54.四神教地下大教会
博多の街に戻ってきたノエル達は、一度休息を取ることにした。思えば、昼食も摂っていなかったのだ。市庁舎近くの定食屋に入ると、店内がざわついた。
だが、入店拒否はされなかった。奥のテーブル席に陣取り、日替わり定食を4人分注文した。うつろが影から出てきて、テーブルに備え付けられた水をコップに注いで飲んでいる。
「今日は食べるんだね」
「たまにはな、食事は心の栄養だ」
「このメンバーで揃って食べるのは、私が行倒れたとき以来か」
目を細めて笑うルミにつられるように、ノエルも笑った。
「もう随分と昔のような気がするね」
「色々とあったからなあ」
「だな」
気まずそうに目を逸らしているアイコの前に、水を入れたコップを置く。するとアイコは「ありがと」と短く答えた。
色々あったとルミが言ったから、彼女なりに気にしているのだろう。
「父さんのことなら私は気にしていない。私もあのとき殺そうとしていたわけだしな」
「ルミ……」
「私自身のことも、おかげで力が増したんだ、それほど気にしてないよ」
ルミがコップに水を注ぎながら、語った。語り口は淡々としているが、声色は優しかった。アイコは依然として目を逸らしたままだが、覗き込むと瞳が潤んでいるのが見える。
よく涙ぐむ子だな、懐かしいなと思った。昔はノエルも泣き虫だったが、アイコもまた泣き虫だったのだ。
二人でタンドやスールに怒られて、よく泣いていたのを思い出した。
「アイコ、この事件を解決したら、改めて話があるんだ」
ノエルが言うと、水を飲んでいたアイコがこくりと頷いた。
「あたしも、話があるから」
この事件が解決したら、改めて仲直りしよう。アイコは嫌がるかもしれないけど、何がなんでも仲直りしてやる。こうやってアイコも一緒にテーブルを囲んで話すのも、アイコの説明を聞きながらウロボロスを歩くのも、楽しいのだ。
仲直りの理由なんて、それだけで十分だとノエルは思った。
それから四人で談笑しながら遅い昼食を摂り、店を出た。
うつろは再び影に入っている。食後の運動のために、影の世界を歩き回ると言っていた。影の世界でなら、契約者から離れられるらしい。
「目的地は博多の地下ということだけど、どうやって行くの?」
「その前に、衣装を取りに行くわ」
「衣装……あー、なるほどね」
アイコが影扉を出し、全員で入る。
向かった先は、秘密基地だった。今でもアイコが使っており、物が散乱している。瑪那回路を刻むための道具、漂流物をいじるためのドライバーなどが転がっていた。
それらの中に、衣装があった。
アイコはそれに身を包み、ノエル達にも手渡す。
渡されたのは、四神教のローブだ。白銀のローブの上から着て、前のボタンを閉じる。着てみるとわかったが、ローブというよりも外套に近いような着心地だった。
ボタンによって前はピッチリと閉じられており、丈も白銀のローブより長く、中に何を着ているかなどは見えないようになっている。
「フードを被ると認識阻害されるわ。地下ではずっと被ってて」
「わかった」
「どうだ? 似合うか?」
ルミが手を広げて一回転した。
趣味の悪い金色の十字架がなければもっとかわいいのに、と思わずため息が漏れる。
「似合ってるよ」
「ふふん、シャツにジャケットばかりだからか、新鮮な気分だ」
「ルミもローブ着る? 似たの買っておそろいにしようよ」
「おそろいは魅力的だが、私の戦い方と相性が悪いからな」
「たしかに」
ルミはとにかく素早く動き回る戦闘スタイルだ。騎士でなくなってからというものの、動きやすいよう、ジーパンとシャツとジャケットを常に着用している。
ローブ姿をもっと見ていたいから残念だったが、仕方がない。
「黒ノエルもいいな、かわいい」
「でしょ? たまには黒もいいかもね」
ルミをならって、手を広げて一回転してみる。ノエルはノエルで、常に白銀のローブにホットパンツだ。ホットパンツは動きやすいから好きだし、白銀のローブは汚れないから好きだ。
何より毎朝何着ようかと悩まなくて済むのがいい。
ただ、たまには普段と違う服を着るのもいいかと思えた。
「はいはい行くわよ」
アイコが影扉を出してため息をついた。これから、アイコが直接敵地に影扉を繋げて潜入するという手筈になっている。
適度な緊張が背筋に走った。
だが、不思議と恐れはない。このメンバーでなら、誰にも負ける気がしなかった。
「よし、行こう!」
「四神教の総本山か、気を引き締めよう」
認識阻害のフードを被り、影扉に入った。
扉を出ると、そこは無機質な空間だった。長い廊下が広がっており、廊下の左右の壁には等間隔で扉が並んでいる。冷たく閉塞感のある空気が、ここが地下なのだと訴えかけているようだった。
「片っ端から手がかりを探すわよ」
片っ端から扉を開けていく。
最初に入った部屋は、誰かの私室のようだった。教団員の部屋らしい。誰かの私物があるだけで、特に手がかりになりそうなものはない。
次も、その次の部屋も、またその次の部屋も同じだった。男女問わず、この区画に人が住んでいるようだ。特に気になるところもない。ベッドがあり、小さなデスクと棚があるだけ。最低限のつくりだった。
廊下を歩いていると、十字路が出てきた。
「えっとさっきのが居住区で南だから……北が第一研究区画ね。マゾーンという司教が担当している区画よ」
「すごく怪しいね」
「東に行けば第二研究区画と、第三研究区画。西に行けば礼拝堂と懺悔室と重要人物の居住区があるわ」
さて、どちらに行くべきか。研究区画というのは怪しいが、重要人物の居住区というのも気になる。
決めあぐねていると、アイコが西を指さした。
「情報を集めるならあっちね、懺悔の内容とかも記録されてるし」
「じゃあまず西に行ってみるのがいいのかあ」
「情報は命だからな、重要だろう」
「わかった、西に行ってみよう」
十字路を西に曲がり、進んでいく。何人かの信徒とすれ違うが、誰も自分たちを怪しむ素振りを見せなかった。このローブが四神教の信徒の証であり、これを着ている時点で仲間だとみなしているのだろう。
西側の廊下をしばらく進むと、大きな礼拝堂があった。とても広く、同じローブを着た人々がベンチに座って両手を組み、祈りを捧げている。
奥にはステンドグラスと像があった。ステンドグラスも像も、それぞれ4つ。女性を象ったものが2つと、男性を象ったものが1つ、巨大なクジラのような見た目をしたものが1つ。ステンドグラスも、彼らを描いているようだ。
あれが、四神なのだろう。
礼拝堂を突っ切ってさらに西へ進むと、小部屋がいくつもあるようだった。
「ここが懺悔室よ、向こう側に懺悔する人が来るの」
「ちょっと入ってみよっか」
「そうね、記録に手がかりがあるかもしれないわ」
一番奥の小部屋に入り、座ってみる。ルミは外で見張りをすることになり、アイコと二人で入ったが、人が二人入っただけでもかなり狭い。
アイコが後ろから手を伸ばし、ノエルの目の前にあるノートパソコンを操作した。本当に、懺悔の内容が記録されている。教団員以外の信者による懺悔の内容は、多岐にわたっていた。
浮気をしてしまっただとか、娘が言うことを聞かず思わず手を上げてしまっただとか、至って普通の懺悔ばかりだ。
突然、向かい側から物音がした。ギィ、と椅子が軋む音がする。
誰か入ってきたのだ。焦ってアイコにアイコンタクトをすると、彼女はノエルと席を代わった。ノエルがアイコの後ろにまわり、音を立てないように息を殺す。
冷や汗が頬を伝った。
「本日はいかがなさいましたか? 迷える子羊よ」
アイコが澄ました声を出しはじめ、思わず笑いそうになった。口をおさえて、必死に声を殺すも、腹の底から笑いが込み上げてくる。アイコがチラリ、と尖った目を向けてきた。
「大変申し上げにくいことなのですが……」
どこかで聞いたことがある声だ、と思った。どこで聞いたかは思い出せないが、とにかく聞き覚えのある不思議と不快感がこみ上げる声だ。
「安心してください、神々はお許しになられます」
「おお……ありがとうございます」
あの神々はそんなに寛大なのだろうか、と首を捻った。もっとも、会ったことはないが。
「実は先日、教団の役に立つと思い、魔族の男児を攫って参りまして」
――魔族の男児! 来た!
あまりの偶然に、目が見開かれる。笑いが一気に冷えていった。
「そちらは教団に献上したのですが、後日魔族の女児も攫ってまいりまして」
「その魔族の女の子がどうかしたのですか?」
「いい奴隷になるとオークションにかけたのですが、突然現れた悪魔に強奪されてしまい……調べたところ、先日攫った男児の姉ということが判明したのです」
フレンのことだった。
こいつがフレンとレントを攫った犯人か、と思わず拳を握りしめていた。
だが、もっと憤りを強めたのは、この声の主が誰なのかを思い出したからだ。この腹の底に響き渡る低く不快な声、ノイマンだ。
街を落とされ、今は牢屋に入っているはずが、どうしてこのようなところにいるのかはわからなかった。
ただ、許せない。
「例の悪魔は四神教を追っております。使徒アイ・コンパイル様の仰せの通りに彼女の村を滅ぼしたのですが、それを恨みに持たれまして……博多は陥落。あの魔族の女児から話を聞き出し、弟を探しに来るやもしれぬと……」
村、という言葉に思わず声が出そうになった。必死に噛み殺したが、危ないところだった。アイコに言われて、村を滅ぼしたと言った。市長がゴリ押ししたのだとサンディとミハエルは言っていたが、こういうことだったらしい。
ノイマンは彼らが何者かもわからず、ただ四神教に言われたからというだけであの村を滅ぼしたのだ。大義も名分もなく、痛みを感じることすらなく。
アイコとこの男の決定的違いが、そこにあった。
「その魔族の男児というのは、ここにいるのですね?」
「はい、第一研究区画でマゾーン司教の依代……瑪那バッテリーの研究に使うとのことでした」
第一研究区画。あの十字路を北に行ったところだった。レントの居場所はわかった。今すぐにでも探しに行きたいが、アイコは手をあげた。まだ何か、やれることがあるというのだろうか。
「私はどうしたら……」
「悔い改めなさい。そして、償うのです。今、教団に使徒アイ・コンパイル様がお見えになっております」
「し、使徒様が!?」
「ええ、金髪の美しい元気なお嬢様という外見ではありますが、女神コンパイラの使徒です」
急に何を言い出すのだろう、と思った。自分で自分を持ち上げている場合ではないだろう、と。
ただ、なんとなく理解はできた。アイコはノイマンを利用する気なのだろう。ノエルは固唾をのんで見守ることにした。
「マゾーン司教を例の悪魔に引き合わせなさい」
「あ、悪魔をですか?」
「はい、そうすれば、アイ・コンパイル様の力により全てが丸くおさまります」
アイコにしては強引すぎる手段だと思ったが、どうも相手は単純らしい。「あぁ……」と息を漏らしている。すすり泣くような声まで聞えてきた。
「わかりました!」
「はい、努力なさい、さすれば神々もお許しくださいます」
「はい! 失礼します!」
ノイマンが去る音がしてから、ノエル達も懺悔室を去った。
待っていたルミに中であったことを全て説明すると、彼女はなるほどなと短く言って頷いた。ひとまず、レントの居場所はわかった。
あとは乗り込むだけだが、アイコが言うには最悪の場所だそうだ。彼女がノイマンに、ノエルとマゾーン司教を引き合わせろと言った。
つまり、このまま乗り込むのではなく、あくまでも四神教側からアプローチさせる作戦らしい。
納得がいかない部分はあったが、とにかく一度家に帰ることになった。
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