第4話「冤罪の果てに、初めての殺意」
《REDEMPTION》戦闘フェイズが終了。
だが、ユウに与えられた次なる試練は、“他者との戦い”だった。
生き残りを賭けたPvP。
そして──セーフティゾーンの裏で進行する、もうひとつのゲーム《デス・リミット》。
少しずつ、この世界の「本当の姿」が見えてくる。
──警告音が、静寂を破った。
《任務開始:制限付きプレイヤー戦闘》
《対象プレイヤーに転送を実行します》
視界が揺れる。空間がねじれるように歪み、足元の感覚が消える。
ユウの身体は、重力のない深淵へと沈んでいった。
──転送中──
【ドンッ】
次の瞬間、ユウは硬質な地面に叩きつけられたような衝撃とともに着地する。
そこは、円形闘技場のような石造りの空間だった。
崩れた柱、灰色の砂煙。
静寂の中に、ただ一人、男が立っていた。
「……来たな」
安堂ジン。かつて同じ刑務所で、毎日のようにユウを嘲笑していた男。
「白神ユウ。やっぱお前だったか。ずいぶん落ち着いたツラしてんな」
「俺は忘れてねぇぞ。お前が“やってない!”って叫んでた日のこと。クソ笑えたよなァ?」
ユウは無言で睨んだ。
「なぁ……冤罪だって言ってたやつがよ。
人を殺す時、どんな顔すんのか――興味あるぜ?」
ジンの姿がかき消える。
「ッ――!?」
【ドゴッ!】
背後から放たれた蹴りがユウの腹を打つ。息が詰まり、地面を転がる。
「おらァァ!!」
【ギャリィン!】【ズシャッ!】
追撃のナイフがコンクリートをえぐる。ギリギリで身を転がし、回避。
(――このままじゃ殺られる)
ユウは死者ログを呼び出す。だが、まだ手をかざしていない。
「……記録するか、どうか」
その呟きの直後、ジンが再び瞬間移動する。
【シュンッ】
(来る――!)
ユウは振り返りざま、意識を集中させた。
《使用スキル:クロススラッシュ》
【キィィン!】
ユウの斬撃がジンの腹を切り裂いた。
「ぐ、あああっ……!」
【ドサッ】
ジンは膝をつき、血を吐きながら地に伏した。
それでも、歯を食いしばり、ユウを睨みつける。
「俺を殺して、満足かよ……白神ァ……!」
ユウは、無言で一歩近づく。
「……いや。お前の力は、“俺の中”では生きられない」
だが、その言葉の直後。ユウは手をかざした。
(……だが、記録だけはしておく。
その力が、いつか俺を生かすかもしれないなら)
《死者記録検出》
《対象:安堂ジン》
《スキル:シャドーステップ》
《記録保存しますか?(Y/N)……Y》
《記録保存完了》
アナウンスが再び視界に浮かぶ。
《戦闘終了》
《生存確認:白神ユウ/勝利》
《帰還処理中……》
視界が白く染まり、ユウは再び、セーフティゾーンへと転送されていく。
その目は、さっきより少しだけ冷たくなっていた。
──視界が安定し、ユウの身体がセーフティゾーンへ戻ったとき、空中モニターが再び立ち上がった。
《戦闘フェイズ終了》
《生存者:1482名》
「……かなり減ったな」
呟いた声は、冷えた空気に溶けていく。
だがこの数字は、残酷な事実を確かに突きつけていた。
⸻
《システム通達》
《セーフティゾーン“第七区画・シェルド街”の第三区画が開放されました》
《利用可能施設:戦術訓練棟/支援端末ログ/リンク転送台(区内限定)》
《各機能は任務達成・貢献度により順次開放されていきます》
ユウは、ゆっくりと街の様子を見渡す。
街の広がりと共に、空気の重みも変わった気がした。
第三区画のさらに奥――そこにだけ、誰も近づこうとしない黒く霞む一帯があった。
⸻
《警告:第七区画外縁にて“殲域”の接触反応を確認》
《この先はセーフティゾーン外。安全は保証されません》
《観測圏外への進入は、自己責任となります》
その言葉を見たとき、周囲の空気が張りつめた。
誰も語らないが、誰もが知っている。
殲域――一線を越えれば、二度と戻れない領域。
ユウは無言で拳を握った。
この世界は、生存することすら挑戦なのだと突きつけてくる。
(なら、進むしかない)
⸻
そのとき、モニターが切り替わった。
《特別調査任務:殲域境界のスキャン調査》
《対象プレイヤー:白神ユウ/柊セラ》
《難易度:C》
《推奨人数:2名》
ユウは、その名前を見て一瞬眉をひそめた。
「……柊セラ?」
次の瞬間、周囲の視線がひとりの少女に向く。
静かに立っていたのは、長い黒髪と無表情な横顔を持つ少女だった。
セラが、戸惑ったように呟く。
「……なんで、私なの?」
ユウは、彼女の顔を見てふと気づいた。
「あの子か……」
昨日の夜、ベンチにひとり座っていた少女――その姿が、重なった。
口数は少なく、何も語らなかった。だが確かに、あの目を見た。
「そっか。……そーいえば、いたな。昨日のベンチに」
ユウは小さく息を吐き、静かに彼女に声をかけた。
「よろしくな。俺たち、選ばれちまったみたいだ」
セラは少しだけ目を見開き、それからゆっくりと頷いた。
(進め。背負ってでも、生きて証明しろ)
─任務の選出が終わった後も、街は静かに流れていた。
セラと別れたあと、ユウは一人、ゆっくりと第二区画の通りを歩いていた。
整然と並んだ無機質な建物。
まるで感情を殺した都市。
空には人工照明の灯が漂い、街路には清潔すぎるほどに掃除された石畳。
だが、耳を澄ませば分かる。
路地の奥に、泣いている者がいる。
顔を隠して震える男。
誰かを失い、誰かを殺し、そして明日を信じる理由をなくした囚人。
ここは、そういう世界だ。
ユウは無言で歩き続けた。
心のどこかに、澱のような疲労があった。
セラという少女。彼女の目に映っていたもの。
そして“選ばれた”という事実。
(……考えがまとまらない)
ふと、足が止まる。
小さな看板のある建物の前。
木製の扉と、薄暗いガス灯。
中からは、人の笑い声と酒の匂いが漏れていた。
REDEMPTION管理区域、プレイヤー用セーフティ施設――酒場。
「……今日は、お酒を飲みながら考えたい気分だ」
ユウはそう呟いて、静かに扉を開けた。
──酒場の扉を開けた瞬間、熱気と騒めきがユウの身体を包んだ。
男たちの笑い声、女の嬌声、酒と汗と血の匂いが入り混じる空間。
それはセーフティゾーンにあるはずの“安全”の象徴とは程遠かった。
ユウは無言でカウンターの一角に腰掛け、グラスをひとつ注文した。
やがて、黒川が隣に現れた。
「……ここ、空いてるか?」
「……どうせ、座るんだろ」
静かなやり取りのあと、ふたりはしばし無言のまま、酒の味を確かめるように口をつけた。
「セラって子、面白い目してるよな」
「……見てたのか」
「だって、あんな無表情で“選ばれる”やつ、そういないだろ?」
黒川が笑った瞬間、その背後から、明らかに空気の違う声が割って入った。
「おおっと、なになに? 真面目な話でもしてんのかい、お二人さん」
ギラギラとした男が女を両脇に従えて現れた。
椎名レイジ――派手な身なりと飄々とした態度で、周囲の視線を引き寄せていた。
「真面目はよくねぇぞ? 眉間にシワ寄せてたら、運まで逃げてく。……なぁ?」
レイジが片手を上げ、ユウの肩に軽く触れようとした。
「触るな」
ユウは一言、冷たく告げた。
その鋭さに、女のひとりが小さく息を呑む。
だがレイジは笑みを崩さない。
「こえーこえー。いいねえ、そういうの嫌いじゃない。……でもよ、こっちの世界じゃ、睨み合いよりカードの方が熱いぜ?」
彼が振り返った先では、大テーブルの周囲に人が集まり始めていた。
女たちを引き連れ、レイジは笑いながら円卓へと向かっていく。
その背中を、ユウと黒川は静かに見送っていた。
「……くだらない。けど、今は、これがこの世界だ」
ユウは低く呟いた。
この空間に蔓延する熱気と狂気。笑いながら命を賭ける者たちの目。
まともな神経では、この場に長くいられない。
レイジが円卓に腰を下ろし、酒を煽ると、声を張り上げた。
「おいおい! 今日も稼ぐぞォ、デス・リミットの時間だ!
勝てばクレジット、負けりゃ死体! 単純明快、人生はギャンブルだ!」
観客たちがどっと沸く。
囚人たちの間で、クレジットは生活手段であり、生き延びる力だ。
それを命で奪い合うこのゲームは、まさに《REDEMPTION》の縮図だった。
「……おい、そこの冷めた顔。お前だよ」
レイジが突如、カウンターの方を指差した。
周囲の視線が一斉にユウに集まる。
「さっきからずーっと睨んでんじゃねえか。そんなに興味あんなら──
勝負しようぜ、“死にたくない奴”同士の、真剣勝負ってやつをさ」
場が静まり、ざわめきが広がる。
黒川が横で苦笑いを浮かべた。
「絡まれたな。……やるのか?」
ユウは、短く息を吐いた。
「やるさ。勝てば、金が手に入る」
ゆっくりと立ち上がる。
その背中には、怯えも迷いもなかった。
「──それに、“くだらない”かどうかは、勝ってから言うもんだろ」
歓声が上がる中、ユウは静かに、テーブルへと歩き出した。
安堂ジンとの決着。セラとの任務選出。
そして、酒場で始まる“命を懸けたゲーム”──
次回、いよいよ《デス・リミット》本編へ。
命を賭けたカードバトル、そのルールと駆け引きにご期待ください。
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