78.名古屋が大ピンチ
関所に入ると、早速騎士団員に止められた。険しい顔をした男が、薙刀を使って通せんぼしている。
「通行許可証は?」
「あー……ないです」
「身の上を述べよ」
「神戸のギルド魔女の家のノエルという者です」
粛々と述べると、男は「えっ」と低い声をあげた。それから近くにいた男と、何かヒソヒソと相談しているようだ。
そう言えば、と記憶を探ってみる。
この男には見覚えがあるような気がした。見たとしたら、博多の騒動のときだろう。神戸名古屋連合軍に参加していたような気がする。
しばらくして、男がまたノエルを見た。
「なぜ魔界に?」
「私達が追ってる四神教の悪魔が、先程まで魔界の名古屋付近にいました。最近名古屋で四神教の教団員が発見されていると聞きましたし、何かあるんじゃないかと」
努めて礼儀正しく述べると、男は「なるほど」と頷いた。
「わかった、市長には俺から言っておこう」
「いいんですか?」
聞き返しながら、内心ほっとしていた。形式的に聞き返してしまったが、通れるならそれに越したことはない。むしろ心変わりされると困るので、しまったなと思った。
「四神教絡みのことであれば魔女の家に協力するよう、市長から厳命があってな」
「え、そうなんですか?」
男から飛び出した答えは、想像もしていなかったものだった。名古屋市長とは一度しか話したことがない。そのとき妙に気に入られたようだったが、そこまでしてくれるとは驚きだった。
男は「そうなんだ」と苦笑する。
「市長はお前達のことを痛く気に入っているんだ。精神的強者だと言っていたよ」
「なんかむず痒いですね」
「素直に喜べばいいのよ、こういうのは」
「喜んでるよ?」
少し談笑していると、男がまた苦笑した。ノエルは「すみません」と苦笑しながら、また「ありがとうございます」と礼を言って関所を通り抜ける。
男の前を横切り、ゲートを通る。
ここからは、魔界だ。自然と気が引き締まる。
関所の建物から出ると、乾いた空気が吹き抜けた。
荒涼たる大平原が、目前に広がっている。植物が一つも生えていない、土と砂と石だけの大地だ。流石に関所付近に魔物の姿はないが、明らかに壁の内側と空気が違っている。
少し先に、建物が見えた。
北西の方角だ。異世界から漂流した建物らしく、豪華な装飾が目立つ。白い壁に青い屋根。屋根には金色の十字架が飾られている。明らかに四神教の好みそうな建物だった。
それにしても、どこかで見たことがあるような建物だ。
「アイコ、あそこ?」
「うん、あそこよ」
「竹下の北にあったのと似てるな」
「ああ、それだ!」
既視感の正体に納得しながら、念の為剣を抜いておく。魔界ではいつ魔物が襲ってくるかわからないため、武器は常に抜いていたほうが良いのだ。
街道も整備されていない荒野を、北西の方角に歩く。段々と近づいてくる建物は、明らかに異質だ。何も無い荒野から完全に浮いている。ずっと見ていると寒気がしそうなほどに。
結局、何もないまま建物の前まで来た。壁からは結構離れている。魔物の生息域のはずだが、魔物の姿は見当たらない。四神教がこのあたりの魔物を狩り尽くしたのだろうか。
剣を携えたまま、扉を開ける。ギィ、と音を立てて扉が開いた。
「さてさて、すごく既視感があるね」
内装は教会然としている。長椅子がいくつも並べられ、奥には壇がある。竹下の北で見た光景と、全てが一致していた。
ノエルは迷うことなく、奥の壇に歩み寄る。
「もしかしてまたこれか?」
「とりあえずやってみよっか」
ルミとノエルで壇を押すと、やはり動く。今度は反対側から引っ張っていくと、壇の下に階段が現れた。
二人は並んでため息をついた。
「芸がないな」
「芸がないね本当に」
四神教はよほど地下が好きらしい。
博多にあったロイの拠点以外は、全て地下だ。普通は壇で隠しておけば十分なセキュリティなのかもしれないが、こうも一辺倒だとセキュリティがザルに思える。
敵ながら、それでいいのかと思ってしまった。
階段を降りてみると、やはり扉が一枚。鍵がかかっている。
「よーし、久しぶりにやるよ」
「よしやれノエル」
「サンディ、離れてたほうがいいわ」
「え?」
アイコがサンディを少し下がらせたのを見てから、ノエルは魔神剣で扉を思い切り叩き斬った。扉が真っ二つに割れ、音を立てて崩れ落ちる。
ルミが満足げに微笑んでいた。
「やはりこの手に限るな」
「だよねー」
「……ノエルって結構雑なんだな」
「脳筋なのよ、この子」
扉の先へと進むも、誰もいない。ここはこの部屋だけのようだ。広い部屋の壁際に、本棚がいくつも並んでいる。部屋の中心にはデスクがあり、何らかの機械と思しきものと試験管が置かれている。
明らかに研究室といった風情だ。
「誰もいないのが気になる……ここから街に教団員が来てるんじゃないのかな」
「ヒヒヒ、御明察であるぞ」
何者かの声が響いた。
剣を構えながら見渡すと、背後に声の主の姿があった。見た瞬間に、寒気がした。鳥肌が立ち、剣を握る力が強くなる。
サンディが目を血走らせていた。
グレイアッシュの悪魔だ。
「お前か! アサヒを襲ったのは!」
サンディは剣を構え、切っ先を相手に向けて叫んだ。飛び出すかと心配したが、杞憂だったようだ。彼は冷静に、だが殺気を漲らせたまま敵を見据えている。
「さてお前らは魔女の家であるな? 名古屋の街に戻ってみると良い。実に良い時に来たものだと褒めてやろう」
「どういうこと?」
悪魔はただただ笑っている。不気味なほどに、満面の笑みを浮かべている。
「至上の快楽、愉悦、娯楽。戦の時間だ。今頃は名古屋の街で教団員が暴れている頃だろう」
「何だと?」
「俺の最大! の趣味の時間だ! そこの男との決着は戰場でつけることとしよう」
言って、悪魔は姿を消した。
その瞬間、地面が激しく揺れた。本当に戦いが始まっているのだろうか。不安と焦りが募る。人族最強と謳われる市長がいるとはいえ、街で戦いが始まれば民間人の被害は避けられない。
ノエルは仲間達に向き直った。
「みんな、名古屋に戻ろう!」
言って、影扉を出す。ルミとアイコがすかさず影扉に飛び込んだ。ノエルは残されたサンディに向き直る。彼は未だ剣を構えたままだ。
「サンディ! あんまり悠長に転移させられないと思うから、走って来て!」
「ノエル、俺……!」
「アイツを見つけたら絶対に知らせるから! 少しでも多くの人を逃がしてほしい」
ノエルの真剣な言葉に、彼は少し俯いた後、顔を上げた。そして力強く頷く。
「ああ、わかった! 任せてくれ! 今度こそ人を守るために俺は剣を振るう!」
「よく言った! 頼りにしてるからね!」
それだけ言って、ノエルも影扉に飛び込んだ。
街の外などと悠長なことは言っていられない。
影扉をそのまま名古屋の街に繋げた。
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