番外編7.ルミのドッペル?
グリム歴2000年11月24日、夜。
たまたま遊びに来ていたダリアと一緒に酒を飲むルミを家に置いて、ノエルはルミの行きつけの酒場である居酒屋ミドリに来ていた。上級淫魔が正体を隠して経営している酒場であり、居酒屋というのはラウダの故郷にあった酒場の種類の名前だそうだ。
ここでたまに芸を披露して、報酬をもらっている。
今日も芸をした後、客に囲まれながらカウンターで飲んでいるとミドリがニヤニヤとした顔で顔を近づけてきた。
「ねえノエルちゃん? ルミちゃんは呼ばなくてい・い・の?」
相変わらず語尾にハートマークが付いているかのような甘い喋り方に、思わず苦笑した。
「んー、今あの子家で友達と飲んでるしなあ」
「じゃあそのお友達も呼んじゃいなさいよ、影扉でさ」
「んー……そうしよっかな」
影扉を出して家に戻り、ルミとダリアの肩を抱く。二人の肩がビクッと震えた。
「ふったりともー! ミドリちゃんのお店で飲も!」
「酔ってるな?」
「酔っとらすね」
「はい行くよ! ほらほら!」
影扉を出して手招きすると、二人は肩を竦めながらついてきてくれた。店に戻り席につくと、ミドリが「あ」と声をあげた。ダリアも「あ」と声をあげている。
「え、知り合い?」
「えっと……まあそうったい」
お茶を濁すような言い方をするダリアに首を傾げていると、ミドリがまた顔を近づけてきた。ルミと一緒に耳を傾けてみる。
「私が淫魔になったときにね、バカラ様達に記憶を消してもらったの」
「ああ、なるほどそういう」
「やけん大きな声じゃ言えんやったとよ」
確かに、淫魔なら記憶を消す処理をしてもらうことも多そうだと納得した。淫魔は強烈な性的トラウマを抱えたまま絶望に堕ちたり、死んだりするとなることがあるのだ。
性的トラウマというのは根深く、抱えたまま第二の人生を歩むことができない人もいる。そういう人にとってバカラ達の記憶消去の処置は、生きるために必要なのだろう。
「と・い・う・か! 私のことよりもルミちゃん?」
「ん? どうした?」
「昨日はどうしたのよ? 散々無視してくれちゃって、お姉さん寂しい」
「ん? 昨日? 私昨日来てないぞ」
ミドリが目をくりくりと丸くして、こっちを見ていた。ノエルは「昨日は一緒に家にいたよね」と頷くと、ミドリは「あれ?」と首を捻った。
「誰かと見間違えたんじゃないか?」
「そんなはずないけどねえ……瑪那の気配もルミちゃんだったし、ほらノエルちゃんのローブも着てたわ」
「ドッペルゲンガーばい!」
ダリアが麦酒のジョッキをダン、と置きながら声を張り上げた。あまりに大きな声に、客たちがこちらを見ている。
ノエルが「ちょっとだけ声抑えようか」と言うと、ダリアは「たははごめんごめん」と言って頭を掻いた。
「世の中には三人、自分によう似とうごた人間ばおるっち言うけんね」
「そういうものなのかなあ」
「そういうもんくさ」
ダリアは一人でうんうんと頷いているが、ノエルは納得していなかった。白銀のローブを着ていたというのが、妙に気になった。このローブが特別なものであるということは、ノエルがよく知っていることだ。
体が裂けてもローブは裂けず、自動的に寒暖の調整もできるローブ。汚れまで自動的に落ちるのだ。何より、このローブはグリムが着ているものと同じである。
ルミによく似た人がいるとして、このローブを着ているのは変な話だった。
「じゃあローブも見間違いかしら」
「デザインだけはよくある感じもするしな」
「そうだけど……んー?」
同意する言葉を投げてみたものの、しっくりこなかった。
もしかしたら、正史世界のルミだったりするのかな。
そんなことを考えながら、酒を飲む。顔を赤らめながらダリアと肩を組んで笑っているルミを横目で見ながら、飲み慣れたイチゴ味の炭酸酒を煽った。
炭酸の泡が喉を駆け抜けていく感覚が、なんとも心地よかった。
「ほひはへふ、ほっふひはんひへふはひはは……そっくりさんに出くわしたら注意してみよう」
「うん、ちゃんと焼き鳥飲み込んでから喋ってね?」
「よっしゃー! まだまだ飲むばい!」
「ダリア! 声でかい!」
言った直後、自分の口元を抑えた。自由に飲食している仲間達を見て、ため息が出る。ついつい自分も声を張り上げてしまって、恥ずかしかった。
「でも真面目な話、そっくりさんじゃなく異世界の私なんだろう」
「私もそう思うよ」
「ま、異世界のでもルっちなら悪い人やなかろうもん! あんま考え過ぎんでよかよか」
「あはは、そうかもね」
相変わらず声が大きかったが、ノエルは何も言わなかった。
異世界のルミがどうしてこの世界の神戸で一人でしっぽりと飲んでいたかは知らないが、悪いことをしているわけではないのだろうと納得できた。それは、隣にいるルミを見ればわかることだった。
彼女は紛れもなくいい人なのだから。
自分の中にいる異世界の自分も、違う道を歩み異なる性質を持っているとしても、悪い人だとは思えなかった。
ノエルにとっては、それと同じことだった。
ただ、見かけることがあれば話をしてみたいと思った。




