますか?(Y/N)……Y》
《記録保存完了》
視界の隅に浮かんだウィンドウは、ユウだけにしか見えない。
(……こんなスキルを持ってたのかよ)
(ふざけずに戦ってたら、たぶん──俺なんかより、ずっと遠くに行けた)
ユウは静かに背を向けた。
──静まり返った《ダストルーム》の中央で、ユウは一人立っていた。
死のゲーム《デス・リミット》。
それを勝ち抜いた者に、周囲の目は変わっていた。
「おい……マジかよ」「あいつ、白神ユウって言ったか?」
「レイジに勝ったって……ヤバすぎだろ……!」
数分前まで笑っていた女たちは、すでに姿を消していた。
勝者が残したのは、戦慄と沈黙だけだった。
黒川が無言で隣に立つ。
「……奢るよ。ここでの勝利は、なかなか見られない」
「いらねぇよ、酒はもう十分だ」
ユウが答えたその時だった。
──チャリ…チャリ……。
手のひらサイズの金属トークンが、ユウの前に転送された。
青白く発光するその表面にはこう書かれている。
《勝者報酬:クレジット×300》
システムウィンドウが同時に表示される。
《累計所持クレジット:300》
《クレジットは各セーフティゾーン内で使用可能です》
ユウはそれを無言で拾い、ポケットにしまった。
黒川が横目で笑う。
「この世界じゃ、強さは通貨になる。うまくやれよ、“死者使い”」
ユウは目を細める。
「……また見てたのか」
「相変わらず、死者に触れてたな。君だけが“記録”してる。……やっぱり、面白いよ、白神ユウ」
ユウはそれ以上言わず、ただ静かに席を立つ。
──酒場の空気は変わった。
もう誰も、ユウに軽口は叩かない。
その背に、静かな“警戒”と“敬意”だけが注がれていた。
⸻
酒場を出たユウは、セーフティゾーンの案内端末の前に立っていた。
画面が反応し、淡い光と共にログインを確認する。
《白神ユウ》
《所持クレジット:300》
《以下の居住区画が開放されています》
・居住棟C-21(簡易ベッド付き) 必要クレジット:100
・居住棟B-12(ロック式収納あり) 必要クレジット:200
・居住棟A-03(セキュリティ付き個室) 必要クレジット:300
ユウは最後の選択肢に、迷いなく指を伸ばした。
《購入を確定しますか?》
……Y
⸻
金属扉が開き、無機質な個室が姿を現す。
セキュリティパネル、簡易ベッド、ロッカー、そして小さな窓。
「……悪くない」
一言だけ呟いて、ユウはドアを閉めた。
その夜。
セーフティゾーンの片隅で、ひとりの男が眠りについた。
そしてまた別の場所では──
別のログイン者が、新たな勝負に身を投じようとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
今回は物語の“異質な軸”──カード型デスゲーム回でした。
次回からは、新たな任務と再登場キャラの動きが入ってきます。
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