52.浮遊衛星都市ウロボロス
博多に到着したはいいものの、どうも聞き取り調査ができるような雰囲気ではなかった。先程の一瞬で終結した戦争の話がもう回っているらしく、街の人たちが奇異の目で見ているのがわかる。
人が避けて歩いているし、ヒソヒソとこちらを見て話している人もいる。
「どうしようアイコ」
「まずは博多港でしょ? 魔界から来たんなら絶対通るはずよ」
「あ、そっか」
「しっかりしろよノエル」
うつろの言葉に頬を膨らませながら、彼女の頭をこつんと優しく叩く。
博多港に行くと、船乗り達が慌ただしく動いていた。貨物船の積荷を整理している人や、休憩をしている人などが大勢いる。ノエル達は適当な木箱に腰をかけて休憩しているバンダナを巻いた男に声をかけた。
「すみません、少しお時間いいですか」
「なに?」
「少し前に魔族の子供が港に来ませんでしたか? 船で」
ノエルが聞くと、男は顎髭を撫でながら「魔族の子供ねえ」と唸った。
「いや、すまん、心当たりねえな」
「そうですか……」
「魔界からの船なら、あそこにいる奴が詳しいぜ」
男が指しているのは、木箱を三つ重ねてふらふらと歩いている青年。心配になるほど、腰がピクピクと震えている。
「ありがとうございます、聞いてみます」
「あの人やばいんじゃない?」
「だね、ちょっと行ってくる」
言っている間に、青年が木箱を落としそうになった。木箱が宙を舞っている間に、ノエルは影腕を出して木箱をキャッチした。驚いている青年に、ノエルは柔和な笑みを向ける。
「よかったら手伝いますよ」
「悪魔……? 君があの魔女?」
「どのかはわかりませんが、多分そうです」
「見返りは魂とか?」
「いえ、ちょっとお話聞きたいくらいです」
言うと、彼は木箱を運び始めた。無言の肯定と取り、ノエルは彼の行く先についていく。倉庫に木箱を入れていくらしい。他に人はいないようだった。
木箱を倉庫に入れ、倉庫を出る。外にある木箱を運び、また倉庫に入れる。それを三回ほど繰り返した。
「他に人はいないんですか? 結構量多いですけど」
「ああ、下っ端だからね、俺」
「でも一人じゃこれ無理ですよね」
「まあね、でもやらなきゃいけないんだよ」
大変だなあと思っていると、アイコも加勢し始めた。うつろも影の腕で木箱をひとつずつ運んでいる。契約者からあまり離れられないのだが、この程度の距離なら問題ないようだ。
四人で運べば、あっという間だった。彼も無理をして複数の木箱を一度に運ぶ必要がなくなり、少し余裕が出来たようだ。
仕事が終わり、彼は倉庫の木箱に腰をかけた。
「助かったよ、魔女って言ってもいい人だね」
「へへへ」
「それで、聞きたいことって何かな?」
ノエルは「それなんですが」と前置きして、事情を話し始めた。魔族の子が一人行方不明になっており、その子が魔界からの船に乗って博多に来たらしいと。
何か知らないかと問うと、彼は「ああ、あの子か」と漏らした。
「知ってるんですね!?」
「流石に目立つからね、よく覚えてるよ。一人で船に乗っててね、ウロボロスに向かうとかなんとか言ってて」
「ウロボロス?」
「浮遊衛星都市ウロボロス、あれよ」
アイコが指したのは、遥か頭上だ。よく見えなかったが、空に何かが浮かんでいるのが見える。普段は雲に隠れていて見えないが、晴天の日には薄っすらと影だけが見えるらしい。
浮遊衛星都市ウロボロス。博多の街上空に浮かぶ旧時代の大地だと、アイコが説明を足した。
「え、行けるんですか?」
「悪魔と魔族なら誰でも行けるらしいよ」
「とにかく、その子がウロボロスに向かったと、そういうことなんですね」
「ああ、そうだよ。それ以外のことはごめん、わからないかな」
何をしに行ったのかはわからないが、レントは確かに浮遊衛生都市ウロボロスに向かうと言っていたらしい。そして、一人で乗船していたと。予想が外れたが、手がかりは得た。
ノエルは「ありがとうございます!」と心からの礼を言って、港を後にした。アイコが「ウロボロスに行くなら北門ね」と言うので、北門から街を出る。
北門から出てしばらく進むと、不自然に草が生えていない場所があった。周囲には草が生えているため、人が何人か入れそうな円が形成されている。
「ここに立って、右手を高く掲げるの」
「えと、こう?」
言われるがままに、右手を掲げてみた。アイコもまた右手を掲げている。
「そうそう」
すると、唐突に足が地面から離れた。
「え? わ、わわわ」
地面が徐々に離れていく。ノエルとアイコは、浮かんでいた。頭上に見える影に吸い込まれるかのように、浮かび上がっている。
「ぎゃあああ! 怖い怖い怖い! 無理無理無理!」
アイコの腕をがっしりと掴み、叫ぶ。アイコは「あんたねえ」と笑っていた。彼女の笑顔を見られないほどに、ノエルは余裕がなかった。目を閉じてみるも、見えないほうがもっと怖いということに気づき、目を開く。
だが、目を開けばどんどん地面が離れているのが見えて怖い。何より、この浮遊感がどうも苦手だった。自分の意志とは関係なく浮かび上がり、どんどん上へと昇っていくのがたまらなく恐ろしかった。
「お姉ちゃん怖い! これ無理! まじで怖い!」
「語彙力どこ置いてきたのよ」
「だって怖いんだもん! 何これもうやだあ……」
「見えてきたわよ? なかなか見られない大地の裏よ?」
アイコに言われて、ちらりと見上げてみた。確かに、これは凄いが、大地の裏というのとは違っていた。巨大な鉄の塊だ。綺麗な円形をしている鉄の塊が浮かんでいる。
そして、鉄の塊に開いた穴に吸い込まれている。
あ、ダメだ、と思った。高いところからさらに高いところを見るのが、一番ゾワッとするのだ。
「凄いけど怖い!」
「子供ね」
それからもわーきゃーと騒ぎ、気がつけば足が地面についていた。アイコの腕にしがみついたまま、へたり込む。どういう仕組みかわからないが、穴に吸い込まれた後、穴のそばの地面に着地したらしい。
鉄の塊だったとは信じられないほど、自然豊かだった。自然とビルが融合したような不思議な光景に、息が漏れる。
「すごい……なにここ」
「すごいわ、自然とコンクリート! 蔦の絡みついたビルなんてもうキャーって感じで!」
「きゃー?」
「こほん、なんでもないわ」
アイコが赤面して咳払いをしている。ノエルはアイコの腕を引っ張るようにして立ち上がり、震える足を叩いた。アイコの腕を離し、改めて周囲を見渡す。
はじめて見るものばかりだ。道には鉄の塊が放置されているし、鉄の塊が放置されている道の横には仕切りがあり、また別の道がある。
「あれは車ね、であれは信号機、道は車道と歩道が別れてるのよ。旧時代の基本ね」
「あれが車なんだね、はじめて見たなあ」
「そしてここは風の精霊がいるのよ」
「ん? 待って待って待って」
旧時代の遺物を解説するのと同じテンション感で、淡々と言った言葉を聞き逃さなかった。精霊探しをしなければならないとわかってから、全然探せていなかった精霊がここにいる。
アイコは「あ」と言って口をおさえていた。
「風の精霊さんいるの?」
「ええ、こうなったらレント君を探すついでに力を借りるべきよ」
「なんで知って……予言書かあ」
「そう、本当は今頃グリムが教えてるはずだったんだけどね」
グリムは精霊のことを教えてくれる気配が全くなかった。というより、あれからほとんど会っていないのだ。会合のときに出てきたのは知っているが、そのときノエルは口がきける状態ではなかった。
夢にも出てこない。アイコも、なんで今になって何も教えられていないのか不思議なようだった。
各精霊の居場所は、アランも知らないという。知っているのはグリムと、予言書で知ったアイコだけだそうだ。
だが、そうとなれば話は早い。アランの計画を潰すために精霊の力を借りると同時に、レントのことも精霊に聞けばいいのだ。
「精霊さんなら、ここに誰かが来たらわかるよね」
「そうね、じゃあまずは風の精霊ガウディウムのところに行きましょうか」
「わかるの?」
「もちろんよ、こっち、ついてきて」
先を行くアイコの背中が、ノエルには遠く見えた。
だが、今はその遠い背中が頼もしく思える。自分よりも多くのことを知り、何歩も先を歩いている幼馴染の背中は、遠いのにも関わらず大きく見えた。
同時に、自分の小ささが恥ずかしい。正直なところ、精霊のことも半ば忘れかけていたのだ。故郷のことに魔薬騒ぎに一瞬で終わった戦争に、ここのところ色々なことがありすぎて、抜け落ちてしまっていた。
思わず、背筋が伸びる。
もう一度、肩をしっかりと張らなきゃいけないと強く思った。
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