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滅びの世界の調停者~迫害された魔女ノエル、最強になり世界を一つにする~  作者: 鴻上ヒロ
第2章:虐げられし魔女と魔族【魔人創造編】
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9.記憶の違和感と精霊の剣

 二人で宿を出て、街を歩く。大通りをひたすら北に歩きながら、気になる店に入って何を買うでもなく商品を眺め、これは何あれは何とルミにひたすら説明を求めていた。

 ルミはその度、笑いながら答えていた。


「お、あれ漂流物だよね」

「ん? ああ、あれはギルドだな」

「あれが……」


 ノエルが指したのは、明らかにこの世界とは異なる材質と建築様式の建物だった。石灰色の壁には継ぎ目が見えない。


「なんだっけなあ……あれだよあれ」


 かつて、アイコに教わったことを思い返していたが、答えが出ない。


「コンクリートだな」

「そうそうそれ! はじめて見たなあ」


 異世界からの漂流物には、人や機械や武器だけでなく、建築物も含まれている。数自体はそれほど多くはないそうだが、漂流物の建築物はこの世界のものより頑丈なものが多いため、公営ギルドなどの重要施設に使われることが多いのだ。

 ノエルが本で読んだ限りでは、ギルドや市長舎や教会などに使われるのが基本だった。


「入ってみるか?」

「うん!」

「じゃあ行こう」


 扉の前に立つと、扉がひとりでに開いた。


「え、すご」

「自動ドアだな、瑪那回路で制御してるんだ」

「はえぇ……」


 中に入ると、人でひしめき合っている……ことはなかった。内装はシンプルで、受付と思しきカウンターがあり、その隣に掲示板があり、奥にはテーブルと椅子がいくつか並べられているだけだった。

 人はまばらで、掲示板を見ている人は皆無。カウンターで受付嬢がため息をついていた。


「なんか閑散としてるね」

「何かあったのだろうか」

「よし、聞いてみよう」


 ノエルは緊張の面持ちで受付と対面し、受付嬢に何があったのかと聞いた。

 すると受付嬢は再度ため息をついて、掲示板から一枚の紙を取り出した。


「これです、精霊の森の調査依頼が騎士団から来まして……何人もの冒険者が挑んでは迷い挑んでは迷い……」

「それで諦めてしまい、騎士団の依頼の優先度の高さから他の仕事がほとんど無い状態というわけか」

「そういうことなんです」


 なるほど、とノエルは頷いた。

 こほん、と咳払いを一つ。ルミの顔を見やると、彼女は頷いた。


「私達がやりましょうか? 私、精霊の森にはかなり詳しいんです」

「えっ、よろしいのでしょうか?」

「私は京都騎士団の人間だ、ノエルのことは私が保証しよう」


 受付嬢は「でしたら」と、依頼の詳細を説明し始めた。

 最近、精霊の森にあるドラゴン種の魔物が棲み着いたそうだ。種類はネルドラゴン。一年のほとんどを寝て過ごす温厚な種族だが、精霊の森には魔物除けの結界が張られている。

 それを破ってネルドラゴンが棲み着くことは異常事態である。騎士団が一度目にしたそうだが、再調査しようとしたときには迷いに迷ってしまったそうだ。


「それでギルドにということか」

「はい、問題ないでしょうか」

「大丈夫ですっ! 大きな魔物が棲み着きそうな場所に心当たりがあるので!」


 言って、正式に依頼を受注する手続きを行った。

 騎士団からの依頼であり、ネルドラゴンは戦いになれば強い種族ということもあり、成功報酬は金貨二枚と破格だった。

 アイコにばかり任せているわけにはいかない、と拳を握る。


「勢いで受けたが、またあの道を歩くのか」

「私だけなら一瞬で行って来られるけどね」

「言うか迷っていたのだがな……ルミも転送扉を通れるぞ」

「え?」


 ノエルは驚いてルミを見たが、当の本人も目を丸くして声をあげていた。


「魔族とのハーフなのだろう? 通れてもおかしくはない」

「そうか、ハーフでも問題ないのか」

「見たところ魔族の特徴は発現していないようだが、大事なのは魂の在り方だからな」


 魔族の身体的特徴は引き継いでいないものの、魔族と人間の間に生まれた人間ということに変わりはない。それならば、魔に属する者が利用できる転送扉をルミが利用できない道理はないということだった。

 ルミは「それなら」と剣の柄に軽く手をかける。


「今から行くか?」

「うん! 善は回らず急げ、だよ!」

「まあ解決したとしても、報告するのは明日か明後日がいいだろうけどな」

「だね、疑われちゃうし」


 話しながら、二人は街外れまで歩いた。周囲を何度も見渡し、人がいないのを確認してからうつろが転送扉を出現させる。

 ルミがなかなか入ろうとしなかったが、ノエルが扉から手を差し伸ばすと、ルミはその手を取り、二人と一緒に転送扉に入っていった。



 ◇◇◇◇◇◇


 転送扉から出ると、精霊の森の中のあの広場だった。最近夢でも見た、誰かの家と工房と精霊の剣のある広場。見ると、精霊の剣は台座に刺さったままだった。

 剣の柄に手をかけると、急激に何か強烈な違和感を覚えた。


「あれ……? 本当は抜けたんだっけ、抜けなかったんだっけ」

「どうしたんだ?」

「アイコと昔ここに来て……それで、それで」


 ノエルは自分でもわからないうちに、精霊の剣を引き抜いていた。

 台座から抜かれた瞬間、瑪那回路が光り輝く。絡みついていた植物が灰になり、錆が飛んだ。風化していた剣が、みるみるうちに綺麗な輝きを取り戻していった。

 驚きながら見ると、剣には刃がついていない。代わりに剣身には黒い霧のような何かが纏わりついていて、眼の前の木の枝に向けて切り払うと枝が真っ二つに斬れた。

 この感覚に、ノエルには確かに覚えがあった。


「痛っ……」


 唐突に頭痛に襲われ、ノエルは頭を抱えて蹲る。ルミが心配そうに背中に手を当てて声をかけているが、何を言っているのかノエルには聞こえなかった。声は届いているのに、言葉が届かない不思議な感覚に意識が遠のいていく。


 眼の前に、光景が浮かんできた。

 この剣を引き抜き、何者かと戦う幼い日の自分。虚ろな目をして、返り血に服と髪を濡らしながら人を斬り刻む自分。

 頭を抱える自分の手に、人を斬る感覚が確かに残っている気がした。


 徐々に痛みが引いてきたが、疑問が残った。


「おかしい、私の記憶……なんで?」


 ノエルにはあんな記憶はない。

 この剣を抜いたかどうかすら、記憶が曖昧だ。

 それなのに、確かにあの光景は事実だったと体が訴えかけている。自分自身の記憶が歪んでいることに、強烈な寒気がする。


「大丈夫か? おい! ノエル!」

「ノエル! しっかりしろ! 自分を強く持て」


 二人の声に振り返り、深呼吸をする。

 ふらふらと立ち上がってから、精霊の剣を腰に差した。


「大丈――」


 言いかけて、眼の前で火花が散る。

 どこからか飛んできた短剣をルミが切り払っていた。咄嗟に自分を庇ったルミの肩越しに見ると、短剣を手にした黒いローブの何者かがいる。

 男か女かもわからない、そこにいるのに認識に靄がかかる人物。四神教の教徒らしかった。


「思い出しかけてるんでしょ? 私が思い出させてあげる」

「その口調……お前か!」


 ノエルは精霊の剣を抜き、敵に飛びかかった。敵はさらりと往なしながら距離を取り、光の矢を放った。魔法には存在しない攻撃だが、魔法と同質のものとわかるその攻撃は、紛れもなく父親を殺した犯人がしたものだった。


「絶対に許さない!」


 叫んだ瞬間、精霊の剣の剣身に纏う黒い霧が大きく鋭利になった。ノエルは直感した。これは使用者の瑪那を高純度のエネルギーの刃に変換する類の魔導剣なのだ、と。

 距離を取りつつ短剣を何度も投げ時折光の矢を放ってくる敵に追いすがりながら、何度も斬りかかる。

 短剣を精霊の剣で溶かし斬り、炎弾で牽制しながら距離を少しずつ詰めていく。


 ルミはただ、二人の戦いを拳を握りながら見ていた。


「複合魔法を教えてあげる! 氷炎拳!」


 左手に氷、右手に炎を纏わせた拳がノエルを挟み込むようにして襲いかかる。ノエルは敢えて敵の懐に潜り込もうとしたが、両拳が顔にめり込んでしまった。

 相反するエネルギーに挟まれ、ノエルは冷ややかな灼熱感に包まれ、同時に吹き飛ばされた。


「サラリと難しいことをやってのける奴だな、あいつ」


 うつろがぽつりと呟きながら、吹き飛んだノエルの体を巨大な影の手で受け止めた。


「殺してやる……オーラ!」


 強い殺意を糧にして、ノエルは自身に魔属性の瑪那を纏わせる。殺意と呼応する魔属性魔法の一種だ。頑丈なオーラに包まれ、身体能力が飛躍的に向上する。

 使用中は憎悪が増し続けるため魔法の威力も上がり続けるが、当然精神を著しく消耗する諸刃の剣だ。


 剣が纏っているものと同じ黒い霧のような瑪那がノエルを覆う。剣がそれを吸い、ますます刃を肥大化させた。


「流石にそれはマズイかな」


 ノエルは深く息を吸い込み、剣を水平に構え、腰を落とす。敵は懐から銃を取り出し発砲するも、オーラに阻まれて軌道が逸れ、銃弾は地面にめり込んだ。

 その銃を見た瞬間、とてつもなく悲しくなった。とてつもなく許せなくなった。最早ノエルに意識はなく、激情という衝動に突き動かされていた。


「まずい! ノエル! 一旦気を散らせ!」


 うつろの叫び声が響く。

 ノエルには、聞こえなかった。


「くっ……ノエル!」


 巨大な刃を持つ剣を振り抜く寸前、ノエルの鳩尾に拳がめり込む。

 ルミがノエルを殴っていた。ノエルを包むオーラが緩んだ一瞬、さらに蹴りを入れる。ノエルの体が吹き飛び、小屋の壁に激突した。


「うつろ、ノエルを!」

「わかっている!」

「さて、続きは私とやらないか?」


 いつの間にか巨大な盾を構えていた敵に向き直り、ルミは剣を抜いた。

 だが、相手はため息をつき、構えを解く。


「いや、今はもういいや……そこの死にたがりバカを介抱しなよ」


 言って、敵は転送扉に消えた。

 ルミは「なんだったんだ」と首を傾げながら剣をおさめ、ノエルに駆け寄る。

 気絶していた。


「うつろ、転送扉を出してくれ」

「ああ、宿に運ぶとするか」


 ノエルはルミに抱えられながら、宿の部屋に連れ帰られた。


「死にたい」


 転送扉に入る寸前、ノエルがそう発していたのをルミは確かに聞いた。

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