7.救世主グリム
「ん……」
明るい。
寝ていたはずが、なぜか明るい場所にいた。真っ白な空間が広がっている。怠い体を無理矢理起こしてあたりを見渡す。
一人、ぽつんと佇む女性の影があった。
彼女はなぜか、ノエルと似たローブを着ている。ノエルと同じ銀髪で、ノエルよりほんの少し背が高い。髪型はミディアムのノエルとは違い、ロングである。はじめて見るはずが、どういうわけか懐かしいような気がした。
彼女はノエルに気がついたのか、向かってきた。
ノエルが完全に立ち上がる頃には、眼の前にいた。
「気がつきましたか」
「ここは? あなたは一体……」
問うと、彼女はにこやかな笑みを浮かべる。
「狭間の世界です。あなたの意識だけをここに呼び寄せました」
「ダメだ、何もわからない」
「私は白教の言うところの救世主、女神とも呼ばれているただの女悪魔のグリムです」
「え!?」
ノエルは驚きに思わず後ずさった。なぜ救世主が自分を呼んだのか、なぜ彼女が自分と似た姿をしているのか。困惑と疑問と驚愕にまみれ、頭が痛くなった。
「あなたに伝えたいことが2つあります」
頭を抱えるノエルの肩を、救世主を自称する女は二本指を立てながら優しく叩いた。
「はい、なんでしょうか」
「まずひとつ、魔法の使いすぎです」
「うっ」
目を逸らしてしまう。ノエルにとっては耳が痛かった。
うつろにも、料理中に言われていた。魔法を使いすぎてノエル自身に返ってきてしまうことを、うつろも危惧しているようだった。
救世主もそうなのだろう。
だが、当の本人はあまり気にしていない。なぜかはわからないが、それはそれでいいのかと思っている自分がどこかにいた。
「もうひとつ、もっと自分の感情に目を向けてください」
「それはどういう……」
「感情を糧に魔法を使うというのに、あなたはその感情を無碍にしているように思えます」
言われて振り返ってみるも、ノエルにはわからなかった。感情を無碍にしているという言葉の意味が、わからなかったのだ。
ノエルは自分ではしっかりと、悲しみにも怒りにも殺意にも目を向けているつもりだった。
「特に、あなたは自身の絶望に鈍感すぎます」
「絶望、ですか」
「あなたの心の、魂の根底にある絶望を思い出してください」
「そう言われても……」
「どうして、お父様がお亡くなりになる前から、あなたは絶望していたのか」
どくん、と心臓が跳ねた。
父親が殺される前から絶望していた、という言葉が身に覚えがないにも関わらず、心が何かを叫んでいるかのようだった。
「とにかく、自分自身にも目を向けることです」
「あっはい、そうですね」
「説教臭くなっちゃいましたね」
救世主が、にっこりと微笑む。
「まあ実際お説教でしたしね」
「ふふふ」
「へへへ」
二人して笑い合うと、救世主は左手首を見た。腕時計でもあるのかと思ってノエルも彼女の左手首を見てみたが、そこには何もなかった。
「そろそろ時間です」
「時間?」
「お友だちがあなたを起こしてますね」
「ああ、でも私寝起き悪いからなあ」
父親がいないときは、毎日アイコが起こしに来ていた。師匠のところに泊まり込みで行っていた日には、起きようと思っていた時間の4時間後に目が覚めるということも日常茶飯事だった。
そのうえ、起こされてもなかなか起きないのだ。
「ならもう少し時間がありますね」
「お恥ずかしながら」
救世主の顔が近づく。
口づけでもするのかと思ってしまうほどの距離に戸惑っていると、彼女は自分の額をノエルの額に押し付けてきた。その瞬間、じわりと温かい何かがノエルの中に入り込んだ。
気の所為ではなく、比喩でもなく、確実に何かが自身の中に入ったという実感があった。
「何をしたんです?」
「おまじないです。これが一番の目的だったの忘れてました」
「おまじない?」
「効果が出るのは、まだ先です」
「んん?」
「いずれわかります。とりあえず、今日はここまでですね」
その言葉に促されるかのように、ノエルは無意識で自分の体を見ていた。半透明になり、消えかかっている。直に目が覚めるのだろう。
――そういえば、ここでの出来事って覚えてられるのかな。
「覚えていられますよ、またお会いしましょうね」
彼女はノエルの心の内を見透かしたかのように笑う。
「今度はお説教抜きでお願いします」
「あなたが良い子にしていれば、ね」
「ああ、無理かもなあ……」