74.元新人騎士団員サンディの過去
グリム歴2000年11月21日。
ルミに起こされて目が覚め、彼女と一緒に部屋を出ると、部屋から出てきたアイコがこちらを見ていた。
顔にニヤニヤとした笑みを張り付けて、階段から近い部屋なのにわざわざ近寄ってくる。二人が一緒に寝た日は、だいたいこうなのだ。
「ほーん? 二人今日も一緒に寝てたのねー?」
「もーアイコさあ、そろそろ見飽きたでしょ?」
「そうねー、ここんとこほぼ毎日だもんねー」
言いながら、アイコが顔を寄せてきた。
「うまいことやれた?」
「ん? なんのはな……待ってアイコ、このパジャマ」
「ふふふふふふ」
「余計なことしなくていいから、もうばか」
アイコが不敵な笑みを浮かべながら離れ、一階に降りていった。この家に来て、憑き物が取れたのはいいが、どうも彼女は少しはっちゃけすぎなようにも思える。
ため息を吐きながら、ルミに目配せすると、彼女は顔を真赤にしていた。
「え、かわいい」
「ば、バカ……早く行くぞ」
「はーい」
それからいつも通りに朝食をとり、着替えてゴミ拾いをし、ルミとアイコを連れて商会に向かった。
人相書きは既に届いているらしかった。
「こちらです」
忙しそうなリンから受け取り、「ありがとう」と頭を下げる。リンはすぐに書類の山と向き合い始めたため、ノエル達は早々に退散した。
人相書きは完璧だった。防犯カメラの映像で見たままの悪魔の姿が、紙にしっかりと書かれている。
サンディのところに行くにはまだ早い。
ひとまず、四神教絡みなら博多が怪しいという話になり、博多で聞き込みを行うことにした。
人相書きを見せてみるも、誰も知らないようだ。中にはノエル達のことを訝しむ者もいたが、ノエル達を歓迎している者もいた。
先日の博多での騒動もあり、顔がある程度売れてしまったのだろう。人相書きそっちのけで、ノエル達のことばかり聞いてくる市民に複雑な気持ちがした。
「すっかり有名人ね、あんた」
「ユーリアの博多改革にまんまと利用された気がするがな」
ルミの言葉に苦笑しながら、店で買ったお茶を飲みベンチに座る。
「まあでも、少しずつ変わりつつあるよ、ユーリアのおかげでね」
「少なくとも短剣は投げられてないしな」
「あはは、そんなこともあったねえ」
それほど前のことではないのに、もう大昔のことのように思える。あのときから考えれば、今の街の人の反応は随分と好ましいものになった。
露骨に嫌な顔をする人は相変わらず神戸と比べれば異様なほどに多いが、それでも物を投げつけようとはされない。これはこれで正常なのだ。
ユーリアはよくやっている、とノエルは思った。
「そろそろサンディのところに行くか?」
「だねえ」
「聞き込むにしても、もう少しアンダーグラウンドな場所じゃないと意味なさそうね」
「悪魔だしねえ」
よく考えてみれば、博多に悪魔が姿を現せば、大騒ぎになるに決まっているのだ。事実、今だって、ベンチに座ってお茶を飲んでいるノエル達を人々が遠巻きに見ている。
立ち上がると、一歩退く人までいた。
「よし、サンディの話を聞きに行こう!」
「アイコももちろん一緒にな」
「え? あたしも? ちょっと気まずいというか……まあでも、そうね、会うべきね」
覚悟を決めたように言うアイコに、ノエルはゆっくりと頷いた。
彼女も一度、サンディと会うべきなのだ。そのほうが、互いのためになると思った。今のアイコをサンディが知ること、サンディをアイコが知ることも必要なことなのだと。
サンディの部屋の前に影扉を繋げ、彼の部屋をノックする。
「入っていいよ」
すぐに声が返ってきた。
部屋に入ると、彼はまた窓際に座っていた。
だが、先日とは雰囲気が少し違うようだ。見てみると、クマが少し薄くなっていた。昨晩はよく眠れたのだろう。
安心して椅子を引っ張ってきて座ると、サンディはアイコを見て首を傾げていた。
「そちらは?」
「ああ、アイコだよ」
「昨日話したろ? ノエルの親の仇兼仲間の仇兼あの村を通報した張本人だ」
「それで私の幼馴染でお姉ちゃん」
「その紹介どうにかならないわけ? まあその通りだけど」
アイコは椅子がなかったから、土魔法で椅子を作った。座り心地は悪そうだが、席を譲るのは違うと思い何も言わないことにした。
サンディは「えっ」と言って、尖った細めを大きく見開きアイコを見ている。
「サンディね、あんたにも悪いことをしたと思ってるわ……ごめんなさい」
アイコが頭を下げると、サンディは「いやいや」と言って手をわたわたと動かした。
「でもあたしのせいみたいなところあるし、騎士団もクビになったんでしょ?」
「まあ騎士団に関しては別に、ただ自分を鍛えたかっただけだからな」
「鍛えたかった?」
ノエルが聞き返すと、彼は「ああ」と頷いた。
それから窓の外を見やる。
「俺が騎士団に入ったのは、何も守れなかった自分を変えたかったからなんだ」
彼は、窓の外を見ながら溢れるように語りだした。
サンディには、恋人がいたという。彼女とは子供の頃からの付き合いで、ずっと一緒に育ってきたような関係だった。幼馴染というやつだ。
二人は自然と惹かれ合い、15の頃に恋人同士になった。
「アサヒっていうんだけど、とてもいい子だったんだ。少し抜けてるところがあって気が強いけど、困ってる人がいたら助けようとするし」
「へえ、本当にいい子なんだね」
コクリと頷き、サンディは話を続ける。
二人はそのままずっと一緒にいるものだと思っていた。
18になり、サンディは家業を継ぐために修行を始めることになった。アサヒもその手伝いをしていた。家業というのは商店だ。六代続く京都の老舗らしい。
京都出身ということに、ノエルもルミも驚いていた。
「あの日は、親から貰った休暇で旅行をしてたんだ。行き先は博多でさ、ボアピッグの牧場を見に行ったんだ」
博多観光をある程度した後、アサヒが牧場を見に行きたいと言ったらしい。断る理由もなかったし、商店では肉類も取り扱っているから興味もあった。勉強も兼ねて見に行ったのだが、そこで問題が起きたのだった。
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