57.六甲山消滅
グリム歴2000年11月10日。
いつもの早朝ゴミ出しをしてみんなを起こし、朝食を摂った後、リンに呼ばれて魔女の家総出で市庁舎前に来た。アイコも一緒だ。
市庁舎前には、人が大勢集まっている。ユーリアとラウダが市庁舎から出てきた。ラウダは神妙そうな顔で、俯いている。ざわつく市民の声は、ユーリアが右手をあげると収まった。
「諸君、先日の魔薬流通の件におけるラウダ君の処遇が決まった」
「なるほど、それでこの騒ぎなのかあ」
ぽつりと呟き、彼らをじっと見る。ラウダが四神教から仕入れて街に流通させた魔薬は、最初は浮浪者のみに流通していた。アイコも売人として直接売っていたため、他人事ではない。ちらりと彼女の顔を見ると、彼女はただただ黙って彼らのほうを見つめていた。
魔薬は市民にも影響を与えた。ノエルが直接被害を知るのはリアスだけだが、街にあったゴミから察するに他にも大勢被害者がいるはずだ。
どんな処分になるのか、皆が固唾をのんで見守っている。市民は皆、複雑そうな顔をしていた。ノエル達もそうだ。
複雑なのだ。彼はラウダ商会会長として長年大陸の発展に貢献してきた人物であり、街の人からの信頼も厚い。
ノエル達しか知らないとはいえ、利用されていた立場であるということもある。
複雑な心境になるなと言われるほうが、無理な話だった。
「彼の罪は大きいが、功績もあまりに大きい。そのうえ、彼は四神教の教祖たる人物に利用されていたという魔女の家の面々の証言もある」
まだ前置きの段階だが、誰もが黙って見守っている。空気がピリリと張り詰めているように感じた。
「よって、観察処分とし、ラウダ商会会長の任から降りてもらうこととなった。だが彼なしでは商品開発に大きな支障が出るという声が大きく、商品開発部の名誉顧問という扱いとなる」
観察処分。危険薬物流通の罪としては些か軽すぎるように感じる決定だが、この処分をノエルは軽いとは思わなかった。市民の誰からも、文句の声は出ていない。
ラウダは長年自分が築き上げてきた商会のトップから降ろされるのだ。その権威も権力も、失うことになるだろう。表面上だけでは軽く思えるこの罰が意味するところは、想像よりも重いのだ。
「観察は魔女の家に一任し、彼を魔女の家のメンバーに加えてもらうこととする」
「え? 聞いてないんだけど?」
「あ~、昨日わたしだけ秘書さんから聞いたんだよね~」
「そうなんだ……まあいいけどね」
昨日カイとユーリアの秘書が一緒に魔女の家にいた。その際に、この話がカイに伝わったのだろう。カイは、「ごめんごめん」と両手を合わせていた。
驚きはしたが、ノエルも別に意義を挟むつもりはなかった。行き場がないなら魔女の家に来てもらうつもりではいたし、この決定もユーリアなりの温情なのだと理解できる。
市民からは驚きの声のようなものがあがりはしたが、やはり文句や野次といったものは出てこない。
それからユーリアはあれこれと言って、ラウダが深々と頭を下げ、市民達を帰らせていた。残ったノエル達の前に、ラウダが申し訳無さそうに腰を折ってやってきた。
そんなラウダを見て、カイがにんまりと笑っている。
「元会長が後輩になるなんてね~」
「よ、よろしく頼むで」
「よ! 新人!」
ルミがラウダの背をバシッと強く叩いた。
「頼むで新人!」
ノエルもラウダの口調を真似ながら、彼の背中を叩く。
アイコは何も言わないし、ラウダもアイコには何も言わない。ラウダはただただ「すまんかった」と言って、頭を下げた。
それからラウダにはしばらくカイの下につき、日常業務を学んでもらうことになった。カイは後輩が出来たことと、ラウダ商会の会長を顎で使えるということに何か愉悦を感じているのか、笑顔だ。
正直、その笑顔が恐ろしく、ノエルは苦笑いしながらカイにこき使われるラウダをしばらく眺めていた。
彼の働きぶりは、大したものだった。とは言っても、フレンの依頼以外にはカイが一人でも対応できる地域の困りごとくらいしかなかったが、ラウダはどんなに細々とした仕事でも嫌がる素振りを見せない。
それどころか、笑顔でこなしている。地域の子ども会のための飾りつけを作るのに人手が足りないという依頼のために、折り紙で飾りを作る強面の男の姿は、なんとも面白い。
ノエルがそれを見て微笑んでいると、アイコがため息をついて対面に座ってきた。
「あんたちょっと、何でも引き受けすぎじゃないの? あれいくらの仕事なのよ」
「え? 銅貨20枚」
「子どものお小遣いレベル……」
アイコが頭を抱えているが、ノエルは笑顔だった。彼女のこういう反応も、気まずく思っているだろうに小言を言ってしまうところも、なんだか懐かしいのだ。
「安くて平和な依頼がたくさんあるほうがいいじゃん」
「それに、この手の頼まれごとは前は金を取ってすらいなかったしな」
ノエルの隣で剣の手入れをしながら、ルミが言った。
「皆申し訳なく思ったのだろうな」
影からひょっこり出てきたうつろが、ノエルの膝にちょこんと座りながら言った。
最初は無料で手伝いをしていたのだが、次第に「次はちゃんと依頼するよ」と街の人々が言うようになり、本当に依頼として仕事を回してくれるようになったのだ。ユーリアはうまい営業活動だと笑っていたが、ノエルにはそんなつもりは毛頭なく、ただ好きでやっていたに過ぎない。
それでも、好意を受け取らないことは失礼だから、とお金を払って依頼してくれる細々とした困りごとや頼み事を全て引き受けていた。
「ま、あんたらがいいならいいけど」
「色々言って気まずそうにしてる割に、気にかけてるんだな」
ルミが言うと、アイコは「別に」とそっぽを向いた。耳がほんのりと桜色になっている。相変わらずわかりやすい子だなあと、ルミと一緒に笑った。
それからもラウダの仕事ぶりを観察したり、ノエル達も一緒に仕事をしたりして1日を過ごした。ノイマンから何かをしてくるような様子は、今のところはない。
ノエルは笑顔で過ごしながらも、レントのことが気がかりだった。フレンも笑顔で過ごしてはいたが、内心穏やかではないだろう。
なんせ、弟の居場所は既にわかっているのだから。
◇◇◇◇◇◇
グリム歴2000年11月11日。
日常業務をこなした後、昼になってフレンが痺れを切らした。
「今すぐレントを助けに行くのだわ!」
家の前で神通力まで使って暴れるフレンを押さえつけるが、すぐに突き飛ばされる。ノエル、ルミ、アイコ、ラウダの4人がかりでかかっても怪力と神通力のせいかうまく押さえられない。
ルミが神通力を被せて相殺を試みるも、練度が違うのか相殺しきれずにルミが吹き飛ばされた。それを見てフレンが「あっ……」と声を漏らし、ピタリと動きを止める。
皆安心したように息を漏らしているが、ノエルは内心フレンと同じような気持ちだった。むしろ彼女はよく、1日我慢したとすら思う。
どんな危険があろうとこのままフレンを連れて行って、暴れまわったほうがよいのではないか、という考えがどんどんと膨れ上がっていった。
そんな風に思ってどう声をかければいいか迷っていると、アイコがフレンに近づき、膝を折った。
「今行くと、レントくんが危険かもしれないの」
「どうしてそんなことわかるのかしら……? だって危ない人たちのとこいるんでしょ!?」
「あたしにはわかるのよ、アイツらはレントくんを実験道具として見てる。そこに攻め込んだら、アイツら何しでかすかわからないわ」
予言書のことは、フレンにもそれとなく話してはいる。
だが、そう簡単に飲み込めるような話ではないだろう。ノエルですら、理解できていない部分が多い。アイコも予言書について、完璧に理解できているわけではないようだった。
それに、アイコには何か別の狙いがあるようにも思える。すぐに攻め込むことによって危険があるというよりも、ノイマンの手引で司教に会うという名目のほうが都合がいいのだろう。
根拠はないが、これまでのアイコの行動を見ているとそんな気がした。
正直、ノエルはフレンのほうに同意したかった。アイコのことは信じたいし信じようとも思っているが、実際に何をどうしたいのかわからない部分が多い。
それよりも、フレンの弟を助けたいという素直な気持ちのほうが優先するに値するように思えた。
「アイコ、やっぱりさ――」
素直な気持ちを言葉にしようと思った瞬間、割れんばかりの轟音と共に地面が激しく揺れた。
「なに!?」
「地震か!? ガキンチョ、頭守れ!」
揺れはしばらく続いた。ラウダがフレンの頭を守るようにして抱きかかえている。ノエル達も皆、木々から離れるようにゆっくりと動いていた。
何秒ほど続いたかわからないが、かなり長い時間に思えた。揺れが収まった今も、地面が揺れているような錯覚を覚えている。
「まさか……あいつら!」
アイコが血相を変えて、街の方向へと駆け出した。
「あ、ちょっとアイコ!?」
ノエルもそれを追う。家の中から飛び出してきたカイも含め、仲間達全員でアイコの後ろ姿を追った。彼女は街を駆け抜け、北門を抜け、しばらく走ったところで突然立ち止まった。
どこか一方向を見つめている。
何を見ているのか気になり、アイコと同じ方を見てみた。
「え……?」
口から漏れたのは、困惑の声だった。仲間達も口々に、短く声を漏らしている。街の北門から北東。そこにあるべきはずのものがなかったのだ。
いや、厳密にはある。
削れているのだ。
「六甲山が……」
「バカな、何があればあんなことになるんだ?」
「嘘やろ、あんなん赤龍にも無理やぞ!」
六甲山が、大きく削れている。まるで、一部だけがなにかに異空間にでも飛ばされたかのように綺麗に抉れている。山が真っ二つに割れてしまったかのようだ。
「博多よ、博多の四神教の仕業よ」
「四神教って、こんなこともできるの? わたし信じられないんだけど……」
「依代型高密度エネルギー砲……依代研究で開発されてる兵器よ」
アイコが削れた六甲山を見ながら、ぽつりと呟いた。まだ完成なんて遠かったはず、とアイコがぶつぶつと言っている。
依代、というのは聞いた言葉だ。アイコが言っていた、博多地下教会の第一研究区画で研究しているエネルギーを蓄積し増幅させるための装置だと。それが、この六甲山のおかしな抉れ方に関係しているというのだ。
ノエルも、信じられない気持ちだった。
こんなことは、人類にできる所業じゃない。悪魔の魔法だろうと、難しいだろう。少なくとも、ノエルにはできそうになかった。
いや、出来たとしてもやらないのだ。山を一つ消し飛ばすような危険なことは、仮に能力的に可能だったとしても、心を持つ人類には無理なのだ。
もっと恐ろしいのは、この高威力の兵器が街に放たれることだ。これは威嚇か実験かわからないが、いずれ街に向くだろう。
ノイマンは恐らくこの存在を知らないだろうが、ノイマンが市長でなくなり、四神教が影から博多の街を好きにできなくなるとなれば、神戸に報復をしかねない。
ノエルはそれがたまらなく恐ろしく感じた。
そして、無惨に姿を変えた六甲山を見て、暴れるフレンを見たときに抱いていた気持ちがより強くなった。
「もう悠長なことは言っていられないよ、やっぱり今すぐ地下教会に攻め入ろう」
「ダメよ! 絶対後悔するわ!」
「行かなきゃもっと後悔する! 仮に今レントくんが無事でも、こんなことをする連中だよ? これが街に向けられたらどうなると思ってるの!」
アイコがまた苦虫を噛み潰したような顔をしている。唇をぎゅっと噛み、睨んでくる。それでもノエルは、自分が間違っているとは思えなかった。
なぜここまで止めようとするのかは理解できないが、先ほど考えていたことが間違いではないことがノエルの中でハッキリとした。アイコは、今行かれると計画に狂いが出ると思っているのだろう。
その計画というのが何なのかはわからないが、それに合わせて多くの人の身が危険に晒される可能性がある今を捨てる道理はないように思えた。
「ごめんね、アイコ、私は行くよ」
「私もノエルに賛成だな。これは常軌を逸している」
「カイちゃんとフレンは一緒に行こう。ラウダとルミは残って念の為街の人に説明して、避難を促して」
仲間達に指示を飛ばすと、全員力強く頷いた。カイは既に魔女の家に駆け出している。ノエルが子機を設置したら、すぐに転移できるようにしたいのだろう。
ラウダもルミも、街へ駆けていった。
「フレン、レントくんを助けに行こう」
「うん……!」
白銀のローブの裾を掴むフレンの頭を優しく撫でると、彼女は力強く頷いた。
ノエルは影扉を出し、アイコに向き直る。
「アイコはどうするの?」
彼女は何か言いたげに口をパクパクと動かした後、大きなため息をつきながら頭を掻き乱した。それからノエルをじっと見据え、一歩踏み出す。
「あたしも行くわ、こうなりゃヤケよ!」
「そう言うと思ってたよ」
「行くわよ! 本拠地だろうがなんだろうがぶっ潰してやるわ!」
その言葉に微笑みながら、頷く。
三人一緒に、影扉へと踏み出した。
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