第2話「孤独な観察者、最初の接触」
※前話までで処刑者による“初回選別”が終了。
今回は、次のステージへの転送と“初の構造体戦”。
ユウが初めて「記録しない」という選択をし、
新たな出会いが生まれます。
少しずつ、世界の“歪さ”と“理”が見えてきます。
地面が静かに震えていた。
──誰も、すぐには動けなかった。
仮面の処刑者は、既に姿を消していた。
まるで最初から“いなかった”かのように、
あの圧倒的な存在は煙のように霧散していた。
「……あれ、なんなんだよ……」
震える声が、どこかから漏れる。
生き残った囚人たちは、誰もが沈黙していた。
地面に座り込む者。
仲間の死を見たのか、嗚咽を漏らす者。
呆然と立ち尽くす者。
そして――スキルを使って、誰にも見えない何かを撃っている者。
(……混乱は、まだ収まってない)
ユウは、静かに立っていた。
周囲に溶け込みながらも、一切の行動を起こさない。
視界の隅には、さきほどのログが残っていた。
《死者記録検出》
《対象:No.3184 カツラギ・ヨウスケ》
《スキル:クロススラッシュ》
《記録保存完了》
《経験値 +20》
《現在経験値:20/次のレベルまで:30》
(……保存だけで、強くなるのか)
他の囚人たちもそれぞれログを展開していた。
スキル名や効果、制限回数、レベル。
皆、情報を得ていた。
けれど、“死者の記録”という項目が表示されているのは、ユウだけだった。
そのとき、数人の囚人が近づいてきた。
「……おい、お前。今、さっきから何してた?」
声をかけてきたのは、背の高い浅黒い肌の男。
隣には、ピンク髪の女と、眼鏡をかけた痩せた男。
「お前、さっき……まったく動かなかったよな。落ち着いてるっていうか、気味悪い」
「違うよリオン、こいつ……多分、何か知ってるんだ。スキル、使ってたろ?」
ユウは短く答えた。
「使ってない。ただ、見てただけだ」
「……協力しないか? こんな状況、一人じゃ生き残れないぞ」
数秒だけ、相手の目を見た。
そして──静かに首を横に振った。
「……すまない。俺は、一人で行く」
3人は肩をすくめると、背を向けた。
(……協力する理由が、まだない)
そのときだった。
《エリア遷移準備完了》
《転送先:構造区画C》
《任務条件:構造体の撃破、または生存》
《残り時間:03:00:00》
「なんだ!?」「始まるぞ、また何か来るぞ!」
空間が震えた。
足元が光に包まれ、地面ごと“消える”。
──転送。
次の舞台へ。
──視界が切り替わった。
足元が光に包まれた瞬間、ユウは別の場所にいた。
無機質な都市。荒廃した廃ビル群。ひび割れた道路と、崩れかけた壁。
頭上には空がなかった。ただの“天井”があるだけだった。
照明のような光が空間全体に満ちているが、温度も風もなかった。
生きた世界ではない。“人工的な戦場”だった。
他の囚人たちも、距離を空けて配置されていた。
十人以上が既に走り出し、スキルを叫びながら瓦礫を蹴って前進している。
緊張というより、興奮に近かった。
“ゲームだ”と錯覚している者。
“殺される前に殺せ”と焦る者。
そのどちらでもないユウは、ただ物陰に身を伏せた。
──その時だった。
“それ”が現れた。
瓦礫の向こう。四つ足の金属塊。
高さは三メートル。装甲のような殻に包まれ、顔らしきものはない。
関節が異様な角度で可動し、無音で地を這うように動く。
だが──速い。
突っ込んだ一人が、声を漏らす間もなく突き飛ばされた。
振り下ろされた脚が、地面ごと彼の身体を砕く。
血は飛ばなかった。ただ、潰れた。
次の瞬間、その構造体の腹部が開いた。
砲口。発光。次の一撃が、逃げようとした者の背中を貫いた。
⸻
ユウは動かない。
物陰から、冷静にログを開いた。
《死者記録検出》
《対象:No.4423 ジン・クラバス》
《スキル:リコイル・ランチャー》
《記録しますか?》
→【記録する】【記録しない】
《対象:No.3801 サダ・ミネオ》
《スキル:スティル・ネイル》
《記録しますか?》
→【記録する】【記録しない】
(……あの時は、なにがなんだかわからなかった。自動で取得されたような感覚だった)
(けど今は、選べる――そういうことか)
ユウは一つ一つ、画面を確認する。
スキルはどちらも戦術的には悪くない。
けれど、どこかで“今じゃない”と感じた。
(俺の戦い方に、まだ馴染まない)
(無理に力を積み上げるより、“記録しない”という選択もある)
ユウは、静かに選んだ。
「記録しない」
ウィンドウは、音もなく消えた。
死者の力は、ログに残されることなく消滅した。
次の瞬間、彼のいた場所が爆ぜた。
誰もがスキルを振り回す中で、
ユウだけが“殺されないこと”を最優先していた。
そして――
“それ”が、こちらを捉えた。
構造体の胴体が、ゆっくりと回転する。
ゴギリ、ギチギチ……と、関節が軋む金属音。
砲口が、ユウの方角へと、カチリと固定された。
(……バレた)
直後、地面が揺れた。
ズシン。ズシン。ズシン……。
四つ脚の金属巨体が、無音だったはずの大地を踏み鳴らしながら迫ってくる。
機械の脚が瓦礫を踏み潰すたび、ガリリ、バキバキと岩が砕ける。
(距離、あと十メートル……近い)
息を呑んだ。
砲口が光り始める。
(そうだ……あの時、記録した技。《クロススラッシュ》)
ユウは飛び出した。
右腕を振り下ろすと、記録された軌道が光の刃となって交差する。
「──クロススラッシュ」
空を裂いた二重の斬撃が、構造体へ向かって走った。
ギィンッ!
──だが、鋼の外殻に跳ね返された。
わずかに装甲を焦がしただけで、動きは止まらない。
刃は通らなかった。まるで、“命”に届いていない。
(……効かない)
着地した瞬間、視界に砲口が映った。
構造体の機械眼が、正確にこちらを捉えている。
――空間が、歪んだ。
「ごめんね、ちょっと通るよ」
柔らかい声だった。
だがその声と同時に、構造体の身体が地面ごと沈み込んだ。
ぎしり、と鉄が軋む音。
三本の脚が強制的に地面へ押し潰され、体勢が崩れる。
真上から、黒い影が降ってきた。
「《グラビティ・ゼロ》」
その男は、構造体の胴体に掌を向けた。
次の瞬間――“重さ”が集束する。
内部から、破裂音。
装甲が内側から凹み、構造体が一瞬で沈黙した。
ユウの目にログが表示された。
《構造体 排除確認》
《任務完了:構造区画C》
《評価:生存》
《次のエリア解放まで待機してください》
全てが、終わった。
---
「ふう……派手にやりすぎちゃったかな?」
ユウの前に着地したのは、囚人服姿の青年だった。
顔は整っていて、表情はとても穏やか。
薄く笑いながら、血の一滴もついていない手でススを払っている。
「大丈夫? 君、結構やばそうだったけど……」
「……助けたのか?」
「うん。まあ、たまたま通りかかっただけだよ。
けど、君、すごいね。動かずにあれだけログ集めてたんだろ?」
ユウは答えなかった。だが、男は続ける。
「俺、黒川宗介。そっちは?」
「……白神ユウ」
「ふーん。ユウくんか。いい名前だね」
柔らかく笑う黒川の目は、まるで鏡のようだった。
底が見えない。反射しているだけで、何も映していない。
ユウは、その視線にわずかな違和感を覚えた。
だがそれでも――ほんの少しだけ、信じてみようと思った。
この世界に、誰も信用できないなんて決めつけるには。
まだ、早すぎる。
最初の戦場が終わり、ユウは少しだけ自分の選択に自覚を持ち始めました。
「すべてを記録すればいい」わけじゃない。
それでも、“誰かの力”を借りる瞬間があるかもしれない。
次回、黒川という男の正体にもう少しだけ迫ります。
もしよければ、続きを読んでもらえたら嬉しいです。