鈴の音響く散歩道
「んな~お」
「うんミケ。行ってきます」
女の子の言葉にミケが鳴き声を上げ鈴を鳴らす。
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
「うんお母さん。帰ったらスケート教室も行くね」
「え、ええ。スケート好きだものね」
「うん大好き!お兄ちゃんみたいに賞とりたいの」
ランドセルを背負って女の子は玄関を開けた。
「お兄ちゃんみたいにか……」
母親は抱っこしている赤ちゃんを抱きなおす。
「スイミングスクール通って部活で入賞したからな」
「あらお父さん。おはよう」
「おはよう。変わろうか?」
父親は赤ちゃんを抱こうと手を差し出す。
「ふええ」
「っと。機嫌損ねちゃったか」
父親は差し出した手を赤ちゃんの頭の上に置く。
「お父さんも愛しているからね」
いとおしそうに父親は赤ちゃんをなでる。
「上を目指すって決めたよ今。我が子のために」
父親はネクタイを締めて玄関に向かいだす。
「あ父さん行くの?僕も玄関まで一緒に行くよ」
「早く起きたら3人一緒に出れたわよ」
乾いた笑いをして兄は父とともに歩いて行った。
「さて、こっからワンオペか。気合い入れよう」
母親はおんぶ紐を取り出し赤ちゃんをおんぶする。
「食器は洗ってくれたからお掃除しようかな」
(なら吾輩は散歩に出るとしよう)
そう思いミケは猫用出入り口から外に出た。
☆ ☆ ☆
朝の光の中ミケは気ままに散歩する。
ある時は路地裏をある時は塀の上を歩く。
「ママだっこー」
「わたしもー」
とある家でふたつの声が同時に聞こえた。
「あらあら困ったわね。ひとりならできるのに」
「ならパパも抱っこするよ」
男性が腕を広げて待ち構える。
「ママがいいー」
双子の女の子たちが口をそろえた。
「……どうしてママがいいのかな?パパに教えてよ」
ダメージを受けた様子で男性が女の子たちに話す。
「パパにおうー」
「からだゴツゴツー」
女の子たちが交互に言う。
「おひげいたいー」
重なった最後の言葉で男性は膝から崩れ落ちる。
「お馬さんだー!乗るー!」
「私もー!」
(まずは好かれる努力からであるな)
様子を見届けてミケは再び鈴を鳴らして歩きだす。
★ ☆ ☆
しばらく歩くとミケはとある校舎にたどり着く。
そこで腰を下ろし丸まってから耳を立てた。
「――次は人体に電流が流れた場合の話です」
白衣の男性が白い服の子たちに話をしている。
「50mA以上の電流で命にかかわります」
「どんな時が50mA以上の電流なんですか?」
「いい質問ですね。その場合は消費電力を見ます」
「家庭用は100Vだから割ればいいんですか?」
「はいそうです。家庭用はそれで求められます」
子どもの答えに白衣の男性は納得を示す。
「社会では200V以上を使うこともあります」
白衣の男性は言葉を続ける。
「電気科の皆さんは使用電流を意識しましょうね」
★ ★ ☆
校舎での話がひと段落するとミケは散歩に戻った。
広い道をミケはしっぽを立て左右に揺らして歩く。
ぞの様子はまるでしっぽが二本あるかに見えた。
(これらの知識も飼い主の役に立てられたら――)
「野良猫発見しました!どうぞ」
動物用の捕獲網を持った作業着の人が機械に叫ぶ。
「こちらも後ろにつきました。どうぞ」
後ろからも同じ装備と服装の人が姿を見せる。
二人はじりじりと距離を詰めてきた。
(やれやれ。吾輩は飼い猫というのに)
ミケはゴミ袋を踏み台に電柱、塀へと駆け登る。
そして塀から降りて茂みに身を隠す。
(ふう。このまま行ってくれれば――)
ガサッと音を聞く。
ミケは周囲を見渡す。
茂みごとに大きな網が投げられていた。
「捕らえたぞー!」
「このまま保健所に――って首輪!?」
「飼猫なのか?ICチップ調べて」
保健所の人たちがバタバタしだす。
「該当ありです!」
「住所は?」
「すぐ近くです!」
保健所の人たちを横目にミケは網から抜け出す。
(……帰るか)
★ ★ ★
ミケは通りをすたすたと歩く。
その後ろを保健所の人たちが続く。
(吾輩を先頭か。まるで道先案内人よの)
今の光景を思い浮かべながらミケは歩みを進める。
やがて飼い主の家が見えてきた。
「あらあら。これはこれは」
ミケが猫用出入り口から家に帰る。
母親と保健所の人たちが話を始めた。
「あうー」
ミケがリビングに行くと赤ちゃんがいた。
プレイマットの上でごろごろしている。
「あうー」
赤ちゃんがおもちゃを口に含む。
(好奇心の時期であるからな)
ものを舐めたりかじったりして確かめている。
叩いたりよじ登るのもみんな実験という。
(前に赤ちゃん教室とやらで言っていたな)
ミケはおもちゃ箱から太鼓をくわえる。
赤ちゃんの近くにそれを持っていく。
(これで太鼓に興味が移れば)
ミケの思いと裏腹に赤ちゃんはごろごろ転がる。
(っ!それは!)
赤ちゃんはたこ足コンセントを手に取る。
そしてコンセントに指を入れようとした。
「にゃっ」
ぺちっと肉球で赤ちゃんの手を抑える。
「あうー」
赤ちゃんが寂しげな声を出すとふわりと宙に浮く。
「コンセントは危険でちゅからねー」
「あうー?」
「あうー」
赤ちゃんの声を母親は真似て会話する。
次第に赤ちゃんは楽しげに笑いだす。
そして母親は赤ちゃんをプレイマットに戻す。
「あうー」
「それは太鼓ねー。鳴らしてごらん」
「あうー♪あうー♪」
太鼓を鳴らす赤ちゃんを見つつ母親は箱に向かう。
「ここら辺かなー」
赤ちゃんの近くに母親は楽器を並べていく。
(母君は先を見据えて動かれておられるな)
ミケが感嘆しているとひょいと持ち上げられた。
「赤ちゃんと遊ぶなら先にお風呂入りましょうねー」
そういって母親は猫を浴室に連れていく。
「んな~お」
ミケの切なげな声が家に響き渡る。
その声を皮切りに複数の楽器の音が鳴り出す。
「お風呂終わったらおやつ出すからねー」
(まあすぐ終わるし赤子のためだし耐えるとするか)
ミケはそう思い、体を濡らす覚悟を決めた。