6.四神教の京都市長
「それで、ルミ、お前はどうして倒れていたんだ?」
うつろが問うと、ルミは姿勢を正した。背筋を伸ばし、食べ終わってもなお離さなかった器を地面に置く。
そうして、語り始めた。
「私は京都市長を倒すため、精霊に力を借りようとしたんだ」
「精霊に?」
「ああ、精霊術でも使えればと思ってな」
ルミが言うには、京都の市長であるロイが四神教の教団員であることを突き止めたらしい。恐らくは、教団内でもそれなりに立場のある人物だそうだ。
そして、二十二年前に京都に魔族を引き込み、散々京都を荒らした挙げ句、魔族側を裏切った。
「二十二年前の魔族戦争ね」
「ロイは戦争を終わらせた英雄として市長になったんだ」
「え、マッチポンプってやつじゃん」
「その通り」
そして、ルミの母親はロイが引き込んだ魔族に何度も代わる代わる犯されたそうだ。ノエルは聞いていて目眩がしそうだった。
ルミは、人間の母親と知らない魔族の男との間に生まれた子どもらしい。
それら一連の事実を突き止めたはいいものの、相手は魔族であり悪魔でもあり、その力に為す術なく倒されてしまった。ルミは生き残ったが、もう一人、ラインハートという同僚は連れ去られてしまった。
「しかも奴は魔導剣も使うんだ」
「それで精霊に力を借りようとしたのね」
「で、借りられたんですか?」
「会えなかった……何日も森を彷徨い、食料と水が底をつき森を出て……」
なるほど、とノエルは頷いた。
しかし、ノエルの中で何かが引っかかる。何が引っかかっているのか、ノエル自身にもわからなかったが、ルミには何か隠していることがあるように思えた。
だが、それも当然の話だとすぐに納得する。出会ったばかりなのだから。
ノエルは追求せず、代わりに自分たちの話をした。
ノエルの話を聞くと、ルミは涙目になりながら膝を打った。
「協力させてほしい」
「え?」
ノエルは目を丸くして、ルミを見た。彼女は目に涙をためながら、ノエルの手を握ってくる。ノエルは呆然と、その手を見つめていた。
木々がざわめく。風が湿った空気をどこからか運んできて、木々の少し土臭いような匂いが鼻まで届いた。
「命を救ってくれた恩を返したい」
「いやいや、いいんだよ、当然のことだから」
思わず、気が付かない内にタメ口になっていた。
「その答えで、ますます手伝いたくなった」
「でも、ルミさんも自分のことで大変でしょ? 恩なんて今返してもらわなくていいんだから」
「む。強情なんだな」
ルミが眉根を下げて笑う。
それからしばらくむむむと唸り、「よし」と明るい声色で言った。
「では、友達になってくれ」
「え!?」
どうしてそうなるの、と声を荒げたくなったが、グッと堪える。その代わり、口から出たのは素っ頓狂な声だった。
「友達として協力させてくれ、恩とかではなく!」
「もう……協力してもらったら?」
アイコがため息をつきながら、ノエルの肩を叩いた。
「というか、どっちも目的が四神教なんだし協力し合えば良いのではないか?」
「あ」
「あ」
うつろの言葉に、ノエルとルミが同時に声をあげた。
考えてみればその通りである。ルミが追っている相手は四神教の一員である京都市長であり、ノエルの目的も四神教を探ることだ。
ノエルには魔法の力がある。ルミの言う「対抗するための力」というところに近い位置にいるはずだった。
ルミには、騎士としての立場や繋がりがある。
互いに無いものを、持っていた。
「そうだね、協力しあおっか、友達として」
ノエルが言うと、ルミの顔が花が咲いたように明るくなった。ノエルはワンキャットという、愛玩用の魔物を思い出していた。金持ちによく飼われているという、愛くるしい魔物。
主人が近寄ると顔が明るくなり、嫌なことがあるとすぐに顔に出る。似ているな、とノエルは微笑ましい気持ちになった。
「ありがとう!」
「その代わり、全員タメ口、さん付けもなしね!」
「わかった。ノエル、アイコ、うつろ、よろしく頼む」
「こちらこそ、ルミ」
「まあ、ルミは普通にタメ口だったけどね」
アイコが言うと、ルミが声をあげて笑った。ノエルもつられて笑ってしまう。
話がまとまったところで、街道の隅に寝床を用意した。まだ歩くこともできるが、話し込んでいるうちに日が落ちかけている。
少し談笑してから、四人は少し早い眠りについた。