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イベント・春 (2025)

鈴の音響く散歩道

「んな~お」

「うんミケ。行ってきます」

 女の子の言葉にミケが鳴き声を上げ鈴を鳴らす。

「行ってらっしゃい。気をつけてね」

「うんお母さん。帰ったらスケート教室も行くね」

「え、ええ。スケート好きだものね」

「うん大好き!お兄ちゃんみたいに賞とりたいの」

 ランドセルを背負って女の子は玄関を開けた。

 

「お兄ちゃんみたいにか……」

 母親は抱っこしている赤ちゃんを抱きなおす。


「スイミングスクール通って部活で入賞したからな」

「あらお父さん。おはよう」

「おはよう。変わろうか?」

 父親は赤ちゃんを抱こうと手を差し出す。

「ふええ」

「っと。機嫌損ねちゃったか」

 父親は差し出した手を赤ちゃんの頭の上に置く。

「お父さんも愛しているからね」

 いとおしそうに父親は赤ちゃんをなでる。

「上を目指すって決めたよ今。我が子のために」

 父親はネクタイを締めて玄関に向かいだす。

「あ父さん行くの?僕も玄関まで一緒に行くよ」

「早く起きたら3人一緒に出れたわよ」

 乾いた笑いをして兄は父とともに歩いて行った。


「さて、こっからワンオペか。気合い入れよう」

 母親はおんぶ紐を取り出し赤ちゃんをおんぶする。

「食器は洗ってくれたからお掃除しようかな」

(なら吾輩(わがはい)は散歩に出るとしよう)

 そう思いミケは猫用出入り口から外に出た。

 

     ☆     ☆      ☆

 

 朝の光の中ミケは気ままに散歩する。

 ある時は路地裏をある時は塀の上を歩く。

「ママだっこー」

「わたしもー」

 とある家でふたつの声が同時に聞こえた。

「あらあら困ったわね。ひとりならできるのに」

「ならパパも抱っこするよ」

 男性が腕を広げて待ち構える。


「ママがいいー」

 双子の女の子たちが口をそろえた。

「……どうしてママがいいのかな?パパに教えてよ」

 ダメージを受けた様子で男性が女の子たちに話す。

 

「パパにおうー」

「からだゴツゴツー」

 女の子たちが交互に言う。

「おひげいたいー」

 重なった最後の言葉で男性は膝から崩れ落ちる。

「お馬さんだー!乗るー!」

「私もー!」

(まずは好かれる努力からであるな)

 様子を見届けてミケは再び鈴を鳴らして歩きだす。


     ★     ☆      ☆


 しばらく歩くとミケはとある校舎にたどり着く。

 そこで腰を下ろし丸まってから耳を立てた。

 

「――次は人体に電流が流れた場合の話です」

 白衣の男性が白い服の子たちに話をしている。

「50mA(ミリアンペア)以上の電流で命にかかわります」

「どんな時が50mA以上の電流なんですか?」

「いい質問ですね。その場合は消費電力を見ます」

「家庭用は100(ボルト)だから割ればいいんですか?」

「はいそうです。家庭用はそれで求められます」

 子どもの答えに白衣の男性は納得を示す。

「社会では200V以上を使うこともあります」

 白衣の男性は言葉を続ける。

「電気科の皆さんは使用電流を意識しましょうね」


     ★     ★      ☆


 校舎での話がひと段落するとミケは散歩に戻った。

 

 広い道をミケはしっぽを立て左右に揺らして歩く。

 ぞの様子はまるでしっぽが二本あるかに見えた。

(これらの知識も飼い主の役に立てられたら――)

「野良猫発見しました!どうぞ」

 動物用の捕獲網を持った作業着の人が機械に叫ぶ。

「こちらも後ろにつきました。どうぞ」

 後ろからも同じ装備と服装の人が姿を見せる。

 二人はじりじりと距離を詰めてきた。

 

(やれやれ。吾輩は飼い猫というのに)

 ミケはゴミ袋を踏み台に電柱、塀へと駆け登る。

 そして塀から降りて茂みに身を隠す。


(ふう。このまま行ってくれれば――)

 ガサッと音を聞く。

 ミケは周囲を見渡す。

 茂みごとに大きな網が投げられていた。

「捕らえたぞー!」

「このまま保健所に――って首輪!?」

飼猫(かいびょう)なのか?ICチップ調べて」

 保健所の人たちがバタバタしだす。

 

「該当ありです!」

「住所は?」

「すぐ近くです!」

 保健所の人たちを横目にミケは網から抜け出す。

(……帰るか)


     ★     ★      ★


 ミケは通りをすたすたと歩く。

 その後ろを保健所の人たちが続く。

(吾輩を先頭か。まるで道先案内人よの)

 今の光景を思い浮かべながらミケは歩みを進める。

 

 やがて飼い主の家が見えてきた。

 

「あらあら。これはこれは」

 ミケが猫用出入り口から家に帰る。

 母親と保健所の人たちが話を始めた。

 

「あうー」

 ミケがリビングに行くと赤ちゃんがいた。

 プレイマットの上でごろごろしている。


「あうー」

 赤ちゃんがおもちゃを口に含む。

(好奇心の時期であるからな)

 ものを舐めたりかじったりして確かめている。

 叩いたりよじ登るのもみんな実験という。

(前に赤ちゃん教室とやらで言っていたな)

 ミケはおもちゃ箱から太鼓をくわえる。

 赤ちゃんの近くにそれを持っていく。

(これで太鼓に興味が移れば)

 ミケの思いと裏腹に赤ちゃんはごろごろ転がる。

 

(っ!それは!)

 赤ちゃんはたこ足コンセントを手に取る。

 そしてコンセントに指を入れようとした。


「にゃっ」

 ぺちっと肉球で赤ちゃんの手を抑える。

「あうー」

 赤ちゃんが寂しげな声を出すとふわりと宙に浮く。

「コンセントは危険でちゅからねー」

「あうー?」

「あうー」

 赤ちゃんの声を母親は真似て会話する。

 次第に赤ちゃんは楽しげに笑いだす。

 そして母親は赤ちゃんをプレイマットに戻す。

「あうー」

「それは太鼓ねー。鳴らしてごらん」

「あうー♪あうー♪」

 太鼓を鳴らす赤ちゃんを見つつ母親は箱に向かう。


「ここら辺かなー」

 赤ちゃんの近くに母親は楽器を並べていく。

(母君は先を見据(みす)えて動かれておられるな)

 ミケが感嘆(かんたん)しているとひょいと持ち上げられた。

 

「赤ちゃんと遊ぶなら先にお風呂入りましょうねー」

 そういって母親は猫を浴室に連れていく。

「んな~お」

 ミケの切なげな声が家に響き渡る。

 その声を皮切りに複数の楽器の音が鳴り出す。

 

「お風呂終わったらおやつ出すからねー」

(まあすぐ終わるし赤子のためだし耐えるとするか)

 ミケはそう思い、体を濡らす覚悟を決めた。


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